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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第六四話 伊勢佐木百貨店再び

 伊勢佐木百貨店再び


 十月五日の土曜日。

 午後七時を過ぎた頃、横浜の伊勢佐木町の駅周辺に来ている。

 今宵は、ユズキと会ってから半年ほどが流れたので、彼らの様子を見に来た。

 七瀬さんと鮭川さん、おまけで着いて来た美香の四人で夕食を頂き、彼らの定位置になっていると思われる百貨店の入り口が見える喫茶店でのんびりしながら彼らの登場を待っている。


 コーヒーを飲みながら、今日の昼間に紀子さんから聞かされた話を振り返る。

 ミストレーベルに所属する高校二年生と三年生の全員が紀子さんから呼び出され、予想外の話を聞かされた。

 まず、高校三年生の蜜柑と歩美、それに所属はしていてもデビューをしていないミーサ、ブリリアントカラーのドラマーとしてライブハウスを回っているエイジ君の四人に慶大から特別入学の打診が来たというのだ。

 特別入学と言うのは、スポーツ特待生と同じような扱いで大学側からのスカウトと言う形での入学する制度らしい。

 この辺りの制度は、不透明な部分が多いので大学側の判断と考えるしかないようだ。

 ミーサとエイジ君がこの対象になっているのを不思議に感じたが、そもそもこの特別入学の打診は、俺たち個人に直接された物ではなく、ブラウンミュージックに打診されているので、その中で何かがあったのだと考えることにした。

 折角の機会を無駄な追及で手放させるのは、もったいないので気にしない方が良いだろう。


 次に、高校二年生組だ。

 俺たちにも特別入学の打診が来ているらしい。

 蜜柑たち高校三年生組は、返事をしたなら入学決定となるが、俺たちは内定あるいは、内々定と言ったところのようだった。

 水城や玉井は、この資格はあると思うし受けるべきだと思うが、俺は東大路の関係で学内推薦を狙っているので、辞退をするべきと思っていたが、紀子さんから俺もこれで入学するように言われてしまった。

 紀子さんから俺も特別入学をするように言われたことで、この話の内情を理解した。


 俺は、夏休みの終わり掛けに人間ドックに連れていかれた。

 その時に過労と言う診断を受けてしまったのだ。

 俺が無理をし過ぎているのをどうにか止めるために、こんな手が打たれたのだろう。

 そうして、水城、俺を含めた極東迷路、ポーングラフィティのドラマーになっているヨシアキ、浅井さん預かりの上杉の全員が特別入学の内定をうけることになった。


 さらに話は続く。

 蜜柑、歩美、ミーサは、入学の手続きを終わらせるのと同時に休学の手続きもして、一年間の休学に入り、そのまま海外留学をすることになった。

 行き先は、蜜柑は、イギリスで歩美とミーサは、アメリカとなった。

 東大路の関係者の家でホームステイをしながら留学生のための語学学校に通い、あちらでボイストレーニングを受けることになる。

 てっちゃんのトレーニングは、一流だが、海外でのトレーニングも受けておくことで、幅が広がると言う判断だそうだ。

 俺としては、てっちゃんのトレーニングだけで良いと思うが、てっちゃんから意見を聞いてこの判断になったそうなので、俺は黙るしかないようだった。


 そして来年上旬の予定も決められた。

 水城のアルバムは、予定通りに出すが俺だけのプロデュースではなく、浅井さんが参加することになり、極東迷路も三月までにアルバムを作ることになった。こちらは俺と蜜柑でプロデュースする。

 さらに歩美は、ファーストアルバムに続き、浅井さんとのプロデュースとなるアルバムを留学する前までに作ることになった。

 上杉のデビューを来年の初夏に考えていたがこれも浅井さんと俺でプロデュースすることになり、島村も、俺と高見さんでプロデュースすることになった。

 ユズキも高見さんと俺でやることになりそうだ。

 全てのアルバムで、俺の曲が使われるので、そこは今までと変わらないが、浅井さんと高見さんに頼れるのは、本当に助かる。

 俺が単独でプロデュースするのは、ミーサとベルガモットだけになるらしい。

 ミーサのデビューが一年遅れるが、留学後の方が良い声が出せる可能性が高いので、曲だけを作っておこう。

 ベルガモットは、元々が俺の仕事なので、きっちりやらせてもらうつもりだ。


 ちなみに、舞はまだ数年の修行の時間が続く。

 高校に舞が入学してからで良いので、ジャズピアノを習わそうと思っている。

 美香は、てっちゃんとよく話し合い、声楽家にはしないが、せっかくの声なので声楽科のある短大に進学させる方針でまとまった。

 美香の自室にデジタルピアノを置き、地元のピアノ教室で個人授業を受けてもらっている。

 俺の記憶にある中島美香のデビューよりも少し遅くなるかもしれないが、音に負けない体を作るためだと思えば、大したことではないだろう。

 美香本人もピアノを習うのを楽しんでいるので、この選択で良かったと思う。



 こんな感じで、この先の事が示された。

 これからは、本気で過労にならないように気を付けないといけない。

 先達の方々は、ミストレーベルのことを見守ってくれているが、積極的に関わろうとしてくれているわけではない。

 エイジ君とヨシアキは、デビュー出来るのなら、大学進学は必要ないと考えているようだったが、あちらから来てくれと言われたのなら、考えが変わるかもしれない。

 上杉に梶原、楠本たちも、曲を作れるようにさせた方が良いだろう。

 ベルガモットは、歌詞だけ俺が作ることにしよう。

 曲は、インパクトがあるのだから、いけるはずだ。


 少しずつ俺の負担を減らしていって、皆で戦い続けられるようにしないといけないな。


 そんなことを考えながら、時間を過ごしていると、百貨店の営業時間が終わり、ユズキの二人が現れた。

 二人が現れるとどこからともなく、ファンらしき人達が集まり始め、ユズキたちが歌い始めるころには、数十人が集まっていた。


「鮭川さん、半年前と随分違う状況になっているようですね」

「そのようですね。桐峯君のスカウト能力には、本当に驚かされてばかりです」

「それじゃあ、行きましょう」


 俺は、仮にもそこそこ売れてしまった芸能人なので帽子を深く被って動き始める。

 地元では全く変装をしていないが、他の土地に行くとあまり良くないことが起きる可能性もあるので、一応の保険のつもりだ。

 地元で変装をしていないのは、母親がそういうことを全くしないし、ご近所さんには、いろいろとミュージシャンのグッズを配っていたりと、気を使っている。

 それにヤンキー先輩たちが、中学時代に一緒に遊んでいた俺が成功していることを自慢話にしているのも大きい。

 あの人たちは、見た目だけは恐ろしいが、本当に良い人達なんだよな。

 俺が頑張ったことが彼らの自慢話になるのなら、好きに自慢してくれたら良いと思っている。

 


 ユズキに近づき音を聞いてみると、以前とは明らかに違っていた。

 俺が知っているユズキの雰囲気にかなり近づいている。

 これなら、来年の三月まで待つ必要はないと思うが、約束は約束なのだろう。


 ユズキの音を数曲聞いて、納得が出来たので今度は、美香に歌ってもらおうと思う。


「美香、こういうところなんだが歌えそうか?」

「大丈夫、兄さんがギターを弾いてくれるなら歌える」


 ユズキの音の邪魔にならない距離まで離れて、準備をする。


 路上ライブは、高校一年の四月の終わりが最後なんだよな。

 準備を終えて、二人で歌い始める。

 曲は、全て水城と極東迷路の曲にする。

 その方が、美香も覚えているので歌いやすいと思ったからだ。


 歌本を眺めながら美香と一緒に歌って行く。


 慣れて来たら俺がコーラスを歌い、美香が主旋律を歌って行く。

 そうして、しばらく歌っていると女の子のストリートミュージシャンは珍しいのか、人が集まってきた。


 そうなると、こういうことが起きる。


「あれ、極東迷路のピアノの人じゃないの?」

「あ、似てるかも?」

「本当だ。桐峯アキラだ!」


 ざわつきはじめ、よろしくない雰囲気になってきた。

 こういう事態も予想していたので、離脱の準備に入ろうとしたところで、知っている声が聞こえた。


「桐峯さん!、来ていたんですか!」

「あ、北沢さん、お久しぶりです。お二人の様子を見に来たついでに歌っていました」

「自分がそれなりの芸能人だってことを忘れないでくださいよ。今じゃ小村哲哉か桐峯アキラかって言われているんですよ」

「え、それは初耳です。俺、そんなに偉くなってないですよ」

「この半年で、どれだけ曲をかいているのか、自分でもわかっていないんですか?」

「売り出した曲だけなら、アルバム三枚分くらいですよね」

「それに桐峯皐月さんのアルバムが三枚出てますよ。勤労高校生は、こんなところで歌っていちゃだめです!」

「えっと、じゃあお二人の方に行きます」

「まあ、それで良しとします。こちらの彼女は?」

「かなり先になりますが、売り出す予定のミュージシャンですね」

「まだ何人も抱えているんですか……」

「デビュー前のミュージシャンが数人いますね」

「本当に勤労高校生じゃないですか。とりあえず行きましょう」


 それから百貨店の前に移動して、三人ギターで美香が唄ったり、北沢さんたちの歌に美香がコーラスを入れたりと、楽しいことになった。

 気が付くと、周囲には、三百人くらいの人がいる状況になっていた。


 流石に危険なので、ユズキと俺たちは、逃げるように立ち去って行った。

 後日、連絡先を交換しておいた北沢さんからその後の事を聞いたところ、何度もスカウトを受けていたらしいのだが、俺と高見さんとの約束があるので断り続けていたという。

 だが、あの日、俺が現れたことで、すでにブラウンミュージックと契約をしているのだと思われたようで、スカウトがまったく来なくなったそうだ。

 北沢さんたちもブラウンミュージック以外と契約をするつもりがなかったので助かったと言われた。


 それと、やはりと言うべきか来年三月までは路上活動をするそうなので、もうしばらくまってほしいとの話だった。

 ユズキが来てくれるのは本当にありがたい。

 ユズキは、蜜柑たちより一つだけ年上なので俺たちと長い付き合いが出来る相手なんだよな。

 彼らがブラウンミュージックに訪れるのを楽しみに待っていよう。


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