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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第三〇話 博多の蜜柑

 博多の蜜柑


 七月二二日の土曜日、俺は、朝からお目付け役の七瀬さんとともに、空の人となっている。

 なぜ、俺が飛行機なんぞに乗っているのかといえば、島村仁美の捜索をしていたときまで遡る。


 関西方面のスカウト担当が、島村を見つけることが出来なかったことを、勝手に重く捉えてしまっていたそうなのだ。

 関東で、水城が見つかり、あっという間にデビュー計画まで整えてしまったのも彼に負担を感じさせていたようだ。


 そうして、彼は、関西だけではなく、手当たり次第に、西日本のありとあらゆる大会の情報を集めたという。

 そこで、違和感のあるヴォーカリストを擁するバンドを見つけたというのだ。


 そうして、夏休みに入ったばかりの俺は福岡へ向かっている。


 さらにこの話には、続きがある。どうやら八月上旬に、彼女がヴォーカルを勤めるバンドが、その大会の全国大会に出場するために上京するそうで、できれば、上京する時までに、俺に合わせたいとのことだった。

 上京してからでも良いと思うのだが、彼曰く、他の事務所に絶対取られたくないらしく、もし諦めるなら

せめて、俺と話をしてから諦めたいというのだ。

 もう、関西のスカウト担当さん、頑張りすぎだよ!

 そのスカウト担当さんは、鮫島さんというそうで、一度食いついたら、逃がさないと言われている人らしい。

 また、九州にも、スカウト担当さんはいるのだが、今回は、東に負けるなという意気込みで、共同戦線を張っているそうだ。

 西も東もないと思うんだけどな……。


 さて、木戸が決意をしたあの日からの事でも、思い出しながら、空の旅を楽しもう。

 七月は、ほとんどテストの月だった。

 四日からテスト準備週間に入り、翌週はテスト本番の一週間となる。

 それが終わると、すぐに、短縮授業となり、テストの返却が行われた。

 俺の順位は、四一位だった。

 少し落としたが、生徒会の影響だと思えば、しょうがないのかもしれない。

 二学期は、もう少し勉強できる時間を増やさなければならないな。


 決意を固めた木戸は、テストが終わると、すぐにチェック作業が再び始まった。

 俺も立ち会うことがあり、疲労していく木戸を見ているのは、辛かったが、自分で選んだ道だと諦めろと、良い笑顔でいつも見守っていた。


 生徒会は、俺の方針が、保守安定というのを、生徒会メンバーも理解してくれており、波風一つ立っていない。

 終業式でも、何も起きることはなく、八月の上旬にリーダー合宿があるが、特に準備をすることもないので、秋の祭イベントで荒波が来るのをじっと待っているような状態だ。


 そして、なんと、母親からの依頼されていた曲、三十曲だけではなく、追加としていた、さらなる三十曲まで、納品が完了してしまった!

 これで、俺は、自由だ!


 あまりに早いと思うかもしれないが、五月の初めから、テストの時を除き、一日一曲ずつ作り、休みの日には、さらに数曲作っていたのだ。

 授業は、真剣に受けていたが、その他の時間は、曲作りのアィディア出しに使い、家に帰ってそれを組み立てるだけの作業で、生徒会長になってからは、生徒会室でも組み上げていたので、加速度を増した。

 当然、家での勉強や、秘密ノート作りもしていたので、時間調整には苦労したが、それでも、睡眠時間と食事だけはしっかりとっていた。


 部活動にテープを配っただけの効果は、出したというわけだな。

 だが、精神的に、疲労しているのは、間違いないので、この夏休みの内に、メンテナンスをしなければならない。


 ガールズバンドの件は、オーディションが現在進行中だ。

 良い状態でメンバーが決まるのを祈っている。


 木戸の相方については、再考することにした。

 改めて、高校生のプロフィールをみたところ、高校生バンドやダンスユニットの可能性を感じてしまったのだ。


 それに、木戸と組む相方の事を紀子さんに相談したら、俺がやっても良いのではないかと、言われてしまった。


 俺がデビューするなら、バンドかユニットが良いのはわかるし、その選択が良いとも思っている。

 木戸と組むメリットも大きい。

 同じ高校のクラスメイトが、ピアノとヴァイオリンができることで意気投合し、ユニットを組んだ。

 ついでに、そこそこ歌えるから、デビューしてみたというシナリオを作ることが出来てしまう。


 よくわからないメンバーと組むなら木戸の方がたしかにましなんだよな。

 俺が、BMAの養成所の訓練生と組むと絶対に軋轢が生まれる。

 かたや、養成所でがんばって、デビューしたメンバー、かたや、親のコネで、デビューしたような俺、絶対に合わない!!

 実際は、親のコネというよりも、親が勝手について来たというのが真相になるが、そんなことは、外から見たらわかるはずもない。


 何はともあれ、木戸と、ついでに入所させた上杉は、今頃頑張っているのだろう。


 だが、たまには、ちょっとした旅くらいしてみたいじゃないか!


 東京と福岡は、あっという間についてしまう。

 福岡から送られてきた彼女のプロフィールと写真を眺める。

 名前は、新名由美。写真を見ると、どう見ても俺の以前の記憶にある新名蜜柑なんだよな。

 彼女の経歴は、確か、高校を二年の終わりで中退して、フリーターをしながら、オーディションを受け続けるんだったか。

 最終的にイギリスのレコード会社と契約するが、上手くいかなくて、帰国するんだったかな。


 その後、ブラウンミュージックに所属して、ブラウンミュージックの最後の時代を支える一人になるはずなんだが、ここで契約をしておけば、高校を中退しなくても良くなるかもしれないし、俺が動いていることで、少しずつ未来が変わっているのだから、本来は、所属するはずだった、新名が、所属しない未来もあり得るのかもしれない。


 ついでに思い出したのだが、新名は、イギリスのレコード会社と契約するくらいなのだから、今の時点で英語が話せるのかもしれない。

 英詞には、手を付けたことがないので、新名の作詞法を知れたなら、俺の作詞法のバリエーションが増える事にもなる。

 新名との契約は、積極的に行うべきなのだろうな。


 一緒に思い出したのだが、芸名の蜜柑は、イギリスのバンド、ザ・ビートルのドラマーのオレンジスターから取られているんだったか。


 オレンジスターは、俺も好きなドラマーだ。

 平凡でありながら、確実なビートを刻み、時には実験的な音も繰り出す。そんなドラマーだ。

 新名蜜柑は、ギターが使えるんだったよな。

 曲は、何でもありで、歌詞が独特なのをよく覚えている。

 彼女が作り出す世界観が好きで、特に自らが率いる東都事変の曲は、良い曲が多く感じていた。


 そう、最近俺の中で心境の変化が生まれたのだ。

 曲を好きか嫌いかで判断できるようになってきた。

 これは、大したことではないかもしれないが、以前の俺は、よほどのアーティストの曲や人物にしか、好き嫌いの感情を示すことがなかったのだ。

 残念なことに、新名蜜柑には、好き嫌いの感情を感じていなかったが、今は、その感情を持って考えることができる。

 本当に、これは、他人からしたら小さなことかもしれないが、俺からしたら、大きなことなのだ。


 さて、福岡空港に着き、七瀬さんに連れられて、博多エリアに向かう。


 福岡は、以前、何度か来ているが、あまり散策をしたことがなかったので、楽しみだな。


 落ち着いた感じの喫茶店で、待ち合わせらしく、中に入ると、すぐに男性が声を掛けてきた。

「七瀬さん、お久しぶりです。こちらが、例の桐峯君ですね?」

「鮫島さん、お久しぶりですね。はい、彼が桐峯アキラ君です」

「本日はよろしくお願いします。桐峯です」

「これはどうも、鮫島と申します。よろしくお願いします」


 名刺交換をしてから、奥にある大き目のテーブルに案内される。


「早速ですが資料を拝見しました。実際に鮫島さんは、彼女の演奏を聞いたのですよね?」

「はい、なんと言いますか、圧倒的でした。ですが、癖が強いんです。あの癖をどうとらえるかで、判断が分かれるところでしょうね。桐峯君なら、演歌や民謡に通じているそうですので、正当な評価を下せるのではないかとわざわざお越しいただいたのです」

「ということは、今日は、スタジオも使うのですか?」

「彼女次第になりますが、使うこともあり得ると思っています。その時は、桐峯君、よろしくお願いします」

「えっと、ブラウンミュージックのスタジオですよね?」

「はい、桐峯君が、ドラムとピアノ、その他にもいろいろとやれることは把握していますので、こちらの支社のスタジオを用意しています」

「了解しました。そういうつもりでいますね」


 それから間もなく、ギターのソフトケースを肩に掛けた女子高生らしき人物が、こちらにやってきた。


「鮫島さん、どもです。私に会わせたいっていうのは。そちらの彼ですか?」

「新名くん、まずは、座ってくれ。彼は桐峯アキラ君と言って、高校一年生ながら、音楽プロデューサーをしている」

 新名は、席に座り、俺は名刺をだす。


「初めまして、桐峯アキラと申します。音楽プロデューサーといっても、まだ、デビュー前の案件を幾つか抱えているだけですので、ただの高校一年生です」

「はじめまして。新名由美と申します。担当はヴォーカルとギターですね」


 案外というと失礼かもしれないが、まともだな。

 もっと、個性的な人かと思っていた。


「その、自分の音楽の評価などは、聴いたことはありますか?」

「そうですね。歌い方を変えた方が良いとか、独特すぎるとかが多いようです。私なりの音楽をやっているだけなんですけどね。それでも、今度、全国大会にいけるので、それなりの評価は、受けているのだと思っています」

「今回、スカウトの対象は、新名さんだけと聞いているのですが、バンドメンバーは、どうしますか?」

「それぞれの生き方があると思うんです。もし、私と一緒にこの先もやれるメンバーがいるのなら、自然と交わるはずです」

 クールといえば、そうなのだろうが、これくらいの考えを持っていないと、厳しい音楽の世界では、生きていけないか。

 新名に比べたなら、俺は、甘すぎるかもしれない。

 見習うべきところだな。


「わかりました。早速ですが、少しスタジオに行ってみませんか。僕は、新名さんの音を知らない、新名さんは、僕の音を知らない、何を話しても上辺だけになると思うんです。どうでしょうか?」

「そういうの好きです。行きましょう!」


 そうして、ブラウンミュージックのスタジオに入った。


新名は、自前のエレアコを持ってきていたので、それをアンプに繋ぐ。


 うーん、ならピアノで行くか。


「じゃあ、新名さんの音に合わせるので、ネックをこちらに見えるようにしてください。その動きでコードを見て行きます」

「あ、はい。了解です」


 ヴォーカルアンプも使うようなので、何かを歌うようだな。


 まぁ、気にしないで良いだろう。


 そうしてあえて言うなら、ミュージックバトルが開始された。


 音とコードを見ながら、それに合わせて弾いていく。ある程度癖がわかれば、予想もできるので、先読みもして、こちらから誘導もする。

 上手くそれを理解し、新名も乗って来る。

 そういうのを何度か繰り返し、おそらくオリジナルの英詩の歌を歌い始めた。


 俺が知っている彼女よりも、癖は少ないな。


「もっと、自分の歌いたいように歌って!」

「え、は、はい!」


 まあ、彼女の歌は、知っているので、雰囲気さえわかれば、彼女の欲しい音の組み合わせもわかる。

 だが、まだまだ足りないな。


「もっとだろ。そんなんじゃないだろ!」


彼女は、俺の声に応えて、全力で自らの癖のある歌い方を始めた。


「良い感じ、それが新名さんの歌い方だろ。もっと行こう!」

「はい!」


 そうして、新名が、満足するまで、ピアノを弾き続け、彼女の全力を引き出すことが出来た。


「……、おつかれさまです」

「……、すごかったです。なんで、わかるんですか?」

「うーん、勘というしかないですね。まだ出来るのに、抑えているのが、なんとなくわかりました」

「桐峯君は、今度デビューするミュージシャンの全力も引き出してから、調整を始めていたようですから、新名さんにもその洗礼を受けてもらったのでしょう」

「えっと、七瀬さんでしたよね。あれが彼のやり方なんでしょうか?」

「え、違いますよ。人によります。新名さんは、まだまだいけると思ったので、ああしただけです。七瀬さん、誤解を招くような言い方は、辞めてくださいよ」

「木戸さんにも、かなり無茶させるつもりでしたよね。多分、桐峯君は、あのやり方がこれから基本になると思いますよ」

「そうなのかなー、熱血スパルタみたいな感じで辛いです……」

「あ、でも、私は、好きです。ブラウンミュージックさんにお世話になることを決めます。ですが、桐峯君のプロデュースを受けるのを条件に入れてください」

「ずっと僕のプロデュースを受け続けるというのも、差し触りがあると思うので、アルバムの度に更新か、年で更新にしては、どうでしょう?」

「そうですね。その辺りは、今から考えましょう。新名さん、それでどうですか?」

「はい、それでお願いします」


『それと、やっぱり英語が話せるんですか?』

『そうですね。父の教育の方針で、話せるようになっています』

『英詩も良いと思うので、アルバムを作るときに入れたいですね』

『はい、そうします。というか、桐峯君こそ、かなり話せますよね?』

『まあ、我が家もいろいろあるって感じなんで、こうなってますね』

『年の近い人で、私と同じくらいに話せる日本人に会ったことがなかったので、うれしいです』

『そういえば、僕もそうですね。じゃあ、たまに、英会話の勉強ってことで、英語で会話をしましょう』

『はい、そうしましょう』


「桐峯君も新名さんも英語が話せたんですね。海外も視野に入れてみるのも面白いかもしれないです」

「海外か、どうなのでしょう。ブラウンミュージックって、海外から、権利を買うことは合っても、こちらから売ることってないですよね」

「そうですね。ですが、この先何があるかわかりませんから、考えるだけ考えておきましょう」

「わかりました」


 それから、支社の事務所に行き、細かい話を詰めていった。


 どうやら八月上旬の大会までは、無所属でいた方が良いらしく、契約はその後となった。


 それからは、鮫島さんが新名の両親を説得し、契約を済ませてから、高校二年の二学期から、堀学園高校へ、転入することになるそうだ。

 彼女の場合、福岡に留めておくと、退学をしかねないので、この処置しかないんだよな。

 それからは、自ら作詞作曲をできる彼女なので、できた曲を俺がチェックをして、指示書を書いてから編曲家さんのところへ行くことになる。


 後は、歌い方に癖があると言っても、歌えなくなってしまったら元もこうもないので、てっちゃんがトレーナーを引き受けてくれている特別ヴォーカルレッスンに入れさせるくらいだな。


 そう、てっちゃんは、普通の訓練生には教えないが、これという者だけを教えるトレーナーとなってくれたのだ。

 今は、木戸や上杉は、普通のトレーニングを受けているが、慣れたらてっちゃん先生にお任せする予定だ。


 今は、水城一人を担当してもらっている。

 本来なら、俺もそこなんだよな……。


 さて、豚骨ラーメンと明太子を食べて帰るぞ!


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