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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第六五話 二年目の文化祭

 二年目の文化祭


 十月二七日の日曜日。


 祭イベントの一般公開日となる文化祭三日目だ。


 我がクラスである二年一組は、良い感じにやる気がないムードで文化祭を楽しんでいる。

 どれくらいにやる気がないかと言うと、大量の机を多教室から集めてそれで迷路をくみ上げて、微妙な迷路を作り、それを出し物にしてしまったほどにやる気がない。

 この迷路の面白いところは、カーテンなどの布で、机を隠すのではなく、そのままのむき出しの状態で並べてあることだ。

 こうすると、通路の先が見える。

 だが、そこに罠があるのだ。

 見えるから簡単に脱出できるかと思いきや、その逆で見えるからこそ惑わされ錯覚してしまうように組み上げられている。

 だれがこんな組み方を考えたのかはわからないが、良く出来ている。

 なぜ迷路なのかと言えば、極東迷路の実質リーダーである俺がいるクラスなので、迷路となったのは、言うまでもない。


 そんな感じで、クラスは順調なのだが、高校側の依頼で今年の文化祭は、とんでもないことになっている。

 まず、今俺たちは、生徒会室に軟禁状態だ。

 この俺たちというのは、極東迷路のメンバー全員で、蜜柑と玉井にコーラス担当となる島村に舞と美香が含まれている。

 午前中に、極東迷路のライブを体育館で行い、午後から桐峯皐月の講演会を講堂で行う。

 母親の入りが、午後からになっているのが唯一の救いだ。

 もちろん警備会社も来ているので、それなりに気を使っているようなのだが、この企画を考え実現しようとしたのはどうかと思う。

 こんなことをしたなら、大混乱になると予想できるのに……。


 今回の事は、大学側とブラウンミュージックが決めたことのようなので、俺たちは従うだけだが、安全に終わるのだろうか……。


 生徒会室のドアが開き、美鈴が入ってきた。


「スー、どんな感じだ?」

「チケットがないと校内には入れないので、人があふれかえっていると言うようなことはないです。ですが、あっくんたちの控室を探している人たちはいますね」

「今日は、慶大の理事さんたちもきているのか?」

「はい、理事長先生たちまで、しっかり来ていますね」

「面倒すぎる……」


 美鈴の秘書的な立場に最近なったという、東大路使用人軍団の五郎沼さんが、美鈴の後ろから顔を出した。

「それでは、極東迷路の皆さん、そろそろ移動お願いします」

「おし、皆、行こう!」


 五郎沼さんは、女性のやり手な秘書と言う雰囲気な人で、夏休みの間に、以前の俺の恩師になる吉本教授に会って来たそうだ。

 ポーングラフィティの岡田さんと吉本教授は年齢は大きく違うが、本当に似ているので、そのことに驚いたと感想を聞かせてくれた。

 あの島の出身の人は、不思議な人が多いのかもしれない。


 警備員さんたちに囲まれながら体育館の中にある準備室に入り、簡単だが着替えやメイクをして行く。

 レモンさんたちもしっかり来ているのですぐに終わり、ステージに立つ。

 体育館の方が音響の準備が難しいらしいが、音出しを軽くしたところ、問題はなさそうだ。


「蜜柑、順番は、ライブツアーの時のセットリストとほぼ同じで、オープニングから始めるからな」

「了解、桐峯君、静香ちゃんよろしくね」


 そうしてステージの幕が上がり、木戸のヴァイオリンが流れ始めた。


 体育館の中には、うちの高校の生徒はもちろん、来場してくれた方々で、すごいことになっている。

 人がひしめく中、俺のピアノパートが始まり、静かになって行く。

 オープニングが終わり、ドラム音が鳴り響き、バンドの演奏が始まった。


 けが人が出ないか心配だったが、曲をこなしていき、ゲストコーナーで、校長先生と大学理事長先生を呼び出したり、パートを交換して俺がドラムを叩き、玉井がシンセを弾いたり、軽音部代表ということで、飛び込みと言う名目の打ち合わせ済みの白井と上杉が現れたりと、好き勝手にやらせてもらった。

 白井の腕前は、確実に俺たちに近づいてきている。

 一度、ブラウンミュージックに連れて行っても良いのかもしれない。

 今度じっくり話し合ってみよう。



 それからは、軽くそれぞれに変装をして文化祭を楽しむことになった。

 蜜柑と玉井に島村の堀学園組が離脱し、慶徳高校組もそれぞれに別れていった。

 俺のところには、舞と美香が残り、三人で文化祭を回り始める。


 さすがに、俺が生徒会活動で巡回をすると逆にトラブルを招きかねないので、大人しく私服で行動だ。


「兄さんの高校は、にぎやかです。私もこんな高校に通ってみたいです」

「うーん、美香は、もしかしたら音楽科のある高校に進学することになるかもしれない。舞が進学する高校は、この高校に近いかもしれないな」

「兄上の高校と同じような雰囲気の高校に私は行くのですね。楽しみです!」

「舞ちゃんがうらやましいです……」

「美香ちゃんと一緒の高校じゃだめなんですか?」

「なんていうかだな。舞は、もうやるべき音楽が決まっているだろう。美香は、まだ決まっていないんだ。それに舞の得意な音楽は、美香には向いていないし、俺がイメージしている美香の向いている音楽も舞には向いていないって感じなんだよな。二人とも蜜柑の歌は歌えるだろうけど、蜜柑の良いところまでは、本当の意味で歌えないだろう?」

「蜜柑さんの歌はすごいです。私には無理です」

「私がやりたい音楽と蜜柑さんの音楽は、違う気がするので、兄上の言う通りかもしれません」

「そういうかんじなんだよ。違うからこそ交わることができるし、仲良くもできる。でも、無理に同じ方向を向こうとすると、壊れてしまうかもしれない」

「そういう物なのですね。美香ちゃんとは、ずっと仲良くしていたいのでわがままを言いません」

「私も兄さんの言うことを聞く。私のやりたい音楽は、どこにあるのかな……」

「そうだな。俺とか舞は、物心がつくかどうかって言うくらいの幼い頃から音楽が身近にあったんだ。そんな人間たちと比べると、美香は体にまだ音楽が馴染んでいないんだよ。だから、ゆっくり音楽を体に馴染ませながら、音に負けない体を作らなきゃいけない。ピアノを弾く時だって、真剣にやると腕だけじゃなくて全身が疲れるだろう。あの感覚が平気になるほど、練習が必要なんだ。だが急いでもいけない。ゆっくり馴染ませて行かないと体が壊れる。自分を大事に育てて行こうな」

「ゆっくり……」

「耳が壊れたり、喉が壊れたりするんだ。プロ志向の人達は、そういう風になりがちだから、大事にしなきゃいけない」

「うーん、難しいけど、頑張りすぎないのが大切?」

「そう。頑張りすぎないのが大切だってことだな」

「わかった。頑張りすぎない」

「私も頑張りすぎないようにします」


 ミュージシャンが耳を大切にする方法の最終到着点は、音を聴かずに、脳内で音をくみ上げられるようになることだと俺は思うのだが、そこまで行くのに何年くらいの修練がいるのだろうな。


 我がクラスの迷路を体験したり、食べ物の出店を回っていると、ポケベルに俺が呼んでいた来客が到着したと知らせが入った。

 校門まで迎えに行くと、すぐに見つけられた。


「北沢さん、岩川さん、わざわざありがとうございます」

「こちらこそ、お誘いありがとう。俺たちも少し前までは、高校生だったのにこの雰囲気に懐かしさを感じるよ」


 先日伊勢佐木町に行ったとき、ユズキの二人へ文化祭のチケットを渡してあったのだ。


「美香さんだよね。お久しぶり」

「お久しぶりです」

「初めまして倉木舞です。兄上の妹分です」

「桐峯さんの妹分と言うことかな。来年から多分、桐峯さんたちにお世話になるユズキの北沢です。こっちが岩川です」

「あ、私も妹分なんです!」

「うんうん、美香さんは、妹分って感じが前に会った時もあったね」

「はい、舞ちゃんと私は、兄さんの妹分です」

「その、プロデュースとかをやっていると、身近になりすぎるって感じがあるんですよね。人によっては、恋愛感情にしておかしくなる人もいるのでしょうけど、この二人は、俺を兄ってことにしてくれたみたいで、ありがたいです」

「そういう物なんだ。桐峯さんのところは、皆が若いから恋愛禁止とかにしているのかな?」

「恋愛を覚えて芸術家としての才能が一段上がる人もいるから、特に何も決めていないですね」

「じゃあ、兄としては、妹たちが離れて行くのを見送る立場になるんだね」

「そうなりますね。でも、それで良いんです。俺の目標は、皆が納得がいく年齢まで音楽をやり続けることですから、三〇歳になろうと六〇歳になろうと、やりたい人が続けられる、そんなチームを作って行きたいんですよね」

「俺たちも、その中に入るのか。生涯現役でやってみるのも良いよな」


 ユズキの二人は、午前中にバイトが入っていて来れなかったらしい。

 だが、母親の講演会にも興味があったそうなので、やって来てくれた。


 時間を見ると、講堂に移動をした方が良さそうな時間だったので、ユズキの二人と一緒に移動を始める。

 道中で堀学園組の蜜柑と玉井に島村と合流して、さらに木戸や梶原たちとも合流し、講堂に入る。


 美鈴が席を取っていてくれたので、皆でそこに座る。


 ユズキとは、初対面の面々ばかりなので、挨拶をしているうちに美鈴から、文化祭の様子を聞く。


「スー、何か変わったことが起きたりしていないか?」

「あっくんたちのライブの最中に熱気に当てられて気分が悪くなった方々が数人いたり、ちょっとしたトラブルはありましたが、許容の範囲内ですね」

「そうか。俺たちも特に何事も起きていないな。それにしても、去年よりも講堂の座席が埋まって行くのが早い気がするな」

「今年の皐月さんは、アルバムを出していますし、公演も例年より多目にしているようですから、話題になっているのでしょう」

「まあ、華井奏社から移籍してきた人たちに仕事を割り振るのも母親の仕事の内だからな。皆、一度は舞台に上げておかないといけないのだろう」

「そうですね。今日は、極東迷路を呼ぶのに大学から予算を取って来ていますし、高校の予算では、去年と同じで皐月さんを呼ぶのが精一杯でした」

「それでも、美月との合奏だからな。レアな組み合わせなんだよな」

「和楽器部の人達が言うには、美月ちゃんの音は、迫力がありすぎて付いて行くだけで精一杯らしいですよ」

「俺よりも熱心に音楽と向き合ってきている美月だから、手習いのつもりでやっている人達とは、レベルが違うんだろう」


 そうして、母親の講演会が始まった。

 去年は、公演でのあれこれを話していたが、今年は一年をかけて発売をするアルバムのレコーディングのあれこれを話していくようだ。

 そうなると当然、俺の話がちょくちょく出てくる。

 息子の曲がすごいと言う話は、まだよいのだが、息子の曲が難しくて辛いという話は、申し訳なくなる。


 どうやら、投げっぱなしにしていたので、知らなかったが、編曲作業で悪戦苦闘していたらしい。

 そもそも和奏曲に仕上げているが、どちらかと言えばテクノポップの曲をベースにしてある。

 ところどころに残るテクノポップが邪魔をしているのだろうな。


 だが、結果的に斬新なアルバムが仕上がっているのだから誰も俺に文句を言いに来ないわけだ……。

 本当に済まない。


 そうして母親の話が終わり、演奏の準備に入る。


 親子合奏でやる曲は『彼岸花』と『秋桜』だ。

 どちらも、夏の終わりから秋の曲をイメージしているので、この季節に丁度良い。


 一曲目の『彼岸花』は、とある街の河川敷に彼岸花を植えている場所があった。

 大量の彼岸花が植えられたその道は、赤よりも深い赤い色、あの色を何というのか俺は知らないのだが、そんな鮮やかな赤に彩られた河川敷は、見事としか言いようがなかった。

 彼岸の季節に咲くので、物悲しいイメージのある彼岸花だが、盛大に咲いている風景を見てしまうと、物悲しさよりも美しさの方が勝ってしまったのは、良い思い出だ。

 そんな鮮やかさを込めて作り込んだのが『彼岸花』と言う曲になる。

 もう一曲の『秋桜』は、コスモスのことなのだが、こちらも秋の季節に様々な色で広く咲き誇るコスモスを見た時に心が動かされたのを覚えている。

 コスモスは、遊休地に観葉植物として植えられることが多いそうなのだが、その広く一面に植えられたコスモスのカーペットに意味を求めるのは、場違い感を感じてしまう。

 それくらいに強烈な印象を持たせてくれる。

 そんなコスモスなのだが、花を一つだけ見ると、花びらが整然と並んでいて、自然界の規則性をそこに感じることもできる。

 宇宙を語源に持つコスモスらしいと思える花に感じ、宇宙的でありながら、か弱い花のイメージを表した曲になっている。


 そうして、母親と美月が弾きはじめ、俺のイメージを何倍にも増幅させた強烈な音色が講堂全体に響く。

 呼吸をするのも忘れるような演奏の時間が終わり、盛大な拍手と共に母親と美月は、ステージの袖に下がって行った。


「……桐峯さんのお母さんもすごいが妹さんもすごいんだね」

「妹が本気で弾いているのを久しぶりに聞きました。随分と腕を上げていたようです」


「兄さん、美月姉さんってあんなにすごかったの?」

「家では、俺が防音室を占領してしまっているからあまり弾いていないが、近くの和楽器教室に母親の専用の練習部屋があってそこで美月も練習をしているんだよな」

「なんで家で練習をしないの?」

「うーん、美月って料理が好きだったりテレビが好きだったりで、家には誘惑が一杯あるようなんだ。それから逃げて練習をしているつもりらしい」

「ああ、そういうの。わかる。うちもいろいろと厄介な家だから、あまり帰りたくないんだよね」

「事情は、いろいろってやつですね」


 それから、皆で講堂を出て、文化祭の終わりまで、楽しんだ。

 一応生徒会長なので、校門で見送りを終えて、美鈴と生徒会室に戻る。

 他の生徒会メンバーは、クラスを見回ったり忙しくしてもらっている。


「これであとは、卒業入学イベントだけです。信也君たちの前生徒会の方々の進路ってどうなるのでしょう?」

「うーん、俺の知っている通りなら、信也君と常ちゃんさんは、慶大だったかな。堀江さんのことは、覚えていない。和美さんは、京都に行くはずだ」

「大学でも楽しそうですね。常ちゃん先輩は、そっと手伝ってくれるような優しさがあったので好きです」

「そうだな。信也君もそういうところがある人なんだよな。うっかりミスをしっかりフォローしてくれるような人だな」

「そういえば、千原さんのことは、どうするのですか?」

「カラオケ大会をクラスでやっていたらしいな。そこで歌っていたと聞いたが、どうなんだろうか。俺としては、今までスカウトして来たメンバーが上手く行っているから、千原のように今の時点では、不発っていう人物の対応の仕方がよくわからない。何かきっかけがあれば、本人からやる気を出してくれると思うんだがな」

「あっくんの知る未来の千原さんは、どんな感じなんですか?」

「二〇代後半になって、声優の良い仕事が回って来るんだったかな。その仕事で歌った曲が話題になって歌手としても注目される。そこからは、ある程度順調な活動をするんだったな」

「どちらかと言うと遅咲きになるのでしょうか?」

「そうだな、どちらかと言えば遅咲きになるんだが、声優の扱われ方が、これから変わって来るんだ。そのブームに上手く乗ったって感じだな」

「俺たちが卒業する前にやる気になれば、俺からいくらでも押せるし、高校の間なら美月がいるから、フォローを頼んでおけば良いだろう」

「それくらいなのでしょうね。今年の後半から来年にスカウトする必要のある方は、どうなんでしょう?」

「いると言えばいるんだが、ベックスの件が上手くいけば、殆どが無駄になる。だから積極的に動く必要がないんだよな」

「そちらは、問題ありません。あっくんのおかげで、資産運用が上手くいっておりますので、ゲーム開発の前倒しも出来そうな程です」

「それなら次々世代に間に合えば十分だから、次世代では、ソフトで参入するのを考えるのが良いかもしれないな。ゲームっていう物だからと言ってあまり舐められないのが、これからの時代になるんだよ」

「ゲームでいろいろなことを知った世代が、その次の何かを作るってことですよね」

「そうだ。無理をせずに、確実な準備をするだけで十分だ。ゲーム開発の前倒しが出来るのなら、パソコンを使ったネットゲームの開発に参入しても良いかもしれないな。そちらの事も思い出しておく」

「パソコンの開発は、しばらく最前線でやれそうなので、続けられます。何かモデルがあれば、すぐにでも開発が可能かもしれません」

「アイディアは、まだまだあるから、とりあえずは、高校が終わるまでは、辛抱だな」

「はい、技術の進歩も必要なんですものね」


 そんな話をしていると、生徒会のメンバーが戻って来て、俺たちも見回りに加わり、二年目の文化祭は終わって行った。


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