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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第三章 ミストレーベル
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第五一話 美月の入学式と過去の亡霊

 美月の入学式と過去の亡霊


 四月八日の月曜日。新年度の入学式だ。

 卒業式では、無茶をしたが校長先生から釘を刺されているので、大人しくしている。


 春休みの間は、かなりのハードスケジュールだった。

 極東迷路のセカンドシングルの音源をレコーディングし、ミュージックビデオも撮影した。

 今回の編曲は、俺が直接行ったので、何度も何かが切れそうになった。

 ミュージックビデオの絵コンテは、蜜柑が書いてくれたのでそちらは楽だったのだが、スタジオミュージシャンさんたちの手を借りず、自分たちだけでレコーディングをしたので、なかなか納得のいく音が録れずに苦労をした。

 蜜柑の曲は『幸せの理論』と言う曲で、俺の曲は『グロリア』と言う曲になった。

 どちらも五月の発売に合わせた明るめの曲で、売れることを願うばかりだ。


 さらに、水城の曲のレコーディングもし、ミュージックビデオの撮影も行った。

 こちらの編曲は、編曲家さんに頼んだので気を抜けたがミュージックビデオの絵コンテは、俺が書いたので、何かが頭から飛び出すかと思った。

 水城の曲は『レイニートレイサー』と『ヘブンスドア』と言う曲になった。

 どちらを一曲目にするか迷っているが、どんよりとした梅雨の季節である六月に、あえて妖しさ満点の曲と物静かな曲を選んだ。

 俺は、雨が嫌いな方ではないので、雨に合う曲を作ったつもりだ。


 さらにだ……七月の極東迷路のアルバムの曲を販売会議に出した。

 俺が一二曲、蜜柑が一二曲の二四曲から、事務所の方で選んでもらうことにした。

 このアルバムの売れ行きで蜜柑の大学進学が決まるので、あえて自ら選ばず、選曲のプロたちにお願いをした形だ。


 島村は、ジルフィーの高見さんに預けたが、俺から見た場合の一番の爆弾である花崎歩美の出番が待っている。

 彼女をどう料理するかで、俺の価値が決まると言っても良いと思っているので、以前の記憶を総動員して彼女の曲を作るつもりだ。


 本当に厳しい春休みだった……。

 まだ上杉のバンドとの話し合いが残っているが、彼らの事も誰かに投げてしまおうかと考え中だ。


 そんなことを考えていると、新入生代表の挨拶が終わってしまった。

 新入生代表の挨拶は、美月だった。

 代表の挨拶は、一般試験の首席か、推薦入試の中で目立つ存在が選ばれるらしいので、成績もよく去年の文化祭に母親が呼ばれている美月が行うのは、妥当かもしれない。

 在校生からの挨拶は、俺の仕事なので校長先生がわざわざ用意してくれた原稿をそのまま読んでおいた。


 無難に入学式が終わり、生徒会室に引き上げて部活動予算の確認をしていく。

 三学期の内に美鈴と会計の二人が調整をすべてやってくれているので、後は確認だけをして校長先生に提出するだけだ。

 しっかり前年度と同じ金額でまとめられており、何も問題はなさそうだ。


「えっとな、堀江と今津、ちょっと席を外してもらって良いか?」

「ん、どうしたんだ。信也?」

「生徒会の伝統的な話で、一年から生徒会に関わっている者にだけ話すことがあるんだ」

「まあ、よくわからんが、大事な話なんだというのは何となくわかった。ちょっと外に出て居よう。今津、行こう」

「そうだね。ちょっと出てるね」


 二人が生徒会室から出ると、信也君が真剣な顔で話し始めた。


「実はな、生徒会の選挙は、半分は、出来レースなんだ……」


 信也君の説明によると、生徒会選挙に出る生徒がいない時が何年かに一度あるそうで、そういう時のためにある程度事前調整をしているという。

 俺たちの代では、会長の立候補が、早々にあったため、会長は二人で争ってもらい、副会長は、形だけ争うことになっていたらしい。

 その他は、サポートのために、生徒会経験者を含めた二年生で固めることになっていたとのことだ。


「ってことは、美鈴と争った二年生は、当て馬になるためだけに、立候補したと?」

「結果的にそうなるな。だが、内申書やらには、しっかり一年次に副会長をやったことが書かれるから、あいつにとっては、悪い話じゃないんだよ。それに推薦を取るときに内申以外のところからの力も加わるからな」

「なるほど、どこにも書かれない心付けがもらえるんですね」

「そういうことだ。それで、お前たちが生徒会に推薦したい奴がいるなら、なるべく早いうちに連れてこい。軽くだが素行調査もするらしい」

「俺と美鈴は、ある程度調べたら何者かわかる立場でしたから素行調査も問題なかったんですね」

「その通りだ。常川、お前からはなにかあるか?」

「今のところの候補に挙がっている生徒は、桐山君の妹さんだけのようだね。残りの三枠は、立候補待ちか、二人が連れてくるかになると思う」

「なるほど。出来レースと言えば、その通りなのでしょうけど生存戦略だと思えば、悪い事には思えないので、しっかり覚えておきます。堀江君たちに伝えなかったのは、知っている人が少ない方が良いからですね」

「ああ、伝統と言っても誇れる伝統じゃないからな。知らない方が良いってもんだ。それじゃ、二人を呼ぶぞ」


 そうして、二人が再び生徒会室に入り、部活動紹介の話を少しして解散となった。


 校長室に部活動予算の書類を提出して、校門まで歩いていく。

 今日は、この後、美月に俺と美鈴の関係を話すために普段通りに自転車で登校するのではなく、早朝から美鈴と一緒に行動している。

 移動も普段通りの自転車ではなく、四谷さんにお任せしてある。

 普段通りでも良かったのだが、美鈴の希望でこうなった。

 美鈴なりに緊張をしているのだろう。


「あっくん、伝統っていうのも大変ですね」

「スーの家も伝統のある家だろう?」

「うーん、微妙ですね。我が家って元々は田中っていう苗字なんです。初代と言われている曽祖父様のもう一代前の時に没落した華族の家に婿入りして家を建て直したそうです。その後は、華族の名前を使って強引なやり方で大きくなったと聞いています。ですので、町工場から始めた東大路と言うのも半分本当で半分嘘なんですよね」

「ちょっとまて。それってかなりのトップシークレットなんじゃないのか?」

「そうでもないですよ。調べたらすぐにわかります」

「俺な、前から疑問に思っていることがあったんだ。東大路一族って、人数が少なすぎるよな。もしかして、それが原因だったりするのか?」

「そうですね。本来の東大路の一族は、利用するだけ利用して、もう存在していないのだと思います。後は、田中の一族がいろいろな家に政略結婚で入り込んで、親族になっています。ですので、東大路を名乗っているのは、我が家だけになるのです」

「ってことは、俺とスーの事も東大路の問題だから、血の繋がりがあってもよその家の者は口を出せないってことになっている?」

「その通りです。他家に行った者は、血が繋がっていても他の家の者として扱っています。血よりも優秀な人材を取るのが、東大路のやり方ですから、これで良いそうです。だからと言って、血族を邪険にしているわけでもありませんけどね」

「万が一、東大路の一族と言うのか、スーを含めた全員が一緒に事故か何かで死亡したらどうなる?」

「その時は、今ならあっくんにほとんどの財産が動くことになりますね」

「そういう遺言が、すでに用意されている?」

「はい、そのために法的効果のある書類もいくつか用意してあります」

「俺が現れる前なら、他の人がその権利を持っていたことになるんだな……」

「はい、この権利は、動くのが当たり前な権利とその方も承知していましたので、問題はありません」

「遺産相続ってのは、そういう物なんだろうな……」

「ですので、命を大事にしましょう。ちゃんと七瀬さんから聞いています。一年間は、無理をするとか?」

「ああ、あれな。ちょっと言い過ぎた。すまない」

「反省してください。生徒会の事は、スーに任せるのです。顔を出すだけで良いのですからね」


 そんなことを話しながら、校門を出たところで、フラッと人影が動き出した。


「キーーリーーヤーーマーーー!!」


 え、なんでこいつがここにいる?

 ふらつくような足取りで、俺に近づいてくるその人物は、服装が乱れ、記憶と比べるとかなり痩せているが久しぶりに見る中川だった。


「お前がああああ、悪いんだあああああ!」


 サバイバルナイフを両手に持ち、血走った目をしながら近づいてくる。

 ふらつきながら歩いているので、刺激さえしなければ、何とかなるか……。


「スー、とりあえず逃げろ!」

「大丈夫です。あっ君は、落ち着いてそのまま少しずつ下がってください」

「え、あ、ああ、そうする」


 視界の端に四谷さんが入り、状況を理解した。

 少しずつ下がりながら、四谷さんが動き出すのを待つ。


「ああああ!」


 中川が一気に歩幅を詰めようとしたときに、四谷さんが後ろから足を引っかけて、そのまま倒し、背中に乗る。

 片足を背中の中心に置き、もう片方の足で、ナイフを持つ手を蹴り飛ばしていく。


「美鈴様、通報をお願いします。彰様は、ナイフをハンカチで包みながら回収をお願いします」


 言われるままに、ナイフをハンカチで包んで回収をしていく。

 こういう物は、直接触らない方が良いんだったよな。

 それから、中川の身体検査も行い、ナイフがさらに出てきた。

 この頃のナイフは、規制が厳しくなかったから、文字通りに一撃必殺が可能なのも混じっているようだ。

 完全に俺を殺るつもりだったのか……。


 いつの間にか、中川は気を失っていたようで、四谷さんが後ろ手に、ハンカチで両手首を縛り上げていた。


 高校の教師たちが出てきて、中川だとわかると、どうしたら良いのかわからなくなってしまったようで、警察が到着するまでこの状態が続いた。


 それからは、警察に中川が連行され、俺たちも事情聴取に行くことになった。

 校長先生が、同行をしてくれたので、大きな問題にはならなさそうだ。

 その後は、大した出来事もないので、あっさりと事情聴取が終わり、校長先生が呼んでいてくれたうちの母親が、俺と美鈴を引き取って事件は解決となった。


 後日に話を聞いたところによると、中川は、県外の全寮制の高校へ転校していたそうなのだが、春休みでこちらに戻って来ていたらしく、県外の高校に帰る日に姿を消したと言う。

 中川は、おそらくテレビやラジオで極東迷路や水城の話の中に出てくる俺の話を聞いてどうにかなってしまったようだ。

 薬物の反応もあったらしいが、意識混濁と言う状態までは行っていなかったようなので、傷害未遂と言うよりも殺人未遂として取り扱われるようだ。それほどに武器の種類が異常だったということらしい。


「彰だけじゃなく美鈴さんもしっかり理解しておいてね。私たちの様な目立つ仕事をしていると、ちょっとしたことで恨みを買うことがあるの。彰は、芸能人だから、この先も同じようなことがあるでしょう。美鈴さんも立派な経営者になるのなら、どこで恨みを買うかわからない立場になるの。だから今日みたいなことがまた起きると思っておきなさい」

「そうだよな。高校生だからって言う立場に甘えていたかもしれない。反省する」

「私もです。見守りの方々がいつもいるのですが、その方々がいることに安心しきっていたようです。しっかり反省します」

「そうね。お互いに立場は違っても、甘えがあったことは、反省しておきなさい。まずは、我が家に行きましょう。怖い目に合ったのでしょうから、一休みが必要よね」


 そうして、母親の運転する自動車に乗り込み、我が家に向かった。四谷さんは、事後処理を行ってから、程よい時間に迎えに来るそうだ。


 今日は、元々、美月の入学祝いなので、家で母親の料理を頂きながら俺と美鈴の話をする予定だった。

 少し問題が起きたが、元の道に戻ったことになる。


「お兄ちゃん、スーお姉ちゃんも大丈夫だったの?」

「ああ、大丈夫だ。スーの家の人が近くにいてくれて何とかなった」

「美月ちゃん、心配かけてごめんなさい。二人とも元気ですよ」

「お母さん、本当に大丈夫?」


「大丈夫よ。しっかり取り押さえられていたようだから、何も怖いことはないわ」

「わかった。なら、安心する」


 それから、美月と美鈴が母親を手伝いながら料理が完成した。


「……あのね。疑問があるの。スーお姉ちゃんが来てくれたのは、うれしいのだけど、なんでスーお姉ちゃんがわざわざ来てくれたの?」

「お祝いって言うには、無理がありすぎたか?」

「本当は、お食事の後にお話をしようと思っていたのですけど、先に済ませます。実は、私とあっくんは、婚約をしているのです。ですので美月ちゃんは、義理の妹なのでお祝いをするのは、当然なのですよ」

「え……、婚約って結婚するの?」

「多分大学の間か大学を出てしばらく経った頃か、そんなころになると思うが、そういう約束になっている」

「えっと、スーお姉ちゃんは、お嬢様だよね。お兄ちゃんのお嫁さんになっても大丈夫なの?」

「俺が婿に行って桐山から東大路彰になる。いわゆる婿入りってやつだな」


 それから美月の頭が混乱してきたようだったので、いろいろと説明をして納得をさせて、食事を摂りながら話をすることになった。


「……私もお嫁に行って良いしお兄ちゃんもお婿に行って、この桐山のお家は、お父さんとお母さんの代でなくなるんだね……」

「まあ、そうなるが叔父さんがいるだろう。叔父さんにも話は通してあるらしいから、桐山が無くなるわけじゃない」

「そっか。なら多分、悪い話じゃないんだね。スーお姉ちゃんの初恋が叶うってことだけなんだね!」

「美月ちゃんには、ばれてましたよね。あっくんも気が付いていましたよね?」

「ああ、初恋をこじらせたんだろうって思っているが、そう言うのでも悪くないとも思っている」

「そうです。初恋をこじらせたんです! でも、これで良いのです。あっくんのことは、大好きですし、美月ちゃんは、可愛い妹です」

「スーお姉ちゃん、かっこ良い!」

「そうね。美鈴さんは、かっこ良いわ。私は、どんな義母さんなのかしら?」

「皐月さんは、お母さまよりも厳しいところがあるので、そういうところが、本物のお母さまっぽくて好きです。東大路の御令嬢なんて物をやっていると、厳しいことをちゃんと言ってくれない人が多いのです。皐月さんは、厳しいことを言ってくれるので、お母様のようです」

「厳しいことを言ってしまうのは、職業病みたいな物なのよね。でも、そういうところを気に入ってくれる人も多いのも事実だわ。美鈴さんには、悪いけど、あまり厳しいことを言わないように努力をするわね」

「お母さんは、厳しすぎるから、少しくらい甘くなるのが丁度良いよ。スーお姉ちゃんで練習しなさい」

「本当にそうさせてもらうわ。よろしくね」


 それから、美月の入学祝いの食事会が終わり、四谷さんが美鈴を迎えに来た。


「今日のあの人の事は、東大路で処理してもよろしいですよね?」

「さすがに俺だけじゃなく、美鈴もいる時に襲ってきたんだ。自重なんてせずに存分にやってくれ。俺も何か格闘技を習っておいた方が良いのかな」

「そうですね。逃げる隙を作るために格闘技を習うのは、悪くないと思います。ですが、無茶はダメですよ」

「護身術の基本は、逃げる事って聞いているから、無謀なことをするつもりはない」

「なら安心です。あっくん、ちょっとだけギュッてしてくれますか?」


 美鈴の言う通りに、少しだけ抱きしめてから離す。

 怖い思いをさせたんだよな。

 本当にすまない……。


「それでは、帰ります。また明日なのです」

「また明日な」


 そうして、美鈴は四谷さんの自動車に乗り、帰宅していった。


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