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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第四二話 母上様と一緒

 母上様と一緒


 生徒会室には、他の生徒会メンバーは来ていないようで、俺と美鈴の二人だけのようだ。


「いつも待たせていて、すまないな」

「良いのですよ。早速、頂きましょう」


 それから、美鈴が用意してくれた弁当を食べながら花崎の話をしていく。


「……未来の大物ミュージシャンですか。しかも、体を悪くするのですね」

「そう、だから、ブラウンミュージックで確保して、潰れないようにしなきゃならないんだ」

「今はどこの事務所かわかります?」

「サンシャインミュージックだな」

「わかりました。三月で契約更新と言うお話のようですから、お母さまにお話をしておきます。多少、お金が掛かっても確保すべきなのは、理解しました」

「助かる。もしかしたら彼女が、未来をいろいろと変えてくれるかもしれないからな」

「はい、期待のし過ぎは、良くないのでしょうが、楽しみです。そういう方って、他にもいるのですか?」

「うーん、宇多ヒカリっていうミュージシャンがいる。今の彼女は、海外にいると思うんだよな。ブラウンミュージックの最後の時代を支える一人になるミュージシャンだから、俺が動かなくても、スカウト担当の人が動いてくれるんじゃないのかな」

「ブラウンミュージックは、あっくんが頑張ってくれているので、潰れません。ですので、最後を支える一人なんて言う寂しいことは言わないでください」

「そうだな。俺が、もっと頑張って、潰れないようにしないといけないな」

「でも、少し気になります。最後の時代は、どんな感じだったのでしょう?」

「大御所さんたちは、特に動かずって感じで、宇多ヒカリと新名蜜柑が、前面に出て頑張っていたんだ。だが、東大路グループの粉飾決算に世界的な株価暴落が来て、潰れると言うよりは、手放す感じになるんだったかな」

「お父様がやらかすのですね。どこかに隠居させましょうか」

「いやいや、康仁さんだって、頑張っているんだから、もう少し様子を見よう。それにまだ、洋一郎さんだって、健在なんだからな」

「わかりました。ですが、お母さまと早めに相談をしたいので、秘密ノートをお母さまに見てもらう時期を考えておいてくださいね」

「そうだよな。最低でも、二〇〇一年までには、見せるから、もう少し様子を見させてくれ」

「二〇〇一年と言うと、アメリカ同時多発テロですね。止めることはできないのですか?」

「うーん、止めることは、可能かもしれないが、止めて良いのか迷うところなんだ」


 生徒会室のドアがノックされ、誰かが来たようだ。

 アメリカ同時多発テロは、悲劇としか、言い様がないのだが、背景を知ると、一度止めたくらいで、再発が防げるとは、思えないんだよな。

 それに、未来が大きく変われば、秘密ノートに書いてある内容が無意味になりかねないし、アメリカに秘密ノートの存在が知られてしまったなら、俺がどこかに監禁されかねない。

 時間はまだあるのだから、早急に対処する必要はないだろう。


「客が来たようだし、アメリカ同時多発テロの話は、長くなりそうだから、また今度な」

「はい。今度聞かせてください」


 ドアを開けると、妹の美月が立っていた。


「お兄ちゃん、こんなところにいたんだね。お兄ちゃんの教室に行って、居場所を聞いたら、ここを教えてもらったよ」

「よく来たな。母さんは、講堂に行ったのか?」

「うん、準備をするみたい」

「そうか。とりあえず、中で話をしよう」


 美月は、中に入ると、美鈴を見て、固まってしまった。


「美月ちゃん、お久しぶりです。私の事、覚えていますか?」

「……スーお姉ちゃん!」

「はい、スーお姉ちゃんです」

「なんでなんで、ここにいるの!」

「俺が生徒会長をやっているのは知っているだろう。スーが、副会長をやっているんだ」

「えっと、でもさ、スーお姉ちゃんって、東京に住んでいなかったっけ?」

「お家の事情で、こちらに通っているのですよ。あっくんもいますし、毎日が楽しいです」

「それなら仕方がないのかな……。でも、スーお姉ちゃんに会えてうれしい!」

「私も、美月ちゃんに会えて嬉しいです」


 それから二人は、昔話を始めた。


 美鈴を『スーちゃん』と呼んでいたのは俺だけだが、美月は、『スーお姉ちゃん』と呼んでいたんだよな。

 確か、美鈴と再会した時に、俺だけが『スーちゃん』と呼んでいたとか言っていたから、『スーお姉ちゃん』も、美鈴にとって特別な呼び方なのかもしれない。

 正直なところ、『スーちゃん』と『スーお姉ちゃん』の違いがわからん……。

 男女の差があるのか、どうなんだろうか。

 まあ、こんなこと、考えるだけ無駄だな。


「……スーお姉ちゃん、そういえばね。私、この高校に入学することになりそうだよ。中学の先生が、推薦入試を受けれるようにしてくれるんだって」

「美月ちゃんが、後輩になるのですね。なら、生徒会に入りましょう。あっくんも私も生徒会を続けるつもりですから」

「生徒会って、簡単に入れるの?」

「あっくんも私も、入れたのですから、美月ちゃんなら、大丈夫です」

「スーお姉ちゃんは、なんとなくわかるけど、お兄ちゃんは、なんで会長なんだろう?」

「本当になんでだろうな。成り行きって怖いと思う……」


 ドバイ先生との約束は、しっかり美月のところまで伝わっていたようだな。

 推薦入試は、もう少し先だが、美月なら落ちるとは思えないので、大丈夫だろう。

 美月まで入ることになるなら、来年もやはり、生徒会は続投か……。

 美鈴って、働かせ過ぎだと思う。

 未来で美鈴が仕切るようになった東大路グループは、ホワイト企業と言われていたはずなのに、身内には、厳しいよな。


 時計を見ると、母親の講演会の準備に行かなければならない時間が近づいていた。


「母親の講演会の準備に行く時間なんだが、二人はどうする?」

「一緒に行きます。美月ちゃんもそれで良いですか?」

「うん、スーお姉ちゃんと一緒が良い」


 そうして、講堂へ三人で向かった。

 準備中だが、講堂は開いていて、美鈴たちを座らせてから、舞台袖に行く。

「母さん、お待たせ」

「彰、丁度良いくらいよ」

「それで、やっぱり一人で和琴を弾くの?」

「今日は、彰がいるから大丈夫でしょう。音響の柿崎さんだったかしら、あの人も大丈夫って言っていたわよ」

「そうか、じゃあ、気合を入れてピアノを弾くよ。今なら指を慣らしても大丈夫だよね?」

「待っている人たちもいるから、何か弾いてくると良いと思うわ」

「そうする」


 舞台に上がり、ピアノを開けて、軽く音を確かめる。

 年代物のピアノのようで、乾いた良い音がする。

 調律もしっかりできていて問題はなさそうだ。


 美月がいるから、この曲で良いだろう。

 弾いていくのは、ベートーベンのピアノソナタ、第十四番『月光』だ。

 正直なところ、クラシックの曲で、すぐに弾ける曲は、多くない。

 この曲は、美月のお気に入りでベートーベンの曲の中では運指が簡単な方になり、よく覚えていた。

 少し暗めの曲にも聞こえるので、テンポを上げて弾き始めた。


 来客人数も多くはないし、講堂にピアノの音が良く馴染む。

 母親の和琴には、マイクを仕込むのだろうな。


 音に飲み込まれるように、夢中で弾いていき、気が付いたら弾き終わっていた。


 客席の様子を見ると、ちらほらと拍手をしてくれている人たちがいるようだ。

 すでに、玉井たちがいて、花崎も聞いていてくれたようだな。

 彼女には、俺の曲を聞かせていないのに、少し強引に誘ってしまったかもしれない。

 いや、水城の曲を聞いていなければ、あの反応はないか。なら、もう一曲、弾いておこう。


 そうして、未発表の『秋雲』を弾き始める。

 この曲は『久遠』と同じで、和風に仕上げているが、あくまで現代音楽としても作り上げている。

 母親のアルバムに入れるつもりで、作ったのだが、一曲の中で変化が大きくあり、メドレーのように聞こえるらしく採用されなかった曲だ。

 だが、クラシックの曲のようにピアノで弾いていけば、多少の変化など、ありふれているので、丁度良くなる。

 そうして、クラシックのようなアレンジにして、無事に弾き終えた。


 舞台袖にさがると、母親が何か言いたそうに、俺を待っていた。


「彰、未発表の曲を簡単に披露してはダメよ。あの曲だって、まだ使えるのだから、大切にしなさい」

「わかってはいたんだけど、聞かせたい人がいて、つい……」

「ブラウンミュージックに誘いたい人?」

「そう。その人のことは、美鈴にも話しておいた」

「理由があるのは、わかったけど、ダメな物はダメなのよ。良く覚えておきなさい」

「わかった。気を付ける」


 それから、母親の準備が進み、講演会が始まる時間となった。

 舞台に上がった母親は、あまり難しいことを話さず、公演での出来事をメインにして、話し始めた。

 俺の母親は、テレビのコメンテーターのような仕事はしないので、話が上手いわけではない。

 テレビに出ても、教育番組で、和楽器の解説をする程度だ。

 それでも、公演では、ずっと弾き続けるわけにもいかないので、話し方の工夫をしているようだ。


 あっという間に、一時間近くが経ち、いよいよ演奏をする時間となった。


「……来年の春に新しい楽曲集を出す予定になっておりまして、今日は、その中から二曲を披露いたします。ピアノは、この高校の生徒会長をしている桐山彰君に担当してもらいますので、準備に入りますね」


 あくまで、桐峯皐月として、やり続けるつもりだな。息子と紹介されても困るので、ありがたい。

 基本的に、俺たち兄妹の前では、普通の人なんだが、たまにおかしくなる時もある人だから、心配だったんだよな。


 そうして準備が進み、俺もピアノの前に座る。

 演奏の前に、母親が一言、言うようだ。


「実は、桐山彰君は、私の息子でして、その縁で今回、こちらで講演会をさせていただきました。それでは、新曲となります『華の舞』と『色彩』をお聞きください。どちらも、息子が作曲を行った曲になります」


 おい、こら!

 なに、シレっと、息子だとか作曲だとか言ってんだ!

 うちの母上様は、やはり、おかしい人だったようだ。


 慌ててもしょうがないので、大人しく弾き始める。

 音合わせは、済んでいるし、俺自身の作曲なので、アレンジも簡単に終わらせてある。

 心を落ち着かせて、淡々と弾く。

 それでも、押さえるポイントでは、しっかりと母親の音を聞き、合わせる。

 そうして、一曲目の『華の舞』を弾き終え『色彩』へ移る。


 こちらでも、しっかりと母親の音を聞きながら、弾き続け、無事に二曲とも弾き終えた。


 流石に、アンコールの声が係るような演奏会でもないので、このまま講演会は、終了した。


「母さん、俺の事を話しても大丈夫だったの?」

「ああ、もう彰もこちら側の人なんだから、そういうことは気にしないの」

「美月には、どう説明をするつもり?」

「そうね。美月の受験も終わったような物だから、もう良いんじゃないかしら。でも、美鈴さんのことは、まだ内緒にしておきなさい」

「なら、そうする。俺は、先に抜けるね」

「そうね、お疲れ様」


 そうして講堂を出ると、美鈴に美月、玉井たち、それになぜか上杉と妹の園子までもいた。


皆が、何かそれぞれに言っているが、俺は園子と話をしたいんだ!

 お前ら、幼女好きとか、思うなよ。

 急に話しかけたなら、驚かせるかもしれない。以前の記憶で上杉の妹の名前を知っていても、ここでは初対面なんだ。

 まずは、上杉から名前を聞くところから始めよう。


「上杉、妹の名前を教えろ」

「園子だ。園子、挨拶をしなさい」

「ピアノのお兄ちゃん、こんにちは」

「こんにちは、園子ちゃん。和琴の音は、どうだった?」

「うんとね、綺麗な音だった。ピアノのお兄ちゃんの音も綺麗だった」

「そっか、園子ちゃんも、ピアノを弾くのかな?」

「うん、もうすぐしたら習いに行くの」

「そっか、上手に弾けるようになったら、聞かせてね」

「ピアノのお兄ちゃんみたいに、上手になれるかな?」

「大丈夫、ピアノを好きになれば、どんどん上手くなるから、楽しんで弾こう」

「わかった。楽しんで弾く!」

「上杉、どこのピアノ教室に入れるのかわからないが、ムチを振り回すような先生がいるところは、絶対にやめろよ」

「ムチ?」

「ああ、ムチだ。手とかを叩いてくる」

「そんなのいるのか?」

「いるんだよ。頭おかしいだろう」

「本当に頭おかしいな。気を付けておく」

「ムチじゃなくても、指し棒でたたいてくるのもいるから、注意な」

「恐ろしいな」

「よくわからなくなったら、うちの母親に紹介してもらえば良い」

「ああ、そうする」


 実は、俺の母親が、このタイプだった。

 小学校に上がる前の俺に、かなり厳しく、和楽器をやらそうとした。

 これが、俺と母親の関係が決まった時だったと思う。

 仲が悪いわけじゃないんだが、何か距離感がある関係の親子なんだよな。

 母親は、一年程俺の手を叩き続け、厳しく教え続けたが、楽器を覚えても全く楽しそうに見えなかったようだ。

 それを反省して、美月には、あまり厳しくやらなかった。

 その結果が、和楽器を使えても触ろうとしない俺と、今でも和楽器を続けている美月との違いになっている。


 おそらく母親も厳しく教えられたのだろうが、何かが違っていたのだと今は思う。

 教えることの難しさが、そこにはあるのだろう。

 嫌なことを思い出したので、気分を変えよう。


「……歩美、俺は、あんな感じの曲も作っている。どうだったかな?」

「なんていうんだろう。知らない世界っていうのが、一番しっくり来た。水城ちゃんの曲は、聞かせてもらってあったんだけど、桐峯君のお母さんの和琴の世界は、別の世界だった」

「和琴の合奏になると、また全然違う魅力があるから、うちの母親の公演を聞きに行くと良いかもしれないな」

「公演でも桐峯君の曲を、演奏してくれるんだよね?」

「今日が少し早めのお披露目だったから、これから弾いていくんだと思う」

「じゃあ、今度、公演があったら行ってみるよ」


 そうして、皆で講堂から離れ、それぞれに、分かれて行った。


 俺と美鈴と美月は、生徒会室に戻った。


「お兄ちゃん、さっきの曲のこと、ちゃんと教えて!」

「えっとだな。スーの家の事は、美月も知っているよな?」

「うん、幾つも会社を持っているお家のお嬢様なんだよね?」

「そう。その会社の中に、ブラウンミュージックってのがあってな、俺と母さんが、そこに所属しているんだ」

「じゃあ、お兄ちゃんももう芸能人ってこと?」

「スー、俺って芸能人なのか?」

「あっくんは、芸能人なのですか?」


 二人で考え込んでしまった。


「えっと、テレビやラジオで何かしている人たちが芸能人じゃないの?」

「それなら、違うな。俺がしていることなんて、作詞作曲をして、何かいろいろ書いたり、調べたりしているだけだぞ。それに、今は、交通費やらは出してもらっているがタダ働きだぞ」

「確かに、イメージする芸能人と何か違うね」

「ブラウンミュージックに見学をしに来たら良い。もしかしたら、芸能人に会えるかもしれないぞ」

「うーん、わかった。受験が終わったら、行くね」


 花崎は、俺が知っている人物の中で、一番芸能人をしているかもしれない。

 頬袋の兄貴だって、テレビやラジオには出るが、ほとんどの時間を曲作りに使っているんだよな。


「あっくん、そろそろ文化祭の終わりの時間です。校門のところで、お見送りをしましょう」

「そうだな。最後に少し回っているはずの、玉井たちもちゃんと見送ってやりたいからな」

「はい、そうしましょう」

「スーお姉ちゃん、会えて嬉しかったよ。来年の四月にまた会おうね」

「はい、またお会いしましょう」


 校門へ向かい、お見送りをしていく。


「そういえば、東大路の人は、どうなったんだ?」

「お父様が来ていましたが、もう帰りました」


絶対に、何か恐ろしいことを言って、帰らせたな。

 康仁さん、気の毒すぎる。近いうちに、俺から会いに行こうかな。


 お見送りをしていると、ピアノの人だの、桐峯皐月の息子だの来場してくれた方々からいろいろと言われたが、ニッコリ微笑んで、聞き流していった。

 どうするのさ、母上様よ……。


 そうして、お見送りも終えて、文化祭全体の撤収に入り、高校一年生の文化祭は、終わって行った。


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