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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第三四話 剣の心

 剣の心


 八月二二日の火曜日、朝からブラウンミュージックのビルに呼び出され、少し豪華な応接室で、営業担当の胡桃沢さんと話をしている。


「水城の『久遠』は、来年一月からのタイアップが摂れたんですね」

「はい、ユタカ自動車のCMのタイアップが取れました。こちらは、このままいく予定です」

「それで問題とは?」

「はい、『ファントムブレード』のタイアップ先のアニメを探していたところ『明治剣客流浪伝・剣の心』というアニメに売り込むことに成功しました」


 このアニメは、女性ボーカルを擁するジュリアンマリアがOPを勤めて、ジュリアンマリアの足場を固めることになるアニメだ。

 さらに、その後のOPだけではなくEDも務めるミュージシャンたちも、ヒットすることになる。

 TMレインボーは、このアニメのEDを歌ったことで、世に知られたと言っても過言ではないほどだ。


 だが、水城がOPを歌うことになるということは、ジュリアンマリアがいなくなる?

 あのバンドの影響は、未来に強く残るはずで、消えてもらっては、俺が困る!

「ですが、ここから問題となりました。このアニメのスポンサーに他社のレコード会社が入っているのです。そちらから売り出される曲が最初のOPとされて、『ファントムブレードは、秋からのOPに使われることになりそうです』

「確か、あのアニメは、一月からの放送でしたよね。そうなると、スポンサー側が推す曲は、九か月流れて、水城の曲は、三か月しか流れないということになるのですか?」

「はい、残念ながら、そうなります」

「うーん、厳しいですね」

『さらに『ファントムブレード』は、春の曲ですので、歌詞の変更をお願いしたいそうです』


 それなら、来年の秋ではなく、再来年の一月からでも良いはずだ。

 秋まで待たせるのだから、それくらいの要望出してきてもおかしくはない。


 何か違和感を感じるな。


「あの、もしかして、スポンサーのレコード会社と原作者の和樹先生がもめていたりしませんか?」

「え、はい、その通りです。和樹先生と製作側は、初回が放送される一月から『ファントムブレード』を使いたいと言っていまして、スポンサーのレコード会社は、秋までは、自社が推す曲を使いたいそうです」


 おそらく、スポンサーのレコード会社が、こちらが降りるように迫っているのだろうな。

 和樹先生が気の毒でならない。

 十文字屋の落雁と、断ったことを詫びる手紙を書いて送っておこう。


「そうでしたか。残念ですが、今回の話は、降りましょう。『久遠』が、ユタカ自動車のタイアップが摂れているのですから、無理をするところではないと思いました。『ファントムブレード』は、通常のタイアップを探すか、タイアップ無しで、『久遠』をメインにして、売り出しましょう」

「今回の話は、あまり良い話に思えなかったので、助かります」


 まあ、これで良いだろう。

 セカンドのこともそろそろ考えないといけないな。


「そういえば、訓練生バンド企画の方も、胡桃沢さんが担当をしていただけるとか?」

「はい、そちらの方は、懇意にしているライブハウスのオーナーがおりますので、特に問題はないでしょう」

「助かります。一組でも、残ってくれたら次につながるんですよね」

「養成所のスタッフは、テコ入れだと思っているようです。これに失敗したら、養成所が無くなるかもしれないと、スタッフの方が、真剣ですね」

「そういうつもりは、なかったんですが、真剣になってもらえたならありがたいです」


 訓練生バンド企画というのは、俺が名古屋から帰って来てすぐに、事務所に投げつけた企画だ。

 今のままの訓練生では、スカウトして来たミュージシャンと組んでもらおうとしても、使い物にならない。

 年に一人、有名ミュージシャンに拾い上げられて、サポートメンバーとして、ツアーに混ざるのが精いっぱいだろう。


 そこで、外に出しても問題のないレベルの高校生を対象に、見た目、学力に交友関係も考慮してもらい、養成所のスタッフにバンドを編成してもらうことにした。

 今のところ、男子で四組、女子で二組できているそうで、九月と十月の、いくつかのバンドが集まって行うライブイベントに分けて投入することにしてある。

 参加バンドに課せられるチケットノルマは、東大路グループがすべて買い取り、従業員の中で高校生世代の家族のいる者に配布することになった。

 そうして、二つのイベントは、支援をするが、その後は自力でやってもらい、来年四月まで、順調に活動を続けられたバンドと契約をするということにした。


 俺の予想では、一組か二組残るかどうかというところだと思っている。


 生き残れたなら、素材は良い者ばかりなので、それなりに売れると考えている。


 ちなみに、女子小中学生を対象としたガールズバンド企画は、バンドの編成は終わり、それぞれ練習を始めてくれているそうだ。

 こちらの方が、当たる可能性が高いので、期待をしている。


「せっかくなので、お聞きしたいのですが、営業の眼から見て、今回のバンドで生き残れるバンドは、幾つあると思いますか?」

「そうですね。率直に言うと、一つといったところでしょう。他のスクールでは、定期発表会を行い、メンバーを変えながら、経験を積んでいくそうです。うちの養成所は、そういうことをやっていないので、技術は合っても、経験がなく、おそらく撃たれ弱いでしょう。聞いた限りですが、この夏に桐峯君が結成したバンドの方が、圧倒的に強いでしょうね」

「なるほど、ここの養成所は、他もやっているから何となく作ってみたというような感じがするんですよね。雰囲気に閉塞感を感じますし、あまり熱心じゃないのは、すぐにわかります」

「トレーナーたちは、良い方々が揃っているんです。事務方の問題でしょうね」

「本当に、今回の企画が当たらなかったら、潰してしまっても良いかもしれませんね……」

「そうですね。トレーナーの方々は、他のスクールでも問題のない方々ですし、それも良いかもしれません」


 多少物騒な話になりながらも、胡桃沢さんとの話し合いは終わり、俺専用になりつつある練習スタジオに入る。

 他のレコード会社か……。


 確か、一九九八年五月だったな。

 ひとりのミュージシャンが亡くなる。

 彼の作った曲は、二〇一〇年代になっても歌い継がれ、音声合成ソフトを使った再現で、本人の声を使った新曲が発表されたこともあった。


 彼が亡くなった直後は、自殺の可能性が高いような話もあったが、前後の状況がわかると事故ということになったはずだ。

 この時間軸でなら、彼を救うことができるかもしれない。


 彼の所属をさぐってみるか……。


 そんなことを考えながら、ぼんやりと彼の残したきょくたちを弾いていく。


『ロケットドライブ』は、勢いのある曲で、頬袋さんも後にカバーしたな。

 バックチークが、『嘘つき』をカバーしてもいた。

 他にも、いろいろなミュージシャンが彼のカバーをしていた。


 人の命を全て救うことはできないことなんてわかっている。

 せめて、手の届くところにいる人だけは、救いたい。


 だが、俺の手は、まだ彼のところまで届いていない。


 ピンク色の蜘蛛になった気分だな。

 空は、とても高いのに、どこまでも行けるはずなのに、借り物の翼じゃ跳べるはずもない。

 そんな気分だ。


 早く自分の翼を手に入れなければならない!



 何か彼の事を考え出すと、深みにはまりそうなので、名古屋から帰って来てからの事でも、思い出そう。


 訓練生バンド企画は、力業を使っても、訓練生たちをなんとかしたくなったんだよな。

 彼ら彼女らには、今の時点では、大きな期待はできないが、見守っていきたい。


 それから、秘密ノートに書かなければいけない内容を思い出し、一通りを書き終えてから美鈴と連絡を取った。

 この先にいくつかの銀行や証券会社が倒れていく。

 その中で、東大路グループもすくなくないダメージを追うことになる。

 回避する必要があるので、美鈴と洋一郎さんに会いに行った。

 内容を話すと、書きかけの秘密ノートをじっくり読みたいという話になり、コピーをして渡すことになった。


 管理は、小型だが、普通では動かせない金庫に入れて、鍵は美鈴が持つということになった。

 この方法なら、普段は、鍵と金庫が一緒にいないことになるので、洋一郎さんでも簡単によめないことになる。

 この条件で、ノートのコピーを取り、洋一郎さんに渡した。

 念には念を入れてコピー機の初期化まで行っておいたから、問題は起きないだろう。


 我が家にも金庫を置くことになり、防音室に四谷さんが設置してくれた。

 俺も今後は、このノートの保管は、金庫で行う。それくらいに、他人には見られてはいけない品物なんだよな。

 この時に、名古屋からの土産のシャチとベルーガのぬいぐるみを美鈴に渡したのだが、シャチを俺として、ベルーガを美鈴として、かわいがるそうだ。

 美鈴のイメージは、自然界では、クジラやイルカをおいかけまわす、シャチの方が俺のイメージにあてはまるんだが、こういうことは、言わないのがマナーという物だよな。



 後は、そう、今年の夏に行っておきたいところがあった。

 それは、晴海だ!


 晴海に何の用事があるのかと言えば、この一九九五年を最後に、日本最大の同人誌即売会、いわゆるコミマが会場をビッグサイトに移す。

 以前の俺は、オタク文化に興味を持ち始めた頃、一度だけビッグサイトのコミマに言ったことがある。

 その頃、ネットの中にある古いオタク文化に関わる情報を探していると、晴海の話を思い出のように書いてあるサイトを見かけたことがあった。


 その事を思い出し、行ってみたくなったのだ。


 楠本に絵心があることが、ロゴの件で、わかったので彼を連れて晴海のコミマに出かけた。


 ビッグサイトと比べたら、小さい会場だが、同人誌即売会というのなら、この時代の晴海の方が、合っている印象を持った。

 俺が行ったときは、企業ブースが派手にいろいろとやっており、サブカルチャー系のイベントという印象に感じたんだよな。


 日にちも調べて健全な高校生である俺と楠本が迷い込んでも良い日に行ったので、記念になりそうな戦利品をいくつか持ち帰った。

 楠本も、新たな世界という印象だったようで、いくつか気になる戦利品を持ち帰ったようだ。


 かなりの暑さを感じたが、冬も来れたら来てみよう。


 そんなことをしていた夏休みだが、もうすぐ終わってしまう。


 時間を見ると、それなりの時間になっていたようなので、帰宅をしようと準備をしていたとき、胡桃沢さんが慌てた様子で現れた。


「桐峯君、大変です!」

「どうしたんですか?」

「和樹先生と製作側が、スポンサーに降りるように要求をすると言い出しました」

「えっと、俺が降りたのが、不味かったと?」

「スポンサー側が、だまし討ちをしたようなので、桐峯君は、被害者です。本来は、和樹先生と製作側は、来年一月からのOPに『ファントムブレード』を使いたかったんです。ですが、スポンサーの意見を優先して、二年目の一月からという話で、合意していたそうです。ですが、こちらに伝わっていたのは、秋からということで、話が違うとなり、スポンサーに降りるように要求しているようです」


 芸能界、汚いよ……。

 これ、俺、無視しても良いかな……。


「うーん、関わりたくないのが本音です。こちらからは『ファントムブレード』は出しませんし、何もしません。それで、どうでしょう?」

「厳しいです……。大口スポンサーがやらかしただけで、他のスポンサーもいるので、あちらのレコード会社が降りることになるだけです」

「それでも、無視しては、ダメでしょうか?」

「営業としては、攻めたいところです。そもそもですね。二年目の計画があるアニメなんて、殆どないんですよ。剣の心は、別格の作品だと思ってください。それくらいにすでに、ファンもいますし、週刊誌のほうも期待しているんです」


 う、未来を知っているはずの俺が、逆にあの作品のすごさを語られてしまうとは。情けない……。


 ジュリアンマリアは、あちらのレコード会社なんだよな。

 しかも、あのバンドは、少し変わっていて、元々、ベテランが若手をけん引する形で産まれたバンドなんだよな。

 引き抜くことは、難しい。


「なら、いっそ、うちが大口スポンサーになるのはどうでしょう?」

「それしかないですかね……」

「全部じゃなくても、あちらのレコード会社と協議をして、半分に分けるとか、そういうのでも良いと思います。例えば、OPは、印象に残るので、半年ずつで交代し、EDは、三か月ごとで交代するようにするとか、どうでしょう?」

「悪くはない案です。和樹先生と製作側も納得できるでしょうし、こちらの影響力もしっかり出せるわけですね」

「あちらのレコード会社も、どこかに奪われるくらいなら、妥協するとおもいます。それに、来年の夏からと再来年の一月からの一年分をこちらが取る代わりに、初代OPをあちらに譲るというのが、俺が売り出したいミュージシャンと合うと思います」

「OPは、来年一月からの六か月分をあちらに譲り、こちらは、七月から翌年の六月までを取る。EDは、三か月ごとに交代、これで良いでしょうか?」

「はい、三年目があるのなら、前半はこちらで、後半をあちらで、というのでどうでしょう」

「そうですね。それなら、お互いの持っている時期は、半年にしても良いし、三か月にしても良いとしたなら、あちらも選択肢が広がりますから、良いと思います」

「それで、お願いします」

「はい、これなら、行けると思います。こちらの上も、最小の出費で、良い仕事が取れたことになりますから、問題ないでしょう」


 これならジュリアンマリアも未来に影響力をしっかり残せるはずだ。

 ジュリアンマリアの未来のファンの方々、これで納得してほしい……。


 そうして、胡桃沢さんは、どこかに出かけ、後日、この方法で、話がまとまったと報告があった。

 あちらも譲られてばかりなのは、気に入らなかったようで、こちらに来年一月からの三か月分の初代EDを譲ってくれた。


 この枠をつかって、引き抜きを掛けられないだろうか……。


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