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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第三八話 サポートドラム

 サポートドラム


 九月十六日の土曜日、俺の作業部屋となっている小さめの会議室で、一本のカセットテープを聞いている。


 うーん、歌い方は、まだ発展途中と言う感じがあるが、間違いなく俺の以前の記憶にある彼女の声だよな。

 俺が今聞いている音源は、福岡の高校二年生の女子生徒が、ブラウンミュージックに送り付けてきた音源だ。

 プロフィールを見ても、彼女の本名や詳しい情報を覚えていないので、何とも言えないし、写真に写る彼女も、あまりテレビなどでの出演が多くなかった印象があるので、はっきりしない。

 俺の記憶にある彼女の名前は、ミーサと言う。

 一九九八年にデビューをして、瞬く間に駆け上がった人物だ。

 得意な歌い方は、ゴスペル調からのR&Bで、様々な社会活動にも貢献していた。


「桐峯君、彼女は、どうでしょうか?」

「はい、七瀬さん。取りに行くべきですね。ですが、福岡でヴォーカルトレーニングをしているようですので、このまま、そちらで続けて貰い、それと同時に、作詞作曲活動にも力を入れてほしいです」

「まだ、こちらには、呼ばない方針ですか?」

「高校二年生のようですし、卒業してから、こちらで調整してからのデビューで良いと思いました」

「そのように、あちらには伝えておきます」

「それとこの彼女にゴスペルやR&Bの音源を大量に送ってあげてください。こっちが、真剣にバックアップをする意思を見せないと、契約してくれても、心配になると思うんです。それと、彼女には、芸名を付けるようにも伝言をお願いします」

「なるほど、音源を送ることと、芸名を付けてもらうことをこちらから提案したなら、彼女も、契約がしやすくなりますね」

「そうですね。しっかりこちらが、見守っていることを理解してくれたなら、安心できると思います」

「それでは、早速、手配をしておきます」


 そうして、七瀬さんは、退室して行った。


 最近、俺のところに、スカウト担当の人達から、意見がほしいという依頼が、良く来るようになった。

 謎の情報網で、どこからともなく、良い人材を集めているようにしか見えないのだから、こういうことにもなるのだろう。


 だが、今回のミーサは別として、以前の俺の記憶に残っている人材の情報が送られてきたことはない。

 もしかしたら、デビューはしていても、俺が知らなかったと言う人材もいるのかもしれないが、知らない物は知らないのだから、どうしようもない。

 それでも、デモテープを聞いて、良さそうなら事務所に誘わないまでも、なにかしらのアドバイスは、するようにしている。


 音源を止めて、水城のデビューシングルとなる『久遠』と共に入れる曲の指示書を書き始める。

 今回の曲は、すでに俺の声で歌った音源が、販売会議に掛けられて、決定しているので、水城の声からデモテープを作ることになる。

 俺が、細かい編曲をしても良いのだが、さすがに、時間が取れない。

 今回も編曲家さんに頑張ってもらうことになる。


 タイトルは、『モメント』と言う名を付けた。

 タイアップは、『久遠』がユタカ自動車のCMを取れているので、こちらは、売れるかどうかを完全に考えず、将来の水城が歌えるように時代も無視した作りになっている。

 ハイスピードな曲で、ヨナ抜き音階は、サビと間奏で使っている。


 胡桃沢さんには、俺の声のデモテープを聞いてもらったのだが、絶対に売れるから、水城の声のデモテープを早く作ってくれと、せがまれてしまった。

 売れるかどうかを無視して作ったと、説明はしたのだが、胡桃沢さんもこの業界のプロの一人だ。

 何かが気に入ったのだろう。


 そういえば、島村仁美のスカウトは、成功したようで、中学校を卒業したら、上京して、堀学園高校へ進学することになった。

 どうやら、小さい頃から、歌手になるのが夢だったそうで、本人は、やる気十分といったところらしい。

 彼女も、声優の養成所に入れるべきか、迷っている。

 俺の記憶にある彼女は、見た目も良く、ダンスもそれなりに上手く、唄も良い、だが、何かもう少し、という感覚があった。

 良いミュージシャンなのは、間違いないのだが、水城と同じような曲が歌えるようになれば、幅が広がるのではないかと、考えている。

 来年の三月には、直接会えるのだから、その時に確かめよう。


 先日、ドバイ先生から、頼まれた母親への口利きは、問題なく済ませた。

 スケジュールも空いていたようで、事務所からの許可も出た。

 だが、母親が、面倒なことを言っている。

 少し発表するには、時期が早いが、『華の舞』と『色彩』のお披露目を、俺の高校でやりたいそうだ。

 しかも、俺にピアノで参加をさせたいというのだ。

 事務所としては、少し時期が早いが、先行して、発売してしまえば、丁度良いだろうと、乗り気になっている。

 やれというならやるさ、俺だって、そろそろ金稼ぎがしたくなってきているんだ!

 和奏曲で、一番の収入源になるのは、音源ではなく、譜面と言われている。

 なぜそうなっているのか謎にしか思えないのだが、譜面が高い。

 しかも、五線譜のような譜面ではないので、読み解くだけでも難解だ。


 読み方は、昔に習った覚えはあるが、ほとんど忘れている。

 今の俺では、五線譜に直した物もあるので、それで対応するしかない。

 まあ、和楽器は、耳で覚えるようなところがあるので、譜面を見てもわからない物はわからないのだがな。



 そうして、指示書を書いていると、玉井と蜜柑が現れた。

 実は、今日、大阪からポーングラフィティのメンバーがやってくるのだ。


「キリリン、おいす」

「桐峯君、どもです」

「二人とも、いらっしゃい」


 蜜柑と玉井は、堀学園高校に移り、それなりになじんできているそうだ。やはり、芸能人のいるコースに入っているので、テレビや雑誌で見たことのある生徒がいるそうで、戸惑うこともあるという。

 水城も同じ高校だが、そういう話は聞いたことがないので、水城は、戸惑ったりしなかったのだろうか。


 とりあえず、席を勧めてから話し出す。


「今日は、この後、大阪から、ドラムがいないバンドが来て、タマちゃんがサポートドラムとして合うかを試してもらうんだが、話は聞いているか?」

「大丈夫だ。ポーングラフィティっていうバンドなんだよな。蜜柑先輩とも話し合って、良い機会だからサポートドラムの経験を積みたいと思っている」

「私たちのバンドは、まだ動けないみたいだから、動ける機会は、逃さない方が良いと思ったの」

「蜜柑も了承してくれているなら、問題はないな。それじゃ、ポーングラフィティの音源を聞いて覚えておいてくれ」


 先日、貰ってきた音源を流し始める。


「なんていうか、独特な音のバンドだな」

「ああ、飛び跳ねるような音が特徴的だろ」

「この雰囲気を作るわけか」


 それから音源を何度も聞いていき、玉井は、曲を覚えて行った。


 俺たちの呼び名は、ほぼ変更をしないことになった。

 少し変わったのは、木戸が俺を呼ぶ時、桐峯君になったくらいだ。高校では、間違わないようにするのが、大変だろうが、木戸の努力で、何とかしてもらいたい。

 後は、芸名を玉井、梶原、楠本は、苗字はそのままで、名前を片仮名表記にすることになり、木戸は、静香をセイカとよむことにした。

 ちなみに、玉井はリュウジ、梶原は、マサル、楠本はユウイチとなっている。

 男連中は、思い出作りのつもりでもあるのだろうから、これで良いと思う。

 木戸だけは、おかしな輩に付きまとわれると良くないので、少しだけ変えてもらった。


 そうして、ポーングラフィティのメンバーが到着して、お互いに自己紹介をしあった。


「岡田さん、蜜柑は、見届け人ってことで、お願いします」

「ああ、了解した。今、桐峯君が関わっているバンドのリーダーと言う認識で良いんだよな」

「そう思っておいてください。彼女の歌も、かなりの物ですから」

「わかった。後で時間があれば、聞いてみたいな」

「そうですね。時間次第ってことで、早速、練習スタジオに行きましょう」


 それから練習スタジオに移り、早速音合わせが始まった。


「蜜柑、どう思う?」

「荒いところはあるけど、良いバンドだよね。玉井君も、上手く叩けているようだから、問題なさそう」

「ああ、そんな感じだな。」


 それから、一通りが終わったようで、話し合いが始まった。


「まず、玉井君に、ドラムをお願いしたいと思う。俺たちは、デビューを急いでいるわけじゃないんだが、こういうチャンスは、多くないともわかっている。だから、玉井君クラスのドラマーを迎えることが出来たうえで、デビューの切っ掛けも貰えるのなら、断る理由がない」

「俺も、ポーンさんたちの音、気に入りました。サポートドラム、勤めさせてもらいます」

「具体的な曲作りや、合わせ方は、これから話し合うとして、せっかくだから、蜜柑さんの声も聞かせてもらえないか?」

「えっと、声出しの時間あるかな?」

「うーん、ピアノで合わすから、少し喉を温めたらどうだ?」

「そうする。それじゃ、ピアノをお願い」


 この部屋には、俺がいつも弾いているピアノがあるので、それで、発声の調整をしていく。

 蜜柑の喉が、そこそこ温まったので、曲に入る。


 夏休みの内に、蜜柑が用意して来た音源の中で、おそらくデビューシングルに使われる可能性が高いと考えている曲を弾き始める。

 曲のタイトルは、『ここでキスを』だ。


 曲調は、ゆっくりとしているのだが、雰囲気は、ハードにも聴こえる。

 不思議な感覚のある曲で、蜜柑の世界を良く感じられる曲に思う。


 こういう本物の名曲を作れる人材と比べたなら、俺なんて、足元にも及ばないな。

 だが、蜜柑との経験は、貴重な財産になるはずだから、極東迷路は、絶対に成功させなければならない。


 そうして、蜜柑と俺は、一曲をやり遂げた。


「鳥肌が立った。蜜柑さん、すご過ぎだろ!」

「ここに、来れたから、思い切り歌えるの。だから、ポーンさんたちも、思い切りやろう!」

「ああ、感動した……。すごいところに来たって、今頃になって実感して来た!」

「桐峯君がね。ここにいるから、私は歌えるんだよ。ポーンさんたちも、桐峯君に見てもらうと良いと思う」

「そうか。どうしたら良いのかわからないが、困ったときは、頼む」

「えっと、はい。やれることがあったら、声をかけてください」


 そうして、玉井をサポートドラムに迎えたポーングラフィティは、東京での本格的な活動を開始することになった。


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