第六六話 学祭ライブ
学祭ライブ
十一月十日の日曜日。
今日は、俺たちの高校の上の大学になる慶徳義塾大学のメインキャンパスに来ている。
なんでそんなところに来ているのかと言えば、学祭ライブをするためだ!
この大学は、都内だけではなく、隣県にもキャンパスがあるのだが、本部のあるこのキャンパスに各キャンパスの皆が集まって学祭をするそうだ。
俺たちミストレーベルの現高校三年生と二年生の半分ほどが通う予定の学部がこのキャンパスにあるので、オープンキャンパス気分で来ている。
今日のメンバーは、極東迷路とコーラスの島村、舞、美香に水城と歩美も来ている。
さらに、ポーングラフィティまで一緒だ。
ライブ会場は野外に組まれていて、四組分が演奏するライブ会場ともなると、それ相応の人数のスタッフが必要となり、準備だけでも大変なことになっている。
最近の俺たちの動向は、少し大人しくはなっているが、それでも忙しい。
六月に玉井と水城がやっていたラジオ番組が、十月から正式に放送される番組となり、ブラウンミュージックのミュージシャンを毎週ゲストに呼んで、プロモーションをしてもらっている。
水城は十月に、極東迷路は十一月に入ってすぐにシングルを出した。
水城のシングルは、デイリーランキングの二十位以内にとどまっている時間が長いようで、一か月程をかけてゆっくり売れて行く傾向があるようだ。
開き直って、歌いにくい曲を入れているので、そのあたりが関係していそうだ。
極東迷路の曲は、ランキングの十位以内に入り、ゆっくり落ちて行く傾向があるので、こちらは、熱心なファンがしっかり買っているのだと思っている。
どちらも、ファンがしっかりついている様子なので、安定したと思って良いのだろうな。
歩美は、元々芸能界との相性が良いらしく、俺たちが苦手にしているような生放送の歌番組からVTR出演の番組までしっかり出演している。
来月には、歩美もシングルを出すことになっているので、かなり期待できそうだ。
ポーングラフィティは、九月に発売したデビューシングル『アポロプロジェクト』が恐ろしいほどに売れた。
ついでに十月に発売したアルバムも売れまくった。
この事態に岡田さんたちは、激しく動揺してしまい、しばらく外に出るのが怖くなってしまったようだったが、あまり事態の大きさを理解していなかったヨシアキの様子を見て冷静になれたらしい。
今は事態を理解したヨシアキの方が、震えあがっているそうだ。
ポーングラフィティの四人目のメンバーであるヨシアキは、皆の良き弟分として丁度良い存在になっているようだ。
この時代のミュージシャンたちは、極端にストイックになろうとしていた人物が、案外多い。
気を緩ませる存在がいると、無理をしなくても良くなるのだろうから、ヨシアキの存在は、大きいかもしれない。
ミストレーベルでデビューしているミュージシャンたちは、こんな感じで順調すぎるくらいに順調で、俺自身もしっかり曲を仕上げているので順調と言って良いだろう。
順調なのは良いのだが、こんな状況で、年末が近くなると、今度は、レコード大賞や紅白歌合戦の話も聞こえ始める。
紅白歌合戦は、あまり気にしなくても良いかもしれない。
呼ばれるとしたら四組全てが呼ばれるだろうし、先達の方々の様子を伺いながらリハーサルと本番を行い、眠いのを我慢したら良いだろう。
問題は、レコード大賞だ。
一年間の印象を言えば、小村哲哉プロデュースのミュージシャンの躍進が目立っていたかといえば、そうでもなかった印象だ。
どちらかと言えば、アルバムこそ出していないが、水城の方が目立っていた。
他のミュージシャンの活躍もそれなりにあったので、特にこのミュージシャンがすごかったと言えるほどの人物は、いないのが実情になっている。
俺の知る歴史と近くはなるのだと思うが、俺たちがどう扱われるのか、気になるところだな。
控室のテーブルには、学生スタッフが、出店の食べ物を定期的に置きに来てくれている。
タコ焼きをつまみながらそんなことを考えていると玉井が横からタコ焼きをつまんで言った。
「旨いな。なあ、キリリン、このキャンパスには、誰が通うんだ?」
「多分、俺と蜜柑、ミーサと歩美にタマちゃんもだな。他は横浜の方に行くと思う」
「俺もここか」
「あまり学内の見学は、出来ていないだろうけど、この大学をどう思う?」
「そうだな。さすがに老舗大学って感じだよな。ところどころに明治時代の名残があるのが面白い」
「あまり詳しいわけじゃないが、歴史のある大学ってのは、面白いよな。俺の父親もここの卒業生らしいから、実は楽しみにしている」
「そうだったのか。キリリンの親父さんって、どうしているんだ?」
「それが本当によくわからないんだ。母親が言うには中東にいるらしい」
「謎な人だな。何かの技師なのか?」
「うーん、一応は営業って聞いているんだが、何か違う気もする。謎すぎる」
「うちの家の会社は、重機を作るための機械のパーツを作っていて、自社製品も一応あるらしい。金属加工メーカー兼下請けって感じだな」
「どうにも仕事が上手くいかなくなったら、美鈴に言えば、何とかなると思うぞ。あれで、かなりしっかりしているからな」
「美鈴さんって、よくわからない雰囲気があるよな。普段は、どんな人なんだ?」
「うーん、舞をもっとおかしくした感じだな。実行力がある分、舞よりは恐ろしい」
とことこと舞がこちらにやってきた。
「舞です。呼ばれました!」
「舞さんは、自分がおかしいと思うか?」
「私は、私の時と舞の時があります。舞の時は、おかしいかもしれません」
「美鈴も同じようなことを言うタイプだな。あいつの場合は、気を抜いているときとしっかりしているときの差が結構あるな」
「なるほどな。舞さんも面白いからな。見ていて飽きない」
「玉井さんも面白いです。ドラムを叩いている時と普通の玉井さんの時で、雰囲気が変わります」
「キリリン、俺ってそんな感じがあるのか?」
「普段は、かっこ良いだけの男子高校生だな。ドラムを叩いているときは、虎とか大型の猛獣ってかんじだな」
「兄上の言う通りです。玉井さんは、大きな猫になっています」
「虎って言われるとかっこ良く聞こえるが、大きな猫っていうと、やたらと大きい毛玉を追いかけていそうなイメージになる……」
「最近は、シンセサイザーも触るようになったようだし、大きな猫がピアノを弾く日も近いかもな」
「舞さん、キリリンは、どんな動物っぽい?」
「兄上は、あまり動かないのでコアラとかでしょうか」
「俺ってあまり動かないのか?」
「ああ、確かに動かないな。いつも椅子に座って作業をしているか、ピアノとかの前で座って曲を作っているイメージだな」
「ああ、確かにそうかもしれない。でも、運動不足ってことはないぞ。夏前から木刀を振っているし、空手の稽古も週に一回やっているんだからな」
「洞爺湖の木刀を振っているのか?」
「いや、クラスメイトにちゃんとしたのを買うように言われて、しっかりしたのを使っている。なかなか良いぞ」
「私も戦う準備をした方が良いのですか?」
「戦わなくて良いからな。俺も戦う準備をしているわけじゃない」
「キリリンは、実妹がいるからなのか、妹分の扱い方が上手いな」
「まあ、美月とは、あまりケンカもしないから、仲は良いと思う。俺の方が迷惑を掛けているんだろうな」
「美月さんも、こっちに来たら良いのにな」
「もう少し時間がかかりそうだ。あれはあれで、桐峯皐月の娘って言う重圧と戦っているんだ」
「ああ、それもそうだな。皐月さんのアルバムの四枚目は十二月か」
「そのはずだ。あれだけの曲があれば、十年くらいは、自分の曲だけでやって行けるだろうから、もう放置だな」
「そういう物なのか?」
「和楽器の世界は、こっちとビジネスモデルみたいなのが結構違うらしくて、新曲を演奏して行けば良いって物じゃないんだよ」
「和太鼓でもやってみたくなるな」
「うちの母親に頼めば、和太鼓を習える人を紹介してもらえると思うぞ」
「考えておく」
そんな無駄話をしていると、ポーングラフィティから順番に呼ばれて、ライブが始まった。
俺たちが知名度的には、一番高いので最後となり、演奏を始める。
夕暮の時間にライブを開始する。
会場は、すでに盛り上がっているので、初めから飛ばし気味に、曲を演奏していく。
MCの時間に、サイリウムをステージの上から皆で会場にばらまき、後ろの方には、スタッフの方々が、配ってくれて、色鮮やかな野外会場になった。
そんなことをしながら一時間ほど演奏してライブは、終わって行った。
控室に戻ると、理事長先生や学長先生が迎えてくれて、入学を楽しみにしていると熱く語られた。
本当にありがたいライブになったと思う。
だが、良かったことばかりではない。
ライブ中、瞬く間に鎮圧されたのだが、かなり危険な事件が起きていた。
俺と同じ年のフリーターが、ナイフを持ってステージに上がろうとしていたのだ。
蜜柑は気が付いていたが、警備員がすぐに動いたのが確認できたので、音を止めずに演奏をそのまま続けた。
そんなことが起きていたのだが、気が付いていた人は、少なかったようで、安心した。
音楽は、楽しんで聞いてほしい。
事件の事なんて知らない方が良いのだ。
犯人は、警備員の人達によって安全に処理されて、警察に連れていかれたのだが、おれはそいつの顔を知っている。
俺が母親のアルバムで使った曲を未来で発表する音楽プロデューサー本人だったのだ。
気が付いたとしても本人でも微妙なところにまで手を加えたと思っていたが、さすがに本人だけあってわかってしまったようだ。
だからと言って、彼に俺をどうすることもできない。
彼がナイフを持って暴れたというのは、それなりの事件なので、彼の事はしっかり調べられた。
彼は、地方都市出身で、中学を卒業すると上京して、高校卒業資格が取れる音楽系専門学校に通っていたらしい。
一年次はそれなりに暮らしていたそうなのだが、三学期が終わった頃から、おかしくなり始めたと言う。
うちの母親のアルバムが発売された頃からおかしくなったと言うことなのだろう。
それでも梅雨の季節くらいまでは、何とか専門学校に通っていたらしいが、夏休みに入る頃に中退をした。
母親の二枚目のアルバムが出た頃が梅雨の季節だから、そこからさらにおかしくなったのだろう。
そこからは、仕送りで食いつなぎながら、自室に引きこもり曲を作り続けていたようだ。
警察が動けば、彼が書いた譜面なども押収される。
そして、ナイフを持ってライブ会場に現れた動機が、俺に自分の曲を盗作されたと言うことになれば、一応の調査もされる。
だが、全てが未来で発表される曲なので、盗作と言っても、何をどうやって盗作したのかがわからない。
それに、すでにある曲だったとしても、和装曲と彼の曲は、作り方から違う。
たまたま似ているという曲が合っても、偶然と言うことになってしまう。
だが、偶然も続けば必然とも言うので、しっかり確認もされるが、他人から見たら全く違う曲や譜面にしか聞こえないように作ってあるので、本人にしかわからないのだ。
そうして、彼は、音楽の世界から永久追放されてしまった。
しっかりお前の未来の仕事は受け継ぐからな。安心してどこかで暮らしていてくれ。
悪い気もするが、こうでもしないと生きていけないのが、この世界なんだよな。
怪我人も出なかったし、これで良しとしておこう。




