第六二話 生徒会の社会見学
生徒会の社会見学
九月十四日の土曜日。
今日は、俺が生徒会長を務める慶徳高校生徒会の面々とブラウンミュージックに来ている。
おまけと言うわけではないが、中島美香も一緒だ。
美香は、俺の地元での新生活に慣れることを優先させていたので、ブラウンミュージックには初めて来たことになる。
なぜ俺たち慶徳高校生徒会がここにいるのかと言えば、数日前の昼休みにこんな会話があったからだ。
生徒会室で昼食を頂いていると、勝がライブツアーの最中に俺達が食べた各地の料理の話を振ってきた。
「……結局、どこの食べ物がおいしかったんですか?」
「うーん、札幌で食べた海鮮丼も良かったし、福岡で食べた水炊きも美味しかった。俺たちには、珍しい食べ物に感じたが、名古屋で普通に食べられている小倉マーガリントーストってのも食べたぞ。なかなか良い味だった。話によると、名古屋には強烈なデザートメニューがある店があるらしくてな、小倉抹茶スパゲティーとか言う食べ物まであるらしいぞ」
「小倉マーガリントーストってのも気になりますが、その小倉抹茶スパゲティーってのは、どんな食べ物なんでしょう?」
「抹茶が練り込まれたパスタの上に粒あんが乗っていて、さらに生クリームと果物で飾られているらしい。ちょっと意味が解らない食べ物だよな」
この謎のスパゲティーは、以前の記憶でも食べたいと思いながらも、一度も食べたことがなかったんだよな。
今度こそ食べてみたいメニューだ。
「うーん、デザートメニューだと思えば、食べられなくもなさそうですね」
「勝、ぜひ名古屋に行って食べてきてくれ。感想を聞きたい」
「無理ですって、俺は桐山先輩とちがって、普通の高校生なんですからね」
勝なら、無理を言えば付いてきてくれそうなので、本気で考えておこう。
「それで、女子中学生をお持ち帰りして来たって美月ちゃんから聞いたんだけど、それはどうなの?」
「ママ、お持ち帰りとか物騒なことを言わないでくれ。あちらの家族の了解を貰って連れてきているんだ。美香は、俺の地元の中学校に無事に通ってもらっているぞ。ちゃんと後輩たちに俺と美月で話を通しておいたから、問題はないと思う」
「お兄ちゃんが美香ちゃんを本当に連れてくるとは、思っていなかったんだからね。でも、美香ちゃんは、お人形さんみたいな可愛さがあるし、良い子だから許す」
「美月と合わなさそうなら、話すらするつもりはなかったんだからな」
美香の話題をすると美鈴の方を見るのが怖くなるから、辞めてくれ……!
美鈴は納得をしているが、頭で理解していても何か思うところはあると思う……。
「美香は、そろそろブラウンミュージックに連れて行って、どんな感じになるかを調べたいところだな」
「あの、桐山先輩は、ピアノだけじゃなく、歌も歌うんですか?」
「軽音部では、ドラムを叩いているし生徒会選挙の時みたいに歌う時もある。今は曲作りの時に歌うだけかな。千原は、歌に興味があるのか?」
「うーん、よくわかりません。中学生の頃は、絵を描くのが好きだったんですが今は別の何かをやってみたい気分ですね」
お、ブラウンミュージックに連れて行けそうか?
千原美乃梨は、上手く育てば水城と同じ声優歌手になれる素質がある。
何とかこちら側に引き込みたい。
「そうだな。生徒会の親睦イベントってことで、ブラウンミュージックに皆で見学に行くってのも良いかもしれない。スー、どう思う?」
「今のあっくんのお仕事の様子を皆も知っておいた方が良いかもしれません。この先、あっくんはお仕事を優先して、生徒会に来れない日も多くなると思うのです。そういう時に、理解をしてもらいやすくするのは大切です」
「この先にある大きな仕事と言うと、ポーングラフィティと水城のアルバムか。後は、来年になるな」
「細かいお仕事が一杯あるじゃないですか、シングルにミュージックビデオの絵コンテ、他にもプロモーションもですよ」
「そうだよな……、スー、生徒会の方は、任せた」
「それで良いのです。あっくんは、必要な時だけ居てくれたら良いのですからね」
「それじゃあ、今週の土曜日の授業後に皆で、社会見学に行こう。何か予定があったりはしないか?」
特に問題がなさそうなので、自主的な社会見学が突然決まった。
「さて、このパスカードを首から掛けておいてくれ。話は通してあるから、これがあれば迷子になってもどうにかなる」
全員にパスカードを渡して、ブラウンミュージックのビルの中に入って行く。
七瀬さんに迎えてもらい、養成所から順番に見て行く。
結局、養成所は、なんとか再起動ができたようで、スタッフから心を入れ替えて運営を再開したようだ。
訓練生たちも少しずつ意識改革をしているようで、来年の一月当たりに、ガールズバンド企画第二弾を結成できそうだ。
男子の方が、なぜか問題が根深いようで、バンドではなく、個人で見て行くしかないのが実情だ。
俺が大学を卒業するころまでには、何とかなっているのを願うばかりだな。
二〇〇〇年以降は、底力が無いと、ますます生き残れなくなると思うんだよな。
レッスンスタジオをゆっくりと眺めながら歩いていく。
「美香は、養成所ではなくて、デビュー準備をしている中に入ることになる。ここでレッスンを受けても良いが、特別コースに入ると思ってくれたら良い」
「えっと、私は特別コース?」
「そう、プロだからといって、練習をしないわけじゃないし、誰かに習わないわけじゃない。そういうプロのためのレッスンをしてもらうわけだな」
「兄さん、わかった。頑張る!」
美香は、俺の事を兄さんと呼ぶことに決めたらしい。
家族に姉はいても兄がいないのでこうなった。美月の事は、美月姐さん、母親の事は、皐月母さんと呼んでいる。
ホームステイ気分と俺から言い出したので、この方が自然だと美香は思ったようだ。
「桐山君、養成所ってことは、皆、習いに来ているだけってことなんだよね?」
「基本的には、そうなる。でも、中には、デビューがほぼ決まっていても、こっちに居続けているのもいるぞ。ママも興味を持ったか?」
「私じゃ絶対に無理だよ。普通に生きるのが私には向いている」
「まあ、人には、それぞれ向き不向きがあるからな」
丁度良くベルガモットの練習スタジオに到着したので、中に入らせてもらう。
「練習中に失礼する。リツ、調子はどうだ?」
「桐峯さん、お疲れ様です。ポーンさんたちが、ライブハウスから離れてしまいましたが、ブリリアントさんが、一緒なので順調です!!」
「ブリリアントさんのところのトミーさんは、どう思った?」
「きれいな声ですよね。それに歌っているんですが語っているって感じもするんです。私たちがまだまだってことを実感させてくれます」
「ベルガモットは、ユイとミオのツインボーカルが強みなんだから、そこをうまく使って行きたいよな」
「はい。二人の声をどうやって盛り上げるか、いつも考えていますね」
「いつでも相談に乗るから、何かあったら言ってくれな」
「ありがとうございます!」
それから、ベルガモットの曲を数曲聞いて練習スタジオを後にした。
相変わらず『ホイコーローのホイホイさん』は、インパクトが強い。
あの曲は、シングルにしても良いかもしれない……。
「今のバンドって、ライブハウスで活動しているんですか?」
「ああ、中学三年生なんだが、大人のバンドの前座って感じでライブハウスでやっている。千原も興味を持ったか?」
「そうですね……。面白いと思いました」
「後で美香のチェックをするんだが、千原も受けてみないか?」
「え、私がですか?」
「千原は、友達とカラオケに行ったとき、歌が上手いって言われたことが多い方じゃないか?」
「うーん、自分で言うのもあれですが、よく言われる方かもしれないです。でも、お世辞ですよ」
「俺は、そうでもないと思う。声の出し方をもっとしっかり学べば、もっとうまくなるんじゃないかな」
「先輩は、プロなんですよ。プロのミュージシャンが軽はずみにそんなことを言ったらダメだと思います」
「なら、試すだけ試そう。それなら、プロが軽い気持ちで言っているかわかるだろう」
「うーん、わかりました。美香ちゃんのおまけですからね」
おし、少しずつ釣り上げてやる!
「七瀬さん、美香と高校から連れてきた千原のチェックをお願いします」
「はい。今日は、レモンさんたちもやる気十分で待ち構えていますから、しっかりやってもらいましょう!」
「お願いします!」
それから、養成所フロアから移動をして美香と千原をレモンさんたちに引き渡した。
「あらあら、可愛いお嬢ちゃん達ね。もっと可愛くなりましょうね」
「え、は、はい。お願いします?」
「えっと……、私もお願いします」
美香はレモンさんに直接捕まったので、怯えているようだが、千原は何とか耐えようとしているな。
しばらく様子を見ておこう。
「桐山先輩、大丈夫なんですか?」
「勝もやりたいか?」
「嫌です。絶対に嫌です!」
「レモンさんは、おねえ系のメイクアップアーティストで、腕の確かな人なんだ。俺も軽く尊敬しているぞ」
「そんな人なんですか。慣れていないと、ああいうタイプには、恐怖を感じてしまいます」
「まあ、それなりに知って行けば本当にすごい人ってわかるから、機会があれば、知って行くのも良いかもしれないな」
「俺、メイクとかヘアアーティストとかには、興味あるんですよね。少しなら見ていても大丈夫でしょうか?」
「わかった。聞いてくる」
それから、レモンさんに勝のことを話すと、すぐにOKが出て邪魔にならない距離でなら、見ていても良いということになり、勝は、そのままレモンさんの一日アシスタントになった。
「なら、私も機材に興味があるんだ。そういうところも行くのかな?」
「ママは、そっちに興味があったのか。七瀬さん、柿崎さんのところに連れて行ってやってください」
「事情も含めてお話をしておきますね。一日アシスタントと言うことでよろしいでしょうか?」
「はい。それでお願いします」
ママも七瀬さんに連れていかれ、美鈴と美月の三人になった。
「さて、それじゃあ、俺たちは、二人の様子を見て回ろうか」
それから、順番に、メイクから衣装合わせ、写真に映像と進み、てっちゃんのところで声出しをしっかりしてから、柿崎さんのところで、レコーディングを終わらせた。
俺の感想としては、美香は流石と言うべきか、しっかりと原石だということを自己主張してくれた。
てっちゃんから、もしかしたら声楽向きの声かもしれないと言われたのが気になった。
俺の記憶の中の中島美香は、確かに声楽家のような声を出していた記憶がある。
声楽の知識は、正直言って乏しい。
俺は、てっちゃんから教えてもらった技術を独学で広げただけなので、我流にもほどがある。
このことは、てっちゃんと改めて相談をした方が良いだろう。
声楽家の道を今の美香に提示しても戸惑うだけだろうな。
ギターをやってもらおうと思っていたが、声楽の道を少しでも触るなら、ピアノの方が良いのかもしれない。
千原は、遠慮をしているのか、思っていたほどの成果を出してはくれなかった。
飛び込みでやらせたのが悪かったのか。
ここの養成所は、あまり良いとは思えないが、養成所から始めてもらった方が良いのかもしれない。
じっくり話し合うしかないだろうな。
一日アシスタントをしていた勝とママは、満足だったようで喜んでいた。
レモンさんからは、目の付けところは良いので、メイクアップアーティストの世界に来てもそれなりに行けると言う感想を貰った。
勝もおねえ系になったら良いかもしれない。
柿崎さんからは、あまり繊細な操作には向いていなさそうな様子だったと言われた。
ママには音響の世界は難しそうだ。
「美月にとっては、ここは将来の職場になる可能性が高いところだけど、どう感じた?」
「うーん、お母さんからは、それなりのところまではやれるって言われているんだ。でも、その先は難しいって自分でも思う。だから、私の場合は、まず華井奏社で修業を少ししてからこっちに来ることになるかな」
「それも一つの方法だな。絶対にここにしなきゃいけないってことはないんだ。良く考えながら進んで行こうな」
「うん、お兄ちゃんも頑張っているんだから、私も頑張るよ」
そうして、生徒会の社会見学と美香のチェックをした今日が終わって行った。
皆のお土産には、ミュージシャンのグッズを幾つか持っていってもらった。




