第五〇話 伊勢佐木百貨店と年齢不詳のロン毛のおっさん
伊勢佐木百貨店と年齢不詳のロン毛のおっさん
三月二三日の土曜日。
今日は、終業式で、それからブラウンミュージックに行き横浜の繁華街を訪れている。
時刻は、午後八時頃で、まだそれなりに人通りがある。
「桐峯君の謎の情報力を信じないわけじゃないですが、逸材がこんなところにいるんでしょうか?」
「多分そろそろのはずなんですよ。鮭川さんの方には、何も情報が入っていない方が意外でした」
今日は、スカウト担当の鮭川さんと七瀬さんがお目付け役となって来ている。
繁華街をうろうろとしながら、彼らが出没するのを待っていると、それっぽい二人組がアコースティックギターの入ったソフトケースを持ちながら現れた。
百貨店の営業が終了する時間となり、シャッターが下ろされると、その前で準備を始めた。
「あの二人のようです」
「少し離れて見ていましょう」
二人が歌い出し、声を確認すると、やはり間違いなくユズキの二人だ。
だが、不慣れなのか、手探り感のある歌い方をしている。
歌が途切れたところで駆け寄る。
「あの、リクエスト良いでしょうか?」
「あ、はい。歌える歌なら頑張ります!」
「ザ・キャンディーの『春風一番』なんて歌えますか?」
「僕らよりも年下っぽいのに、面白いリクエストですね。その歌は、中学生の頃に歌った記憶があるんで歌えますよ」
俺と話をしているのが北沢さんで、もう一人が岩川さんだな。
二人は、今まで出していた歌本から別の歌本に変え、『春風一番』を歌い始めてくれた。
さっきまでの手探り感のある雰囲気から自分たちの本来の持ち味のある歌い方で歌ってくれて、逸材と言って遜色のない歌唱力を披露してくれた。
歌ってもらっている最中に、俺の後ろに来ていた鮭川さんと七瀬さんに暖かい飲み物を五人分買ってきてもらうように頼む。
「良い声ですね。ありがとうございました」
「いえ、先週から路上で歌い始めたんですよ。まだ不慣れでこういう歌の方が良いんでしょうかね?」
「うーん、懐メロっていうのは、確かに足を止めてくれる人が多いですね。僕も別の場所で歌っていたときがあったんで、その時は八〇年代アイドルの曲も歌っていました」
「おお、お仲間さんだったんですか……、あ、え、どこかで見たことがある?」
「あの、すいませんでした。極東迷路のピアノ担当をしている桐峯アキラと言います。ギターもそこそこ弾けるので、その時の話でした」
「え、極東迷路の桐峯アキラさんって言うと、水城加奈のプロデューサーもしている?」
「その桐峯アキラです」
「はぁ、声を掛けて頂いてありがとうございます。少し歌った方が良いですよね」
「はい、お願いします。色々聞かせてください」
それからユズキの二人は、懐メロを中心に歌い続けてくれた。
飲み物を配り終えた鮭川さんと話をする。
「どうですか?」
「間違いなく逸材ですね。ですが、売り方にも工夫がいりそうです」
「ジルフィーの坂口さんや桜木さん、高見さんとかなら、こういうの好きだと思うんです。どうでしょう?」
「ジルフィーなら確かにこういう二人を見てくれるかもしれないですね。二人に明日、ブラウンミュージックに来れるか聞いてみましょう。二人が来れるなら、ジルフィーの三人にも声を掛けますね」
「お願いします」
そこからは鮭川さんの仕事となり、明日の日曜日、ユズキの二人は、ブラウンミュージックに来てもらえることになった。
ちなみにこの時の二人のユニット名は、ユズシャーベットだった。
日曜日の昼頃、ブラウンミュージックの練習スタジオにユズキの二人と、ジルフィーの高見さんと俺が集まっている。
他のジルフィーの二人は、連絡をしたが泥酔をしていたらしく、会話にならなかったそうだ。
「高見さん、初対面なのに、わざわざすいません」
「ああ、いいんだよ。俺は、面白いと思ったらやるし、何か違うって思ったらやらない。それだけだからね。桐峯君は面白いから大丈夫。その桐峯君が連れてきた二人も面白いと期待しているよ」
「それじゃあ、北沢さん、岩川さん、お願いします」
「オリジナル曲をやります!」
それからユズキの二人は、オリジナル曲をやってくれたが何かが違うんだよな。
「うーん、違うな。まだ自分たちが何者なのかわかっていないんだろうな。桐峯君がわざわざ横浜まで君たちを探しに行ったと聞いている。そんな君たちが自分たちをわかっていないのは、良くないな」
「自分たちが何者かですか……。今度は、懐メロを歌います」
二人は『春風一番』を歌い始めた。
この感じは、二人の雰囲気なんだよな。
「それだな。その感じを自分たちの物にしないといけない」
「正直なところ、どうやったら自分たちの物になるのか、わからないです……」
「桐峯君、君はどう思った?」
「素材が良いので、形が決まれば化けると思います」
「ってことだ。桐峯君の仕事は、君たちの知っての通りだから、よく覚えておくとよい」
「形ですか……。何とか模索してみます。一年ください。一年後に、また連絡をします!」
「わかった。じゃあ、俺からも約束だ。一年後にそれなりの形になっていたら、俺が面倒を見る。だから、他の事務所やレコード会社と契約するなよ」
「わかりました。路上を始めて二回目で声をかけてくれた桐峯さん、わざわざ時間を作ってくれた高見さん、それにこんな一般人じゃ入れない場所まで通してくれたブラウンミュージックのことを忘れたりはしません」
そうしてユズキの二人は、帰って行った。
高見さんとミストレーベル企画室に戻ると、島村仁美が待っていた。
「桐峯さん、お久しぶりです。昨日に下宿に入りました」
「島村さん、おつかれさま。これからの事の打ち合わせだよね。ちょっとまってて」
高見さんとユズキの話をしようとしたら、高見さんが話を変えてきた。
「この娘さんを今度は、プロデュースするのかい?」
「そうなります。水城と同じようにやってみて、様子を見ようと思います」
「そうか、実は、俺も新人を育ててみようかと今日のやり取りで思ったんだが、どうだろうか?」
「うーん。島村には、僕なりの考えがもうあるんです。その上で、細かいところを見てもらうというのなら、ありがたいんですが、どうでしょうか?」
「細かいところか。まずは、大きな流れや方針を聞かせてくれ」
それから島村を交えて、声優の養成所に入れることやダンスにも力を入れてもらうことなどを説明していった。
「なるほどな。声優というのは、面白い。水城さんもその流れにあるのか。俺がやれることになると、曲を作ることくらいか」
「後は、本人が望むなら、一生歌えるような活動ペースで動いてもらいたいですね」
「確かにな。俺たちは、無駄に長いバンドだから、浮かんでは沈んでっていうやつらをいくらでも見ている。そういうやつらは、大体急ぎ過ぎに感じるんだよな」
「同感です。一年で何曲も出して二〇〇万枚のセールスを出しても次の年から数年間、動けなくなったら意味がないと思うんです。五年をかけてじっくり曲を作りながら二〇〇万枚売る方が俺は良いと思うんですよ。確実に買ってくれる固定ファンも付きますし、時間があれば、いろいろな実験ができます。そういう時間を大事にしてほしいですね」
「俺たちのやり方は、桐山君が良しとするやり方になるんだろうな。女性ミュージシャンは、アイドル的な要素が強いから短命になりがちだが、しっかり話し合って活動をして行けば、アイドルミュージシャンだけで終わる物も少なくなるんだろうな」
「そうなんです。男女関係なく、その時々の年齢の魅力ってあると思うんですよ。それこそ高齢って言われる年齢になっても魅力はあるんです。そういうところを皆に知ってもらいたいですね」
「ってことでだ。桐峯君と俺の考えは、どうやら近いらしい。島村さんだったな。俺の下でやってみないか?」
「え、その、良いんでしょうか?」
「基本的な大きな流れは、桐峯君の考えている流れの通りにやることは、約束しよう。何かあれば、桐峯君のお母さん、桐峯皐月さんに相談したら良い。その方が、安心だろう」
「島村さん、高見さんは、過去にいろいろなアイドルの曲を書いているんだ。だから、大丈夫だと俺は思う。それにミストレーベルの所属のままで行ってもらうつもりだから、俺たちと縁が切れるわけじゃない」
「そうだな。そこは、大事なところだ。ミストレーベルは、若手専門のレーベルって感じらしいから、ここから連れ出すことはしない。先生が若手の先生からおっさんになったくらいだと思ってくれたらよい」
「少しわかってきました。担任の先生が変わるだけで、学校が変わるわけじゃないんですね」
「そういうことだ」
「それじゃ、お願いします!」
そうして、高見さんは、島村を連れてチェックに向かった。
「七瀬さん、一応、島村の考えもあるでしょうから高見さんのプロデュースは、一年更新になるような契約書をお願いします」
「そうですね。桐峯君の考えもその中に載せておきましょう」
「その方が良いですね」
「花崎さんは、どうします?」
「彼女は、いろいろと大変なことになることが予想できるので、俺が直接やります」
「あまり無理はなさらず……」
「今年を乗り切れば、かなり楽になるはずなので、一年間は、寿命を削る気持ちでやって行きますよ」
「彰様、寿命を削るなんて言わないでください。美鈴様が悲しみます」
「それもそうですね。美鈴にも働いてもらいますよ」
そうして、ユズキと出会い、島村が年齢不詳のロン毛のおっさんに連れられて行ったこの週末が終わって行った。




