第六〇話 鋭い目付きの女子中学生
鋭い目付きの女子中学生
八月十日の土曜日。
俺たちは、昼食に福岡の郷土料理である水炊きを頂いている。
この場は、水炊き専門店の広間で、陣中見舞いに来たミーサと蜜柑と歩美の高校三年生組で親睦を温めていたり、水城と島村で舞をかまいまくっていたり、玉井たち男連中は、水炊きのおいしさに魅了されていたりと、中々の楽しい状況になっている。
そんな中で俺は、やたらと目付きの鋭い女子中学生とその保護者である姉とポツポツ会話をしながら鍋を囲んでいる。
同じテーブルには、七瀬さんと鮫島さんもいるので、お仕事モードと言う具合だ。
「歌うのは好きです。芸能界にも興味があります。今の中学校が嫌いなので、東京に行くのも大丈夫です。がんばります……」
彼女の名前は、中島美香と言う。
昨日の福岡のライブを見てもらい、今日は昼食を一緒に取っている。
俺の記憶にある彼女の目つきは、眼力のある目付きと言う印象はあったが、こんなに鋭い目付きをしていた印象はない。
今の彼女を取り巻く状況が良くないのは事実のようだな。
中学校になじめなかったとか、酷いいじめにあっていたとか、いろいろと噂を聞いたことはあったが、真実を聞くのはヤボと言う物だろう。
「お姉さん、保護者としてもその考えを後押しすると言うことで良いのでしょうか?」
「はい。この子が選ぶ道なら応援します。私たちとしては、高校くらいは、出てほしいんですが本人があまり乗り気じゃないんです」
「なら、高校進学をすることを条件に入れましょう。住むところは、新名蜜柑と水城加奈が暮らしている下宿と僕の家が候補になりますね。僕の家は、妹が居ますし、母親も和楽器奏者なので、生活も音楽も本人次第ですが上手くやれると思います。どうでしょう?」
「妹は、桐峯さんと一緒に暮らすんですか?」
「僕の個人的な考えなんですが、子供の内は、可能な限り子供で居てほしいんです。家から離れてもホームステイ気分で我が家なら家庭の感覚を忘れないでいられると思うんです」
「良い考え方だと思います。高校の間もでしょうか?」
「高校生からは義務教育を外れますし、半分大人扱いで下宿に切り替えてもらおうと思います」
「桐峯さんのお母さんは、桐峯皐月さんでしたよね。音楽の環境も整っているのでしょうから、桐峯さんのお家にホームステイが良いかもしれません。美香、どう思う?」
それから姉妹だけの会議が始まった。
中島美香の状況を事前に鮫島さんから聞いた時、我が家での下宿をすぐに思いついた。
我が家には、なぜか空き部屋がいくつかあり物置部屋として使われている。
最近気が付いたのだが、我が家は母親の立場上、内弟子を取る可能性を考慮した間取りの家なのかもしれない。
母親と美月には、中島美香のことは、すでに話してあり、許可も貰っている。
唯一の問題点は、男子高校生の俺と一緒に住むことだけになる。
これは、何をどう言っても仕方がないので、判断を任せるつもりだ。
それにしても、水炊きは、ただの鶏肉の鍋なのに、なぜこんなに美味しいのだろうか……。
不思議でならない料理だな。
不思議と言えば、鮫島さんも不思議すぎる。
鮫島さんは、どうやって中島美香をここまで連れてくる説得をしたのだろうか。
俺が他人から見ると、謎の情報網を使ってスカウト活動をしているように見えるのは自覚している。
ただ俺を信じて鮫島さんはスカウトをしてくれているので、本当にありがたいのだが、謎過ぎるんだよな。
そのうちに、鮫島さんのスカウト方法を聞いてみよう。
しばらくの間、話し合っていた姉妹会議が終わり、結論が出たようだ。
「……桐峯さんのお家にお世話になります。よろしくお願いします」
来てくれる気持ちになってくれたか。
良かった。
「高校に進学するまでの一年半だけど、上手くやって行きましょう」
「はい。高校に行くのもちゃんと考えます!」
それからの細かい話は、七瀬さんと鮫島さんに任せて水炊きをしっかり頂いた。
俺の記憶にある未来の中島美香は、感情で歌い上げて行くミュージシャンと言う印象がある。
歌が上手いかと言えば、間違いなく上手いのだが全体的に感情の方が先走ってしまうイメージがあった。
おそらく、歌の勉強を本格的に始めるのが遅かったのがその原因なのじゃないかと考えている。
それに彼女も歩美と同様に耳を傷めてしまうんだよな。
そのことも何とかしなければならない。
基本的には、てっちゃん先生に歌のことは任せて、家ではアコースティックギターの弾き語りでも覚えてもらおう。
中学生活の方は、あまり気にしていない。
俺の中学は、先輩後輩のつながりが、卒業をしても比較的強い中学のようで、一言転校生を気にかけて守ってほしいと言えば、大丈夫のはずだ。
俺からも伝えるが、美月からも伝えておけば良いだろう。
方言の問題は、俺もそれなりになまっているはずなので、強くは言えないが、標準語を可能な限り話すようにも言っておくべきだな。
方言を使い分けられると何かと便利なので、鹿児島出身の彼女の方言を大切にしつつ、標準語も覚えてもらうようにしよう。
昼食を終え、中島美香たち姉妹は、説明のために同行する鮫島さんと共に帰宅をして行った。
ミーサは、俺たちと同行して、付き人気分のお世話係をしてくれることになっている。
本来なら、ミーサもコーラスで参加してもおかしくない立場なんだよな。
東京の大学へ進学すると同時にデビューの準備に入るミーサにとって、スタッフ側を体験するのは、貴重な経験になるだろうから、いろいろ見て行ってほしい。
ホールに入り、リハーサル室で、このツアーが始まってからずっとやっているストレッチを皆で始める。
「桐峯君、半分が終わったって感じだよね」
「半分と言えばそうなんだが、蜜柑、喉の調子は大丈夫か?
「しっかりケアをしているから大丈夫。それに、てっちゃん先生から工夫の仕方も教えてもらっているから、いろいろ試しながら歌っているよ」
「今日が十日の土曜日で、次が大阪で十三日の火曜日と十四日の水曜日、その後が名古屋で十七日の土曜日と十八日の日曜日になる。中二日でライブが続くんだから、無理をするなよ。水城も歩美もいるんだから曲を減らしてもなんとかなるんだ、辛い時は、すぐに言うんだからな」
「うん、私たちは、私たちだけじゃないんだよね。こういうゲストを毎回呼んで行くスタイル、何かあった時の保険にもなるから、これからもやれると良いね」
「そうだな。完全なワンマンは、俺たちには辛いと思ってこのスタイルをやってみたが、予想以上に上手く行っていると思う。このスタイルを俺たちの基本にできたら良いな」
俺たちも大変だが、会場の設営やチェックをしてくれているスタッフの皆さんも大変なんだよな。
次にライブツアーをする機会があれば、スケジュールの管理を第一にしてもらおう。
これでも十分に調整をしてくれているというのだから、この業界の闇は深い……。
「そういえば、先週の札幌で東大路の会長さんたちが来ていたようだけど、大丈夫だったの?」
「ああ、問題ない。売り出し中の新人を札幌の知り合いに見せたかったらしい。それと東大路がスポンサーをするサッカーチームが次のシーズンから出来るんだが、そのテーマ曲を作ってほしいって話だったんだ。頬袋の兄貴の方が、そういうのには向いていそうだから、兄貴がアメリカから帰国したら話をすることになった」
「頬袋さん、アトランタオリンピックが終わってもしばらくアメリカにいるっぽいね。私も行きたいな」
「ああ、いろんなミュージシャンに会いに行っているらしい。頬袋の兄貴が引き受けてくれなかったら高見さんに頼むつもりだ」
「サッカーのテーマ曲なんて、面白そうなのに、やらないんだね」
「ああいうのは、新人が作る物じゃない。実績もあって地力のすごい人が作るべきだと思う。俺はまだまだその域まで行っていないな」
「実績ね……。桐峯君はさ、今年に入って、四枚のアルバムに参加しているんだよ。この先まだ増えるんでしょう。実績って何だろうね?」
「母親のアルバム二枚に、極東迷路と歩美のアルバムで四枚か。ポーングラフィティのアルバムが十月だな。さらに母親のアルバムが二枚出るのか……」
「働きすぎだよ。シングルも作っているし、本当に過労で倒れるんじゃないか心配しているんだからね」
「母親のアルバムの曲は、去年作った物ばかりだし、曲のストックを組みなおして使っているから、実際は、そんなに大変じゃないんだ。それでも確かに働き過ぎだな。反省する……」
「ミーサちゃんと舞ちゃんは、桐峯君にしか扱えない人達みたいだから、仕方がないとして、ポーンさんとブリリアントさんたちは、別の人に任せた方が良いかもしれないよ」
「そういうわけにもいかないんだよな。両方とも自分たちで作詞作曲ができるから監修みたいな感じにしかならないから、大丈夫だと思う。今日の中島美香は、まだ時間がかかるし、スケジュールをしっかり組めば大丈夫……のはず」
「でも、毎回スケジュールが甘いよね。本当に反省してください」
「了解した。そろそろステージに行く時間か」
「そうだね。それじゃあ、今日も頑張ろうか」
ステージのキーボードブースに入り、観客席を見渡す。
東京ライブの時に何かが足りないと気が付き、昨日の福岡初日から配っているサイリウムの光が観客席を色鮮やかに染めている。
このころには、サイリウム自体はあったようで一部のミュージシャンのライブでは、使われていたようだが、広く使われている物ではなかったらしい。
演出上、光を邪魔に思うミュージシャンもいたのかもしれないな。
だが、俺たちはサイリウムを積極的に使う方針で行くことにした。
その方が俺たちのテンションが上がるし、来てくれた方々のテンションも上がりやすいと思ったからだ。
それに何より、この福岡にサイリウムを製造している会社があり、数が間に合ったのが大きい。
偶然といえば、そうなのだが、本当にありがたいことだ。
そうして木戸のヴァイオリンが流れ始め、俺もピアノを弾き始める。
オープニングが終わり、バンドの演奏が始まる。
蜜柑の声が響くと、東京やこの前にやっていた札幌とは違う蜜柑の地元だと言うことをしっかりと実感させてくれる歓声が上がった。
そうしてゲストコーナーでも、福岡は花崎歩美の地元でもあるので、しっかりと盛り上がり、水城の地元も愛媛なので、こちらも水城の応援に来てくれていた人たちがいて、大いに盛り上がった。
関係者席には、コーラスを担当している広島出身の島村の両親も来ているのがわかる。
俺たちは、どうやら西日本の方が相性が良いのかもしれないな。
そうして、福岡でのライブが終わって行った。
ライブの後に豚骨ラーメンを皆で食べに行ったのは言うまでもない!




