第五七話 修学旅行が吠える!
修学旅行が吠える!
六月一九日の水曜日。今日から三泊四日の修学旅行だ。
いつもより早く高校に集合して、バスに乗り昼過ぎには、北海道の千歳空港に到着した。
体感温度は、四月の終わり程度のようで、制服を着ていれば問題なさそうだな。
空港内で分かれて昼食を摂り、最初の目的地である小樽へ向かう。
小樽に着くと、すぐに北前船の資料館に入った。
日本海から瀬戸内を通った北前船は、日本の江戸時代からの音楽と強い結びつきがある。
音楽どころか文化その物と結びつきがあると言った方が良いかもしれない。
仕事唄、作業唄、漁師唄などの北前船のルート沿岸で歌われていた唄が全国に広がり、様々な形に変化をして、芸者さんたちが唄う座敷唄などにまで影響を及ぼして行く。
もちろん、唄だけではなく楽器の演奏方法まで、広がり伝わって行ったようだ。
結果的に、距離の離れた街で、よく似た音楽が演奏され、独自の発展をそこからさらに重ねて行くと言う現象が起きる。
そうやって、和の音楽は進化してきたのだ。
そんなこととは、全く違う説明を資料館では受けて、宿泊するホテルに入った。
普通に考えたなら、北前船は、商人の船で物資輸送の要の様な海運だったと言う話なんだよな。
文化がどうとかと言うのは、二の次になってしまうのだろう。
ホテルは、団体客専用のホテルのようで、特にこれと言うところはなかった。
先に風呂に入ってから、夕食となった。
夕食では、高校が頑張ってくれたのか海の幸が、それなりに並んだ。
以前の俺の記憶にある修学旅行では、コンビニ弁当を少し良くした程度だったはずなんだよな。
美鈴の指示で動いた人たちが頑張ってくれたからこれが食べられるんだよな。
消えた教師たちは、蟹工船にでも乗って、そのまま行方不明になってしまえば良い。
夕食を終えて、明日の行動を確認し、このまま就寝となる。
「スー、明日は、小樽の運河周辺の散策らしいが、何か気になるところとかあるか?」
「特に何も思いつかないですね。気になった物を買って本家に送るくらいでしょう」
「あの……、ちょっと良いかな?」
「お、川端君、行きたいところでもあるのか?」
「どれくらいの時間がかかるのかわからないんだけど、石平雄次郎記念館に行ってみたいんだ」
「おお。アクション映画好きの川端君らしいな。みんな、どうかな?」
特に反対がでなかったので、行くことになったが、少しだけここから遠いことが分かった。
タクシーで移動することになり、美鈴が全額持ってくれることになった。
流石に俺も含めて皆がいくらか出すと言う話にしようとしたが、美鈴が譲らなかった。
「いつもお世話になっていますし、私の奇行を見て見ぬ振りをしてくれているのも知っています。少しは、感謝の気持ちを受け取ってください」
こんなことを言い出したので、今回は、美鈴に任せることになった。
そもそも奇行を辞めれば良いと思うのだが、それは、言ってはならないことなのだろうな。
翌朝、自由時間となり、早速、タクシーで移動を開始した。
俺たちの班は、六人なのでどうしても一台のタクシーでは無理があり、二台での移動となった。
さて、石平雄次郎と言う人物についてなのだが、正直なところ、俺たち世代では、よくわからないと言うのが本音だ。
昭和の映画俳優で大スターと言うことくらいは知っている程度になる。
だが、何かの映画でドラムを叩いているシーンがあり、そのシーンは印象的だった。
上手いのかどうかなんて彼には関係がなく、ただかっこ良く映れば良いと言うようなシーンだった。
それは、邪道な音楽の扱い方かもしれないが、俺には、それも一つの表現方法だと感じた。
ピアノでも、人前で弾く時は、それなりの服装で、見た目も気にする。
音楽は、ただ曲が良ければ良いのではなく、人前で演奏する時は、総合芸術でもあると俺は考える。
彼もそういうところがあったのじゃないかと思いたい。
そうして、俺たちは石平雄次郎記念館に到着し、入館して行った。
いたるところにあるパネルや使用された道具などを川端君がじっくりと眺めながら説明をしてくれる。
半分ほどしか理解できないが、川端君が楽しそうなので、俺は満足だ。
こういう時、木戸も付き合いが良いのか、美鈴と俺に合わせて、一緒に話を聞いている。
アクションシーンのコーナーは、石平本人よりも彼のプロダクションが製作したドラマで良くやっていたようだ。
刑事ドラマのいくつかは、俺も知っている有名ドラマで音楽も印象的だった物がある。
『太陽が吠える!』なんて、大学時代にジャズ研究会の先輩から聴いた方が良いと勧められたドラマのサウンドトラックだったな。
その他にも、聞いた方が良いと勧められたドラマがいくつかあり、興味深かった。
一通りを興奮気味で眺めた川端君は、大満足のようで、すぐ外にある喫茶店で少し休んでから戻ることにした。
喫茶店に入ると、弾けそうなピアノがあったので、店主さんに話してみると弾いても良いと許可が出たので、川端君のために『太陽が吠える!』のテーマからのメドレーを弾いてみた。
このドラマに登場する俳優が演じる刑事たちには、テーマ曲が付けられていたり、こう言うシーンでは、必ずこの曲を使うという定番があった。
そういう曲たちを繋いでいく。
喫茶店の中にはそこそこ客がいたのだが、ほとんどの客が石平雄次郎記念館の帰りの人ばかりだったようで、大喝采を受けて弾き終えた。
「川端君、ありがとうな。楽しかった」
「こちらこそだよ。付き合ってくれてありがとう」
それから運河エリアに戻り、赤レンガの倉庫を眺めながら土産を物色していく。
オルゴールの専門店があり、中に入る。
「スーの好みは、どんなのだろう?」
「あっくんが選んでください」
「こう言うのは、外すと残念度が大きいんだよそれでも良いのか?」
「はい。あっくんが選んでくれたと言うのが重要なんです」
それから、いくつかのオルゴールを眺めながら、箱を開けると音が鳴り始めるジュエルボックスがあり、それを選ぶ。
曲は、別に選んで中に入れてくれるそうなので、店員さんにほしい曲があるか聞くと、最近になって良く売れている曲らしくすぐにジュエルボックスに入れてくれた。
「スー、配送にするか?」
「持っていきます!」
美鈴に手渡し、曲を流すと満足そうな笑顔を見せてくれた。
「この曲は、スーとあっくんが再会した時の曲ですよね」
「そうだな。ジャズの曲で、有名な曲だ」
「はい。月に行きたくなる曲です。大好きです!」
美鈴が満足してくれたので、美月の分を選んで、ここは終わりにした。
ミストレーベルの面々には、音楽系のアイテムを渡すのは、恐ろしすぎる。
あいつらは、本気すぎるんだよ……。
特に、舞が少し怖い。
美鈴ほどの危険物じゃないと、わかってはいるんだが、同じ系統に思えてしまうんだよな。
上手く付き合っていかなきゃな。
木戸は、ダンス部らしく曲が流れると人形が踊り出すオルゴールを選び、川端君は『太陽が吠える!』のテーマ曲が流れるパトカーのオルゴールを買って行った。
そんな物まで売っていたのか!
それから、運河を散歩してから、ホテルに戻り、風呂に入ってから夕食を取って明日に備えた。
三日目は、洞爺湖周辺に行くらしい。
俺の北海道のイメージとしては、こう言う場合は支笏湖じゃないかと思っていたが、どちらもそれなりに観光地になっているそうだ。
バスで、洞爺湖に行き、雄大な自然を眺めながらの遊覧船に乗る。
順番があるので、時間を決めて自由行動となった。
洞爺湖と言えば、あれを買うしかない!
まだ先の未来、おそらく十年近く先か。
白い髪をした浪人風のサムライっぽい何でも屋が主人公の漫画が人気になる。
その主人公の愛用の武器が洞爺湖と文字が刻まれた木刀なのだ!
早速、大き目の土産屋に入り、木刀を探すと、あっさり見つかった。
「桐山君、木刀がほしいなら、スポーツショップで注文できるから、土産物は買わない方が良いと思うよ?」
「川端君なら、いつかわかるはずだ。これは、ここでしか買えない貴重品なんだよ!」
「そりゃ土産物なんだから、ここでしか買えないと思うけど、普通の木刀よりももろいと思うよ?」
「う、うん。そりゃ、ここでしか買えないよな。でも、良いんだ。飾っておくだけにする」
「それじゃ、地元に戻ったら木刀を買おうね」
「わかった。川端君のお薦めを買う」
そうして、無駄に木刀を三本、大きさを変えて買って配送してもらうことにした。
遊覧船の時間となり、船に乗ると、アナウンスで案内をしてくれるようだ。
どうやら中心にある島にエゾシカがいるそうで、それが目玉らしい。
ぼんやりと島の方向を眺めていると、妙に大きいシカが目に入った。
「デカいな……」
「トナカイの方がおおきいですよ。今度アラスカとか行きましょう」
「そうだな、オーロラを見に行くのも良いかもしれない」
「フェアバンクスとかでしたよね」
「そうだな、アラスカといえば、キングサーモンが食べたくなる」
「ここの湖には、マスがいるそうですよ」
「昼食に食べれると良いな」
そうして、洞爺湖の大自然を眺めながら遊覧船を楽しみ、昼食ではマスを頂いた。
その後、札幌のホテルに入り、開拓時代のあれこれの講義を聴いた。
屯田兵とかはわかるが、それ以外は、あまり良く覚えていないので、有意義な時間となった。
四日目は、午前中だけ札幌市内で自由行動となり、いくつか気になる場所を回って行った。
期待してはいけない観光名所として有名な時計台を見に行ったが、これはこれで悪くないと言う感想を持った。
木戸がどうしても食べておきたいと言うので、ソフトクリームを全員で食べた。
上手いのだが、札幌、北海道じゃないとダメと言うほどではない味に感じた。
俺たちの住んでいる県も半分は山ばかりなんだよな。
だから、それなりにうまい物も食べられるのかもしれない。
東大路のサッカー部の札幌事務所に美鈴特権で、入ってみた。
どうやら、俺の知っている札幌のサッカーチームとは、違う物になりそうだ。
今年のシーズンまでは、東大路FCと名乗っているそうなので、次のシーズンから、地元のチームとして正式に稼働するらしい。
そうして、ホテルに戻り、バスに乗って千歳から飛行機に乗り、修学旅行は終わって行った。
急ぎ足な旅行だったが、修学旅行なんて物は、こんな物だと思う。
予想外に石平雄次郎記念館が良かったな。




