第六九話 初めての紅白
初めての紅白
十二月三一日の火曜日。
昼過ぎから赤坂のスタジオに入り、衣装からメイクなどの準備を始める。
このスタジオは、ブラウンミュージック一同で、専有させてもらえるようで本当にありがたい。
それだけ、今回のレコード大賞にブラウンミュージックのミュージシャンが選ばれていると言うことでもある。
リハーサルは昨日に終わらせているので、スタッフの皆さんがセットの組み立ての確認をしている。
俺たちは、楽屋に分かれてひたすら出番を待つだけになる。
それが嫌なら、演奏するスタジオかメインスタジオに行くしかない。
メインスタジオでは、司会者用のステージと来賓用のテーブルが並べられ、パーティー風の演出がされている。
メインスタジオにも俺たちの席はあるらしいが、行くつもりはない。
どうにもテレビには、慣れる気がしない。
去年のレコード大賞では、大賞受賞バンドが欠席して事務所の人が代わりに授賞式に出たと言うのだが、今年からは、よほどの事情がない限り欠席したら受賞辞退となるらしい。
うーん、レコード大賞って、何なんだろうな。
年間を通してのレコード大賞だと思うのだが、この場に来ないだけで受賞辞退になるのなら、このイベントもその程度のイベントだと自ら価値を貶めているように感じてしまう。
受賞者が来れなくても受賞する意思さえあれば、渡せば良いのにな。
俺も今年は新人だから来ているが、来年も呼ばれたなら、しっかり考えてから決めよう。
それに比べて、紅白は、出来る限り出ておきたいんだよな。
俺みたいな若造が、演歌の大御所であるサブちゃんに会えるのは、紅白くらいしかない!
リハーサルの時に、サブちゃんに会ったのだが、めちゃくちゃかっこ良かった。
年に一度、サブちゃんに会えるのなら、紅白に出るために頑張り続けられると思えたくらいだ。
本当に、あんなかっこ良い親父になってみたい。
そんなことを考えながら、演奏スタジオのセットの組み上げを眺めていると、TMレインボーの西山さんが現れた。
「桐峯君。ニヤニヤしているようだが、何か良いことでもあったか?」
「紅白のリハのことを思い出していたんです。サブちゃんがかっこ良かったんですよね」
「ああ、俺も見た。かっこ良い親父さんだよな。俺もあんな親父さんになってみたい」
「本当にあんな親父さんになりたいです」
「ねるとんずの梨木さんが本山ジョージさんと演歌っぽいの歌っているの見たか?」
「あ、それ見てないです。どんなでしたか?」
「梨木さんがサブちゃんの物まねをしてたんだが、面白かったぞ」
「それ、めっちゃ面白そうじゃないですか。あっちに行く楽しみが出来ました。こっちを早く終わらせましょう!」
「確か遅い時間の登場だったはずだから、間に合う。しっかりこっちも終わらせような」
「はい。どうも、こっちは、やる気になれないんですよね」
「ああ、なんとなくわかる。細切れな感じが嫌なんだろう?」
「そうかもしれません。スタジオで中継を待っている間、ぼんやりですよ。テレビ局の身勝手極まれりです」
「でもな、桐峯君は、毎年呼ばれると思うぞ。今年は、極東迷路が優秀作品賞で桐峯君が作曲賞、皐月さんが企画賞だからな」
「水城が最優秀新人賞で、新人賞にポーンさんでアルバム賞に歩美ですからね。西山さんだって優秀作品賞ですからね」
「本当に、何がどうなっているのか。よくわからんな。それで、レコード大賞は、誰になると思う?」
「やっぱり安室奈美さんじゃないんですか」
「もしかしたら、極東迷路もあり得るぞ?」
「ないですって。セールスだけで見ても負けてますから」
「神の手ってのが、こういうイベントにはあるとか何とか……」
「怖いですって。ほら、ジュリアンマリアだって、売れてますよ」
「まあ、あと少しでわかるさ」
それから演奏スタジオに代わる代わる人が現れ、世間話をしながら、時間を過ごしていった。
本番が始まり、メインスタジオからの中継を受けて、演奏を順番に進めて行く。
全員が紅白に移動するので、次から次に、演奏を終えた順で移動をして行く。
大賞の組だけは残されるらしいが、俺たちの全員が移動の許可が下りた。
そうして俺たち極東迷路も無事移動して、大賞は、予想通り安室奈美になった。
俺の以前の記憶とかなり違う結果になっているが、大賞だけ同じなら、大きな違いはないだろうと思うことにした。
紅白のホールに入り、衣装とメイクを整え直し、準備が出来たころに出番まであと少しと言う声を掛けられた。
本当にぎりぎりの移動だったようだ。
ステージの脇に行くと、俺たちのセットの準備が整っており、司会のフリーアナウンサーが、声をかけると、セットの組み上げが始まりあっという間に終わってしまった。
こういうところに、プロの本気を感じるのが芸能界なんだよな。
すぐに全員が飛び出し、決められた位置に付く。
今日は、コーラスに舞と美香に島村だけではなく、ミーサも来てもらっている。
この四人も紅白の常連になる可能性が高いので、レコード大賞から頑張って貰っている。
紅白用に組み上げたショートヴァージョンの『ここでキスを』を演奏し、あっという間に撤収した。
俺たちよりも先に演奏を終えていた水城と歩美に合流して、楽屋でのんびりとする。
「ああ、終わったね」
「後は、全員参加のコーナーが一つとラストだけだな」
「ここまで来れると思わなかった。桐峯君、ありがとう」
「蜜柑は、俺が一緒じゃなくてもいつかここに来れていたと思う。
「私は、無理だよ。ちょっと皆より芸能界が長いだけで、絶対にここまで来れなかった」
「歩美も、来れていたと思うぞ。俺ら慶徳組の方が、よっぽど無理だったと思う」
木戸がぼんやりと、話し出す。
「一年間楽しかったね」
「楽しかったな」
「来年は、蜜柑さんと歩美さんにミーサさんが留学だから、どうなるんだろう」
「そうだな。丁度良いから提案だ。極東迷路のメインヴォーカルは蜜柑しかいないと思う。でも、俺は、木戸が俺が思っていた以上にやれていることに驚いているんだ。それで、来年、極東迷路・セイカモードって名義でアルバムとシングルを出してみようかって思うんだけど、どう思う?」
「え、私が歌うの!?」
「セイカ様の時代がやってくるぞ。安室奈美にも会えたんだし、思い残すことはないだろう」
「そりゃ安室様、好きだけど、もう同じ場所に立っているって思ったら、冷めちゃったよ。まあ、好きのままなんだけどね」
「蜜柑はどう思う?」
「それなら、私が戻ってきた時は、ミカンモードって名前にしようよ。アルバムを年二枚にして、ミカンモードとセイカモードを出すの。絶対面白い!」
「うーん、そうなると蜜柑がイギリスに行く前に出すアルバムからミカンモードで出してみるか?」
「その方が良いかもしれないね。秋ごろにセイカモードを出せば丁度良くなると思うし」
「わかった。改めて考えておく。話のついでに聞いてみるが、蜜柑はソロでやってみたいと思わないのか?」
「極東迷路は、居心地が良いんだよね。去年の秋から皆で作って来て、ここまで来れたけど、まだ先があることもわかる。もっと皆で先を一緒に見に行きたい。ソロは、もっと先で良いかな」
「そうか。モード企画って言うのか、これが上手く行ったら、またやれることが増えるかもしれないし、それで良いのかもしれないな」
「うん、桐峯君こそ、ソロは、やらないの?」
「やりたい気持ちはあるんだが、俺もまだ早いって感じなんだよな。最低でも舞と美香がデビューして軌道に乗るまでは、見守りたいし、自分が後回しだな」
「そうなるよね。私もみんなの様子を見ているの楽しいから、自分の事は、ついつい後回しになってるかも」
そんな一年を振り返ったり、次の一年をどうするかと言う話をしているうちに、全員参加のコーナーがやって来て皆でステージにあがる。
ねるとんずの梨木さんがサブちゃんの物まね姿のまま現れて、吹き出しそうになったが、何とか耐え抜き本物のサブちゃんの近くでコーナーに参加した。
無事にコーナーが終わり、袖に入るとサブちゃんに声を掛けられた。
「おう。桐峯君、紅白はどうだい?」
「すごく楽しいです。来年もここに来たいですね」
「うんうん、俺も楽しいよ。若い子たちがね、一杯俺をかっこ良いって言ってくれるんだ。こんな場所、ここしかないからね」
「いやいや、北山さんは、本当にかっこ良いですから、あこがれます」
「嬉しいね。ほら、君のお母さんの曲も聴いたよ。あれも君が作ったってね。演歌も作れるんじゃないのか?」
「曲は、作れると思うんですけど、歌詞が難しいです。演歌の歌詞を書くには、勉強不足ですね」
「そうかぁ。いつか作れるようになっておくれよ。それと……」
サブちゃんに服を引っ張られ、耳元に小声でつぶやかれる。
「君たちは若い。スキャンダル対策はしているか。何か困ったことがあれば、俺に相談をしに来い。相談くらいには乗るから、覚えておいてくれ。それと俺を呼ぶ時は、サブちゃんな」
名刺をスッと手の中に入れられ、サブちゃんは、そのまま去って行った。
サブちゃんのかっこ良さに当てられたが、いつまでもここにいては邪魔なので楽屋に戻る。
本当にかっこ良すぎだろう!
スキャンダル対策か。
考えていないこともないが、一度気を引き締めた方が良いのかもしれない
だが、今日は、祭り気分のままでいたいから、また後日にしておこう。
楽屋に戻ると、舞と美香が眠そうにしていたので、先に二人をホテルに送ってもらうことにした。
今日は、さすがに家に帰れないので、全員近くのホテルに泊まる予定になっている。
「桐峯さん、私ってまだ何も大きなことをしていないのに、留学や大学進学が決まっちゃったけど、良かったのかな?」
「ミーサは、間違いなく売れるから、あまり心配をしていない。それにデビュー前にミーサには、本物のR&Bを知って来て欲しいんだ」
「桐峯さんは、ジャズピアノを習っていたって聞いたけど、ジャズの歴史も学んだりしたの?」
「まあ一応学んだな。南北戦争の終戦後に軍隊で使われていた楽器が安値で市場に流れたのがジャズの起源って言われていたり、黒人奴隷に物好きな主人がピアノを覚えさせたのが起源って言われたりしているな。どちらにしても奴隷問題の副産物ってのが俺の認識だな」
「南北戦争も奴隷問題が絡んでいるから、そういうことになるんだね」
「今じゃあまり気にされていないが、ジャズの歴史は、面白いし、辛い歴史でもあるんだよな」
「起源は、知っておきたいけど、気にしすぎるのも良くないのかな」
「そのあたりは、個人差が大きいと思う。音楽は楽しむのが一番って人からしたら起源なんて知らなくても良いだろうし、幅を広げるために起源を知りたくなる人もいるだろうからな」
「私は、知りたい人の方かな」
「そうだな。アメイジング・グレイスのもとになる詩を作った人は、元奴隷商人の教会関係者とか聞いたことがある。なぜ彼が、アメイジング・グレイスを作ることになったのか。興味深いな」
「確かにそれは、興味深いね。私は、そういうことを知るためにアメリカに行くんだろうね」
「ミーサにはニューヨークに行ってもらおうと思うんだ。歩美よりも会話が困らないと思うから、しっかりやれると思う」
「ボストンでも良いと思うけど、音楽もやらないといけないから、やっぱりニューヨークになるんだね」
「蜜柑は、ロンドンだから、皆、それなりの都市に入ることになるな」
「桐峯君は、海外に行かなくても良いの?」
「うーん、多分、大学を出た後にボストンにでも行くんじゃないかな。まだはっきりしない」
そんな話をしていると、紅白のラストが近付いてきて、再びステージに向かう。
来年は、来れないと思うから、再来年を目指すかな。
ステージに上がり、歌合戦なので、一応の勝敗は白組の勝利となった。
俺たちは、ヴォーカルの都合上、紅組が多いので、少し残念だったが、ウルウルズやポーングラフィティに西山さんは、喜んでいた。
いよいよ高校三年生になる。
一九九七年は、社会不安が広がり始める年になる。
東大路グループだけは全力で手を尽くすつもりだが、それ以外には、歴史通りに進めるつもりだ。
例外はもちろんあるが、積極的に歴史を変えるつもりはない。
さて、新しい年を始めよう。




