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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第六一話 夏の野外イベント

 夏の野外イベント


 八月二四日の土曜日。

 俺たち極東迷路一行は、早朝から山梨の山中湖近くにある野外イベント会場に入っている。

 本番は明日なのだが、今日の内にリハーサルをして、夜に内輪だけの前夜祭をするそうだ。


 ブラウンミュージックからは、俺たち極東迷路の他に悪夢とウルウルズが呼ばれている。

 今まで会ったことがなかったので、気にしていなかったが、高校の軽音部でコピーをしている悪夢とタートル松木さんがいるウルウルズは、同じレコード会社だったんだよな。


 ブラウンミュージックのテントで、簡単な打ち合わせをしていると、悪夢のメンバーたちが入ってきた。


「おはようございます。お、極東迷路だね。会いたかったんだ」


 生の清治さんだ……。

 コピーバンドをやっていただけあって、憧れの気持ちがあったようだ。


「悪夢の皆さん、おはようございます。極東迷路の桐峯アキラです」


 それぞれに挨拶を交わして、再び打ち合わせを続ける。


「おはようございます。悪夢さんと極東迷路さん早いなぁ」


 タートル松木さんが、ウルウルズの一同と一緒に入ってきた。


「ウルウルズの皆さんおはようございます。極東迷路の桐峯アキラです」


 こちらもそれぞれに挨拶を交わして、すぐに打ち合わせに戻る。


 打ち合わせが終ると、清治さんが話しかけてきた。


「桐峯君、改めて初めまして」

「はい、改めてよろしくお願いします」

「この夏にライブツアーをしていたんだってね。名古屋は、どうだった?」

「ドラムの玉井が名古屋出身何で、ドラムソロのコーナーを作って盛り上げてみました。悪夢さんたちは、名古屋を拠点に活動をしていたんでしたよね?」

「そう。俺たちは、岐阜出身なんだけど、名古屋を拠点にしていたね」

「もしかして京洛って言うバンド知ってます?」

「知ってる!京洛がどうかしたの?」

「実は、玉井のドラムの先生が京洛のドラマーのジュンイチさんらしいんですよ」

「おお! 玉井君!こっち来て!」

「え、はい。清治さん、どうかしたんですか?」


 すぐに玉井がやって来て、ジュンイチさんの話で、清治さんと盛り上がり始めた。


 京洛と言うのは、カイ天ことカッコイイバンド天国と言う俺たちが小さい頃の深夜にやっていた音楽番組に出ていた名古屋出身のバンドだ。

 この番組のバンド対決コーナーでファイナリストにまでなったが、キングにまでは手が届かなかった。

 それでも名古屋では、人気があり、この時代では積極的な活動をしていなかったが、インディーズバンド好きの中では有名なバンドだった。

 そのバンドのドラマーがジュンイチさんと言い、玉井の先生になる。


「懐かしいバンドのことを知っているんだな」

「仁時さん、京洛の曲は偶然知ったんです。何となく耳に残る曲だったので覚えていました」

「俺たちもそういう曲を作りたいものだな」

「悪夢の曲は、もうそういう曲が一杯あるじゃないですか。俺が高校に入ってすぐに軽音部でコピーバンドでやった曲は『ディアー』だったんですよ。悪夢さんたちの曲です」

「お、うれしいね」


 それからカジくんとクスくんを呼んでコピーバンドのことを話した。


 このころには、すでに悪夢のギターメンバーは抜けていたのか。

 悪夢は、清治さんの個性的なキャラクターと仁時さんの重いベースが良いバンドなんだよな。

 それに、サポートメンバーも充実していて、新しい曲が出るとクレジットされたサポートメンバーの名前をチェックしていたのを覚えている。

 サポートメンバーを気にするようになったのは、悪夢を聞くようになってからだったな。


 ウルウルズの方には、女子メンバーが行っているようで、良い感じのようだ。

 タートル松木さんは、女性関係の悪い話を聞かないので、安心だな。


 今日の俺たちは、早めのリハーサルなので会場を見に行こうとしたところで、やたらとカラフルな人物に遭遇した。


「あ、桐峯君だね。君を探しに来たんだ」

「おはようございます。初めまして桐峯アキラです」

「ヒデトです。ヨキシ君から、君と直接話した方が良いって言われたんだけど、何でだろう?」

「うーん、なんででしょう。そういえば、アルバム、もうすぐ発売ですよね。買います!」

「ああ、ありがとう。君たちのアルバムも買ったよ。すごいよね。クロスも作詞作曲が僕とヨキシ君の曲が多いから、親近感ってのを感じたよ」

「極東迷路は、蜜柑のバンドって感じだと僕は思っているんですよね。だから、アルバムの曲たちは、あえて蜜柑じゃ作らなさそうな曲を入れて、なんて言うんだろう……、バトルっぽくしてみました」

「確かにそういう感じがあったね。うちもクロスは、ヨキシ君のバンドって感じがあるから、僕の曲は、ヨキシ君じゃ作らない曲を桐峯君と同じ感覚で入れているかもしれない」


 それから二人で散歩気分のまま会場を歩きながら、クロスジャパンの曲とヒデトさんのソロ曲の話を中心に会話をして行った。

 トールさんが以前に曲を出してから会った方が良いと言っていたのがなんとなくわかった。

 ヒデトさんは、いろいろな話題が話せる人のようだが、音楽が一番好きなのが良く伝わる。

 イメージしていたヒデトさんは、もう少し個性的な人だと思っていたのだが、見た目だけは個性的だが話す内容は常識的だ。

 それに、すごく話しやすい印象を感じる。


「……ヨキシ君が桐峯君と話すように言っていたのが何となくわかってきた。壊れていない真人間なヨキシ君がいたなら、桐峯君みたいな感じかもしれない」

「ヨキシさんが壊れているかはわかりませんが、この世界に居続けるには、少し世間と違う感覚がないと生き続けるのは辛いんじゃないかと感じます」


 四月に養成所でトラブルを起こして退所していったツカサのことを思い出す。

 彼は、楽器の技術やバンマスとしての感覚は悪くなかったのだが、こちら側の世界を認識できなかったのだろうな。

 自分を含めた多くの人の感覚でこちらの世界を覗けば、認めたくないような出来事がいくつもある。

 それが、アーティストの世界という物なんだろうな。


「生きにくいか。もっと生きやすい場所があれば良いのにね」

「海外なら少しは、日本と違う雰囲気で生活できますよね」

「それも良いなぁ。アルバムが出来たところだし、休息を兼ねてヨキシ君の様子でも見に行こうかな」

「すごく良いアイディアだと思います。ヨキシさん、あちらで孤軍奮闘って感じのようですから、きっと喜びますよ」


 ヨキシさんの仕事の様子をポツポツと話題にしながら歩いていたが、何となく会話が止まった。


「……あの、ちょっと相談なんですが、俺も、いつかソロで活動してみたいんです。でも、ソロで活動している自分のイメージが出来ないんです。何かアドバイスをもらえませんか?」

「ソロか。桐峯君は若いのに、なぜか完成している感じがあるから、イメージが湧きにくいんだと思う。だったら、別の自分になってしまえば良いんだよ。名前から姿も含めて変えてしまっても良いし、TMレインボーさんみたいに名前だけ工夫してみるとか、いろいろあると思う。僕も、少しずつクロスジャパンのヒデトとソロのヒデトは、別物になり始めている。そういうのを意識的に作り込んで行けばイメージが出来るようになるかもしれないよ」


 若いのに完成しているように感じさせてしまうのは、やり直し人生のせいだろうな。

 とは言え、確かにそうだ。TMレインボーの西山さんは、ハイネって言う名前をバンドをやっていたときに使っていたはずだ。

 そうやって、幾つも名前を使い分けて行くのも悪くない選択だな。

 見た目も変えると言う発想もなかった。

 明るい場所でも暗い場所でも関係なくサングラスをしているミュージシャンは、案外多い。

 それぞれに理由があるのだろうけど、そういう変化でも良いんだろうな。


「ありがとうございます。目から鱗な感じです!」

「特別なことを言ったつもりはないけど、役に立ったのなら幸いだ」


 それから、少しプライベートの事も話しながら、連絡先を交換してヒデトさんと別れた。


 ヒデトさんと別れて、すぐに思わず座り込んでしまいそうになってしまった。

 自然に振る舞っていたし、余計なことを考えないように会話をしていたつもりだったが、かなりの緊張をしていたようだ。

 彼が、この世から旅立つまで、もう二年を切っている。それともまだ二年あると思うべきか。

 この日の会話を大切にして、ヒデトの運命の日にまで手を届かせてやる!

 絶対に逝かせない。これは、俺のわがままだ。ただ俺の知らない彼の曲を聴きたい。それだけのことだ!


 ブラウンミュージックのテントに戻ると、リハーサルの時間が近いらしく、悪夢とウルウルズの皆さんに挨拶をして、皆でステージに向かった。

 野外イベントは、当然だが初めてなのでリハーサルはどうなるのか不安だったが、全体の音出しをしてからセットリストの曲を頭から少しだけ演奏して停めると言う作業を何度かして終わった。

 MCの時間もあるので、殆ど当日の時間と同じだけステージに上がっていたことになるようだ。


 それからは、他の出演ミュージシャンのリハーサルを見学させてもらった。

 このイベントは、コスモシャワーTVのイベントで、ミュージックビデオが個性的なバンドが呼ばれているようだ。

 俺たちは、そんなに個性的な作り方をした覚えがないが、自分たちからの評価と他からの評価は、違うということなのだろう。

 そうして、適当に邪魔にならないようにしながら、ほぼすべてのリハーサルを見学した。


 ホテルに入り、前夜祭と言う名の立食パーティーに出席する。

 中学生の舞の疲れ具合を俺たち全員の基準にして、退場する時間を考えることにしたが、舞は思いのほかタフだったようで、最後まで残りそうな勢いになってしまった。

 今回出演するミュージシャンたちと一通り会話をしたが、半分近くが二〇〇〇年を超えられないメンバーだったので、ブラウンミュージックからの三組は、優秀な方のようだ。

 前夜祭を適当なところで退場し、それぞれの部屋に分かれて就寝した。


 翌朝は、朝から慌ただしく動きまくり、メイクと衣装のレモンさんと桃井さんにしっかり仕上げてもらって、本番を待った。

 俺たちは、若手なので早い順番での出番となり、きっちりと演奏をした。


 ホールでやるのも良いが、開放的な野外でライブをするのも良い物だな。

 だが、準備が大変そうなので積極的にやりたいとは思えなかった。


 そうだな。もし野外でやるならどこかの野球場とかが良いのかもしれない。

 水城が未来でスタジアムライブを何度もやっていた記憶がある。

 どこのスタジアムかまでは、覚えていないが悪くはないのかもしれない。

 だが、スタジアムを埋められるほどの観客を呼べるかが一番の問題になりそうだ。


 そうして、野外イベントは、無事に終了した。

 バンドとしては、悪夢とウルウルズとしっかり交流が出来たのは、大きいな。

 タートル松木さんとは、挨拶を交わす程度でしか話が出来なかったが、一言でも挨拶をしたと言う事実があれば、次に会う時に話もしやすいだろう。

 俺個人としては、ヒデトさんとの連絡先を交換できたことが、いちばんの収穫だ。

 俺の記憶では、来年にクロスジャパンは、解散することになるが、どうなるのだろう。

 俺個人としては、解散してほしくはないが、今日のヒデトさんの様子をみると、クロスジャパンは、大事だがソロも大事という雰囲気が強かった。

 それがいけないとは言えないし、思えない。

 やはり、本人たちの選択を待つしかないのだろうな。


 こうして、俺たちのなかなかハードで貴重な経験となったライブの季節が終わって行った。


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