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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第五九話 ライブツアースタート

 ライブツアースタート


 七月二六日の金曜日。

 都内某所のホールにあるリハーサル室で、軽いストレッチを皆でしている。


「ライブ直前の時間をストレッチの時間にするとは、キリリンらしいな」

「今から慌てようと何が変わるわけじゃないんだから、体くらいは、温めておいた方が良いだろう」

「確かにな。ポーンさんたちもライブ直前は、漫画を読んだり無駄話をしていたな」

「それにしても2daysのチケットが、発売してすぐにソールドアウトになるのは、予想外だった」

「本当にな。そういえば、プロモーションの最中で感じたことなんだが、お偉方にも会うことになるだろう。お偉方になればなるほど、俺たちに対して腰が低くなるような気がするんだよな。もちろん俺たちは、新人だから、そんなことじゃ調子に乗ることはないんだが、すごい違和感を感じる」


 七瀬さんも同行しているときもあるのだろうし、九重さんがマネージャーをしているのだから、東大路の使用人軍団を知っていそうなお偉方なら、腰が引けるのかもしれないな。


「うーん。俺が養成所を混乱させたこととか謎のスカウト活動をしていることとかが、曲解されて伝わっているのかもしれないな」

「ああ。養成所をキリリンが壊しかけた件か。結局あれは、どうなったんだ?」

「まだ改善作業中なんだが、ローテーションバンドの結成と定期ライブ、それに俺の顔を立てたつもりか声優の講師を招くらしい」

「声優か。そんなにキリリンは、声優が必要だと思うのか?」

「タマちゃんは、声優ってどんなところで活躍していると思う?」

「うーん、アニメと映画じゃないのか?」

「アニメと映画は、もちろんなんだが、いろいろな企業が新製品を紹介する時に作るプロモーションビデオの声を当てたり、ちょっとした司会者がいるイベント、例えば結婚式とかだな。そういう時にも声が良くしっかりしゃべれる人がいると助かる。他にもアナウンス関係でも活躍できるし、コールセンターでやたらと声の良い人がいると売れ行きに変化が出るかもしれない。他にもあるが、すぐに思い付くだけでもこれだけある。予想外に広く活躍できると思わないか?」

「声優って呼ぶから惑わされるが、声を使う専門職の人たちだと思えば、確かに活躍の場は、かなりあるのか」

「そういうことだな。この先、インターネットが広く普及する。そうなると声の需要は、もっと高くなると俺は思う。単純に早めに取り掛かっておけば金になりやすいってわけだ。紀子さんにも、この話はしてあって、いくつかの小さくて経営に不安のある声優事務所を取り込んで、声優部門を本格的に立ち上げることになりそうだぞ」

「大きな話になっているんだな。水城さん、声優の仕事をそろそろするのか?」

「来年の一月のアルバムが出てからになると思う。桐峯君が言うには、アニメ映画かハリウッド映画の吹き替えをするっぽいよ」

「あまり急がないで行こう。俺が死ぬ……」

「キリリン、本当に無茶しすぎだぞ。人間ドックを今年も受けておけよ」

「ああ、どこかで美鈴がお迎えに来るから大丈夫だ……」

「桐峯君、大丈夫じゃなさそうだけど、ライブの時間だよ。皆、行こう!」

「蜜柑、俺は、殺られん、殺られんぞ!」

「はいはい、行きますよ」


 ステージに向う途中で、ここ最近の出来事を振り返る。

 七月の最初の放送分から、剣の心のOPが変わり極東迷路の『ライブ アライブ』になった。

 OP映像は、かなり力を入れてくれたようで家で夕食を食べながら見ていた俺は、やたらと動くアニメ映像に思わず箸を落としそうになった。

 この曲は、蜜柑の作詞作曲ではなく、俺の作詞作曲になっている。


 実は、去年の剣の心関係の騒動の後、原作者の和樹先生に会いに行っている。

 名目としては、俺たちの曲を気に入ってくれたお礼と余分な騒動を起こしてしまった謝罪となる。

 この時に、いろいろと話して、この七月からの曲も俺が担当をする約束をしたのだ。

 この時に、和樹先生がシングルのジャケットイラストを担当してくれることも決まった。


 そういう経緯があり、蜜柑も基本的には、俺の曲を気に入ってくれているので問題なく俺の曲でアニメOPをやることを了承してくれた。

 そうして、七月に放送された『ライブ アライブ』は、世間の知ることとなり、あっという間に話題の一曲となった。

 この曲は、先行放送を止めていたのでアニメが最初の放送となり、大きな話題となったようだった。

 そして、すぐに極東迷路のファーストアルバム『極東迷路』が発売され、俺の予想をはるかに超える勢いで売れた。

 どれくらい売れたかと言えば、初回盤が、三日もしないで売り切れ続出となるほどに売れた。

 デイリーランキング、ウィークリーランキングともに一位となってしまった。

 マンスリーランキングでも一位になる予想になっている。

 はっきり言って異常事態過ぎる!


 俺の知る以前の記憶と現在を照らし合わせたところ、いくつかの要因が重なってこの事態が起きていると結論付けた。

 まず、剣の心の初代OPを担当したジュリアンマリアの曲についてだ。

 俺がネットの海で様々な音楽情報を漁っていた二〇〇〇年代に知った話なのだが、このジュリアンマリアの曲は、放送当時、評判が良いとは言えない状況だったらしい。

 その理由は、ジュリアンマリアに主題歌の話が来た時、アニメの曲になると聞かされていても、どんなアニメの曲に使われるかまでは、教えられなかったそうだ。

 そこでヴォーカリストのユウキが知っている少女向けアニメのイメージで曲を仕上げて行ったと言う。

 その結果、多少のギャグ要素はあるが、基本的に硬派なアニメである剣の心とは、不釣り合いな曲が仕上がってしまった。

 それでも、一年と言う長い時間を主題歌として放送することで、曲の良さをアピールする時間が取れて、名曲となったのだ。


 だが、この時間軸の現実は違う結果を齎した。

 商業的に考えたならジュリアンマリアのシングルは、売れているし、この曲が収録されるアルバムにも影響はないのだが、半年では、ギャップを狙った売込みは、失敗してしまったようだ。


 そこに、剣の心のために書き下ろした曲が主題歌になったなら視聴者たちやファンたちは何を思うだろうか。

 俺なら歓喜してショップに走る自信がある!

 まさにこれが起きてしまったのだ。


 そして、買ってきたCDを聞く。

 ここで、思わぬ落胆をする。

 アルバムに入っているのはアップテンポなアニメ主題歌ではなく、スローテンポな哀愁のあるバラード調の『ライブ アライブ』なのだ。

 だが、しっかり八月にアニメヴァージョンを発売すると言う告知のチラシが同封されているのを確認する。

 しかもそのチラシには、シングルのジャケットイラストが和樹先生の書下ろしになっているとも書かれていたのだ。

 それを見て、購入したリスナーたちは、安心してアルバムを堪能する。

 アルバムを堪能したリスナーたちは、極東迷路を好きになってくれて、その結果が全国ライブツアーのチケットが完売すると言う結果を齎した。


 もう一つの理由は、俺の予想を完全に超えていた。

 水城のファーストシングルに入れた『モメント』が密かなブームになっていたのだ。

 どれくらい密かかと言えば、女子高生のカラオケボックス限定と言うくらいに密かなブームだ。

 このブームは、俺が完全に流行りを無視して『モメント』を作った結果、産まれたブームらしい。

 この当時の早口の曲と言えば、ラップ調の曲で、単調な音程に抑揚を少し入れるくらいだった。

 だが『モメント』は違う。

 早口でありながら、しっかりとしたメロディがあり、歌になっているのだ。

 これを面白がった女子高生たちは『モメント』を上手く歌うのを一種のトレンドにしてしまった。

 セカンドシングルの『レイニートレイサー』も同じ作りにしてあるので、こちらもカラオケボックス限定でブームになった。


 そうなると、困るのは、このころのカラオケの牽引役となっていた小村哲哉たちとベックスになる。

 彼らのまとめ役となっていたベックスの浦松と言う人物がいる。マックス浦松と言う名義でプロデューサーとしても活動している。

 そんな彼が大胆な動きを見せた。

 ミストレーベルから引き抜けないかを模索し始めたのだ。

 標的に選ばれたのは、やはりと言うべきか花崎歩美だった。

 大胆な行動とは言え、表向きには動けないので、浦松から歩美にデモテープが送られた。


 それを聞いた歩美は、失笑してしまったそうだ。

 このころには、俺が歩美のために書いた曲がいくつか仕上がって来ていたので、それと比べると、子供の遊びにしか聞こえなかったらしい。


 浦松には本当に悪いが、その曲たちは、俺がいなければ最先端の曲になっていた曲たちなんだよ……。

 俺がその曲たちを魔改造しているので、もうそれは終わった曲たちなんだ。本当に申し訳ない。

 そうして、浦松は、歩美と面会すら叶わぬまま、退場していった。


 この時代には、まだ早いと思っていた音楽が、女子高生のパワーと呼応するとは思わなかったが、思わぬ誤算が起きて、ベックスは、指をくわえている状態になってしまった。

 もちろん、その後も水城と同レベルのヴォーカリストを探しているのだろうが、この年代に水城と同じ早口な歌い方が出来る人物を俺は知らない。

 水城のことを調べたなら、すぐに俺の事もわかり、極東迷路に繋がる。

 この連鎖が俺たちの強みになっている。

 もちろん、極東迷路から水城に流れるリスナーもいるので、良い連鎖が生まれているようだ。

 この連鎖は、歩美やポーングラフィティなどにもつながると予想できるので、順風満帆と言って良いだろう。


 他にも要因はあるのだろうが、ジュリアンマリアの失策と水城の予想外なミラクルのおかげで、ミストレーベルは、順調な活動が出来ている。



 ステージに上がり、今回のために用意をしたキーボードブースに入る。

 グランドピアノにシンセサイザーが二つ、さらにパソコンも置いてある。


 主に使うのはグランドピアノと特に加工をしていないシンセサイザーだ。

 もう一つのシンセサイザーはパソコンに繋がっていて、全体のシンセサイザーパートを自動演奏させるスイッチになる。

 ライブ用にシンセパートを作るのは面倒だったが、殆どがアルバム音源の使いまわしなので、作業時間は、あまりとられなかった。


 さて、ライブを始めようか……。


 スポットライトが二か所に当たり、俺と木戸が照らされる。


 ライブ会場となっているホールは、二千人ほどが入るホールで、このサイズのホールが全国的に多いらしく、この大きさでライブ会場を揃えてくれているそうだ。

 息をのむような静かさが広がり、木戸のヴァイオリンが鳴り響く。

 エフェクターを使い、多重奏のように聞こえ始め、そこにピアノを入れて行く。


 そうしてオープニングが弾き終わり、一気に照明が灯されて、ドラムから始まるバンドの音が鳴り響き始める。


 蜜柑の声が響くと、ホール内から、大きな歓声が起こり、俺たちのテンションも高くなる。


 無我夢中に弾き続け、気が付いたら歩美が登場する前半ゲストコーナーになっていた。


 歩美は、七月の初めにシングルで再デビューしている。

 歌う曲はもちろんその曲になる。

 タイトルは『ジョーカー』とした。

 何にでもなれるが、それがゆえに孤高であり続けなければならないジョーカーをイメージした曲だ。

 これからの花崎歩美の進む道は、間違いなく過酷だろう。そして孤高であり続けるだろう。

 だが、思い出してほしい。

 ジョーカーは、トランプの一札でしかないのだ。

 どんなに孤高になろうとも、トランプの中にいれば、仲間たちがいる。

 そんな孤高になりがちだが、しっかりと仲間もいるそんな存在になってほしい。

 歩美には、そういう生き方をしてほしいと言う想いを込めて曲を書いた。


 観客は、歩美の曲も知ってくれている人たちばかりだったようで、一緒に歌ってくれたり、リズムに乗ってくれている。

 極東迷路は、俺自身の一部のような存在だが、歩美は、違う。

 彼女が世の中に受け入れられたのは、本当にうれしい。


 未来の歩美、しっかり待っていろよ!


 それから再び、極東迷路の演奏が続き、後半ゲストの水城が現れた。

 水城は、ライブと言うよりも歌謡大会の常連だったので、堂々と歌っている。

 水城が選んだ曲は『久遠』だった。しかも、俺との二人だけのセッションをご所望だ。


 水城と二人で始めた音楽活動だったんだよな。

 これからもよろしく頼む。

 未来の水城加奈と合える日を楽しみにしているぞ。

 その後も最後までしっかりやり切り、アンコールで『ライブ アライブ』のアニメヴァージョンと『ここでキスを』を演奏してライブツアー初日が終わって行った。


 これを八月中、何度もやらないといけないのか。本当にライブツアーと言う物は、過酷なんだな。

 だが、これをやり終えたなら俺たちの音楽は、より良い物になると信じて、頑張って行こう!


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