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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第五二話 残念な結果

 残念な結果


 四月一三日の土曜日。今日は、ミストレーベル企画室で話し合いの日となっている。


 入学式の翌日から二年生のクラスでの生活が始まった。

 基本的なクラスメイトは、以前の記憶と同じで木戸以外は、親友を含めてほとんど違うクラスになってしまった。

 代わりと言うのか以前の記憶と違い、美鈴と同じクラスになっている。

 校長先生が俺のストッパー役に美鈴を配置したつもりなのかもしれない。

 だが、俺よりも美鈴の方が恐ろしいと思うんだがな……。


 その他では、空手部の主将になる川端君と同じクラスになった。早速、川端君に話しかけて空手について話を聞いた。

 我が校の空手部は、伝統空手と言われる流派の流れにあるそうで、その下の細かい流派は、あまりこだわっていないそうだ。

 特徴としては、寸止めと言うインパクトの直前に止める方法で試合をするそうだ。

 また、実践的な試合よりも型を見せる演舞に重きを置いているそうで、よほどのことがない限り、怪我も事故も起こらないと言う。

 以前の記憶の通りで、安心したので、近いうちに見学に行くことを約束した。

 本来なら去年の部活見学の時に、見に行くつもりだったが、時間が思うように取れずに断念したんだよな。


 部活紹介では、俺が生徒会選挙の告知をしただけで、去年とほぼ同じ内容だった。

 フォークソング部の集団ジャンプは、今年も圧巻の一言だった。

 この中に大江と矢沢がいたことに、部活を楽しんでいると感じ、心から嬉しく思った。


 そして、一つだけ、予想外のことが判明した。

 一学年下で、俺の親友になる予定だった人物が、慶徳高校に入学していなかったのだ。

 慌てて記憶にある、その人物、武田の家に向かったのだが、家はあるが最近売り出されたようで引っ越しをしていた。

 これは、一体どういうことだ……。

 俺がいろいろと動いたせいでバタフライ効果とか言う物が発生したとでもいうのか。

 それなら、もっと身近で起きていても良いはずだ。

 武田の特長は、生きる力が人並み以上に強い。その力で、人生の荒波をかき分けて進んで行った男だ。

 俺を兄貴分としながらも、しっかりと叱ってくれた良くできた弟分だった。

 近所の家に武田の情報を求めて聞いてみたところ、引っ越し先まではわからなかったが、この春に引っ越しをしたらしく、都内に引っ越したとのことだった。

 何がどうなって武田がいなくなったのかは、わからないがここであいつに会えないことだけは、事実のようだ。

 あいつが進学する大学も知っているし、将来の職場も知っている。

 どこかでまた会えることもあると信じて、武田のことは、ここまでにした。


 そんなことのあった数日だったが、ブラウンミュージックに行けば、俺の今の現実がある。

 企画室の長机を挟んだ向こうには、花崎歩美が座っている。


「まずは、四月に入ってしばらく経ってしまったけど、改めてよろしく頼む」

「こちらこそだよ。よろしくお願いします!」

「それで、俺の基本方針なんだけど、なるべく大学へ進学してほしいと思っている。今からでも、その気になってくれるなら何とかしてみせる」

「そのことは、蜜柑ちゃんからも聞いているよ。私ってあまり成績の良い方じゃないけど、何とかなるのかな?」

「成績よりも個性を重視した入試方法があるんだ。だからミュージシャンとして成果を残せたなら絶対とまでは言えないが、多分行けると思う」

「大学かぁ。何を学べばいいんだろう……」

「歩美の場合なら、演劇の勉強のできる学部とか、作詞の役に立つ文学部とか、視点を変えて教育系の学部も良いかもしれない」

「え、教育系って学校の先生になるための勉強をするような学部だよね?」

「ああ。歩美は、この先にいろいろなメッセージを伝えて行くのが仕事になる。単純に歌を歌っていれば良いだけの存在で終わらせたくないんだ。最近の教育系の学部って心理学にも力を入れているらしいから、教えるというよりも伝える方法を学んでほしいって感じだな」

「すごく面白そう。どうなるかわからないけど、やれるだけやってみたくなってきた!」

「じゃあ、大学進学をするとしてのスケジュールなんだが、七月にシングルをリリースして、八月にアルバムを出す。もちろんその間にプロモーションをしてもらうしミュージックビデオも撮ってもらう。かなり厳しいスケジュールになると思うが、一気に攻めないと入試に間に合わないんだ」


 本来は、秋か冬の予定にしたいところだったが、蜜柑の大学進学を勧めているのに歩美を勧めないのは、不義理に感じてしまい、このスケジュールを組んだ。


「わかった。がんばる。桐峯君も大変だろうけど、一緒に頑張ろう」

「ああ、七月に極東迷路がアルバムを出すから、これでも少しは、抑えているんだ。何とかやって行こう」


 丁度良いところにドアがノックされて、浅井さんが現れた。


「桐峯君、お久しぶりだね。その子が話にあった子かな?」

「そうです。彼女の曲の編曲だけは、こだわりたかったんで、浅井さんにお願いしたいんです」

「え、浅井さんってアクスの浅井さんですか!?」

「そうそう。その浅井です。花崎歩美さんだったよね。桐峯君からの依頼で、桐峯君と僕で君の曲を作って行くことになった。もう君の曲は、聞いているからどんな声の人かはわかっている」

「ありがとうございます。すごい人に作ってもらえるんですね!」

「俺が作詞作曲をして、浅井さんが編曲をしてくれる。どうしても、浅井さんじゃないとイメージが固まらなかったんだ。俺の経験不足ってことになる」

「桐峯君の経験不足は否めないけど、まだまだこれからなんだから、花崎さんを通して自分の幅を広げて行くと良い」

「はい、そうさせてもらいます」


 それから花崎のために用意してあるデモ音源を二人に聞いてもらい、イメージの意見交換をして行った。

 しばらくの時間が流れ、時計を見ると、もう一組の約束の時間が近づいていた。


「そういえば、今日は、もう一組面談をするんですけど、二人の時間は大丈夫でしょうか?」

「私は大丈夫。浅井さんは?」

「桐峯君の手掛ける人材は、面白い人が多いから見学をさせてもらうよ」

「それなら、ご一緒お願いします。今から会うのは養成所の訓練生バンドなので、あまり期待をしないでくださいね」


 間もなくして、ドアがノックされ、九重さんが上杉のバンドのメンバーとポーングラフィティのメンバーを連れて入ってきた。


「今日は、俺たちが一応世話をしているバンドの話だから、一緒に聞かせてもらうけど、大丈夫かな?」

「はい、岡田さんたちの話もしないといけなかったので都合が良いです」

「じゃあ、同席させてもらう」

「まずは、今日のこちら側のメンバーを紹介しますね。元アクスでプロデューサーの浅井さんとサンシャインミュージックから移籍して来たばかりの花崎歩美さんです」

「浅井さんですか……、失礼しました。ポーングラフィティの岡田です。ギターの工藤とベースの玉木になります。花崎さんは、クリスマスの時のライブで会っていたよね」

「はい、あの時以来です。お久しぶりです」

「君たちの事は、頬袋さんも気にしていたから、僕も気になっていたんだ。よろしくね」

「こっちがトワイライトアワーって言うバンドで、俺たちの弟分扱いで見守ってます」

「トワイライトアワーのベースをしていますツカサです。ヴォーカルのイクト、ギターのマサとカズ、ドラムのヨシアキです」

「はい、自己紹介が終わったってことで、本題です。四月までお疲れさまでした。この先の事ですが、何か要望はありますか?」

「桐峯、俺は、お前に言いたいことがある!」

「何でしょう?」

「親の七光りごときが、何を偉そうにしてやがる! 上から物をいっているんじゃねえ!」

「ツカサ君、ここには、浅井さんがいる。遊びじゃないのは、わかっているかな?」

「ああ、わかっている。だからこそ言っているんだ!」

「岡田さん、彼は普段からこんな感じなんでしょうか?」

「そんなことはないんだがな……、ツカサ、どうしたんだ?」

「どうもこうもないですよ。親の七光りだけで、誰かに曲を書いてもらって親のアルバムに名前が並んでいるやつに何がわかるんです?」

「桐峯皐月さんのアルバムのことか。あれがまだ三枚続くんだってな。普通じゃないのはわかるが、ここは、そういう世界だ。普通じゃない人間しかいない。ツカサ、何か勘違いをしていないか?」


 三月の半ばに発売された桐峯皐月のアルバムは、俺が思っていた以上に評判が良い。

 さらに、俺の作曲した曲だけが入っているアルバムがまだ三枚も発売されることも告知済みだ。

 そりゃ、何も知らない一般人は、すごい人と思う程度かもしれないが、近くにいながら他人だった存在達は、怪しむのかもしれないな。


「ツカサ君といったか、僕は、桐峯君が弾いていた曲をその場で使う約束をしたことがある。そのままデモ音源を作ってもらったんだが、ピアノだけじゃなくドラムまで迷わずに付けてくれたよ。そんな彼が他人の曲を自分名義で出す必要があるのかな?」

「そんなことは知らないです。ただこいつは、偽物ってだけなんです!」

「水城ちゃんと極東迷路の曲も偽物っていうのかな?」

「もちろんだ。あんな曲を高校生が作れるわけないだろう。水城の曲は、こいつが書いているのだからもちろんとして、新名蜜柑名義の曲だって偽物だろ!」

「桐峯君、この人ダメだよ。話にならない。蜜柑ちゃんの曲まで疑っている」


 何だかんだと、未来の曲のフレーズに似せてはいても、そのまま使ったことは一度もないんだよな。

 母親の曲は、丸ごとアレンジしまくっているから、未来で元ネタの曲を作る作曲者なら辛うじて気が付けるかどうかって言うレベルだと思う。


 だが、そういう問題じゃないようだ。

 親の七光りってのが、ここまで嫉妬の対象になるとは、思わなかったな。

 縁故があって当然の芸能界なのに、そのこともわかっていないようだ。

 この訓練生バンド企画は、ガールズバンド企画のついでに動かしたような企画だ。

 ベルガモットが上手く動いているので、ツカサたちがいなくなっても誰も困らない。

 こういう態度で来るなら、あきらめるしかないか。

 俺も持っているかは、微妙だが僅かなプロ意識すら育たなかったと言うことなのだろう。


 マサとカズも厳しい目で俺を見ている。

 こいつらも一緒か。

 ヨシアキは、ポーングラフィティのドラムを叩いているから、何かを理解しているようだ。

 上杉は、申し訳なさそうな顔をしている。

 この二人は、大丈夫のようだ。


「じゃあ、こうしよう。俺を偽物と思うのは、ツカサ君とマサ君とカズ君で良いかな?」


 マサとカズが、一段と厳しい目で俺を見てから頷く。


「イクト、ヨシアキ、お前たちは、偽物と思わないのか?」

「世界の違いってのをポーンさんたちと一緒にいると感じるんだ。まだ俺たちは、ポーンさんたちのいる世界に行けていないだけで、そっちの世界は、間違いなくあるんだ。それが理解できないツカサたちには、失望した」

「ツカサ、俺は元々が桐峯アキラに呼ばれてここにいる。こいつの化け物ぶりは、良く知っているんだ。残念だが、間違えているのはツカサたちの方だ」

「現実が見えていないようだから、今回の話はなかったことになる。無駄な数か月を送ったようだな。ここまで酷かったのは予想外だ。イクトとヨシアキは残って、後は帰ってくれ」

「おい。四月までやり続けたなら、デビューの契約をするんじゃなかったのかよ」


 ああ。そういうことか。デビューが決まったと思って気が大きくなったんだな。

 だが、本音を言うのは、構わないが時と場合を選ばなければならない。

 お前たちは、何の契約も交わしていないんだ。

 ただ、養成所の提案を受け入れていただけなんだよ。そんなこともわかっていなかったのか……。


「確かにそういう約束だった。だがな、バンドメンバー全員をデビューさせるとは、俺は言ったことがない。これで良いか?」

「……、なんだよ、それ」


 そうして、ツカサたち三人は、七瀬さんと九条さんに強引に連れ出されていった。


「ヨシアキ君が残っただけでも、この企画は、成功したことになる。ありがとう」

「えっと、これで良いんでしょうか?」

「良いんです。ポーンさん、これで良いんですよね?」

「ああ、ヨシアキは、俺たちが貰う。これですべて丸く収まった」

「桐山、俺は?」

「良い経験になったよな。次は、何をしようか……」

「え、俺って、修行していた感じなの?」

「まあ、そういう感じになる」

「桐峯君、彼って君の従兄の声楽家の先生にも習っていたんだよね?」

「そうです。どこまでやれるかわからないんですが素材は、良いですよ」

「うーん、僕の方で修業の続きをしてみないか。桐峯君の音楽をこの先に発展させるには、相棒が必要だと思う。まずは、機材の使い方を覚えながらスタジオヴォーカリストをやるってのでどう?」

「えっと、デビューとかは?」

「西山君が、まだ乗り切れていないからもう少し彼を見ていたいんだよね。その後ならあり得ると思う」

「その……贅沢なことを言います。半年だけ浅井さんのところで勉強をさせてください。俺もデビューをしたいんです。そうなると、秋くらいには、何かをしないといけないと思うんです」

「半年か。どこまでやれるかわからないけど、うちのチームで半年もやれば、桐峯君の役に立つようになるかな。それで行こう」

「上杉、よかったな」

「ああ、浅井さんの下なら、いろいろと学べると思う。頑張って来る!」


 こうして、残念な結果となったが、一人だけとは言え、ドラマーを拾えたのは良しとしておこう。


 ポーングラフィティは、夏まではライブを続けるそうだ。

 八月に歩美のアルバムを出せば一息が付けるので、九月のデビューを目指してもらうことにした。


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