第四七話 タモさんと生放送
タモさんと生放送
二月九日の金曜日、俺と水城、それにブラウンミュージックのスタッフ一同は、テレビの生放送に出演するための最終調整をしている。
先日のガールズバンド企画のメンバーで食事をした後、事務所に戻ると七瀬さんから水城の生放送出演のオファーが来ていることを知らされた。
さらに、水城だけではなく俺にまで出演のオファーが来ていた。
水城は、良い出だしのランキングだったのでまだわかる。
俺については、極東迷路のプロモーションビデオや、すでに発売されている母親のシングルの情報から出演のオファーを出すことを決めたらしい。
その後、水城を含めた事務所のスタッフで検討した結果、断る方がデメリットが多いと言う結論となり出演することになった。
出演する番組は、ミューズステーションと言う番組で、大物タレントの田森義和こと通称タモさんが司会を務めている。
タモさんは、マルチな才能はともかくとして音楽知識に精通している人物で、自身もトランペットを演奏する。
そして、とにかく顔が広い。
芸能界に入ったなら、会っておかなければならない人物の一人といっても過言ではないだろう。
打ち合わせを何度かしていくうちに出演者たちの情報が知らされ、何人か会いたい人物が出演するようだった。
まずは、びーぜっとだ。
ヴォーカリストとギターリストの二人組ユニットで、俺としてはギターリストの松木孝弘と話をしてみたい。
松木さんは、この当時でも素晴らしいギターリストだが、さらに未来では、世界的に評価されるようになる人物だ。
どんな雰囲気のある人なのか、実際に会って感じてみたい。
次にジュリアンマリアだ。
アニメのOPのことで、揉めそうになったが基本的にあちらの自爆なので俺としては、特に思うところはない。
このバンドのリーダーであり、ベーシストの恩田川さんは、プロデューサーとしても優秀な人で、ジュリアンマリアのヴォーカリストであるユウキを世に出すために尽力したと言われている。
この先にガールズバンドを北海道から見つけ出し、プロデュースをする人物でもあるので、ガールズバンド企画を担当する俺としては交流を持っておきたい。
続いて、ジャーニーズのエスマップだ。
将来的に五人編成になるが、このころは六人だったようだな。
このグループで顔を繋いでおきたい人物は、木村拓馬だ。
木村さんは、歌っても踊っても演じても、さらにしゃべりでも、独特のセンスで乗り越えて行った人物だと感じていた。
さらに俺が彼に敬意を感じている点は、家族を大切にしていたところにもある。
妻子だけではなく実弟がスポーツ選手になるのだが、彼への配慮が常にあったように感じていた。
俺に彼の様なマルチの才能はないが、ぜひ見習いたいと思っているので、彼とも話をしてみたい。
エスマップは、リーダーの中井さんを筆頭に様々なジャンルでメンバーが活躍をして行くのだが、今回は、欲張らず木村さんとの交流だけを狙って行こう。
他の出演者は、小村哲哉の関係者と二〇〇〇年を超えられない方ばかりなので、あまり気にしないことにした。
リハーサルでは、本番と同じように演出からやらせてもらえて気が楽になった。
それから、タモさんはもちろんとして出演者の皆さんに十文字屋の落雁を配る作業が始まった。
ブラウンミュージックに母親が移籍してからも、十文字屋の落雁は、ことあるたびに送ってもらっているそうで今回もすぐに用意してもらえた。
まずは、タモさんからだ。
楽屋のドアをノックして、挨拶をしてから入室の許可を待つとすぐに許可を出してもらえた。
「本日はお世話になります。水城加奈です」
「お世話になります。桐峯アキラです」
「ああ、よく来たね。水城さんは、運が良いんだろう。別の番組でも会える日を待っているよ」
「はい、私は、運が良いと思っています。これからも運を逃がさないようにやって行きます!」
「運は、いつもいるわけじゃない。大事にしなさい。桐峯君、君の意気込みは、桐峯皐月さんの新しい曲から十分に伝わっている。しっかりやるんだぞ」
「はい、あのこれを母から田森さんへ渡すように言われております」
母親のアルバムを取り出して、タモさんの前に出す。
「おお、話は聞いていたが、もう仕上がっていたのか。これはうれしい。君のお母さんの公演に一度だけ行ったことがあるんだ。その時に挨拶をさせてもらってね。この日が来るのを待っていたんだ!」
「作曲は、僕なので、期待外れにならないことを祈っております……」
「なにを言うんだ。桐峯皐月さんが良しとしたなら、悪い物のわけがない。サインまで書いてくれているのか。ありがたいな。ああ、そうだった。俺の事は、タモさんって言ってくれ。これも俺の芸風の内だからな」
「では、タモさんとお呼びします」
「早速、聞かせてもらおう」
タモさんへの挨拶が終わり、びーぜっとの松木さんとヴォーカリストの稲葉山さんとも無事に挨拶が完了した。
松木さんは、掴み所のないような人で、正直なところ良くわからなかった。
何度か会えば、どんな人なのかわかってくるかもしれない。
ジュリアンマリアでは、恩田川さんから何か情報を引き出そうとしてみたがヴォーカリストのユウキさんが水城をやたらと気に入ってしまったようで、深く話す程の時間が取れなかった。
エスマップでは、挨拶をしようとしたらグループ内会議でもしていたのか、マネージャーさんと木村さんが廊下に出てきて挨拶をすることになった。
「水城さんは一月にデビューで、桐峯君は今月のデビューだったよね。僕たちもまだまだだから、一緒に頑張って行こう」
「はい、今回だけじゃなく、また共演をしたいですね」
「だね。お互いに実績を残して、僕らが桐峯君の曲を歌えるようなそんな関係になりたいな」
「それは、良いですね。木村さんたちの曲を考えることができるのなら、すごく楽しそうです」
「マネさん、実現するとしたら、どんな条件がいると思う?」
「ブラウンミュージックと言うと東大路グループですよね。エスマップのメンバーが主演をするドラマが実現して、そのドラマのスポンサーを東大路グループが受け持っていただけるなら、主題歌を桐峯さんが書くと言うのも実現するかもしれません」
「実現可能なんですね……。いつになるかわかりませんが、木村さんが主演をするドラマの曲を書かせてくださいね」
「水城さんは、ドラマはやらないの?」
「あの、えっと……」
水城が困っている様子で俺を見てくる。
「木村さんだけ、ちょっとこっちへ……」
「え、はい?」
マネージャーさんから離したところで話を続ける。
「これは、内緒でお願いします。水城には、声優の勉強をしてもらっているんです」
「え、声優?」
「はい、はっきり言うと、ハリウッドや海外の映画の日本版吹替とかの仕事を狙っていて、そう言う映画の日本版主題歌やテーマ曲も狙っているんです」
「すごい……。桐峯君って、本当にプロデューサーだったんだね……」
「内緒ですからね」
「ああ、流石に話が大きくなりそうだから、すぐに忘れることにする。でも、面白い話をありがとう」
そうして、木村さんとも別れて、他の出演者にも挨拶をして行った。
木村さんに話したハリウッド映画の吹き替えとその日本語版主題歌やテーマ曲の話は、どの時代から行われるようになったかわからないが、この時代でも使われていた手法だ。
そのことを思い出せたので、水城がもう少し芸能界に慣れてきたら動き出すつもりだった。
木村さんには、共通の秘密を持っていてもらうことで、親しくなれる関係を作れないかを試してみた。
そうしてミューズステーションの本番が始まった。
俺たちは新人なので比較的早い順番で呼び出される。
びーぜっとの松木さんが担当したこの番組のテーマソングが流れる中、スタジオ内のセット上に上がって行く。
「先月にデビューした水城加奈さんと今月にデビューした極東迷路の桐峯アキラさんです。本日は桐峯さんが作詞作曲した水城さんのデビュー曲のピアノを担当していただけるとのことです」
女性司会者の声に合わせてセット中央で軽く挨拶をして横に流れる。
その後も出演者の登場が続き、全員がセット上に出たところで、タモさんの簡単なインタビューが入る。
「まずは、水城加奈さん、初登場だね。どんな気分?」
「緊張しています。ですが、桐峯君も一緒なので精いっぱいやらせて頂きます」
「うん、良いね。桐峯君も初登場だけど、どう?」
「自分のバンドが出演する前にここに来てしまって、バンドメンバーに申し訳ないです」
「じゃあ、今度はバンドメンバーと来ような」
それから、一曲目を担当するエスマップが抜けて、セット上の雛段に座る。
俺たちは、新人のコーナーがあり、そこで紹介されてから、演奏することになる。
雛段の上では、マイクの音が切られているので大きな声を出さなければ、話していても良いらしく、水城の横にはジュリアンマリアのユウキさんが座り、俺の横には、一曲目を終わらせた木村さんが座っている。
水城とユウキさんは、着物を着ている水城の衣装の話をユウキさんが、聞いているような状況だ。
着物に慣れている水城にとっては、話しやすい話題のようで、ユウキさんが上手く誘導したようだ。
俺と木村さんは、ギターについて話をしている。
木村さんは、アコギを弾くそうなんだが、下手に本職の人に話を聞いてしまうと難しい話を聞かされることが多く、事務所のトレーナーに少しずつ教えてもらっているそうだ。
かっこ良い木村さんがギターで弾くなら、かっこ良い曲よりも、面白い曲を弾いた方がギャップがあって良いかもと言う話などをしていた。
そうして俺たちの番となり、ミュージックビデオが流されているうちに席を移り、タモさんの横に行く。
「水城加奈さんと桐峯アキラ君です。水城さんは……」
女性司会者からの紹介がされて、タモさんと再びインタビューに入る。
「水城さん、歌謡大会荒らしって言う異名を持っていたって?」
「いろいろな大会に出ていたら、そう言われていたようです」
「なら、人前で歌うのは慣れている?」
「慣れてはいるんだと思いますが、こういうところでは初めてですね」
「そうか、桐峯君がいるんだから緊張しすぎないで行こう」
「はい!」
「今回、水城さんが歌う曲を作詞作曲したのは、桐峯君と聞いているよ。どう言うイメージで作ったのかな?」
「水城さんが、ずっと歌えるようなそんなイメージで作りました」
「なるほどね。だから『久遠』なのか」
「そうですね。ずっと聞いていたくなるような、そんな思いも込めています」
「それでは、歌の準備をお願いします」
女性司会者は、ばっさりと切って俺たちを演奏用のセットに向かわせた。
その間に極東迷路のミュージックビデオを少しだけ流してくれているようだ。
セットは、全体的に深い青の照明で照らされており、スポットで俺と水城が照らされている。
これが少しずつ明るくなり、最後は白くなるのかと思いきや、いつの間にか赤いセットに変わっているという仕組みになっている。
基本の色を白にしてあり、光の組み合わせで、そうなるように発注をしてある。
ピアノとヴォーカルの音だけを抜いた音源が流され始め、それに合わせてピアノを弾いていく。
打ち合わせで、水城加奈の初登場ヴァージョンにしてほしいと言う話があり、ピアノをシングルと少し変えてある。
そうしてゆっくりとしたバラードでありながらも、水城の力強い肺活量を活かした『久遠』がスタジオ内に響く。
俺も通常の『久遠』よりも、音を多く使って弾いていく。
そうして、十分な満足感を感じながら水城と俺の演奏は、終わって行った。
それからは、ただの飾りとして、雛壇に座り続け、ミューズステーションは終わって行った。
楽屋に戻り、衣装から着替えて早々にテレビ局から引き揚げた。
「生放送って、こんなに大変だったんだね」
「ああ、俺も甘く見ていた。やっぱりテレビは、辛いな」
「ラジオだけで、良い気がする……」
「VTR出演なら、まだましだったか?」
「これよりは、はるかに楽だった」
「そうか、この辛さは、極東迷路も一度は味わった方が良いと思うから、もう一回出ておこうかな」
「桐峯君、高校は大丈夫なの?」
「ああ、三学期だから、多少行かなくても大丈夫。うちの内部推薦は、基本的に定期テストの結果だけだから、よほどの素行の悪さじゃない限りは、何とかなる。それに芸能活動自体は、高校は認めているんだよな」
「なら良かった」
そうして九重さんが運転する自動車で、帰宅していった。




