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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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閑話あるいは六三話 美鈴の宿題

 美鈴の宿題

 SIDE美鈴


 九月某日土曜日。

 本家のお祖父さまの執務室でお話をしている。


「彰君からの宿題の調子はどうだ?」

「津波対策の方は、あっくんが以前の記憶でお世話になったと言う瀬戸内出身の吉本教授にお会いできました。教授の専門は、ダムですので、初めは津波の事について話すことに躊躇されていましたが、根気よくお願いをしてお話を聞くことが出来ました」

「ほう。吉本教授と言うのは、どこの大学にいたんだ?」

「それが、あっくんの以前の大学は、関東ですので当然教授も関東にいるのだと思っていたのですが、なぜか兵庫県にいました。幸い内陸の大学に勤めていたそうで、昨年の地震の影響は強く受けていないそうです」

「来年あたりに関東に来ることになっていたのかもしれんな」

「おそらくそうなのでしょう。吉本教授は、ダムだけではなく都市計画にも明るい方だったようで、いろいろと興味深いお話が聞けました」


 お祖父さまに吉本教授の研究室で見せてもらった模型の説明をしつつ、いくつかの対策を話していく。

 初めに見せてもらったのは、箱庭の中にある模型の街が、土石流により破壊されていく様子だった。

 幾つかの前提条件は違うが、日本の港で大規模の津波が起きたなら同じような状況になる可能性が高いと教えてもらった。

 無防備な状態で大規模な土石流の被害にあった箱庭の中の街は、頑丈な建物を残して、ほぼ破壊されている。


 吉本教授が言うには、この土石流は、地滑りを起した山と言う前提で、水は、大雨で決壊した川とそこに続く大きなため池の水と言う前提にしてあると聞かされた。

 水と中身は別物と言うことを理解する必要があるそうで、水だけならここまでの被害は起きず、土砂だけでもここまでの被害は起きない。

 土石流になるからこそ、ここまでの被害が出るとのことだ。


 次に、川の堤防が決壊した場合を見せてもらった。

 川から決壊した水は、低いところに流れ、そこに収まらなかった水が街全体に広がって行くようだった。

 この場合でも、土石流ほどではないが、街にある様々な物が土石流の中身の役目をしてしまい、街の建物にある程度の損害が起きてしまっていた。


 吉本教授は、この実験で、街に余分なものを置かないことである程度の被害を抑制することは可能だと示してくれた。


 最後に、どういう街なら土石流や水害から守りやすいかのモデルを示してもらった。

 通りが大きく、河川の整備が行き届いており、公園がある程度ある街、さらに人工で構わないので里山の様な丘がところどころにあると山が水をためてくれるので水害に強い街になるそうだ。

 また、空き家などは、極力なくし、使い道がなければ、駐車場に利用するなどで良いので、もろい建物を極力無くすようにする必要もあるとも言われた。

 だが、これは、あくまで津波対策ではなく水害対策の街づくりであり、どこまで津波対策の参考になるかは、未知数らしい。


 盛り土を作り、その上に道路を走らせる、避難の出来る頑丈な建物をいくつか用意しておくなど、有効な手は、あることはあるが、画期的な方法と言う物は、殆どないと言われてしまった。


 さらに、津波の恐ろしさは、地震の直後にやってくるのではなく、時間差で来ることにもあるらしい。

 また、一度の津波ですべてが終わるのではなく、二度、三度と津波が襲ってくる場合があるのも忘れてはならないとも言われた。

 聞けば聞くほど恐ろしい物に感じてならない。


 結局は、人が住んではいけない場所があり、そこにどうしても住みたいのなら、それなりの工夫が必要となるとのことだった。


 その他では、原子力発電所を頑丈にするのは、当然として埠頭を作ったり波力発電の実験施設などを海に作り、原子力発電施設まで津波が到達するまでの力を削いでおくと言う案も示してもらった。

 これは、有効だと思ったので、ぜひやるべきだと思う。


「なるほどな。四谷と五郎沼から報告書を受け取っておこう。今は、即効力のある手を打てなくても国会議員やらに話を通していけば、何かが変わるかもしれん。それに吉本教授は、電力関係の専門家でもあると聞いている。一度、挨拶をしておいた方が良いな」

「よろしくお願いします。お祖父さまの方は、いかがでしょう?」

「康仁は、上手くやってくれているようで、原子力発電所の補修を徐々に始めている。流石に二〇メートル級の津波対策とは、言えないから、いろいろと工夫はしている。東南アジア地域の開発は、順調すぎるほどに順調だな。インドでも問題はない。情報技術部門も順調だな。上手く行っていないのは、自動車の開発に手を出せないくらいか」

「あっくんは、インドでの自動車工場を示していましたが、必要に思いますか?」

「おそらく彰君は、今のインドを見ておらん。未来のインドを見ておる。何かがあるのだろうな。我々は、彰君のおかげで資産運用が異常なほどに上手く行っている。彰君の経済の知識は、余程の物だったのだろうな。その中から何かを読み取っているのだろう」

「そういえば、ボランティアパトロールの件は、いかがだったのでしょうか?」

「おお。あれは、大成功だ。前年比のデータと比べて、犯罪件数が、かなり減っているらしい。今は、車内から青いライトを照らして走っているが、近いうちに青い回転灯を使用できるはずだ」

「あっくんが言うには、ボランティアパトロールとして本物のパトカーの色に近い塗装をした車で街をゆっくり走っているだけで、防犯活動になると言っていましたが本当だったのですね」

「うむ、ボランティアパトロールの最中に、警備会社ならうちの会社の警備をしてほしいと言う声を何度もかけられているらしいから、正式に警備会社を設立して警備部門を独立させるつもりだ」


 あっくんのノートには、いくつかの殺人事件の記述がある。

 それらの事件のすべてを止めることはできないとあっくんは思っているし、現実的に無理だと私も思う。

 だが、せめて何かが出来ないかとボランティアパトロールを殺人事件の日時に近いところでやるようにしている。

 成果はそれなりにあがっているようなので、このまま続けて行ければよい。

 だが、一つだけ来年に神戸で起きる殺人事件を絶対に止めてほしいと言われている。

 そちらに関しては、対策を練っている最中だ。

 その事件の内容を読んだが、猟奇的と言う言葉がすぐに思いつくほどに残酷な事件なので、私も止めたいと思っている。


「美鈴、もう一件の宿題は、どうなっている?」

「あっくんのノートありきの宿題ですから、難しいところではあります。現状は、上場すらしていないので、内部を調査しているだけですね」

「レコード会社を乗っ取ると言うのは、あまり褒められた方法ではないが、大きな被害が出るわけでもなさそうだし時期を見て、仕掛けるのが良いのだろう」

「はい、あっくんが言うには、レコード会社自体には、価値はないそうなんです。映像部門やタレントや俳優、声優などが必要とのことでした」

「ミュージシャンにも価値がないと?」

「残念ながらあの会社のミュージシャンの殆どに価値を見出していないようです」

「彼も本物だろうに、何かが噛み合わないのだろうな」

「はい、あっくんの予想では、九九年中に上場をするそうですが、すぐに失速してしまうそうです。ですが二〇〇二年には、再び盛り返してくる可能性があるそうなので、仕掛けるなら二〇〇〇年が良いとのことでした。こちらとの合併に重役の何人かが反対をしてミュージシャンを連れて出て行く可能性が高いそうなのですが、大人しく見送ればよいとのことです」

「本当にいらないんだな。芸能の世界の厳しさか」

「お祖父さまも携帯電話事業で失敗をなさらないでくださいね」

「ああ、一度海外に逃がしてからこっちで引き受けると言う流れは面白い。ついでに福岡で野球の球団まで持ってしまえと言うのだからな」

「北海道でサッカー、九州で野球、とても良いと思います」

「だが、彰君のおかげであの者の才を知ることが出来たが、生かさず殺さずで見て行くか、いっそ懐に入れるか、迷うところだな」

「一度引き取って、アメリカの法人を一つ任せてみるのはどうでしょう?」

「アメリカとは言わず、他国の法人を任せてみるのは良い案かもしれんな。考えておこう」


 それからも、お祖父さまとあっくんのノートに書かれた内容で動いていることについて話し合った。


「美鈴、彰君の事、わかっているだろうな」

「はい、夏の人間ドックで医師の先生から言われた過労の件ですよね」

「うむ、さすがに高校生で医者から過労と診断されるのは、良くない。無理をしないようにしっかり見張っておくのだぞ」

「はい、肝に銘じておきます。それで、あっくんの進学の件ですが……」

「わかっている。こちらで手配はしておくから、もう無理をしないでほしいと伝えておいてくれ」

「ありがとうございます」


 お祖父さまの部屋から自室に戻り、ベッドに無造作に転がる。


 あっくんを過労なんて状態にさせてしまったのは、私がわがままを言い続けていたからだ。

 もしも、あっくんが倒れてしまったら、私が私を許せない。

 皆も良くやったのだから、ここまでで一区切りにしよう。


 書斎机に向かい、これからの事をまとめて行く。

 皆の仕事と進路のことは、一通り把握している。

 先送りにできる仕事は後に送らせて行くべきだ。

 進路もほとんど決定しているような人たちは、全員決定で良いだろう。

 皆にこれ以上の無理をさせちゃダメだ。


 出来上がった物を七瀬さんにまとめてもらってからお母さまに見てもらおう。


 それから数時間、書き物を続け、出来上がった物を七瀬さんに渡してからトレーニングルームに向かう。


 頭が疲れていても、体はまだ疲れていない。

 グローブを付けて、サンドバッグを揺らしていく。


 全身のばねを使って、右手をえぐり込むように突き込む。

 全ての力を注いだところで一気に右手を戻し左手で再び突き込む。

 それを気が済むまで続けていると、モヤモヤした物が体から抜けて行く。


 息が上がる前に停めて、ランニングマシーンに乗る。

 あっくんの曲を聴きながら走り続ける。

 私があっくんの曲で一番好きなのは、皐月さんの『色彩』だ。

 一番あっくんの雰囲気が良く出ている気がする。

 何の色にも成れるし、明るくも照らしてくれる。それでも何もない闇にもなる。

 そんないろいろな色を見せてくれるのが、私のあっくんだ。


 アルバム一枚分を走り続けたので、今日はここまでにしよう。

 最近、体がなまっている。

 もっとしっかりとした訓練をしないと戦えなくなってしまう。

 あっくんが修学旅行で木刀を買っていた。

 私も剣術を久し振りにやろうかな。


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