第四一話 文化の祭り
文化の祭り
十月二九日の日曜日、文化祭二日目だ。
昨日は、生徒だけで、学内を一通り楽しみ、今日は、校外からの来場者が来る。
我がクラスのマリオン展示は、大盛況と言うほどではないが、それなりに生徒たちが訪れてくれて、トラブルもなく、ゲーム大会をやっていた。
だが、校外からの来場者が来る二日目にゲーム大会をしていたなら、手が足りなくなったり、トラブルを呼び込む可能性が高いと判断して、二日目は、デモムービーだけを流すことに決めた。
朝から講堂で、ブラウンミュージックのレモンさんたちが下見をしてくれている。
体育館の方が収容人数を増やせるのだが、音響をしっかり整えるなら、講堂の方が良いらしく、うちの母親の講演会は、こちらで行うことになる。
地元の夕方に放送されるテレビニュースに間に合うように、記事以外は、レモンさんたちが全て処理をすることになっているそうだ。
「柿崎さん、どんな具合です?」
「持ってきた機材で、問題ないみたいだし、この講堂も、しっかりした造りだから、ちゃんと音も拾えるね」
「良かったです。その、気になったんですが、どうやって、処理をしていくんですか?」
「ああ、それはね。専用の機材車があって、その中で作業が出来るようになっているの。イメージすると、テレビのロケとかで使う専用車両って感じになるね」
「そっちの実物も見たことはないですが、何となくイメージができました」
「それにしても、桐峯君、本当に現役高校生だったんだね。それに、生徒会長までしているとは、驚きだよ」
「まあ、成り行きです。音楽に専念したい気持ちもあるんですが、高校生活も楽しみたいんですよね」
「そうだね。芸能界の人は、、仕事優先にしちゃって高校も中退しちゃう人も多いから、楽しめる時に楽しんでおこう」
「それじゃ、今日はよろしくお願いします」
「うん、吹奏楽部が午前中にここでやるだけなんだっけ?」
「はい、うちの高校の自慢の吹奏楽部らしいので、僕も聞きに来れたら、来ますね」
「がんばれ、生徒会長!」
母親は、もう少し後に来て、レモンさんと桃井さんで、整えるそうだ。
栗田さんたちは、機材の準備をしている。
皆さんに一言声をかけてから、生徒会室に行く。
「トラブル対応は、二年生に任せろ。ぴょん吉と東大路は、文化祭を楽しんで来い」
「…本当に良いんですか?」
「ああ、気にするな。来客の対応は、校長先生たちがしてくれるようだし、お前らは、初めての文化祭をしっかり堪能したら良い」
「昨日、それなりに楽しみましたよ?」
「お前の客も来るんだろう。案内とかして来いよ」
「そうですね。わかりました。信也君、皆さん、よろしくお願いします」
今日は、堀学園高校に通っている蜜柑と玉井に水城が来る。
それに、妹の美月も来るし、東大路の誰かが来るとも聞いている。
確かに、俺の客は、多いな。
そうして、一度、教室に戻り、岩本先生からの注意事項を受けてから、文化祭二日目が開始された。
美鈴と合流して、文化祭を回り始める。
こういう時、生徒会メンバーの巡回にしか思われないので、二人で生徒会に入ったのは、正解だったかもしれない。
「スーは、東大路から誰が来るのか、聞いているのか?」
「うーん、お祖父様もお父様も来たいって言っていましたので、誰が来るのかわかりません。お母さまは、今日はお仕事らしいので、多分来ないと思います」
「どっちが来ても、迫力があるよな。大人しくしていてくれると助かるんだが……」
「お祖父様なら、皐月さんの講演会を楽しみにしていそうですね」
「ああ、そっちがあったな。母親に任せようか」
幾つかのクラス展示を眺めていると、ポケベルに玉井から最寄り駅に到着したと知らせが届いた。
「玉井たちが、最寄り駅まで来たらしいが、スーは、どうする?」
「うーん、蜜柑さんたちとは、仲良くなりたいのですが、顔をあまり合わせておりませんので、気を遣わせてしまうかもしれません。木戸さんのところに行ってきます」
「了解した。木戸で遊びすぎるなよ」
「木戸さんとは、とても仲良しなので、大丈夫です!」
「あ、昼食は、弁当を持ってきてくれたんだよな。生徒会室で昼に合流しよう」
「はい、お昼にまたなのです」
校門まで行き、玉井たちの到着を待つ。
校門には、空気の入っていない風船が巻き付けられたゲートがある。
改めてみるとシュールなオブジェかもしれないな。
風船の空気口のところが、無駄に強調されているように見える。
ゲートを眺めていると、玉井に呼ばれた。
「キリリン、おいす。出迎えありがとよ」
「わざわざありがとうな。タマちゃんに蜜柑、水城と?」
どこかで見た覚えのある美人さんが一緒にいる。
「ああ、花崎先輩だ。蜜柑先輩と同じで福岡出身らしいぞ」
「初めまして、花崎歩美です」
「初めまして、この高校の生徒会長をしています桐山彰です」
どこかで見たことがあるレベルじゃねえ!
花崎歩美っていえば小村哲哉の時代が過ぎた後にベックスの看板になる大物じゃないか。
「今日は、桐峯君じゃなくて桐山君なんだね」
「桐峯君、本当に生徒会長だったんですね」
「蜜柑も水城もよく来てくれた。とりあえず中に行こうか」
この時期の花崎歩美は、どうしていたんだったか。
ドラマや映画に出ていたが、伸び悩んでいた時期だったのかもしれない。
それに、ベックスへ入る前に、アルバムを作っていたが、この時期だったはずだ。
そうか……。ベックスに入る前か!
今なら誘えるのかもしれない!
「改めて、蜜柑のバンドのピアニストでプロデューサーをしています桐峯アキラです」
とりあえず、名刺を渡しておこう。
こんな大物を逃がしたら、後々に悔いが残る。
「高校一年生なのに、いろいろやっているって聞いているよ。すごいよね」
「花崎さんだって、テレビや音楽の活動をしているようですよね」
「私の事、知っていてくれたんだ。ありがとう!」
「アルバムを作った時は、どうでしたか?」
「そうだね。すごく楽しかったし、歌が好きになった。でも、あまり楽器が得意じゃないから、困っちゃうよね」
確かに、積極的に作曲をするイメージはないな。
だが、後々には、作曲もしていたはずだから、上手いわけじゃないとしても、それなりに、何か楽器を使えるのかもしれない。
時間を見ると、軽音部の俺たちが演奏する時間が近いようだ。
「軽音部の俺がいるバンドの演奏時間が近いようだから、軽音部に行くけど、それで良いか?」
「軽音部のキリリンのバンドって、梶くんとクスくんもいるんだったよな。行くしかない!」
道中で、バンドメンバーに会い、全員で第二音楽室に入り、準備を始める。
「上杉、妹は来ているのか?」
「昼からだと思う。桐峯皐月さんの講演会には、間に合うと思う。うちは、クラシックばかりだから、和琴の音を聞かせてやりたいんだ」
六歳には、つまらないかもしれないが、上杉の家族も来るんだろうから、何とかなるか。
「それじゃ、準備完了か?」
「おうよ。それじゃあ、ドラムから適当に始めるから、上手く乗ってきてくれ」
セッティングを手早く終わらせたドラムセットに座り、軽くドラムソロから入る。
スティックを半円を描くように、ドラムセットの上を走らせていく。
いきなりのドラムソロで、場が温まったところで、曲のイントロ部分を叩き始める。
皆がそれに反応して、弾き始める。
ここからは、梶原の音に合わす。
悪夢というバンドの曲を二曲、演奏するのだが、彼らの曲は、ヴォーカリストのインパクトが強く何となく聞くだけなら、そう難しいように聞こえないんだが、じっくり音を聞くと、難易度は高めに感じる。
それを、無難に弾いていく俺のバンドのメンバーたちは、もしかするとプロで、生き残る力があるのかもしれないな。
これからじっくり鍛えて行ってもらわないといけない。
極東迷路の曲は、まだ数が多くないし、それだけやっていれば良いだけなので、そこそこの腕があれば、対応できる。
だが、プロとして、本格的に生きて行くには、それだけじゃダメなんだよな。
二曲を演奏して、俺たちの出番は、終わった。
短いが、こんな物で良いだろう。
「キリくんたちは、今からどこに行く?」
「吹奏楽部に行こうと思う。カジくんたちも一緒に来るか?」
「ああ、そうさせてもらう」
「なあ、キリリン、いまさらなんだが、あの入りのドラムソロ、おかしくないか?」
「おかしい?」
「ああ、どう考えても、俺よりうまい。流石に認める」
「ああ、俺が、ドラムを極東迷路で叩かないのが、おかしいってことか?」
「そう、どうしてなんだ?」
「俺の勝手な見解なんだが、ドラムって、全体が崩れた時に、立て直せるけど、大まかにしか立て直せないと思うんだ。その辺りの事を考えると、ピアノって、極端な言い方だが、打楽器にもなるし、最後の砦みたいになるかなって思って、極東迷路では、ピアノを選んだ。それに、蜜柑と最初に会った時、ピアノで、合わせたんだよな」
「確かに、ドラムは、場繋ぎの音は、いくらでも出せるが、音階が乏しいのが弱点なんだよな」
「そう、そこなんだよ。海外のストリートミュージシャンで、ドラムをソロで叩いている人の映像を見たことがあるんだが、それだけで十分に完成されているんだよな。だが、何かメッセージを伝えようとしていたなら、向いていないと思った。背景音としては、上等なんだが、そこで止まってしまうんだ」
「そうか……。キリリンがピアノをやり続けるのは、そういう理由もあるのか。俺も、他の楽器に手を付けるべきかな」
「ピアノとギターが、音階がしっかりわかるしお薦めなんだが、あまり真剣にならなくても良いと思う。曲を作りたくなった時に、それっぽく弾けたなら、十分くらいにしておくと良い」
「ああ、そうさせてもらう。ピアノじゃなくても、シンセみたいなキーボードでも良いんだもんな」
「そっちでも十分だ。今から色々覚えるなら、そっちの方が良いかもしれないな」
「あの……、桐峯君と玉井君の話って、かなり深い話をしていた?」
「花崎さんも曲を作りたいんですか?」
「ああ、私にもタメ口に呼び捨てで良いよ。歩美でよろしく。うーん、すぐには無理だろうけど、いつか作ってみたい」
「じゃあ、歩美は、何が使えそうだ?」
「いろいろ事務所から制約があって、本格的にはやれていないの。キーボードを遊び程度に触っているだけかな」
「事務所からの制約って、女優とかモデルをするのに、指とか爪が荒れるといけないからか?」
「そうなんだよ。だからキーボードなら、指圧が弱いし、爪に負担がかからないように遊んでいるんだ」
「確かにピアノは、見た目以上に体力を使うんだよな。それに指も荒れるし、ギターなんて切り傷みたいになるときもあるから、本当に注意が必要だよな」
「何か良い方法はない?」
「うーん、これから俺も手を付ける予定の物があるんだよな。DTMっていう物で、パソコンを使った音楽なんだ。小さめのキーボードを使ったり、専用の機材を使って作曲をしていくんだ」
「パソコンね。あまり気にしていなかったかも」
「作曲も良いとは思うんだが、作詞をしてみてはどうかな」
「作詞は、少しやっているよ。でも、曲が付くのが想像できない」
「うーん、うちの事務所に来てくれたら、俺が作曲をするんだがな、事務所の契約ってどうなっているかわかる?」
お、なんとなく自然に誘えているかも……。
「えっとね。来年の三月末に契約更新で、今回のアルバムの売れ行きによって、本契約が続くか、マネージメント委託になる。この時に、契約解除もできるね。本格的に歌手になるなら、桐峯君たちのブラウンミュージックに移るべきかな?」
「うちは、大御所さんたちは、充実しているんだけど、若手が弱いんだ。そこを俺が何とかしようと頑張っている。歩美が来てくれるなら、全力で曲を作る!」
「嬉しいな。うーん、でも、簡単に決めちゃダメなことだよね」
「歩美ちゃん、私はさ、福岡から東京に出てきたのは、桐峯君がいたからなんだよ。彼が全力でやるって言っているなら、大丈夫!」
「そうだよね。蜜柑ちゃんは、福岡から夏に来たばかりなのに、デビューが決まっているんだよね」
「そう、水城ちゃんが一月で、私たちが二月だよ。歩美ちゃんは、デビューをしているんだからね」
「桐峯君、本気で考えてみるから、少し時間を頂戴!」
「もちろん。でも、一つだけ約束をしてほしい。他の事務所から声を掛けられても、ブラウンミュージックを優先にしてほしい。俺が歩美の曲を作りたい!」
「わかった。どこかに移るなら、ブラウンミュージックにする」
吹奏楽部の公演が終わり、昼時になった。
「キリリン、俺たちは、出店を回ってみる。桐峯皐月さんの講演会には、いくからな」
「了解。じゃあ、また後で」
一緒に来たバンドメンバーたちとも、講堂を出たところで、別れて、美鈴がいるはずの生徒会室に行く。
花崎は、ベックスの中興の祖とまで言われたミュージシャンだ。
だが、無理なスケジュールで歌い続けた結果、耳を悪くしてしまう。
そんな悲劇は、回避してやる!
人間は楽器じゃないんだ。
てっちゃんだって、体に負担を書けないようにいろいろと工夫をして、歌っている。
花崎は、堀学園高校を中退して、海外でトレーニングをするのを思い出した。
どうしても必要なら海外に行くべきだが、トレーニングなら、日本でもできるはずだ。
それに、なんでも海外に頼ろうというのは、違うと思う。
今の日本の環境は、そこまで海外に劣っているとは思えない。
だが、海外の方が、良い利点もある。
あちらは、ミュージシャンが多い分、スタジオがしっかり作られていたり、静かな環境でレコーディングをするのには向いている。
それに、もう少し時代が進めば、海外との連絡方法やデータの送受信も楽になる。
さらに、海外の市場は、日本の何倍もあり、当たった時の利益は、凄まじい物がある。
だが、トータルで考えるなら、生活のしやすさが、一番になるだろうな。
とにかくだ。
ベックスに花崎を取られてはいけない。
過密なスケジュールの結果、彼女を潰すようなことはさせない。
てっちゃんのような本物の専門家の下で、調整を受けながら歌い続けられる環境を用意しよう!
俺はベックスが嫌いなわけじゃないんだ。彼らが作り出す音楽を好んでもいる。
小村哲哉は、尊敬すらしている。
だが、それとこれは、別だ。
花崎が、どうしても歌いたいと言ったからといっても、止めなければいけなかったんだ。
覚悟は決まった。
花崎歩美は、俺が取る!
生徒会室に行くと、美鈴が弁当を持って待っていてくれた。




