第七〇話 お年玉は玩具?
お年玉は玩具?
一九九七年一月三日の金曜日。
今日は、東大路本家にお邪魔している。
東大路と関わるようになって二年近くがたち、こちらへは何度も訪問しているので、豪邸独特の威圧感にも慣れて来た。
美鈴と一緒に俺が洋一郎さんと初めて対面したサロンに通され、しばらくすると洋一郎さんが現れた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとう。本来なら彰君を親族に紹介したいところなんだが、まだ早いと思って今日にさせてもらった。すまないな」
「いえ、美鈴と俺の関係は、簡単に発表しない方が良いと思いますので、ご配慮ありがたいです」
「あっくんは、ぼんやりしている時もありますが、ちゃんと考えていますから、お祖父さまの良い時でお願いします」
「そうだな。音楽活動の様子を見ているだけでも、その手腕は、十分すぎる物がある。今年もよろしく頼んだぞ」
「俺一人じゃ、難しいことの方が多いので、仲間を増やしながらやって行くつもりです」
「仲間か。一人でやれることには、限界がある。上手く仲間と協力していけると良い」
「はい。少しずつやって行きます」
「それでだな、孫の婿殿とは言え、彰君もまだ子供だ。子供には玩具が必要だろうと思って、お年玉と言うには、少し豪華だが、良い物を用意できたぞ」
使用人さんが、玉手箱のような漆塗りの箱を俺の前に置いてくれた。
「中を見たまえ」
「はい。開けてみます」
箱を開けると煙が出てきて、二〇二〇年の俺に戻れるとかなら、面白いのだが、そういう物じゃないんだろうな……。
蓋を開けると、書類の様な物が入っていて、それを取りだして中を見てみる。
法律用語で書かれている文章のようで少しわかりにくいところもあったが、内容は理解した。
そして、唖然とした。
玩具と洋一郎さんは確かに言った。
玩具は玩具でも玩具メーカーの吸収合併に関わる内容が書かれていた!
社名は、バンタイと言う会社で、この会社のことはアニメの関連商品を販売していたことで、良く覚えている。
そして、このバンタイは今年一九九七年にセダと言うアーケードゲームで有名な会社と合併が発表されるが、すぐに取りやめられると言う出来事がある。
もちろん、秘密ノートにこの出来事は書いてある。
そもそも俺は、大学時代に株式投資で小遣い稼ぎをしていたので、気になる会社があれば、ある程度の情報を集めるのを癖にしていた。
それと同じ時期にアニメ産業などのサブカルチャー系産業にも興味を持ち始めていたので、この辺りの企業情報は印象深いのだ。
「どうかね。気に入ってくれたかな?」
「気に入るも何も、この会社を基軸にして次世代ゲームステーションに対抗しようというのですね?」
「その通りだ。それに、外部役員に君の名前を入れてある。何か欲しい物があれば、彰君の自由にしたら良い」
確かに俺の名前が外部役員に入っている。
年齢的には、未成年の高校生だが、俺がブラウンミュージックに入ってからの実績は、それなりの物だと自負もしている。
俺が外部役員になっていても、場違いすぎると言うほどでもないのか。
それから、洋一郎さんから、なぜバンタイを買収可能だったのかを教えてもらった。
昨年の秋ごろの会合でバンタイの役員に会ったそうだ。
その時に、あまり調子が良くないと言う話を聞いて、それならば資本投入をしようと言う話になった。
洋一郎さんは、俺が話していた内容の中で、ゲーム機に関する情報に強く興味を持っていたそうで、バンタイは、据え置き型ゲーム機の開発に成功しており、興味を持っていたそうだ。
だが、このゲーム機『アピン』と言うのだが、俺もこの時代に来るまで、存在を忘れていたほどに売れなかった。
この『アピン』の販売に失敗した理由はいくつかあるが、大きな理由は二つになると思う。
まず『アピン』の開発にはマッキンパソコンで有名なリンゴーコンピュータが関わっていた。
そうなると、ほぼすべての規格が、マッキン基準になってしまう。
マッキンが悪いパソコンだとは思わないが、ウインドウズと比べると、ショートカット操作を前提にした素人にとっては難易度が高い操作方法が要求される。
素人向きではない操作方法でありながら、販売対象は、玩具メーカーらしく子ども向けと言う、体は子供、頭脳は大人な人にしか売れない仕様になっているのだ。
更に、オンラインサービスを受けられることも売りにしていた。
そうオンラインサービス、インターネットがつかえるのだ!
何とか素人にパソコンが普及し始めた時代だと言うのに、ゲーム特化のオンラインサービスと言う物に手を出してしまったのだ。
時代の先取りは、悪くはないのだが、先取りし過ぎてしまえば、周囲に理解されない物になってしまう。
これが『アピン』なのだ!
当然、ソフトの開発も上手くいかず、十万台も売れていないはずだ。
このままいけば、経営不振で倒産する可能性もあると言うところまで厳しい状況になっており、ある程度の会社組織を残してもらう条件で東大路グループの傘下に入ることになった。
バンタイは、以前の歴史では、小型ゲーム機『たままっち』の爆発的なヒットで、急回復をするのだが、そのこともノートに書いてある。
だが、解消の出来ないような契約を交わしていれば、急回復をしても後の祭りになるので、だまし討ちの様な判断にも見えなくはない。
そんなことを夢にも思っていないバンタイ側からしたら救世主の登場と言った雰囲気なのだろう。
若干、心が痛いが未来予知と言うのは、こういうことにもなる良い例だと思っておこう。
「……アピンで失敗しそうなバンタイをどうにかさせるつもりなのですね?」
「そういう話になる。何か良いアイディアは、ないだろうか?」
「次世代ゲーム機本体での参入は、あまり考えていなかったのですがオンラインに特化した据え置きゲーム機と言うのには興味がありますね。まず、アピンのポータルサイトであるアピンアットを東大路のポータルサイトのヤホージャパンに変えましょう。ヤホーアピンでもヤホーキッズの名称でも良いので、子供向けのポータルサイトを設定しても良いと思います」
「アピンアットの事業を統合するのだな」
「そうなります。現行のアピンは、どうにもしようがないので、廉価版のアピンを作るのが良いでしょう。ソフトは、セダサターンで苦戦しているセダから提供を受けるのが良いですね。バンタイのキャラクターを使ってセダとソフト開発をしてもらいます。それと携帯ゲーム機の企画があると思いますので、そちらへも手を出すべきですね」
「セダか。あちらも顔色が悪かったからな。声をかけてみよう」
「出来ればセダもこちらに取り込むべきです。おそらくセダも据え置きゲーム機開発を諦めてはいないはずですので、次世代据え置きゲーム機にアピンの長所を組み込めば、それなりの物が完成します。どこまでDVDの使える次世代ゲームステーションに近づけるかが第一の目標で、第二の目標にアピンの長所であるオンラインをどう組み込むかを考えてもらうのが良いでしょう。そこに携帯ゲーム機を加えて行けば、ゲーム業界でも戦えるかもしれません」
バンタイは一九九九年にワンダフルスワンと言う携帯ゲーム機を発売するのだが、こちらの販売も振るわず撤退してしまう。
時代は、カラー画面への移行期であり、安価で販売するためにあえてのモノクロ画面で販売し、翌年にはカラー対応版を発売するなど、迷走気味の携帯ゲーム機となってしまうのだ。
この携帯ゲーム機をゲームステーションポータブルのような仕様にしてしまえば、ある程度の売り上げが見込めるかもしれない。
「ソフトの話だが、キラーコンテンツと言うのが必要だと思うが、どう思うかね?」
「可能なら、ラストファンタジーシリーズのスクーアソフトからもソフトの提供をお願いしたいですね。オンラインの構想をスクーアソフトなら持っていると思いますので、話を聞くだけ聞いておいた方が良いと思います」
「なるほど、セダとスクーアソフトか。すぐに取り掛かろう。映像はどうかな?」
「確か、バンタイはガンガムシリーズの権利もありましたよね。まずは、二〇〇〇年を目処に新ガンガムの構想を練ってもらうのが良いでしょう。マスクライダーシリーズも継続できる状態にしてほしいですね」
「継続できるシリーズ物か。良いアイディアだな。その辺りを膨らませてもらおう」
「それと、グループとしての合併は、良いと思うのですが、急激な構造変化をさせるとクリエイターたちに負担がかかると思うので、その辺りには十分な注意をお願いします」
「一般的な物造り系の企業よりもブラウンミュージックのような会社に近いと考えた方が良いのだな。覚えておこう。それなら、ブラウンミュージックに預けた方が良いか?」
「うーん、ゲームの製作は、俺にもわからないんです。まずは、アピンの廉価版開発と携帯ゲーム機の規格開発ですね」
「そうしてもらうか。話は変わるのだが、そろそろ康仁に秘密ノートのことを話したいと考えているのだが、どう思う?」
一九九七年は、少しずつ世の中が変わり始める年だ。
いわゆる世紀末に向かって歪みが表面化してくると言っても良い。
それを真っ先に感じるのは、案外子供なのかもしれない。
前年もそうなのだが若年層が関わる事件が多くなる。
それを止めるには、大人の力が必要だ。
だが、大人も力を失くしていくのがこの先の流れになる。
康仁さんは、人の良い人物と言う印象がある。
それ故に、この先の展開でミスを犯すのだろう。
俺が懸念しているのは、二頭体制になって混乱する可能性なのだが、康仁さんを信じてみよう。
「……わかりました。康仁さんと秘密ノートのコピーをお願いします」
使用人さんが康仁さんを呼びに行き、美鈴が秘密ノートのコピーを取りに行く。
ふと、サロンの窓から見える風景を眺める。
サロンの外は、冬の景色だが、しっかりと手入れをされていて、冬の寒々しさよりも、冬でも強く生きようとする木々たちの力を感じる。
そんな庭を眺めていると、洋一郎さんに声を掛けられる。
「余談だと思って聞いてほしい。高校卒業後のことなのだが彰君、この家に住まないか?」
「え?」
「部屋はある。防音室も用意させよう。二年近くもこの家に通っているなら、雰囲気もわかってきているだろう。どうだ?」
ここは、都心からは少し離れているが不便な場所と言うわけではない。
高級住宅街の一角にそれなりの広さの屋敷があると言う感じだ。
一人暮らしも悪くはないが、ここも居心地が悪いわけではない。
「そうですね。一人で決めてしまうのは、気が引けるので家族とも相談してみます」
「それが良い。彰君にとっては面倒な話だろうが、わしもいつまでしっかりしていられるかわからん歳だ。伝えられることは、なるべく多く伝えておきたい。そういう気持ちを察してくれるとありがたい」
「まだまだ元気じゃないですか。二〇二〇年の東京オリンピックを一緒に見ましょう」
「それは良いな。ぜひ一緒に見たい。だが、歳には勝てんのだよ。無理を言わせないでくれ」
苦笑いをしている洋一郎さんは、本当にまだまだ元気にしか見えない。
俺の記憶では、洋一郎さんがいつ死亡するのか記憶にない。
おそらく、過去の人として、一日二日くらいは、報道されたのだろうが、大きな話題には、ならなかったのだろうな。
こんな大人物でも、時の流れは等しいということなのだろう。
しばらくすると、美鈴が秘密ノートのコピーを持ち、康仁さんと一緒にサロンに入ってきた。
「あけましておめでとう。彰君が来ていることは知っていたから、後でチェスでも誘おうかと思っていたのだが、何か重要な話があるみたいだな?」
「はい、洋一郎さんと美鈴に話してあった俺の秘密を話します」
「ああ。やっと話してくれる時が来たか。親父の采配が一昨年の夏頃から恐ろしく冴え始めたが、何か関係があるのだろう?」
「まずは、このノートのコピーに目を通してください」
康仁さんは、ノートのコピーを受け取ると早速、目を通し始めた。
美鈴が気になるところや、重要と感じているところに付箋をつけてくれていたので、内容を理解するだけなら時間はかからないだろう。
ちなみに、俺と康仁さんは、チェス仲間と言う関係になっている。
将棋をする人は、多いのだが、チェスの方が好きな康仁さんは案外チェスをやれる人が少ないことに長い間嘆いていたそうだ。
そこに、同じくチェス好きの俺が現れて、こちらに来るたびにチェスの対戦をしている。
お互い、上手いわけではないので楽しく打てるのが丁度良い関係になっているようだ。
「……これは何と言うのか未来予知とでも!?」
「俺の記憶には、二〇二〇年まで生きた俺の記憶があります。今の人生とは違う流れの中で生きていましたが、起きる事象は、ほとんど同じのようです。その記憶をノートに書きだしたのが、そのノートになります。康仁さんが読んでいる物はコピーですので、原本は俺の家で厳重に保管をしています」
「二〇二〇年までの記憶があるというのか……。この内容には、東大路グループに関わる内容もある。かなり難しい内容ばかりだな」
「ここからは、わしの考えも交えて話していこう。まず、彰君のノートの内容は、予知や預言であって、確実に起きるとは、わしは思っておらん。だが、そのうえで信用もしている。言っている意味はわかるな?」
「ああ、時の流れで、物事は変化をする。だからこの通りにやれば、全てが回避可能というわけではないと言いたいのだろう。その上で信用もしているというのは、それだけの結果もあったんだろう」
「そうだな。時間の流れが変われば、物事は変わる。だが、結果も出ておる。信用しておるのは、孫婿と言うのが大きいのだがな」
「ああ、すまない。確かにそうだ。結果云々よりも彰君は、美鈴の婿殿だ。信用しないわけがない。そうか、そういうことか」
「ああ、わかったなら良い」
それからは、経営者同士の意見交換が始まり、俺と美鈴が口を出すには、難易度の高い話が始まってしまった。
「スーは、ノートのことをどう思う?」
「あっくんのことは全面的に信頼していますが、時間の流れで物事が変わるのも事実だとも思うのです。ですので、辛い選択ですがアメリカ同時多発テロなどの大きな事件は、回避しない方が良いと考えるようになりました」
「そうか。俺と同じ考えに至ったんだな。辛い選択だよな。それでも、ノートの効果を保たせるには、その選択しかないんだ。いっそ止めてしまって、新しい歴史の中で動くのも良いが、アメリカ同時多発テロのような事件は、必ず起きるとも思えてしまうんだよ」
「そう思います。止めても同じ事件が起きるなら、被害を少なくさせる方に力を尽くすべきです」
「ああ。そこをどう考えるかが、今後の課題だな」
「はい。まだ時間はあります。いっぱい悩みましょう」
康仁さんと洋一郎さんの意見交換に一区切りがついたので、話に入る。
「……どう思いましたか?」
「経営者としては、予知や預言を信じたくなる気持ちは強い。だが、信じすぎるのも良くはないとも思う。特に二〇〇〇年からの俺の動きがひどすぎる。ボロボロになった負の遺産ばかりの東大路グループを美鈴と彰君に渡すなんて、経営者としても父親としても失格だ。まだ考えないといけないことはあるが、この流れにならないように情報を活かさせてもらおう」
「はい、難しい案件もあると思いますので、その辺りは十分に注意をお願いします」
「ああ、総会屋の問題なんて、本当に難しいがしっかり対応させてもらう」
そうして、後程紀子さんにも見せる方向で話がまとまり、東大路の料理人が作る美味しい料理を頂いてから、帰宅した。
実は俺……、ガンガムめっちゃ好きなんだよな。




