第四九話 卒業の歌
卒業の歌
三月二日の土曜日。今日は、三年生の先輩たちが、この高校から新たな道へ歩み出す卒業式の日だ。
昨日まで学年末テストをやっていた在校生たちにとっては、正直なところ辛いスケジュールになっている。
それでも、お世話になった先輩たちの門出を祝うのは、もはや後輩たちの義務のような気持ちで、今日を迎えている。
卒業式の準備は、ほとんどを教師たちがやってくれたので俺たちは、来賓の案内などをする。
だが、この仕事も美鈴の独壇場なので、俺としては送辞を読むだけだ。
送辞は、自分で考えても良かったのだが、生徒会選挙の時に歌いだしたりしているので、送辞の文章も教師が用意してくれた。
俺は、危険物じゃないぞ!
一般人のつもりだぞ!
おかしなことは、たまにしかしないぞ!
そうして三年生たちが入場し、卒業式が始まった。
卒業式は、粛々と進み送辞を読み上げる時がやってきた。
「あ、うっかり送辞が書かれた物をどこかにやってしまったみたいだ」
「あっくん、それは、困りましたね。どうしましょう」
「どうせまともに読み上げるつもりなんかなかったんだろう。さっさと行けよ」
珍しく堀江君に突っ込まれて、壇上に向かう。
俺を生徒会長に選んだのは、在校生だけじゃなく、今から卒業していく先輩たちでもあるんだからな。
そうして、壇上のマイクを抜き取り、息を深く吸う。
卒業ソングの定番と言えば、中学校を舞台にシリーズ化された名作ドラマ『三年一組金次先生』で使われた名曲『贈り言葉』だ。
静かな体育館に、俺の独唱が響き始める。
教師たちは、止めるべきか、このままやらせるべきかを迷っている様子だ。
出来る限り真剣な気持ちで、卒業する先輩たちの心に染み込むように、想いを載せて歌い続ける。
そうして、無事に歌い終えた。
「……この唄を送辞とさせていただきます。在校生代表一年二組桐山彰」
体育館中から拍手を送られ、壇上から降りて行く。
こういう絶対にやるなって言うようなことを本気でやると案外止められないようだな。
答辞として、佐々木先輩が壇上に上がり、当たり障りのない答辞を読み上げて行く。
そうして、全てを読み上げ、自分の名を告げてから、俺に一言、言い放つ。
「桐山、慶大で待っている。必ず来いよ!」
「はい!」
マイクを使わなくても、体育館中に聞こえる声くらい出せないわけじゃない。
普段は、喉を大切にしているから出さないだけだ。
俺の大声に、佐々木先輩も驚いたようで、一瞬固まったが、ニヒルな笑顔を見せてから壇上から降りて行った。
それからは卒業証書授与となり、一人一人に卒業証書が渡されていく。
教室で担任教師から貰う方式のところもあるらしいが、うちの高校は校長先生から直接貰うスタイルのようだ。
そういえば今日は、美月の中学校も卒業式をしているんだったな。
結局、美月は、無事にうちの高校へ入学することが決まった。
おそらく美鈴が、どうにかして生徒会に入れてしまうのだろう。
来年の生徒会は、俺と美鈴が抜けてしまうと、一年生だけになるか、細かいところまでは知らない二年生が入ることになる。
さすがに、まずいな。
やはり、俺も強制的に参加か。
音楽活動の方では、テストの準備週間の金曜日にミューズステーションに極東迷路として再び出演した。
打ち合わせは、蜜柑と玉井に出てもらい、慶徳高校組は、当日だけの参加となった。
皆、意外と言っては何だが、学内推薦が取れるラインまでは、到達していないのだが成績が悪いわけではないそうで、最悪でも一般受験で慶大に入れなくはない成績のようだった。
そういうことなので、それなりに勉強をしつつ本番を迎え二度と生放送には、出たくないと言う感想を共有することが出来た。
曲作りも順調で、水城と極東迷路の次のシングルも販売会議に提出してある。
極東迷路は五月、水城は六月の発売を目指すことになりそうだ。
極東迷路は、七月のシングル発売とアルバム発売も目指しているので、かなり厳しいスケジュールになるかもしれない。
可能なら今回は、自分たちで録音をして行きたいが、スケジュール的に無理ならスタジオミュージシャンの皆さんの手を借りるしかないだろうな。
それと、島村仁美がいよいよ東京にやって来る。
彼女の事も考えなければならないし、ポーングラフィティのデビュー時期も考えないといけない。
上杉のバンドもリーダーのツカサと本格的に話し合いを持たなければならないな。
四月まで活動したならデビューする方針でいたので、あちらとも向き合わないといけない。
ベルガモットは、おかしな曲で行くことにした。
今は、あれを作ってもらいながら、作詞作曲の勉強をしてもらう方針で行く。
どうしても売れそうな曲が出来なければ、俺が作るしかないと覚悟も決めたので様子見だな。
花崎歩美もブラウンミュージックに来るんだったな。
彼女の曲は、トレーニングの出来次第で、すぐにも用意する必要があるな。
花崎歩美の再デビューは、秋か冬になるだろう。
その他では、てっちゃんの婚約者が二月の終わりに帰国した。
理絵さんと言うので、りえちゃんと呼ぶことになった。
俺がそう呼ぶように決めたわけじゃない……。
てっちゃんが、そう呼ぶように言ってきたのでそうなってしまった。
りえちゃんは、大学院に通いながらブラウンミュージックの養成所のピアノ担当トレーナーになってくれることも決まったので、主に俺の相手をしてもらうことになった。
俺のピアノの腕前を最低でも並の音大卒業レベルまで引き上げなければならないので、りえちゃんが先生をしてくれるのは、ありがたい。
そうして頭の中で一人会議をしているうちに、卒業式は終わって行った。
体育館を普段の状態に戻していると校長先生が近付いて来た。
お叱りをうけるのだろうと身構えて待つ。
「桐山君、良い送辞だった。私は、ああ言う型破りなことが大好きなんだ。だがね注意もしなければならない。わかってくれるね?」
「はい、すいませんでした」
「入学式では、何もしないでほしい。生徒会選挙にも出るのだろうから、そちらは、ハメを外さない程度なら良いだろう。他にも何かをしたくなったら私にだけは、事前に教えてほしい。どうしても許可を出せない時もあるから、そういう時の判断をさせてほしいということだね」
「今後からは、そうさせて頂きます。お気遣いありがとうございます」
「うんうん、君が音楽活動をやっていることは、嬉しく思っているんだ。しっかり君の曲も買ったからね。歌の力って物は、馬鹿にはできない。そういうことも知っておいてほしい」
「歌の力ですか。そうですよね。気を付けます」
怒られるというよりも、注意と応援と言った感じだったようだ。
校長先生は、さすがにしっかりした人物だったんだな。
以前の記憶にあるこの高校のおかしさは、校長先生でも、どうにもならないレベルにまで行ってしまっていたのだろう。今回は、校長先生の力がしっかり振るえるように、生徒会から何かを手助けして行きたいな。
それから、教室でホームルームを終わらせ、軽音部の卒業する先輩たちに個別で花束と記念品として用意してあったハンカチを渡していったり、来年の部長の任命も行われた。
予想外と言うべきか、次期部長は、白樺が任命された。
どうやら、第一候補が俺で第二候補が梶原だったのだが、俺と梶原、楠本がプロでの音楽活動を始めてしまい、上杉と白樺の二人が候補になったそうだ。
そのことを二人に話すと、白樺が立候補をしたと言う。
上杉は、デビューこそしていないが、四月からデビューの準備に入ってもらうので白樺の立候補はありがたいのだが、白樺にも思うところがあったらしい。
白樺は、なぜ自分がブラウンミュージックから声を掛けられず、楠本や上杉と言う自分からしたら一段堕ちる腕の持ち主たちが目を付けられたのか、大いに考えそして大いに反省したそうだ。
俺たちは、仲が悪いわけじゃない。
どちらかと言えば五人とも仲の良い方だ。
その中で白樺は、自由に振る舞い過ぎた。
本来の性格が自由が好きと言うのもあるかもしれないが、さすがに上杉と楠本が目を付けられて自分が呼ばれないのは、かなり堪えたらしい。
俺から見てもブラウンミュージックに行く前の上杉と楠本は、白樺よりも一段落ちていた。
だが、いまは逆転している。
一番下なのが白樺になっている。
ミュージシャンは、シビアな人種だ。
上手い下手を考えなくても良いときは、本気で考えない。
だが、上手い下手を重視しなければならない場面では、しっかりシビアに重視する。
高校の軽音部は、どちらかと言えばこの中間といったところだ。
上手くても下手でも、気が合えばそれでも良しとしてしまうことも可能だが、シビアに見る時もある。
これが俺の独断だけの判断なら白樺も文句を言えただろう。
だが、実際は、自由過ぎる自分の性格が問題で呼ばれていないことは、それなりの時間が経てば気が付ける。
そういう自分の性格と向き合い、どうするべきかを考えた末が、部長になって自分を律していくという考えに行ったようだ。
「……キリくん、いまさら僕を誘ってほしいとは言わない。でも、部長をしっかりやるから、そういう僕を見ていてほしい」
「わかった。シラくんの心意気をこれから見せてもらうな」
「うん、僕だって皆に負けないくらい成長するからね」
それから、滝口先輩や他の先輩方と少しずつだが話をして、それぞれの進路やちょっとした思い出話をしていった。
滝口先輩は、慶大には進学しないらしく関東から違う地方に行くそうだ。
もう二度と会わないかもしれないが、良い性格をしている人なので、何とかなるだろう。
そうして、高校一年の卒業式は、終わって行った。
もうすぐ春休みがくる。すぐに新学期か。
後輩の中に一人だけ、以前の親友がいるんだよな。
どうやって接触するべきか、考えておかないとな。




