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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第三三話 極東迷路

 極東迷路


 八月八日の火曜日、俺たちは、ブラウンミュージック名古屋支社近くで昼食を頂いている。

「スカキヤって、名古屋で有名なお店って聞いていたけど、ファーストフード店みたいなんだね」

「木戸さんの言いたいことは、何となくわかる。ラーメン屋なのに、ファーストフード店みたいなのに違和感を感じているってところだろ?」

「そうそう、面白いよね」

「ここのソフトクリームとかは、ファーストフード店ぽい味がするぞ」

「これ食べ終えたら、頂こうかな」

「冷やし中華の後に、ソフトクリームは、体を冷やしすぎないか?」

「うーん、確かに……、でも、食べる!」

「じゃあ私も!」

「木戸さんも蜜柑も、この後が本番なんだからな。気を付けろよ」


 結局、ここにいる俺、新名、木戸、梶原、楠本の全員が冷やし中華とアイスクリームを頂いた。

 そう、全員がいるのだ。


 昨日の音合わせの後、七瀬さんからの提案で、メンバー候補に会いに行くなら、全員で行っておく方が良いと言われ、この展開となった。


 スカキヤの外に出ると、まさに猛暑という感じで、冷えた体は、あっという間に暑さを訴えてきた。


「キリくんは、名古屋には親戚がいるんだったか?」

「ああ、今回は、会う予定はないけど、名古屋には、毎年一度くらいは、来ているな。カジくんは、初めてか?」

「ああ、地元と都内くらいしか言ったことがない」

「都内とあまり変わらない気がするが、きついか?」

「うーん、そういわれたら、そんな気もする……。俺、大人になったら過ごしやすいところに住む!」

「蜜柑は、何か所か引っ越しをしていたんだよな?」

「うん、静岡にもいたことがある。でも、どこが暮らしやすいかは、わからないかな」

「俺は、地元の近くで良いかな。なんだかんだで、俺たちの地元って便利なんだよな」

「確かに、クスくんの言う通り、俺たちの地元って便利なんだよな」

「皆の地元にも、そのうち行きたいな」

「ああ、秋に文化祭があるから、その時にでも来たら良い」

「そうする!」


 名古屋支社のスタジオに入り、準備を始める。


 しばらくすると、スタジオのドアが開き、長身のイケメン高校生が登場した。

 玉井は、かなり見た目が良い。話がまとまれば、とりあえずモデルでもしてもらっていようかと考えているくらいだ。


「おいす、キリリン、待たせたな!」

「おう、タマちゃん、数日ぶりだな。話は、どれくらい聞いている?」

「女性シンガーのバンドメンバーを探していて、俺に白羽の矢が立ったって聞いている。合っているか?」

「合っている。その女性シンガーが、この新名蜜柑だ」

「初めまして、新名蜜柑と申します。時間を取って頂きありがとうございます」

「いや、こちらこそ、わざわざ名古屋までありがとうございます。早速、音合わせを始めましょうか?」


 皆もそれぞれ挨拶を交わし、玉井も準備を始めた。


「蜜柑、曲はどうする?」

「ジーニス・ジョップリンの『オーバー・ムーヴ』は、皆、いけそう?」


 玉井と梶原は、問題無し、楠本は、少し危ういが、何とかするという。木戸は、さっぱりだ


「クスくんは、全体の音を聞いて、合わせて。ピアノでできるだけカバーする。木戸さんは、乗れそうならどこでも良いから乗って来て。タマちゃんは、限界突破な感じで、鍛治君は、バランス調整をする気分で、皆そんな感じでよろしく」

「私は、それを全部まとめて歌うんだね」

「そういうことになる。カジくんが、ある程度調整はしてくれると思うから、無理はしなくて良い」

「了解、それじゃあ、行こう!」


 ジーニス・ジョップリンというアメリカの女性シンガーがいた。

 ある日突然現れて、ある日突然消えてしまったミュージシャンだ。

 彼女の人生は、幸せを探す旅のような人生だったんじゃないかと、俺は想像してしまう。

 そんな彼女の名曲の中に、この『オーバームーヴ』がある。

 彼女の魅力を詰め込んだような曲で、この曲を聞くと、彼女へ敬愛の思いを感じてしまうほどに良い曲だと思う。


 新名は、ジーニスの真似をするのではなく、自分らしさを前面に出した歌い方で、この曲を表現している。

 まだ新名の旅は、スタートすらできていない。

 どうしたら、玉井は、納得してくれるのだろうか……。


 新名は歌い終わり、玉井は、見事にたたき終えた。


「玉井君、すごく良い。私と一緒にやってほしい」

「気持ちは、今の歌で十分伝わった。わかった、東京へ行こう」

「ありがとう!」


 え、どういうことだ?

 玉井は、名古屋の高校に通っている普通の高校生のはずだぞ?


「玉井、高校は、どうするんだ?」

「実はな、俺の契約の話が進んでいるんだ。どういうわけか、音楽を頑張れば、俺の希望が叶うらしい」

「ごめん、いまいち、わからない。詳しく頼む」


 玉井の話は、多少困惑するところもあったが理解はできた。


 リーダー合宿から帰ってきた夜に、ブラウンミュージックから連絡があり、俺がドラマーを探しているから、東京へ来てほしいという話があったそうだ。

 玉井の音源は、俺がブラウンミュージックに玉井の事を話したセミナー合宿の一日目の夕方の後、すぐに玉井の通うドラムスクールに連絡を取り、手に入れていたらしい。

 そうして、帰宅した夜に、連絡を取ることになったようだ。

 確かに俺のデビューのことは、考えていたが、玉井とは、一言も言っていないんだよな。まあ、先読みされたような物だと思っておこう。


 だが、玉井は、家の事情で、大学進学をする必要があり、簡単に、東京へ行くわけには行かない。

 家の事情というのは、玉井の家は、地元密着の規模の小さい会社を経営している家で、跡継ぎは兄がいるので、問題はないのだが、万が一のために、玉井にもそれ相応の立場を作る必要があるそうだ。

 それ相応の立場という物の中に、それなりの大学を卒業していることという内容も含んでおり、本来の予定なら玉井が現在、通っている高校の上の大学へ進むだけで良いのだが、今回の件で話が変わってくる。


 その辺りを、懇切丁寧に、スカウト担当の鮫島さんに説明したところ、上と協議をするという話になり、一旦話はここで終わったそうだ。

 そう、食らいついたら逃がさない鮫島さんがスカウトをなぜか担当していたのだ。

 関西の担当のはずなのに、あの人は、何をしているのだろうか……。


 そうして、昨日の夜、ひとまず、音合わせをしたいという連絡が入り、それくらいならと、了承をしたらしい。

 そして、話は、今朝に急展開を見せる。


 ブラウンミュージックが、音楽を頑張れば、慶大に入れるようにすると連絡をしてきたのだ。

 初めは、裏口か何かかと、慎重に話を聞いていったのだが、どうやら、元々慶大が持っている入試制度の中に推薦するという話らしいとわかった。

 そうして、それならば、音楽を必死にやるという話になり、契約が進んだそうだ。


 この話の中に出てくる入試制度とは、AO入試のことになるようだ。


 自己推薦や一芸入試なんていわれたりする入試方法で、個性のある人物を入学させることで、様々な分野へ活躍できる人材を養成する制度とか、そんな感じだったはずだ。


 この入試制度は、内部だけで完全に決めてしまうため、どういう基準で選んでいるのかは、基本的に公表されない。

 今の慶大は、東大路グループに春に合った裏口入学騒動で、借りがある状態だ。

 AO入試で入学させても問題ない人物を推薦する程度、何の問題にもならないというわけになる。


 そう、この話には、AO入試で入学させても問題のない人物、全員が関わるのだ。


 このバンドのメンバーが、音楽活動で結果を残したなら、全員が慶大に入れてしまうという話になっている。

 途中から、七瀬さんも混ざり、皆に説明をしてくれたので、全員がこの話を理解し、AO入試のために音楽活動をすることになってしまった。



「……、ということなのです。ですので、自力で入学するのも良いですが、こちらの話に乗ってみませんか?」

「七瀬さん……、本当にそれって裏口入学とかにならないんですよね?」

「はい、木戸さんが心配するような、後ろ指をさされることは何もありません」

「なら、私はその話に乗ります!」

「じゃあ、私も、その話で大学に入るのが良いんですね」

「はい、新名さん、木戸さん、梶原君、楠本君は、この話に乗る方が良いでしょう」


 それぞれに納得をし、乗り気になってしまった。


「玉井君は、自力で入ることができると思いますが、保険のつもりでも良いですし、やるだけやってみては、どうでしょう?」

「まあ、俺は、もう契約を進めているんで、七瀬さんの言う通りにこの話に乗ります」


「桐峯君は、自力でお願いします」

「そうですよね……。あの方々が、許さないでしょう」

「はい、その通りなので、学内推薦を取れるように頑張ってください」


「あの方々って?」

「あ、蜜柑さん、そのことは、触れない方が良い。桐峯君は、いろいろなお仕事をしているから、大変なの。だから、触れちゃダメ!」

「気になるけど、そこまで言うなら、忘れることにする」


 木戸が、いてくれて助かった。

 俺から何か言ったら、藪蛇になりかねないからな。


 そうして、皆の細かい契約は、後日ということになり、この日は過ぎて行った。



 開けて、八月九日の水曜日、俺たちは、朝から名古屋港に来ている。


「海の香りだね。水族館なんて、幼い時以来だよ。桐山君は、ここへ来たことあるの?」

「ここは、初めてだな。俺たちって、海のない県に住んでいるから、名古屋城も良いが、こちらを選んでよかったな」


 ホテルで一泊し、午前中だけ、観光をすることになり、やってきたのが、名古屋港水族館となる。

 夏の暑さの中で動き回るなら、少しでも涼しい場所が良いとなり、ここを選んだ。


 早速、水族館の中に入り、魚たちの様子を見て回る。

 玉井が言うには、この水族館には、キラーホエールとも呼ばれるシャチとベルーガという白いイルカがいるそうで、どちらも、中々見ごたえがあるそうだ。


 そうして、イルカショーを見ようとしたが、夏休みなだけあって、小学生に追い出されるように、他のエリアに移ったりしながら、シャチとベルーガを見ることが出来た。

 シャチは、確かに見ごたえがあり、イルカとは違う魅力があった。

 ベルーガは、繊細な白さというのか、幻想的な色をしたイルカで、こちらもなかなかだった。


 ペンギンがいるエリアでは、何種類かのペンギンが一緒にいるようで、見ているだけで涼しく慣れそうだった。


 他にもいろいろと見て回り、売店で、土産を買うことになった。


 シャチとベルーガの手ごろな大きさのぬいぐるみがあったので、これを美鈴の土産にしよう。

 美月には、ペンギンの手乗りサイズのぬいぐるみが良いな。


 他にも、水城や高校の友人のためにキーホルダーのような物を適当に見繕って行く。


 そうして、ふと目に入った者に目が奪われてしまった。


 ペンギンの帽子だと!


 以前の記憶の中で、なぜか気になり最後までしっかり見てしまったアニメがあった。

 タイトルは、『めぐるピングドーム』という物だ。

 内容は、正直言って、よくわからなかったのだが、いくつかよく覚えているシーンがある。

 主要女性キャラが、不死の病に倒れ、水族館の医務室に運ばれる。

 そこで、その女性キャラがかぶっていたペンギンの頭の形を模した帽子がしゃべり始め、よくわからない謎空間に運ばれる。

 ペンギン帽子は、この娘を助けるためには、何かを集める必要があり、それを他の主要キャラたちに頼むという話になる。

 その時のペンギン帽子が、今俺の見ているペンギン帽子そっくりなのだ!


「ちょっと、これ、被ってみて」

 「ん、いいよ」

 とりあえず、新名に被らせてみる。


 うん、中々に合う。

 木戸にも被らせて、ついでに、玉井にも被らせた。


「キリリン、こういうの好きなのか?」

「よくわからないが、やたらと気になった」


 最終的に、俺を含めた全員で被り、七瀬さんから経費で落としてもらうことにした。


「まあ、衣装みたいな物としておきましょう」

「本当にすいません。どうしても、これが必要に感じたんです」


 売店を出て、休憩スペースに移る。


「で、これをかぶってライブをするの?」

「いや、それも良いが、なんというか、ほら、ロゴみたいなのが必要だと思って、こういうのが良いかと思ってみた」

「ああ、バンド名も決めていない!」

「それだ、何かが足りないと思っていた!」


 あのアニメは、確か公式には認めてはいない様子だったが、明らかに、今年に起きたカルト教団の事件をモチーフにしていた。

 何の因果か、未来のあのアニメを知っている俺が見つけたのには、縁を感じる。


 そう、音楽もすごかった。

 一九七〇年前後に活躍したバンドの曲を、現代風にアレンジして声優が歌っていたんだ。

 底にも注目していたな。

 後は、謎のキーワードのように扱われた言葉がいくつかあり、その中の一つに『生命侵略』という言葉があった。

 同じものを使うのは、よくないから、漢字四文字で行こう。未来の新名蜜柑も漢字四文字のバンド名を使っていたからな。


「……桐峯君、どうしたの?」

「ああ、バンド名を考えていた。蜜柑は、何かアイディアはあるか?」

「うーん、いろいろ浮かぶけど、これってのは、ないかな。プロデューサーなんだから、桐峯君がいくつか提案してみてよ」

「まずは、生存侵略、俺はどうしても、和風にこだわる傾向があるから、こんな感じばかりになるが良いか?」

「そうだよね。桐峯皐月の息子なら、それで良いと思う。私たちもその流れを組むのだから、良いと思う」

「え、桐峰皐月って……」

「ああ、俺の母親な」


 それから、母親の話を一通りしてから、いくつか候補を挙げて行った。


「えっと、帝都戦略、生存侵略、東都迷宮、東京迷路、なるほど……どれも良いね」

「なあ、キリリン、東都侵略とか、極東迷宮とかもこの流れならありだよな」

「そういうことになるな」

「侵略とか戦略とかは、物騒なイメージになりそうだから、迷路と迷宮が良いと思う」

「なら、極東迷路か、良いかもしれない」

「はい、お姉さんが決めました。極東迷路をバンド名にします!」

「おお、蜜柑が年上ぽいこと言った!」

「お姉さんって言っただけでしょう。まあ、皆より、一つ上なのは事実だし、いっそ留年してみようか?」

「いや、それはなしで頼む。大学に入る方針で行くんだろう」

「確かに、そのナントカ入試を受けるには、いろいろしっかりしていないとダメっぽいよね」

「で、この帽子、どうするの?」

「木戸さんが、ずっと被るとか?」

「カジくん、それは無理、カジくんとクスくんの二人が被り続けるののも良いと思う」

「ちょっと紙とペンないか?」

「私がいつでも歌詞を書き留められるように、持っているのがあるから、それを出すね」

「姉さん、助かる」


 それから、新名から紙とペンを受け取った楠本は、何かを書き始めた。


「……、ロゴって、こんな感じで良いのか?」

「おおお、イワトビペンギンとかいうんだっけ、このとんがっている感じが良いな」


 帽子を少し形を変えて、白黒にして、イワトビペンギンの様なペンギンの頭がロゴになっている。

「極東迷路でこのロゴね。なぜペンギンって思う感じが迷路っぽくて良いかもしれない」

「おし、これは、やっぱり素人の絵だから、ちゃんとした人に書いてもらいたい」

「いや、クスくんのそれで良い、清書みたいなことだけを頼もう」

「うん、私もそれで良いと思う」


 そうして、全員の同意を取れたので、バンド名が極東迷路、ロゴは、イワトビペンギンの頭となった。


 名古屋駅まで、皆で向かい、ここで新名と玉井とは、お別れだ。


「じゃあ、二人とも、九月に会えるように、上手くやってくれ」

「おうよ、キリリン、またあおうな」

「私は、曲を幾つか作って来るから、九月になったら聞いてね」


 そうして、俺たちは、それぞれに分かれて、帰路に就いた。

 新たな呼び名を決めるのを後回しにしてしまったが、まあ、良いだろう。


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