第七四話 バッタ・バッタ・バッタ
バッタ・バッタ・バッタ
三月十六日の日曜日。
バンタイに話してあったマスクライダーの企画書が仕上がったそうで、目を通している。
一九九〇年代になってから、マスクライダー真、マスクライダーZO、マスクライダーJの三人のライダーがいるそうで、その三人を主人公とした劇場作品の企画となる。
物語のあらすじは、こんな感じだ。
それぞれのライダー同士には、面識はなく三人とも序盤では別々の事件に巻き込まれていく。
だが、事件の核心に近づいていく中で、三人は出会って行く。
初めは、敵対組織の用意した怪人と思い込み、戦うことになるが何かが違うことに気が付き、情報を開示することで、同じ目的で行動していることが判明する。
そうして、三人は協力して事件の核心となる悪の組織と対決していく。
マスクライダー真は遺伝子技術で、バッタの遺伝子を注入された改造兵士で自らの体がバッタの怪人のように変化する変身となる。
マスクライダーZOは、バッタの遺伝子と機械を組み込まれたネオ生命体で、狂気に囚われた恩師でもある科学者によって無理矢理改造された存在となる。
マスクライダーJは、一度は死亡したが、地球に住まう謎の超科学集団に命を救われ、かつて恐竜を絶滅させたとも言われる超常的な存在と戦うことになる。
このような三者三様のストーリーがあるので、元々の面識があったり、すぐに理解し合える存在とするわけには行かず、序盤の山場として三人のライダーによる三つ巴のバトルシーンを用意してある。
どんな映像が完成するのか、あらすじを読むだけでも楽しみに思えてしまう。
それに、この三人のライダーには、パワーアップヴァージョンの装備が設定上は存在していたのだが、それぞれの作品では使われなかったらしい。
今回の映画では、そのパワーアップヴァージョンの装備で戦うことになるらしく、そこがこの映画の最大の売りどころとなるそうだ。
さらに、これは、どちらかと言えば悪いニュースになるのだが、原作者の森石先生の健康状態があまり良くないと言うのだ。
この三人のライダーは、森石先生が、デザインや設定に関わっているライダーなので、もう一度三人のライダーたちの活躍を森石先生に見てもらいたいとのことだった。
撮影などのスケジュールは、森石先生の健康問題もあるので、役者の方々やロケ地の問題などを手早く済まし、早急に完成させたいとのことだ。
希望としては、来年の正月映画としての公開を目指したいのだろう。
ちなみに、収益予想だが、三作品とも発表当時、好評だったそうなので、ある程度の興行収入は、最低ラインとして見込んでいるそうだ。
俺としては、マスクライダーの企画を考えて欲しいと言った手前、企画書が回って来たのだが、特に何かを注文するつもりはなかったので、このままやってもらえば良いと思っている。
森石先生のこともあるので、ぜひ成功させたい企画だな。
あ、そうだ。
丁度良いから相談だけしてみよう。
「七瀬さん、もし名前をクレジットしない程度の役柄で、声の演技が必要な場面がありましたら、試しに水城と島村を使ってみるのってどう思います?」
「良いと思います。いきなり大きな仕事をするよりも、名前の残らない程度の仕事を一つこなしておけば、大きな仕事が来ても少しは楽になるでしょう」
「では、それでお願いします。無理に無名の役柄を作ってもらう必要はありませんので、もしあればということでお願いします」
「かしこまりました」
水城と島村には、そろそろ声の仕事を始めてもらいたいと思っていた。
エキストラのような仕事なら、何とかなると信じておこう。
七瀬さんがミストレーベル企画室から出て行き、ソファーに浅く座って、企画書を集中して読んでいたために、硬くなった体をほぐしていく。
脳に酸素が注ぎ込まれた気分となり、ここ数日の事を思い出す。
三月の初めに高校の卒業式があった。
今年も送辞として、やらかすことにした。
校長先生からは、事前に許可を取っておいたので袖に隠すように移動してあったピアノで、美鈴に伴奏をしてもらい、SARDの『負けない心』を歌った。
卒業式らしく桜をイメージした曲を選びたかったのだが、我が校のある辺りでは、まだ桜が咲いていないことに気が付き、旅立つ先輩たちへの応援歌としてこの曲を選んだ。
答辞の信也君は、あの人らしくしっかり読み終えて、しれっと下がって行った。
本当に外面だけは良い男なんだよな。
信也君は、俺と近い人物なので、大学生活での様子を見て、俺の手伝いをお願いするかを見定めるつもりだ。
一年後に行くので、待っていて欲しい。
終業式も昨日に終えているので、春休みに入っている。
いよいよ三年生か。俺たちの高校の三年生は、一学期と二学期で、ほぼ終わってしまう。
三学期も登校しても良いが、自習や事務手続きばかりになってしまう。
悔いのないようにしないとな。
三月に入ってから、上杉ことトワイライトアワーのシングルとアルバムが発売された。
本来は初夏の予定だったが、上杉をセンヤンに俺の代わりに出演させたいと言う話を浅井さんにしたところ、急きょ三月のデビューになったのだ。
売れ行きは、ランキング三〇位前後で、新人としては、良い成績と言える。
上杉の曲は、去年の秋から作ってあったので、浅井さんが作り込むだけで完成した。
系統で言えば、TMレインボーの西山さんと同じになるが、西山さんの場合は、作曲から浅井さんなので、差別化は十分に出来ているようだ。
上杉のランキングは、他のミストレーベルの皆からしたら低めのスタートになるが、むしろその逆で、皆が高すぎるのだ。
上杉は、センヤンで露出を増やして、今後に期待といった感じになる。
桐峯プロデューサーに上杉ディレクターといった感じで、センヤンでは、活動していくつもりなので、本当に楽しみだ。
センヤンの募集期間は三月いっぱいなので、もうすぐ募集が締め切られる。
一万人を超える募集が来ているそうで、年齢不問にした効果は、それなりにあったようだ。
第一次選考では、歌唱力よりもテレビ映えする者を残す予定で、そちらは製作会社側でやってくれる。
正直なところ、テレビ映えする人材と言う者がどんな人材なのか、よくわかっていないところもあるので、残った者のリストを見て学ばせてもらうつもりだ。
歴史通りになるのか、それとも全く別の人材が集まるのか、非常に興味深い。
ぼんやりとしていると、梶原と木戸が入ってきた。
「おいす、キリくん、思考中だったか?」
「大したことは考えていなかったから。気にするな。それより何かあったか?」
「シラくんの件なんだが、どう思う?」
「シラくんか。うーん、大学進学ってどうなっているかわかるか?」
「ギリギリ慶大推薦のラインにいるところまで成績を上げてきているらしい。三年をうまく切り抜けたら慶大推薦枠に入れると思う」
「そうか。シラくんを入れるなら、大学からになるだろうな。大学生バンドも、そろそろ考えて行く時期なのだろう」
「エイジ君は、慶大に進むことを決めてくれたようだから、先行して様子を見てきてもらうつもりか?」
「そうなるだろうな。シラくんには、カジくんから話しておくか?」
「大学生バンドの企画を練りたいから、意地でも慶大推薦枠に入れって感じか?」
「そうだな。何かあれば俺からも話をするけど、高校バンドのリーダーはカジくんだから、まずは任せようと思う」
「シラくんも一年間、部長を頑張ったし、成績も上げてきているからやる気さえあれば一緒にやってみたいな」
「そうだよな。俺たちだけじゃなくて、上杉もデビューしたんだから、シラくんも気にしてはいるだろう」
「わかった。まずは、俺から話しておく。困ったときは、キリくんよろしくな」
梶原の話が一通り終わると、木戸が今度は話し始めた。
「……あのね。どう考えても私をヴォーカルにするのは、厳しいと思う!」
「セイカモードの話か。てっちゃん先生からは何も言われていないのだろう?」
「まあ、そうなんだけど……」
タイミングよく七瀬さんが戻ってきた。
「七瀬さん、伊勢佐木町に今から行きましょう!」
「木戸さんと梶原君と桐峯君で、やるんですか?」
「危険でしょうか?」
「あれから鮭川がユズキを定期的に見に行っているのですが、毎回百人以上が詰めかけているそうですよ。あまりお勧めは出来ません」
「うーん、じゃあ、新宿だともっと危ないか……、あ、あそこはどうでしょう。コスモシャワーTVで黄昏ドラゴンをやっていた渋谷のインストアスタジオならすぐにつかえるんじゃないですか?」
「問い合わせてきましょう」
木戸の渋い顔を眺めながら、しばらくの間、待っていると七瀬さんが戻って来て、今から準備をしたら行けるとのことを告げられた。
ギターの練習を終えた楠本もいたので、合流し、すぐに移動をしてライブの準備に入る。
全くの告知なしだったが、そこそこ顔の売れている極東迷路慶徳組なので、観客はそれなりに集まり始め、準備が終わるころには、場は盛り上がっていた。
梶原と楠本がギターで、俺は備え付けのドラムを使わせてもらう。
アコースティックライブの準備が整い、木戸のMCから始まる。
「皆さん、突然のことでお騒がせしております。極東迷路・セイカモードです。極東迷路のヴォーカルと言えば、新名蜜柑ですが、セイカモードでは、私が歌います!」
木戸も完全に吹っ切れていて、場内を盛り上げ始めた。
木戸用の曲は、まだ用意していないが極東迷路の曲の中で俺が作った曲は、木戸のコーラス部分が強い曲が多く、それらを歌い始める。
五曲ほど歌ったところで、満足がいったようだ。
「極東迷路の新たな形を、少し早めに披露しました。来月に発売される極東迷路の『ミカンモード』をぜひよろしくお願いします!」
観客の中には、次の極東迷路のアルバムタイトルが『ミカンモード』なのを知っている方々もいたようで『ミカンモード』の意味を何となく理解してくれたのかもしれない。
「どうだった」
「桐山君ってさ、本当にドSだよね。引き返せないところまで連れて行って、さあどうするってやるの、すごくひどいと思う!」
「でも、楽しいんだろ?」
「残念ながら、楽しんでいる私がいる。セイカモードも頑張ってみるよ……」
それから、皆で急いで撤収をしていった。




