第四六話 がるばん!
がるばん!
一月二七日の土曜日、いつもの小さめの会議室ではなく『ミストレーベル企画室』とネームプレートが張り付けられた部屋に入る。
ミストレーベルが名ばかりではなく、水城がデビューしたことで実態を持つことになり、専用の部屋を用意してもらえたのだ。
部屋の中には、テレビにオーディオ機器、ホワイトボードに本棚や長机がいくつか置かれ、簡単な応接スペースまである。
さらに、関西でスカウトを意地になって続けてくれていた鮫島さんと七瀬さんの部下となる九重さんと言う方が、マネージャーとして加わってくれている。
九重さんは、七瀬さんと同じで東大路本家の使用人の方で、御庭番のような人だ。
先日発売された水城のデビューシングルは、デイリーランキング二一位だった。
ウィークリーランキングは、まだ発表されていないが、おそらく三〇位以内だと予想されている。
新人歌手の水城を大抜擢してくれたユタカ自動車のCMが放送されていて、バックチークのファンまで買ってくれているのだから、これくらいの結果でなければ困るところだった。
雑誌からの取材は、まだ続いているようで忙しそうにしている。
さらに、深夜に放送しているカウントダウン番組へのVTR出演も決まり、コメントと歌の録画もしていた。
極東迷路のプロモーションも順調で、コスモシャワーTVの番組に出たことで、知名度がかなり広がったようだ。
タートル松木さんとモンスケ・サンタマリアさんにいじられまくる玉井の様子は、なかなか面白かった。
蜜柑は、なぜかアシスタントさんと一緒にナース服を着ていて、妙に似合っていた。
ファーストシングルとなる『ここでキスを』は、すでに放送解禁がされているので、日本中のラジオ局で流されているらしい。
デビュー前の状況で、これはかなり良いと思う。
そして、発売直前に知らされたのだが、うちの母親の先行シングルも発売された。
桐峯皐月と華の舞と言う名義で『華の舞』と『色彩』が入っている。
アルバムの方では、アレンジを変えてシングルの二曲を収録するそうだ。
こちらの売り上げは、あまり期待をしていないが、そのうちに楽譜が発売されるだろうから、そちらの売り上げが楽しみだ。
そのほかでは、西山さんことTMレインボーのシングルで俺が作曲した曲が発売された。
明治剣客流浪伝・剣の心のEDとして、現在放送中であり、売れ行きは好調のようだ。
うふふ、あはは、がはは、俺の時代が来たあああ!
小村哲哉の時代なんて、絶頂期を迎える前に崩壊させてやる!
こちらには、島村仁美にミーサ、ポーングラフィティが待ち構えているんだ。
さらに、俺の記憶の中に現在は、まだ中学生や小学生で声の掛けにくいミュージシャンの経歴がまだまだある。
恐れろ、俺を恐れ敬え!
ふぅ。驕れる者久しからず、肝に銘じておこう。
所詮、俺なんて借り物の知識でやっていくしかないんだよな。
本物たちには、叶わないのだから、コツコツと地道に曲を作って行くしかないんだ。
それはそれとして、やっと銀行口座が温かくなることは、実にありがたい。
すぐに金が必要と言うわけではないが、自由に使えるまとまった金額があると言うのは、余裕が生まれてくるからな。
さて、今日は、中学二年生のガールズバンド企画のメンバーとの顔合わせをする。
彼女たちには、今から一年かけて、さらに腕を上げてもらい、堀学園高校に入学すると同時にデビューしてもらう予定だ。
俺一人じゃ、女子中学生の話をどこまで聞けるのか不安なので、木戸を呼んである。
タイミング良くドアがノックされ、木戸が現れた。
「桐山君、来たよ」
「おいす。今日は、何をするのか聞いているか?」
「うん、私がここに初めて来た時に仕分けをした子たちと合うんだよね」
「木戸さんが俺たちと関わるようになった初めの出来事だったな」
「酷いよね。いきなりあんなことをさせるなんて……」
「正直言うと、あまり考えていなかった。あの時は、申しわけない」
「無神経といえば、そうなのだろうけど、あれくらいのことが簡単にやれないと生き残れない業界なのは、もう理解しているよ」
そうして、新たにマネージャーとなってくれた九重さんに連れられて五人の少女が入ってきた。
このバンドも訓練生バンドと同じで、何度もメンバーを再構成しながら、この五人が決まったそうだ。
養成所の存続を賭けた企画と言うようにスタッフの皆さんが認識しているので、肝いりのメンバーだと思って良いらしい。
席を進めてから、話を始める。
「まずは、この企画の発起人でミストレーベルとして、若手の売り出しを担当している桐峯アキラです。よろしくお願いします」
「二月にデビューする極東迷路のヴァイオリニストの木戸セイカです。よろしくお願いします」
そうだった……。
木戸の芸名は、セイカなんだよな。
その後、それぞれ自己紹介をしてくれて、リーダーがリツでドラム、ヴォーカル&ギターがユイ、ヴォーカル&ベースがミオ、ギターがアズサ、キーボードがツムギと言うそうだ。
うーん、どこかで聞いたような名前が並んでいる気がする……。
だが、何だったかおもいだせないので、気にしない方がよいだろうな。
ツインボーカルのガールズバンドと言うのは、俺の知る限りいないわけではないが、かなり少なかったはずなので、この組み合わせを選んだスタッフの本気度がうかがえる。
俺のオーダー通りに、なるべく長身で選んでくれているようで、特にベースのミオは、モデルとして十分やっていけそうだ。
「失礼を承知でおききしたいのですが桐峯さんって桐峯皐月さんの息子さんと聞いたのですが、本当なのでしょうか?」
「本当ですね。親の七光りとか、そう言う話でしょうか?」
「えっと、そう言う話が養成所の訓練生の中にあるので七光りじゃないところを証明してほしいんです」
「うーん、俺が七光りだろうが、君たちに関係はないと思うけど、それは絶対に必要なのかな?」
「無関係じゃないんです。水城さんを探してきたのは、桐峯さんだと聞いていますし、私たちは、まだ力不足なので誰かの指示を受けないといけない立場だと思っています。ですので、上司と言うのでしょうか、そう言う立場の人の力を見たいと言うのは、不自然でしょうか?」
何と言うべきか、これも一種の中二病みたいな物なのかもしれないな。
リアル中学二年生の病なら、しょうがないか。
「木戸さん、いつもの練習スタジオに行こう」
「良いの?」
「彼女たちの要望は、なるべく聞いていく方針だから、これくらいやっておきたい」
それから練習スタジオに入り、とりあえずピアノから弾く。
「じゃあ、水城の『モメント』を弾くね」
さて、始めるか。
この曲は、『久遠』と対になる曲として作った。
永遠に終わりのないのが『久遠』なら『モメント』は、一瞬を表している。
そのために、ハイスピードで一気に弾き終えるのがコツだ。
「……キーボード担当のツムギさん、どうだったかな?」
「……は、はい。すいませんでした。本物だと思いました」
「リツさんもピアノは、納得で良い?」
「はい、ツムギもこう言っていますし、納得しました。ドラムも叩けると聞きました。やってもらって良いでしょうか?」
「ドラムは、ソロが良いかな、それとも曲にしておく?」
「ソロでお願いします!」
ただ聞きたいだけになってきていそうだな。
俺が好きなライドシンバルを刻んでいく音から、小さなフィルインを繰り返し最後は長めのフィルインで終わらせた。
「……本当に申し訳ありませんでした。生意気を言ってすいません」
「これから長い付き合いをしていくんだから、あまり気にしないでほしい。ギターやベースも弾けるけど、そちらは本職にかなわないから、ここまでにして企画室に戻ろう」
それから、企画室に戻り今後の話し合いをする。
「まずは、八月からなのかな。ここまで本当にお疲れさまでした。ここからは、君たちをミストレーベルが見守っていくことになる」
「具体的には、何か変わるんでしょうか?」
「まずは、昼間のライブハウスで、月に一度程度で演奏してもらおうと思う。大阪から来てライブハウスで頑張って貰っているポーングラフィティって言うバンドの前座って感じでスタートになると思う」
「話だけですが聞いています。そのバンドも桐峯さんが探してきたとか」
「彼らは、もう完成しかけていたから、切っ掛けをこちらが用意しただけになる」
「そうだったんですね。その後は、堀学園高校に入り次第、デビューと聞いたのですが、本当でしょうか?」
「そのつもりではある。でも、一つ覚えておいてほしいことがある。俺は、二〇歳前で解散するようなガールズバンドを作るつもりはない。最低でもプリティープリンセスくらいまでは、活動してほしい。それには、いろいろな大変なことがあると思う。だから、長く続けられるバンドを意識しておいてほしい」
「具体的には、何かありますか?」
「急ぎ過ぎないことくらいかな。例えばだけど、水城のファーストアルバムの発売予定は、来年の今頃なんだ。今の楽曲の発売ペースの方がおかしくて、本来は、一年に一枚出れば良いくらいなのが本来のペースなんだと思っておけば良い」
「極東迷路も、そうなんですか?」
「極東迷路は、違う売り方で考えていて、今年の七月にアルバムを出す予定になっている。それぞれの在り方で、売り方を変えて行くし、突然に予定も変わることもある。今聞いた話は、全部ここだけの秘密だからね」
皆が上下に首を振る。
「それじゃあ、スケジュールが決まれば、知らせが入ると思う。しばらくの間はコピー曲をやってくれたら良い。曲が作れるなら、こちらにデモテープを提出してから演奏するようにしてほしい。基本的には、自由で良いからね」
「桐峯さんが曲を作ってくれたりは、しないんでしょうか?」
「君たちはバンドだから、可能なら自作が良いと思っている。俺が作っても良いけど、歌詞くらいは、自作が良いと思う」
「TMレインボーさんの曲に桐峯さんの曲がありましたよね」
「あの曲は、プロデューサーの浅井さんとタイミングが合って、同じような曲を作っていたらしいんだ。俺の方が良いと感じたから採用してくれたって聞いている」
「あの、それじゃ……自作の曲が一曲だけあるんです。早速、録音をして来ても良いですか?」
「大丈夫だと思う。九重さん、今ってレコーディングスタジオ使えます?」
「すこし見て来ますね」
それからすぐに九重さんが戻って来て、レコーディングスタジオが使えることになった。さらに、柿崎さんもいるそうで、調整もしてくれるそうだ。
レコーディングスタジオに入ると、柿崎さんが待ち構えていた。
「桐峯君、また面白いのを連れてきたって?」
「今回は、養成所の訓練生ですよ」
それぞれに挨拶を交わして、本題に入る。
「一発録りの経験しか多分ないのかな?」
「はい、難しそうなのでやったことはないです」
「時間はあるから、分けて録る練習だと思ってやっていこうか」
「がんばります!」
それから柿崎さんの手引きで、ドラムのリツから録音をして行き、何度か失敗をしながらも一曲録り終えた。
「うんうん、良い感じに録れているね。バンド名ってなんて言うの?」
「ベルガモットです」
「名前の由来は?」
「皆がアールグレイの紅茶が好きで、調べたらベルガモットの香りが付いているって話だったので、好きな紅茶の香りからこれになりました」
「なるほど、良い名前だね。桐峯君たちも面白い名前だけど、こう言う素直な心を忘れちゃダメだよ」
「素直ですよ。寒い時期はカキが食べたいとか、思いますよ」
「食欲に素直って言いたいのかな。私はカキフライが好きだね」
「俺もカキフライが食べたくなりました。この辺りでカキフライが食べられる店ってあります?」
「あるよ。皆で行こっか」
そういえば、島村の家は、カキの養殖をしていたんだったな。
島村の父親は、海の男と言う感じの人物で、なかなか勇ましく感じた。
ああ言う男の中の男っていう雰囲気の人にも憧れるよな。
外を見ると夕暮れ時だったので、丁度良いと、このまま皆で夕食に出かけた。
柿崎さんが案内をしてくれた店は、本格的というべきなのか、揚げ物専門店でありながら料亭の様な雰囲気のある店だった。
俺は、頬袋の兄貴と何度か異世界の様な店に行っているので、これくらいは問題にならないが、中学生たちは、流石に恐縮しているようだ。
ツムギだけは、場慣れしている雰囲気があるので、良いところのお嬢さんなのかもしれないな。
そうして、カキフライだけではなく、いろいろな揚げ物を頂いていった。
当然、代金はブラウンミュージックに付けておいた。




