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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第四三話 窓達95

 窓達95


 11月25日の土曜日、高校から帰った俺は、我が家の防音室に籠っている。


 玩具箱状態だった防音室にあった余分なものは、倉庫や別の部屋に移動させた。

 新しく防音室に入った物は、パソコンとシンセサイザー、その他録音機材などがある。


 とうとうと言うべきか、やっとと言うべきか、先日の十一月二三日の敬老の日、WINDOWS95が発売されたのだ。

 正直なところ、買うべきか大いに迷った。

 リンゴーコンピュータのマッキンの方が、音楽を含む芸術的な活動には合っているんだよな。

 だが、以前の俺は、Windows系を使っており、不慣れなこの時代のパソコンを使うのなら、馴染みやすい方が良いと考えた結果だ。

 それに、一緒に購入したDTMソフトを慣らすのなら、使い慣れているパソコンでやって行かなければ時間が取られ過ぎてしまうとも考えた。


 DTMと言う呼び方は、日本風の物であり、デスクトップミュージックと言う言葉の頭文字を取った言葉だ。

 本来は、DTP、デスクトップパブリッシングの方が英語圏では馴染みやすいらしく、コンピュータミュージックやプログラミングミュージックなどとも言うらしい。


 さらに、俺がこれから使うソフトの環境は、DAW、デジタルオーディオワークステーションと言う形式になり、使うソフトも時代的にはDTMソフトと呼ばれるが実質は、DAWソフトと言った方が正しいように感じている。


 DTMは、幾つかの専用の機材はあるが基本的にパソコンの中だけで音楽を作る。

 DAWは、パソコンを中心としているが様々な機材や楽器を使って音楽を作る。

 かなり大雑把な解釈だが、これで理解しておけば、間違ってはいない。


 さて、技術的なことを話しても、混乱するだけなので、作業を始めて行く。

 用意したシンセサイザーから、ドラムの音を選び、いくつかのリズムパターンを録音していく。

 このシンセサイザーからパソコンに送る音は、デジタル処理がされているので、特に細かい調整をすることなく録音を進めて行く。

 録音したリズムパターンを、パソコンで編集をして程よい感じに仕上げる。


 今度は、それを鳴らしながら、シンセサイザーで曲を弾いていく。

 そうして何度か録音した物を、パソコンで編集をして、完成となる。

 簡単に説明したなら、こうなるのだが、これがやたらと面倒な作業なのだ。


 将来的に、この作業は、簡素化されて行く。

 それに、外部からの録音も可能ではあるのだがさらに面倒な作業が加わるので、今回は、ここまでにする。


 さて、この環境を用意するのに、掛かった出費は、全てブラウンミュージックに出させた。

 ここ最近の俺は、タダ働きをさせられすぎていた気がする。

 流石にこれは、よろしくないので、この機会に思い切り清算させてもらった。


 さらにだ、この部屋も少し改造した。なんと電話線があるのだ!

 その先には、モデムがあり、そこからパソコンに繋がっている。

 そう、俺は、インターネットデビューをしたのだ!


 もちろん、この改造の出費もブラウンミュージック持ちだ。

 文化祭が終わってからの一か月、主にこの作業を行っていた。

 まず、改造や物品に掛かる費用だが、働かねえぞ、と軽く脅したら、すぐに出してもらえた。

 ブラウンミュージックとの契約で、俺が得る金銭は、権利料だけと言う契約になっている。

 この中に、スカウトに関する情報やデビュー前とはいえ、水城と極東迷路のプロデュースの契約は、含まれていない。

 その辺りは、あちらも気にしていたようで、俺に直接、現金を渡すことになると、税務上、ややこしい問題が出るらしいのだが、現物納品や施設改修などなら、今まで通りの契約で、なんとかなるとのことだった。

 改めて契約内容の変更はするとして、今回は、これでやってもらった。


 さて、パソコンが手に入ったのなら、インターネットの環境を整備する必要がある。

 だが、今は、インターネット創世記のような時代だ。

 プロバイダーや接続時間などの問題があり、いろいろとやりにくい。

 そのあたりの問題は、電話に関する契約内容を調整して、なんとか使えるようにした。

 はっきり言って、皆が手探りの状態で、専門家のような技術者がいないのは、この時代らしいと感じた。


 そうして、パソコンを含めた機材が我が家に搬入され、接続をし、使えるか試してみた。

 インターネットには、無事につながった。

 だが、検索をするのに、時間がかかる。

 そこで、夏に秘密ノートを洋一郎さんに見せた結果、東大路グループが支援をすることになったヤホーに接続してみた。

 この時のヤホーは、完全に英語で、しかもプロトヴァージョンだったが、公開されており、ここを基点に、なんとかインターネットの世界に入っていける目処が付いた。


 洋一郎さんの仕事は、見事としか言いようがない。

 ゴーグルの創設にも積極的に関わるつもりらしく、調べた内容を美鈴に良く話しているそうだ。

 ゴーグルが立ち上がり、軌道に乗ったなら、ヤホーは、手放すようにとも言ってあるので、大きな損害を出すことはないだろう。

 ヤホーからゴーグルへの移り変わりは、インターネット創世記を知っている者たちからしたら、悲しい出来事なのだろうな。


 ヤホーを通して海外のサイトの中から、ある程度の完成度のあるサイトをブックマークして行く。

 使い方に慣れて来たので、日本のサイトの中から、この時代に存在していたと言われているサイトを幾つか見つけ出し、ブックマークをしておいた。

 掲示板スタイルのサイトは、インターネット黎明期からあったと聞いていたのだが、実物をみると、本当にあったことを驚いてしまった。

 個人サイトもいくつか見つかり、テキスト系サイトとしての完成度の高さには、凄まじいものを感じた。

 こう言うサイトの運営者が、後にIT長者などと呼ばれたりする者たちなのだろうな。


 インターネットの中でも、俺の影響が僅かに出ているが、今回は、俺の決断と言うよりも、東大路グループの決断なので、気にすることではないな。

 Windows98が出てからが、インターネット世界の本番なので、いまはまだ見守ることだけをしておこう。


 そういえばと思い出し、メールソフトを立ち上げる。

 十月に入ったころ、ヨキシが現れた時に、メールアドレスを聞いておいたのだ。

 メル友になるつもりはないが、海外の情報をダイレクトに知っている人物は貴重なので、交流は続けたいと思っている。

 挨拶とインターネットが使えるようになったことと、自宅に簡単だがデジタル録音が可能な環境を整えたことを報告しておいた。

 後日に返信があり、インターネットデビューと環境整備のお祝いが書かれてあり、さらに俺と会った翌日に、トシヤと食事をしたことも書かれてあった。

 どんなことを話したかまでは書かれていなかったが、この時期のヨキシは、アメリカで孤軍奮闘状態だったのかもしれない。

 月に一通か二通、メールを送るようにしよう。内容は、俺の音楽に関わる日常で十分だろう。



 翌日の日曜日、いつもの小さめの会議室で、ミュージックビデオを見ている。


 俺たちが見ているのは、水城のミュージックビデオだ。

 寒々しい森の中の湖上を渡りながら、歌を口ずさむ水城の映像は、俺がイメージした映像と良く合っている。

 合間合間に、冬でも活動できる小動物のカットが入るのが、また良い。


 このミュージックビデオの絵コンテは、俺が描いた物を使っている。

 さすがに映像を取るだけの技術はないので、監督は、ユタカ自動車のCMを撮った監督に任せた。


 もう一つの曲の『モメント』は、無事にタイアップが取れ、情報番組のイメージソングとして、来年一月からの三か月の間、使われることになっている。

 こちらは、要望があれば、ミュージックビデオを作ることにした。

 デビュー曲が、バラードで、しかも和風と言うのは、はっきり言って異色だと思う。

 だが、今回はこれで行く。


 先日、貝原朋美がデビューした。

 貝原朋美は、小村哲哉の秘蔵子のような存在で、プライベートでの関係も深いと言う。

 それに、デビューしたころの彼女の歌唱力は、驚愕と呼べるほどに圧倒的だった。

 だが、小村哲哉との関係が難しくなると、彼女の歌唱力は、徐々に弱くなり、デビュー当時の歌唱力を失ってしまう。


 俺としては、彼女と水城を対決させるつもりはないのだが、ソロの女性ミュージシャンとして、比べられることもあり得る。

 そう言う時に、和風の曲が歌えると言うのは、強みになる。

 喉の強さは、水城の方が上だと思っているし、発声できる音階の上限も負けていない。


 それに、バックチークが音源作りに参加したことは、しっかりとクレジットするつもりなので、バックチークのファンも聞いてくれるはずだ。

 さらに、このミュージックビデオには、一瞬だが、バックチークのヴォーカリストである桜木さんが出演している。

 これだけの物を用意して、ランキングに乗らなければ、水城に次はないかもしれないし、俺も二度とプロデュースを出来なくなる可能性もある。


「桐峯君、どうかな?」

「監督さんが良く俺の考えを読み取ってくれたと思う。これなら行けるはずだ」

「バックチークの皆さんと桐峯君が演奏している曲が、すごく好き。この映像にも合っていて絶対に行けるよね」

「そうだな。本当にバックチークの皆さんには、頭が上がらない」

「これからは、先行取材が、少し入るだけなんだよね?」

「そのはずだ。一月に入ってからが水城の本番だ。無理はするなよ。ちゃんと高校は卒業する。メインは雑誌とラジオ、よほどの番組じゃない限りは、テレビには出演しない。この方針で行く」

「うん、高校も声優の養成所も、てっちゃん先生のレッスンもしっかり受ける。私は、まだまだなんだよね」

「上には上がいるんだ。こんなところで、無駄に争っていてもしょうがない」

「極東迷路の方は、どんな感じ?」

「蜜柑の曲は、もう仕上がっている。俺の作った曲が、販売会議で通ったから、ここから編曲家さんの出番で、その後にまたバックチークの皆さんにお願いする。ミュージックビデオは、蜜柑の曲で作る予定だ。あちらは、そんなに難しい撮り方をするつもりはないから、冬休みの間に終わると思う」

「そうなんだ。先行取材は、蜜柑さんと玉井君でやるんだよね?」

「その予定になっている。冬休みの間なら、俺たちも行くかもしれないんだけどな」

「六人だものね」

「ああ、木戸を入れたのは、失敗だとは思わないが、勢いで決め過ぎた気もする」

「木戸さんとは、てっちゃん先生のレッスンで話を何度かしたけど、良い人だよね。仲良くしていきたい」

「俺は木戸とは、あまり関わりを持っていなかったんだが、美鈴が気に入ったようで、いつのまにかって感じだな」

「美鈴さんって、紀子さんの娘さんで、桐峯君たちの同じ高校の人だよね」

「美鈴は、少し変わったところもあるが、会う機会があれば、仲良くしてやってくれ」

「うん、そうする。この後の私は、シングルを出し続けるの?」

「まだ、はっきりしないが、五月頃にセカンドシングルを出して十月末くらいにサードシングルで、来年一月にアルバムだけか、シングルとアルバムか、そんな考えでいる」

「もう再来年のことまで、考えているんだね」

「水城の場合は、再来年一月の剣の心のタイアップが決まっているから、そこまでが、一先ずの計画なんだよな」

「そうだよね。『ファントムブレード』を世に出さないと、いけないんだよね」

「ああ、あの曲は、引き延ばしているからな。もう一度、しっかり組み上げても良いかもしれない」

「そうだね。まだ時間があるのなら、そう言うのも良いんだと思う……。たまには、こうやって、じっくり話をしたいな」

「そうだよな。極東迷路のメンバーとのやり取りの方が、多くなってしまっていて、すまない」

「そういえば、ミストって、レーベルになったの?」

「ああ、ロゴだけ入れてくれることになった。名前だけのレーベルだな」


 ミストは、ミストレーベルとして、承認され、俺が主導的に作った楽曲にロゴだけがクレジットされることになった。なぜか、母親のアルバムにもクレジットされるそうだ。

 ちなみに、どんな絵柄かと言うと、青い火の玉が揺らめいているような絵柄になっている。

 色が付けられる場合は良いが、白黒になると、何なのかわからなくなる。だが、そこもまた良いと思っている。


「皆、ミストの仲間って感じがして良いね。私は、ソロだから、仲間がいるのは、嬉しいな」

「ああ、皆、ミストの仲間だ。水城は、一人じゃないんだからな」

「うん、皆と頑張って行く!」


 それからも、ミュージックビデオを繰り返し見続けながら、水城と話も続けて行った。


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