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第四話 おもちゃ箱のような防音室

 おもちゃ箱のような防音室


 自宅に帰り、制服をハンガーに掛けて、ルームウェアに着替える。


 と、ふと気が付く。

 今晩、問題なく睡眠状態になれたなら、明晰夢から抜け出し、現実世界の俺に戻れるんじゃないのか?

 確実にそうだとは、言い切れないが、その可能性は高いと思う。

 眠りの中で、さらに眠る夢もあるとは聞いたこともあるが、目が覚めても、明晰夢が続いているなんていうことはないだろう。

 もし、明日の朝も現状が変わっていなかったなら、今現在の俺の状況を良く調べた方が良いかもしれないな。


 細かい検証は明日もこの時間軸にいたなら、考えるとして、いまは、俺がこの時間軸にいるからこそ考えられることをした方が良いだろう。


 母親のところに行き、今晩の晩御飯は、ハンバーグが良いと伝える。

 材料は、今から買わなければならないが、わがままは、聞いてくれるようだ。

 ハンバーグは、母親の最も得意な料理で、俺が母親の料理の中で最も好きな料理だった。

 これが、もう一度食べられるのなら、土下座でもして頼み込みたいくらいだったが、あっさりと引き受けてくれた母親に大感謝だ。


 次に、我が家の自慢の一室である防音室に向かう。


 防音室には、我が家の楽器のほとんどが詰まっている。

 俺にとっては、おもちゃ箱のような部屋だ。


 まずは、ピアノを弾いてみるか。

 曲は、女性家庭教師が子供たちと交流する中で、その父親に見初められ、子どもたちと一緒にいられる幸せな未来を手に入れる映画のテーマソング、一九六〇年代の映画だったか。

 日本では、京都に行きたくなるCMに使われてよく広まった曲でもあった。


 この曲は、初めは淡々と始まり、突然明るい未来が開けるように、鮮やかな音を組み合わせていくのがアレンジの腕の見せ所だと思う。

 気分良く、リフレインを繰り返しながら、少しずつ、アレンジを加え、俺の弾きたいように、弾いていく。


 この独りよがりな感覚もジャズピアノの醍醐味なんだよな。

 もちろん、人と合わせる時の、気持ちよさも捨てがたいのは、言うまでもない。


 そうして、鮮やかな音の広がりが収まり、単調な音となり、最後に、俺なりのアレンジで、高音のリフレインを数回繰り返して、曲を終えた。


 唐突に弾き始めたのに、若い体のせいか、指の力も十分あり、満足できた。


 次は、ドラムを叩いてみるか。

 といっても、決まった曲を弾くつもりはないので、いくつかの曲のドラムソロを組み合わせて行こう。

 スティックを両手に持ち、バスドラムペダルとハイハットペダルに両足を置く。

 ハイハットは、足だけでいいか。

 バスドラムは、ハイハットに連動させて、適当にビートを刻ませよう。

 こうなると、手でソロを奏でるスタイルになる。


 スネアタムを使い、何パターンかのルーディメンツを繰り返し、そこからタムタム、バスタムシンバルへとつなげていき、全体でドラムソロを演出していく。

 あの曲のソロは、こんなだったか、この曲は、こんなだったな。いくつかを思い出しながら、たたいていく。

 時には、単純なビートから三連になったり、リズムを倍速や半減させたり、幾つも試していき、最後に、最もお気に入りのロックンロール調の飛行船の名を持つバンドの有名なドラムソロを何度か繰り返し、たたき終えた。



 ドラムは、約束事がありそうで、あまりないのが好みなんだよな。

 全体の音を壊さなければ、案外、何をやってもどうにかなるのが良いところだ。


 次は、ギターをやろう。

 フェンダーのテレキャスか。


 レスポールの方が、好みだが、まあ問題はないだろう。

 音を調整して、何を引くか決める。

 どうせだから、弾き語ろうか。


 グループサウンズの時代の人の歌で、恋人に謝罪をしながらも別れを告げるような歌。

 この歌は、リズムを変えたり、変調することで、雰囲気がすごく変わるんだよな。

 今日は、オリジナルで歌おうか。


 ギターをかき鳴らし、声に無理がかからないように、歌い続ける。

 何度も、繰り返し、謝罪の言葉を口にするが、彼は彼女のもとを去る。

 彼女が彼の元を去るように歌っているように聞こえるが、俺には、彼が彼女の前から去ったように感じるんだよな。


 一曲歌い終わり、十分満足できた。


 ギターの弾き語りか。

 悪くはないかもしれない。


 横浜で有名になった二人組のヴォーカルディオ、ユズキ、大坂の心斎橋で活動していたオオブクロ、どちらも弾き語りから始めたんだったな。


 詳しい年代は忘れたが、どちらも今頃から活動していたと思う。

 防音室を見渡し、アコースティックギターを見つける。


 ヤマハか。

 日本の野外で、扱うなら、ヤマハのアコギは無難かもしれない。

 ここに置いてあるということは、母親か、父親が置いた物だろうから、悪い物ではないのだろう。

 手に取り、弦の調子を調べてみる。

 長い間使っていないようで、錆が少し浮いているようだが使えないことはなさそうだ。

 錆を、軽くふき取り、調音してから、音を鳴らしてみると、中々良い音がする。

 本格的にやるなら弦は、張りなおすとして、悪くはなさそうだ。

 何曲かアルペジオで弾いてみても弦以外に不満を感じない。

 指の調子を見ると、弦の跡が残っているが、無理をしない程度に、毎日弾けば、すぐになれるだろう。

 もし、明日もこの世界、この時間軸にいられるのなら、このアコギを使えるようにしたいな。


 それからも、防音室にある楽器を触りながら、メンテナンスが必要なら簡単にできる範囲で、メンテナンスをして、十分に満足が出来たので、リビングに行くことにした。


 リビングでは、美月が、テレビを見ており、ニュース番組のようだ。


「お兄ちゃん、防音室にいたんだね。ただいま」

「おう、お帰り」


 テレビには、神戸の震災復興の様子が映されている。

「震災被災者の特集か?」

「うん、ボランティアに行きたい気持ちもあるけど、私、受験生だし、無理だよね。お兄ちゃんなら行ける?」

「現場に行って作業をするのも大事だが、安全な場所を守り続けるっていうのも、俺は、大事な事だと思うんだ」

「うーん、どういうこと?」

「そうだな。今神戸や淡路は大変なことになっているだろう。それで、中には、今まで住んでいた土地を離れなきゃならなくなる人もいる。そういう人たちが、安心して暮らせる場所を守り続ける人たちってのも大事な役目だと思わないか?」

「えっと、引っ越し先が、混乱してたら、避難してきた人たちも、落ち着かないってこと?」

「そういうことだ。俺たちは、俺たちの生活を続けることで、神戸や淡路から避難してきた人たちを温かく迎える。そうして、無事に生活の基盤を整えてもらって、俺たちと一緒に生きてもらう。これって大事なことだと思わないか?」

「なんとなくわかったかも。身も心も疲れ切っているから、せめて避難先では、落ち着いてもらおうってことかな」

「だいたいあってる。助け合いとか絆とか、そういうのは、実際に手を出さなくても、見えないところで繋がっているんだと俺は思いたいな。問題は、心がこもっているかどうかだろうな」

「そっかぁ。子供の私たちが、無理をしなくても、できることはあるってことなんだね」

「そう思っておいてくれ。美月が無茶をして、神戸や淡路に行って、怪我をしたなら、母さんも、俺も泣きまくるからな」

「わかった。毎日をしっかり過ごしていれば、避難してきた人たちがいても、温かく迎えられるよね。お兄ちゃん、ありがとう。何か引っかかっているのが取れた気分」

「役に立てたなら、幸いだ。美月は、受験勉強を頑張ろうな」


 今から十六年後になるのか。東日本大震災での被害をどうにか小さくする方法は、ないのだろうか。

 この世界が、夢だとしたなら、どうにもならないが、もし、この先も続くなら、本気で悲劇を小さくする方法を考えていきたい。

 今晩は、ハンバーグを頂いて、明日になるのをじっと待つしかないな。


 それから、母親が買い物から帰宅し、美月が手伝いを名乗り出て、久しぶりに食べた母親の特製ハンバーグに、思わず、数滴だが涙を流してしまったが、気づかれなかったのか、見て見ぬふりをされたのか、わからないまま、風呂に入り、大人しく就寝した。

 明日は、どうなっているのだろうか……。


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