第三六話 瀬戸内
瀬戸内
九月二日の土曜日、午後からブラウンミュージックに俺は来ている。
高校一年の二学期が始まろうと、仕事は、常に俺を待っているのだよ……。
社畜経験のある俺としては、そんな些細なことを、気にすることはないのだ!
本当だぞ……。
最近、この俺の中にいる本来の時間軸の俺と混ざり切ったのか、大人げないというのか、少しずつこの時間軸の俺に精神状態が近くなっている気がする。
この感覚は、特に悪いことだとは、考えていないので、逆に年相応の考え方が出来るようになったのは、良いことだと考えている。
一五歳らしい青春野郎的な感覚は、ほろ苦く良い物だな。
高校が始まったと言っても、金曜日は、始業式の準備で、少し早めに出て生徒会の仕事をした程度だ。
生徒会のメンバーには、名古屋で買ってきた土産を渡した。
皆も、それぞれどこかへ行っていたようで、土産の交換会となった。
信也君は、やたらと日焼けをしており、沖縄に行っていたらしい。
俺にだけ、特別に手乗りサイズのシーサーのぬいぐるみを買って来てくれた。
マスコット的で、丁度良いので、生徒会室のドアの上に飾っておいた。
シーサーは魔よけか何かだったよな。
今日の午前中は、夏休みの課題を教科ごとに提出して、終わって行った。
来週も半分ほどは、同じ流れになるので、まだ夏休みが続いているような感覚だ。
「……あっくん、その方で、合っているのでしょうか?」
「俺の記憶にある彼女と比べると、随分と幼いが、間違いない。彼女が、島村仁美だ」
今日は、美鈴が一緒に来ていて、鮫島さんから送られてきた一枚の写真と簡単なプロフィールが書かれた書類を眺めている。
この件には、美鈴も多少だが、関わっているので、この写真の人物に、興味があるようだ。
写真には、テニスウェアを来ている島村が写されており、どこかの大会の合間に取られた写真のようだ。
隠し撮りの雰囲気はないので、彼女に繋がる知り合いか、大会の主催に近い人物から、手に入れた一枚のようだ。
この時代は、個人情報という考えは合っても、あまり重要視されていなかったのだろうな。
「それにしても、広島の呉、さらにそこから離れた島に住んでいたとはな……。記憶違いにもほどがある。俺が知っていたのは、彼女が大阪で活動を始めてからだったようだ」
「あっくんの以前の記憶が、どこまで正確なのかは、わかりませんが、現在の状況とノートに書かれている未来を比べると、あり得る話ばかりだと、お祖父さまもおっしゃっておりました。東大路グループの指針にも影響を及ぼしていますが、記憶違いなんて、合って当たり前だと思っておいた方が、気が楽です。お祖父さまも、あっくんのノートだけを頼りに決断しているわけじゃないのです」
「そうだよな。東大路グループを、俺のノートが動かしているわけじゃないんだ。調子に乗りすぎていたかもしれないな」
「あっくんは、考えすぎなのです。もう少し楽に生きましょう」
本当にそうだ。急ぎすぎている感覚は、確かにある。
高校生らしさを思い出して、気楽にいかないと、潰れてしまうよな。
美鈴が俺の座る椅子の後ろに回り、俺の頭を自分の胸に抱きしめるように抱える。
美鈴の胸は、それなりにあるので、すこしよろしくない気分にもなるが、こういう触れ合いも俺と美鈴の間には、必要なんだよな。
しばらくすると、ドアがノックされ、美鈴が俺の頭を離してから、一言声をかける。
「彰様、彼女で合っていたのでしょうか?」
「七瀬さん、基本は、桐峯で良いですからね。彼女で合っていました。俺が探していた島村仁美本人です。鮫島さんに本格的なスカウトをお願いしたいと、お伝えください」
「はい、スカウトの件、了承いたしました。美鈴様とお二人の時の彰様は、東大路本家の方と同じように接するのが、私のあるべき姿ですので、今後も彰様と呼ばせて頂きたく思います」
七瀬さんたちの立ち位置は、それとなくだが、聞いている。
グループの従業員という肩書も持っているが、本質的には、本家の使用人という立場で、訳ありの方々らしい。
剣の心に出てくる御庭番のような方々のようだな。
「それにしても、鮫島さんのすごさには、驚くばかりです」
「音楽に関わるイベントだけではなく、中学三年生という情報だけで、広島の中学生が参加をしている部活動の大会にまで、調査の手を伸ばすとは、私も思いませんでした」
「中国四国ブロックのスカウト担当の方も、今回は、かなり協力してくれたとも伺いました。本物のスカウト魂というのか、そういう物を見せつけられた気持ちです」
「私も、彼らの動きには、見習う物があるように感じました」
そうして、鮫島さんを褒めているのか貶しているのか、よくわからない会話をしていると、何かが引っかかっていることに気が付き始めた。
広島、瀬戸内、島……、大阪だ!
やっぱり、大阪なのか
彼らが大坂時代に活動していたライブハウスの記事を何かの音楽雑誌で読んだ記憶がある。
その記事に、彼らのことも、書かれていた覚えがある。
間違いないな。
「七瀬さん、大阪にポーングラフィティと言うバンドがいるはずです。彼らを確保してください!」
「わかりました。今回も、鮫島さんが良いでしょうね」
「はい、それに頬袋さんたちに動いてもらっても良いと思います」
「なかなかの期待度なのですね」
「彼らは、別格と言える存在になる予感があるので、それくらいの気持ちで行きたいです」
それから、活動の拠点となっているライブハウスの場所と名前、話しても問題のない程度の情報を七瀬さんに話して、早速、動いてもらうことになった。
「今、あっくんが話していたポーングラフィティと言うバンドは、どんなバンドなのです?」
「そうだな。以前の記憶の俺が、初めて聞いた時、電流が流れるような感覚を感じたな。時代が変わると言うのは、大げさだが、それくらいに衝撃的なバンドが出て来たと思った。バンドの音自体は、良くあるバンドの音のようにしか聞こえないんだが、そこにヴォーカルが乗ると、全く別の音に代わるんだ。だから、俺が思うに、バンドの音作りからよくあるバンドとは、違っていたんだろうな」
「工夫が一杯のバンドなのですね。面白そうです」
「ああ、面白い曲が一杯あったな。あの曲たちが、生まれるのを近くで感じられるのは、嬉しい」
「彼らの出身が、呉の近くなのですか?」
「うーん、近いと言えば近いのかな。尾道が近かった覚えがある。俺が大学の時に世話になった教授が、彼らと同じ島の出身で、彼らと教授の顔が本当に似ていて、驚いたのも覚えている」
「その教授にも会ってみたいです」
「俺も会ってみたいな。早大系の教授だから……、あ、あの教授の専門、ダムだった!」
「ダムですか。もしかして、東大路と関わりを持てる可能性が?」
「ああ、ダムから、治水が、専門の教授で、水力発電は、もちろんとして、その後の周辺の状況まで調べるのが、あの教授の専門だったから、何かアドバイスをもらえるかもしれないな」
「そうなると、あのノートにあった津波対策のヒントも得られる可能性もあるのでしょうか?」
「うーん、流石にそこまでは、俺にはわからない。だが、津波被害と水の流れの関係は、あると考える方が自然だろうから、何か考えの一つや二つ、持っているかもしれない」
「私も見当がつかないので、一度、お祖父さまに話してみます」
「それくらいしか、今は、やれることがないのが辛い」
「はい。ですが、原子力発電所の件は、動き始めています。少しづつですが、やれることをやっていきましょう!」
「ああ、今は、これが、精一杯……、だな」
それから、水城のファーストシングルに、『ファントムブレード』が使えなくなったので、代わりの曲を選びなおし、会議に掛けてもらう段取りを組んだり、さすがに、俺もトレーニングを開始しないと、不味いので、てっちゃん先生のところで、声出しをしたりして、この日は過ぎて行った。
てっちゃん先生の所には、水城に続き、蜜柑、木戸、それに上杉まで見てもらっている。
訓練生バンドのヴォーカルたちも、その内に、担当してもらうかもしれないな。
美鈴は、本家に帰り、俺は、四谷さんに、自宅まで送ってもらった。
翌日となり、俺は、大阪にいる……。
あのさ、俺、一応、普通の高校生なんだぞ!
九月に入ったら、普通に高校一年生の二学期が始まっているんだぞ!
「アキラ、いつまでも、眠そうな顔をしてんじゃねえぞ。お前が探したんだから、責任持って会いに行くぞ」
「兄貴、ちゃんと行きますから!」
今日の俺のお目付け役は、頬袋の兄貴になっている。
良く目立つテンガロンハットに厳ついサングラスを掛けて、見た目は、ちょっと目立つ背の高いおっさんだ。
顔が怖いけど、こんなすごい人に同伴してもらえる俺は、幸せ者だと思っておこう。
待ち合わせ場所となっている梅田辺りの喫茶店に入る。
「頬袋さん、桐峯君、お久しぶりです」
「おう、鮫島、良い仕事しているって聞いているぞ。これからも、よろしく頼む」
「そう言ってもらえたなら、幸いです。今後も、良い人材を探しますね!」
「先日は、島村の件ありがとうございました。それに、今回もお手間を取らせてしまいました」
「いえ、島村さんは、偶然ですから。今回は、すぐに見つかりました。桐峯君が、どうやって情報を集めているのかが気になるところですね」
絶対に島村の捜索は、偶然なんかじゃないぞ……。
意地になっていたんだろうな。
俺の持つ情報は、未来情報ですと、もう言ってしまいたくなるな。
奥のテーブルで、彼らが来るのを待つことになったが、すぐに表れた。
確かこの時期は、四人で活動していたはずだが、三人しかいない?
「ブラウンミュージックの鮫島さんでしたよね。おはようございます」
「ポーングラフィティの岡田君、工藤君、玉城君だね。まずは、座って」
岡田さんがヴォーカル、工藤さんがギター、玉城さんがベースだったな。
全員が席に着いたところで、頬袋さんが、テンガロンハットを取り、サングラスを外し、背の高いおっさんから、怖い顔のおっさんにクラスチェンジした。
「頬袋トラヤスだ。今回は、急ぎになってしまって悪いな。君たちの音源もまだ聞いていない」
「え、あ、はい、ポーングラフィティです」
兄貴の恐ろしい顔に恐怖を感じてくれたようだ。
わかる、わかるぞ、その気持ち!
「それで、こいつが、今回、君らを呼び出した、作詞作曲家で音楽プロデューサーの桐峯アキラだ。まだ高校一年生だが、なかなかやるぞ」
「ブラウンミュージックエージェンシー所属の桐峯アキラです。突然なことで、戸惑ったかもしれませんが、今日は、よろしくお願いします」
それぞれに、挨拶を改めて交わし、話に移る。
あちらは、岡田さんが、代表で話をするようだ。
「あの、これは、スカウトということなのでしょうか?」
「はい、昨日、鮫島からどうお聞きしているのか、わかりませんが、将来有望な方に声を掛けさせてもらっています。僕は、音楽プロデューサーの肩書を持っていますが、うちには、優秀なプロデューサーが他にもおりますので、気の合う方と組んでもらって良いと思います」
「なるほど、事務所に入り、音楽活動をしながら、デビューの準備をする、そんなところになるのでしょうか?」
「はい、ですので。まだ大阪で活動をしたいという場合でも、こちらと契約を結んでもらえたなら、バックアップも可能になります」
「その……、僕らの何が、きになったのでしょうか?」
「そうですね……。少し縁がありまして、広島の呉に近い島に住んでいる方のスカウトをしてもらっていたんです。その時に、広島や瀬戸内出身でまだ発見されていない人材を探していたところ、皆さんを見つけることができました」
「確かに、僕らは尾道の近くの島出身です。声を掛けて頂いてありがとうございます」
「あの、僕の情報では、四人で活動をしていることになっていたのですが?」
「えっとですね……。先日、ドラマーが抜けたばかりで、今は、ドラマーを探している状態なんです。すいません」
「いえいえ、構いません。今日は、デモテープなどは、お持ちですか?」
「あります。どうするんですか?」
「言葉を交わすよりも音を交わした方が、分かり合えることもあると思うんです。僕は、ドラムが叩けるので、軽く合わせてみましょう」
そうして、喫茶店から、大阪支社のスタジオに移り、デモテープを何回か聞いて、曲を覚えてから合わすことにした。
「それじゃ、始めます!」
スタンダードなロックバンドのような音だが、全体的に跳ねるような感覚があるようだ。
ヴォーカルが入ると、全体が、さらに跳ね上がるような音に聞こえる。
この感覚に釣られないように叩くのがポイントだな。
何か所かある音が合わさるポイントもクリアして行き、無事に一曲叩き終えた。
「岡田さん、もう少し思い切りよく吠えるくらいのつもりで、歌えますか?」
「行けます!」
「じゃあ、もう一度、今の曲を行きます!」
再び、同じ曲をやるが、先ほどよりもヴォーカルに釣られやすくなるが、こちらのほうが、彼ららしい音に感じる。
喉のケアをしっかりして、歌って行けば、こちらにも慣れてくれるだろう。
そうして、何度か、同じ曲を合わせて、それぞれの雰囲気を知って行った。
「お疲れ様です。桐峯君、すごいな」
「これでも、音楽プロデューサーの肩書をもっていますので、少しはやれるつもりです」
「兄貴、ポーングラフィティは、どうでしたか?」
「良いバンドだと思った。すぐにデビューするよりも、しばらくの間、東京でライブハウスを巡りながら、デビューの準備をするのが良いだろうな」
「同じ意見です。少し調整が必要に感じます。ポーングラフィティの皆さんは、どうですか?」
「ドラマーが欲しい……です。桐峯君が、ドラムを叩いてくれたら、助かるんですけどね」
「うーん、どうしよう。兄貴、何か良い方法ないでしょうか?」
「そうだな。うちのサポートドラマーたちを出しても良いが、お前のところの玉井、あいつなら、バンドの掛け持ちくらい行けるんじゃないか?」
「そうですね。俺は、作曲もしないといけないけど、あいつは、その辺りは、大丈夫のようです」
それから、事務所に移り、一先ず、一度、東京に来てもらい、玉井をサポートドラマーとして活動できるかを試してもらうことになった。
契約は、玉井でいけそうなら契約するという話でまとまった。
岡田さんが言うには、いくつかあこがれのバンドがあるそうで、頬袋さんの所属していたバンドもあこがれのバンドの一つだったらしい。
他のバンドを聞いたが、他の事務所にいるそうで、今回は、縁がないようだ。
俺もあこがれのミュージシャンは、何人もいたが、事務所の事なんてまともに考えたことは、なかったな。
そうして、日を改めて、今度は東京でと、ポーングラフィティと別れて、大阪を後にした。
俺って、一番の得意としている楽器は、ドラムなんだよな。
皆、その辺りのことを、忘れている気がしてならない。
ポーングラフィティのドラム、俺が叩きたいかも……。




