第三九話 奇麗なおっさん
奇麗なおっさん
十月七日の土曜日、俺たちは、社会見学と言う名の遠足に出掛けている。
遠足の目的地は、地元から、そう離れていないサッカースタジアムで、観客席に上がった俺たちの周囲には、赤いチームユニフォームを着たサポーターの皆さんが居て、試合が始まる前から大盛り上がりの様子だ。
以前の記憶にある高校一年の遠足は、軽い山登りをしたことになっているのだが、サッカー観戦に変わったようだ。
そういえば、東大路グループのサッカーチームが札幌でプロチームになる話は、順調に進んでいるらしく、こちらがメインスポンサーになることもあちらの企業団体は、歓迎してくれているらしい。
どうせなら、チームの応援歌をブラウンミュージック所属の大御所さんの誰かに歌ってもらいたいな。
「桐山は、サッカーを見に来たことはあるのか?」
「ああ、プロリーグが始まったころに、家族で行ったことがある。サッカーは、好きな方だな。上杉は、どうだ?」
殆ど顔を合わさない父親との思い出の一つだな。
スタジアムでスポーツを見ることが、初めてだった俺たち兄妹は、サポーターの盛り上がりに、怯えながら、観戦していた。
あの時の事は、よく覚えているようだ。
「俺も同じ年に見に行ったことがある。今は、妹が小さいから、こういうところには行きにくいな」
「妹さんって、何歳なんだ?」
「今年で六歳になる。俺と十歳違いだな。文化祭の時に連れてこようと思っている」
「そうか、俺の妹は、高校入試の真っ最中の中学三年生で、うちの高校に進学するつもりらしい。学校見学のつもりで、文化祭に来るから、妹さんの相手を任せても良いかもな」
「そうだな。時間が合えば、それもよいかもしれない」
上杉の妹は、以前の俺が、世話になったから、会える日が楽しみだな。
試合が始まり、地元のチームとこちらまで来てくれたチームの選手たちが動き始めた。
サッカーボールが、行き来し、どちらのチームも力強いプレーを見せてくれている。
十月にもなれば、さすがに暑さも和らぎ始め、昼と夜との寒暖の差が大きくなり始める。
九月の中旬からの俺は、程よい忙しさの中にいた。
高校では、体育祭と文化祭の準備が進んでいるが、生徒会は、大きな変化はなく、雑務を無難にこなしながら、実行委員会のメンバーたちを見守っているような状態だ。
だがしかし!
実行委員会の皆に、一言言いたいが、黙殺されるのが目に見えていることがある。
文化祭のスローガンに、『ロックユー!』と言うのは如何なものかと思う。
そりゃね。俺が、生徒たちからロッキュー会長と呼ばれていることは事実だし、選挙の時のインパクトが、それなりにあったのも理解もする。
だが、勢いだけで決めてしまって良かったのだろうか。
そもそも、スローガンに使うような言葉なのかが、疑問だ。
決まった物は、どうしようもないので、諦めるが、真面目にやろうよ。お願いします……。
さらにだ。我がクラスである一年二組も悪乗りをしている。
『ロックユー』を歌うメイクイーンのヴォーカリストのフレディ・マークスが、ちょび髭親父なのをよいことに、アンニンドーのゲームシリーズで有名なキャラクターである、ちょび髭と赤い帽子が目立つマリオンの登場するゲームを展示物とするという話になったのだ。
正直なところ、ちょび髭繋がりだと言うのは、理解できるが、来場する人たちに、その意味が伝わるのか謎過ぎる。
具体的には、アンニンドーとマリオンの登場するゲームの歴史を展示物として用意し、実際に遊べるスーパーファミコムとゲームソフトもいくつか用意することになった。
ゲーム機とソフトは、デモムービーだけを流し続けるか、実際に遊べるようにするかは、当日の来場する人たちの様子で決めることになった。
生徒たちの私物を持ち込むことになるので、臨機応変な対応で良いと思う。
そして、一社だけとは言え、企業研究と言うのは、学生が文化祭に出店する内容として適切に思う。
企業の在り方を知ることで、経済感覚や広い視野を養うと言う実に良い展示物になってしまった。
調べ物は、すでに終わっており、来週からのテスト週間の二週間が終われば、すぐに製作に入れるように、製作方法まで打ち合わせ済みだ。
生徒会に部活、音楽活動など、俺が始めに考えていた流れから随分と違った流れになってしまっている。
その結果、秘密ノートの製作の終わりが見えない状況になってしまった。
当初では、長くても一学期の内に、終わると思っていたが、二十五年と言う時間を、かなり甘く見積もってしまっていたようだ。
今のままで行けば、来年の四月でも難しいかもしれないので、高校三年間の内に、終わらせる方針に変えた。
夏の人間ドックのおかげで、記憶のおかしな思い出し方は、しなくなったので、三年くらいなら、なんとか記憶を持たせられると考えた末の結論だ。
この先に、記憶が簡単に思い出せなくなる可能性は高いので、なるべく早めに終わらせておきたいとは、思っている。
サッカースタジアムで行われている試合は、地元のチームが得点をしたようで、サポーターの皆さんのテンションが一気に上がった。
「すごいな。桐山、今の見てたか?」
「ああ、見てた。横から蹴りだして、仲間が、突っ込んだ感じだよな」
「ああ、たまには、サッカーでもしたいな」
「そうだな。俺らって、通学やらでは体を動かしているけど、部活は、思い切り文化系だからな」
音楽は、体力を使うが、やはり、文科系なんだよな。
それでも、来年は一月に、水城のデビュー、二月に極東迷路のデビュー、三月に母親の音源が発売される予定が決まり、忙しくなるのが予想出来る。
水城のシングルには、『モメント』と『久遠』が入る予定で、『モメント』のデモ音源を持った胡桃沢さんが、タイアップを取るのに走り回っているらしい。
極東迷路のシングルには、蜜柑の作詞作曲の『ここでキスを』が販売会議で決まり、もう一曲は、俺が作る曲が入る予定だ。
俺の曲の候補は、完成しているので、販売会議に掛けるだけになっている。
母親の方は、かなりの人数が参加するアルバムになるので、時間をかけて調整をしているようだ。
水城と極東迷路のプロモーションは、高校生と言うことで、基本的に雑誌やラジオをメインにするつもりだ。
テレビは、よほどの番組でもない限り、出演は控える方針にしてある。
それでも、忙しくなるのは、目に見えているので、水城はソロなのでともかくとして、極東迷路は蜜柑と玉井の二人でプロモーションをしてもらう予定だ。
俺たちの高校は、芸能活動を文化活動としており、推奨はしないまでも、よほどのことがない限り、停めることはないようだ。
だが、芸能活動で授業を休んでも、課題や補修で、どうにかしてくれるようなことはないので、極力プロモーションには出ないつもりだ。
それに、俺の場合は、他にもプロデュースする必要のあるバンドやミュージシャンが現れることも予想出来るので、目が回るような忙しさがやってきそうだ。
まあ、今年いっぱいは、まだ楽が出来る。
生徒会を来年もすることになるのか、美鈴としっかり相談しなきゃな。
それから、サッカーは、地元のチームが勝利し、俺たちは、近くの駅で解散となった。
「あっくん!」
美鈴が近付いてきて、俺に声をかけてきた。
生徒がいる中で美鈴が近づいてくるのは、珍しいので、何かあったのかもしれないな。
「何かあったのか?」
「さっき、ポケベルのメッセージが届いたのです。今からブラウンミュージックに来てほしいとのことです」
「俺の方にも来ているのかな……」
自分のポケベルを見ると、確かに呼び出しのメッセージが届いている。
スタジアムの歓声で気が付かなかったようだ。
「四谷さんが来るのか?」
「そのようです」
「わかった。少し待っていよう」
うーん、土曜日は、ほとんどブラウンミュージックに顔を出していたが、今日は顔を出せないことも伝えてある。
何か急用が出来たのだろう。
それから、しばらくすると、四谷さんが現れ、ブラウンミュージックへ移動した。
「美鈴様、彰様、すいません。今日じゃないとダメだったようで、急な呼び出しをしてしまいました」
「七瀬さん、何があったんですか?」
「では、ここからは、彰様ではなく、桐峯君にお話をしますね。単刀直入に言うと、ヨキシさんが来ています」
「え?」
「はい、驚くのもしょうがないと思いますが、トールさん経由で、ヨキシさんにデモ音源が渡ったそうで、話がしたいと、アメリカから帰ってきたそうです」
「わかりました。美鈴は、一緒じゃない方が良いですね」
「はい、美鈴様、申し訳ありません」
「あっくんのお仕事ですから、問題ありません。あっくん、行ってらっしゃいませ」
そうしていくつかある応接室の中で、本気モードの時にしか使わない応接室に案内された。
応接室に入ると、やたらと奇麗なおっさんが待っていた。
本当に、どうなっているのかわからないが、奇麗なおっさんだよな。
「君が桐峯君かな?」
「初めまして、桐峯アキラと申します」
「クロスジャパンのヨキシです。初めまして」
とりあえず、座り話を聞く。
「この音源たちは、桐峯君が作ったというのは、本当かな?」
「はい、水城の音源は、僕が作りました」
部屋には、水城の『モメント』が流れている。
「そうか……。日本の音楽が、また変わる時が来たんだね」
「ヨキシさんが、変えた音楽もまだまだ続きますよ。僕は、その中に加わるだけです」
「僕は、日本の音楽を変えられたのかな?」
「はい、今、僕が関わりを持っているこれから売り出す予定のバンドがあるんですが、高校時代にクロスの曲を文化祭で演奏していたと聞いています」
これは、ポーングラフィティの話だ。
高校の文化祭で、実際に演奏をしてみたが、なかなか上手くいかなかったらしい。
「そうなんだ。そのバンドの音源もあるかな?」
「はい、あります。持ってきますね」
七瀬さんに任せても良かったが、一度気合を入れなおしたいので、自分で取りに行くことにした。
ついでに、極東迷路の曲も持っていく。
応接室に戻り、ポーングラフィティと極東迷路の曲を聞いてもらった。
「なるほど、確かに、良いバンドたちだ」
「これからのバンドですので、上手くやってみせます」
「海外には、興味はあるのかな?」
「ないと言えば、嘘になりますが、積極的に海外展開をするつもりもないですね」
「どうしてだい?」
「うーん、まだ早いんです。もう少ししたら技術が向上して、コンピュータを使った音楽がやり易くなると思うんです。そこからが、僕のやりたいことが始まると思っています」
「まだ早いか……」
「ええ、ロックバンドの基本形態だけでは、すでに戦えない時代に入っています。これからは、いろいろな音色を工夫して使って行く時代になるんじゃないでしょうか?」
「僕の音楽も、基本はロックバンドだけど、クラシックで使われる楽器を多く取り入れている。それに、うちのヒデト君の音楽は、いろいろな音色を確かに使っているね」
「そうですね。ヒデトさんは、良い例だと思います。あの方の音楽が、この先にもっと発展すると思います」
「例えば、この先に、一つだけ、注目すべきことを僕に伝えるとしたなら、何があるかな?」
「うーん、一つだけを選ぶとしたなら、DJを注目してほしいです」
「DJか、確かに彼らの音楽は、僕たちの音楽と違う。それでも、注目すべきだと?」
「そうですね。楽器を使えない者たちが、作った音楽がDJの音楽と思うので、その考え方を僕らは学ぶべきです」
「楽器を使えない者たちの音楽か、確かにそれは重要だ」
それから、トランスやレイヴなどの今から、少し先の日本で流行る可能性のある音楽の話をしつつ、いろいろと情報を集めて行った。
「……、その、僕が言うのは、おせっかいだと承知なのですが、トシヤさんと、コミュニケーションは、上手く取れていますか?」
「うーん、最近は、あまりって言うところかな。彼がどうかしたのかな?」
「彼の声を楽器ではなく、一人の人間の声だと認識して、コミュニケーションを取ってほしいんです。彼は、この先に難しい問題を抱えるかもしれません。その時に、しっかり話し合える関係で居てほしいんです」
「何と言うか、本当におせっかいだな。だが、何かを感じているというのなら、気に掛けよう。僕はね、君の未来を見たい。だから、今の君を見に来たんだ。その君が、そういうのなら、考える余地はあると思う」
「ありがとうございます。おせっかいなことを言ってしまい、すいませんでした」
それから、クロスジャパンとヒデトの音楽の話を少しして、ヨキシとの語らいの時間は、終わりを迎えた。
ヒデトの運命の日は、まだどうにもならないが、トシヤとの関係が、これをきっかけに少しは、俺の知っている未来と代われば、良いんだがな……。
ちなみに、しっかりサインを貰ったのは、言うまでもない。
だってさ、あの人、殆ど日本にいないんだぞ!




