第六八話 ドーム
ドーム
十二月三〇日月曜日。
明日のレコード大賞で演奏する曲のリハーサルを都内のスタジオで行っている。
大賞以外は、事前に知らされるようで、ミストレーベルからデビューしている四組とTMレインボーの西川さんにウルウルズがレコード大賞に呼ばれている。
受賞者リストを見せてもらったところ、完全に覚えているわけではないが、複数受賞するミュージシャンがほぼいない状態になっていて、空いたところにミストレーベルに関わりのあるミュージシャンが入っていた。
さらに、作曲賞に俺が選ばれていたのは、驚きだ。
小村哲哉プロデュースの安室奈美がレコード大賞を取るのは、決定していたとしても、それ以外に俺が強く関わっているミュージシャンが多い。
この結果だけをみると、小村哲哉に匹敵すると言われるのも納得できなくはないのか……。
そんなことを考えながらリハーサルが終わった。
時間は昼を少し過ぎた頃だ。
手伝いに来ていた上杉を呼ぶ。
「桐山、何か用事か?」
「いまから、クロスジャパンのライブを見に行くぞ!」
「え、スケジュールとか大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。七瀬さんも一緒に来てくれるから、何とかなる」
そうして、七瀬さんが運転する自動車で移動を開始する。
「上杉、今から言う話をよく覚えておいてほしい。重要な話をする」
「改めて言われると、怖いな」
「上杉にはデビューを夏前にしてもらうが、はっきり言うと、箔付けのためになる。俺は、この先、いろいろな仕事をして行かなきゃいけない。そうなると現場を見てもらう存在が必要になる。その人物は、可能なら作詞作曲に俺のフォローが出来る人材が良い。あえて言うなら俺の片腕、相棒ってことだな。上杉には、そういう存在になってほしいんだ」
「……浅井さんのところに行く時、桐山に相棒が必要だって言う話は聞いている。浅井さんもそのつもりで、俺にいろいろ教えてくれているんだと思う。浅井さんだって、一人で音楽を作っているわけじゃない。あの人は、常にチームで音作りをしている。俺がそのチームの中心になるってことで良いんだな?」
「そうだ。俺がリーダーでも良いし、上杉がリーダーでも良い。桐峯アキラと愉快な仲間たちみたいな感じだな」
「なら、俺の名義は、トワイライトアワーにしてほしい。TMレインボーの西山さんと同じ感じだな。あの名前は、俺がツカサたちのバンドに入った時に、俺から言い出した名前なんだよな」
「ツカサたちは、もういないからヨシアキにだけ許可を取っておこう。それで良いな?」
「おう、精一杯やらせてもらう。桐峯アキラとトワイライトアワー、これでやって行こう!」
「まあ、一番重要なところは、話したわけだ。今、俺のところにセンヤンのオーディション企画が来ているのは知っているよな?」
「ああ、大江のギターを選んでくれた人がなぜか営業しに来ているって話だよな」
「表向きは、女性ロックヴォーカリストを探す企画なんだが、敗者復活で、アイドルグループを作る予定になっている。上杉にはこの企画に初めから参加してほしい」
「具体的には、何をしたら良い?」
「俺が曲は作るから、オーディションの進行がまず第一だな。オーディションは、多分、少し変わった企画になると思う。その時に必要なら現場にもいってほしい」
「桐峯アキラの代理ってことか」
「そういうことになるな。来年は、ほぼ毎月アルバムが発売されるから、厳しいんだよな。それに来年は、ベルガモットのデビュー時期も決めないといけないし……」
「ああ、あの子たちは、確かに慎重にやらないと危なっかしいよな」
「そう。それにベルガモットのガールズバンド企画の第二弾になるバンドが加わる。半年くらいは、彼女たちもしっかり見ておきたい」
「本当に相棒が必要だと理解した。タマちゃんも巻き込めば良いんじゃないのか?」
「タマちゃんはな……、プレイヤーとしては、俺以上の可能性があると思うんだが、コンポーザーとしては、上杉の方が将来性があるように感じるんだよな」
「ミュージシャンの勘ってのは、本能的な物だろうから、よくわからないが、桐山がそう思うのなら、その通りなのかもしれない。それにしても俺の将来性か。浅井さんからもっと学ばないとな」
「まあ、相棒さんよ。今から行くクロスジャパンのライブは、報酬の前払いみたいな物だと思って楽しもうぜ」
それからも、オーディションやアイドルの話をしながらドーム球場に到着した。
関係者入口から入り、用意してあった席に座る。
「ん、君は、もしかして桐峯アキラ君じゃないのか?」
「え、あ、小村哲哉さんですよね。初めまして、桐峯アキラです」
「ああ、初めまして小村哲哉です。君も呼ばれていたんだね」
「はい、去年の秋頃からヨキシさんとメールのやり取りをしていたんです。その縁で呼んで頂けました」
小村さんの横には、小村さんのユニットであるグルーヴのケーコさんがいる。
上杉も合わせて挨拶を交わす。
「ここで会えるとは思わなかったよ。明日の紅白で会うと思っていた」
「紅白のリハでも会いませんでしたからね。お会いできる日を楽しみにしていました」
「折角だから単刀直入に聞くよ。君は、どこまで行くつもりなんだい?」
「そうですね。行けるところまででしょうか」
「君のところの水城加奈さんが現れた時、僕には彼女が売れると思えなかった。だが、時代は、彼女を受け入れてしまった。驚愕したよ。その直後に出てきた新名蜜柑さんも売れると思えなかった。だが世の中は彼女も受け入れた。僕は、野球をしていたんだと思う。でも君は、いきなりサッカーを始めたんだ。僕には君が理解できない。それに君の所には、まだまだ逸材がいると聞いている。君は何を目指しているんだい?」
「キックベースボールって言うスポーツがありますよね。サッカーボールと同じような球を蹴って野球のルールに似たゲームをするスポーツです。そんな音楽が合っても良いじゃないですか」
「確かにそうだ。僕もいろいろな音楽を聴いて来た。野球にこだわる必要はないのか」
「そうですよ。小村さんの音楽だって、元々はクリケットだったかもしれませんよ。少しずつ変わって行くときもあれば、一瞬で変わってしまう時もあるんじゃないでしょうか」
「変化か。僕は、知らない間に守りに入っていたのかな」
「僕もいつまでもキックベースボールをしているとは限りません。いつの間にかホッケーになっていたりラクロスになっているかもしれません」
「君のことを意識し過ぎていたかもしれない。もう少し自分の音楽と語り合ってみるよ」
「僕は、デビュー一年目の新人なんですよ。あまり意識をしない方が良いです」
「そこが一番怖いところなんだけどね。さて、ヨキシ君たちのライブがもうすぐ始まる。これを見逃すと、次はいつになるのか、わからないらしいからね。しっかり楽しんで行こう」
「はい。そうします」
それから、オープニングの曲が流れ始め、それが終わると『ラスティーローズ』の演奏が始まった。
この曲は、俺がクロスジャパンに興味を持つ切っ掛けになった曲だ。
有名な曲は、以前からあったので名前だけは知っていたが、この曲を聞いた時、よくわからない圧力を感じたのを覚えている。
それから、クロスジャパンのアルバムを探したのだが、アルバムとして発売されていたのは、三枚だけだったのには驚いた。
しかもそのうち一枚は、インディーズ時代の再販らしいので、実質、メジャーでは二枚しか出していないことになる。
そんなバンドがなぜ高く評価されていたのかは、アルバムを聴いてすぐに分かった。
激しいハイスピードな曲、静かなメロディアスな曲、ポップで楽しい曲が入交、音があふれてくるのだ。
ピアノの譜面を買って来てすぐにコピーをしたのは、良い思い出だ。
そうして、何曲も流れながら、ソロコーナーやMCコーナーを楽しみ、ライブは終わって行った。
明日もライブの予定らしいので、邪魔をしてはならないとすぐに帰ろうとしたが、スタッフに呼び止められ楽屋に連行されてしまった。
どうやらヨキシさんとヒデトさんが挨拶とお礼を言いたいとのことだ。
ちなみに、小村哲哉さんたちは、すでに帰っている。
じつは、ヒデトの死因に首のマッサージ中の事故と言う話があったのを思い出したのだ。
そこで、ヨキシも腰が悪くなっていると言う話だったので、メンバー五人分の高級マッサージチェアと各種マッサージグッズの目録をクロスジャパンのレコード会社に送っておいたのだ。
クロスジャパンは、事務所やレコード会社がわかりにくいので、探すのに苦労したが、ライブの直前にアルバムを出していたので、なんとか送ることが出来た。
ちなみに、五人分を合わせると総額でちょっとした高級車が買えてしまうほどの金額になったのだが、今の俺の銀行口座の中身からしたら端数のような金額なので、大した出費にならない。
それでも、元が小市民の俺は、ドキドキしながら、目録を送付したのだった。
スタッフに案内されて楽屋に入ると俺が送ったマッサージチェアにサポートミュージシャンとメンバーが座って屍のように動けない様子だった。
他のメンバーとサポートミュージシャンも本職の方からマッサージを受けている。
なんだこれ……。
上杉も一緒に入ってきたが、トラブルが起きても対応できないので、外で待っていてもらうことにした。
ヨキシを探すと、何か辛そうなので、先にヒデトを探す。
マッサージチェアに座って屍になっているヒデトに話しかけると、かろうじて返事があった。
「うごごご。おお。桐峯君、これ良いよ。俺の分、家に運ぶ。すごく気に入った。ありがとう」
「どういたしまして。早速、皆さんの役に立ったようで良かったです。
「タパ君、トシヤ君、スーキ君、桐峯君だよ。面白い少年だよ」
マッサージの気持ちよさにやられて、軽く知能が低下している皆さんと一言ずつ挨拶をして、ヨキシのところに行く。
「ヨキシさん、お久しぶりです。お加減はどうですか?」
「桐峯君、来てくれたんだね。明日もあるから平気だよ」
「かっこ良かったです。明日は俺もレコード大賞と紅白で頑張ってきますね!」
「ああ、存分にやっておいで。マッサージチェアとかありがとう。それとメール、案外ああいうのって嬉しい物だね。仕事の話ばかりのメールの中に、桐峯君からの日常のメールは、本当にありがたかった」
「それは、嬉しいです。俺もヨキシさんからの海外情報は、面白く読んでいます。来年の春にロサンゼルスにうちの花崎歩美が行くんで、挨拶に行かせますね」
「花崎歩美さんか。彼女も良い声をしている。楽しみにしているよ」
その後も少し話したが、関係者が次々に入って来るので、俺も早々に退出した。
「上杉、帰ろう」
「どんな感じだった?」
「うーん、流石って感じだった。楽器をやっていると体を壊すことは理解していても、本気で壊れてもやり続ける人って希だから、ヨキシさんは、すごいな」
「俺からしたら、そんなクロスジャパンのメンバーと交流を持とうとする桐山の方も十分すごいと思う。少しだけ楽屋の中を見たが、あれって、救急病院みたいだったぞ」
「ああ、あれな。ライブの後って、どこも近い感じになるんだ。クロスジャパンほど、俺たちは大変じゃないけど、二時間とかステージに上がっていると、頭も体もおかしくなる。上杉も覚悟しておけ」
「俺がライブハウスでやってた時は、あそこまでひどくなかったけど、二時間ぶっ通しとかはなかったからな……」
「まあ、そういうことだ。楽しみにしていろ」
「あ、そういえば、小村哲哉、あっちはどう思った?」
「うーん、俺が思っていたより、迫力がなかったって言うのも失礼か。あえて言うなら元気がなかったな」
「確かにそんな感じがあったな。あの人も大変ってことか」
「俺らみたいな子供が、進撃してくるんだから、恐怖を感じるよりも面白がってくれる方が良いんだけどな」
「確かに。浅井さんなんて、面白がりまくってるぞ。歩美さんのアルバムで遊びまくっているのは、面白さよりも恐怖を感じるけどな」
「それが浅井さんのすごさなんだよ。良い人が俺たちの味方になってくれた」
「ああ、俺からしたら大先生だ」
そうして、明日の激戦のために休息の時間に入って行った。




