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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第二八話 アイドルとキリミ

 アイドルとキリミ


 六月二六日の月曜日、俺はフォークソング部の練習室となっている二年一組でギタレレを弾きながら、雨の降る様子を窓から、ぼんやり眺めている。

 俺が今使っているギタレレは、元々父親の物だ。

 ギタレレがほしいと母親に相談したところ、父親のギタレレがあったので、それを出してもらい使うことになった。

 チューニングは、ギタレレ専用の物があるのだが、弦を緩めてギターと同じにしてある。

 少し緩く感じるが、これはこれで、そういう楽器なのだと思えば、気にすることでもない。


 生徒会に入ってからの部活動は、結局、月曜日だけとなってしまった。

 後の時間は、生徒会と曲作りに充てている。


 生徒会が始まって、しばらく経ったが、大きな問題はなく、簡単な雑務を日々こなしている。

 主な雑務が、書類整理と言うのは、どうかと思うが、ここ数年間の生徒会の動きを知る機会にもなっているので、無意味な仕事ではない。


 俺の月曜日の授業後は、まずは、軽音楽部の練習室となっている第二音楽室に行き、機材の準備をする。

 程よく準備が整ったころから、部会が始まり、それが終わると、俺たちのバンドの練習時間となる。

 そこから一時間ほど、練習をして二年の二村先輩たちのバンドと練習を交代する。

 交代してからは、それぞれ思い思いの行動となる。

 俺の場合は、フォークソング部に顔を出し、大江と矢沢、仲良くなった一年生の面々との交流の時間にしている。


 今日は上杉もこちらに来ていて、他のメンバーは第二音楽室で、二村先輩たちの練習風景を眺めているそうだ。

 演奏の練習風景を見るのも、勉強になるので、有意義な時間を過ごしているのだろう。


 日曜日にBMAで、美鈴の母親である紀子さんと話をした。

 あちらに出向いた主な用事は、水城の曲の売り出しが先週に合った会議で決まり、プロモーション用の音源を改めて取るための段取りをするためだった。

 曲自体は、あれで問題ないのだが、しっかりとした編曲家に頼んで、曲を録音しなおすので、できるだけ詳細に書かれた指示書がほしいとのことで、その提出もしてきた。

 曲についての話し合いは、滞りなく終わり、紀子さんに呼ばれて行ってみると、新たな仕事の話を聞かされた。


 紀子さんが言うには、元々、俺に頼む予定の仕事だったそうなのだが、俺が水城を連れてきたことで、落ち着くまで待っていたそうだ。

 その仕事の内容は、養成所に通っている物の中から数人を選んでプロデュースする話だった。


 本来は、俺に作曲だけ頼むつもりだったそうなのだが、水城を唐突に見つけ出し、作詞作曲した曲だけではなく、イメージまで固めて、デモテープまで作り、売り出す直前までもっていったことが評価されたため、プロデュースの話になったそうだ。


 また、紀子さんがいうには、曲だけあっても、イメージを固めることは、存外に難しいそうで、それができる俺は、プロデューサーに向いているかもしれないとのことだった。


 いくつか要望も聞いたが、俺の感覚で言うと、アイドルを売り出したいという感想を持った。

 余談だが、トレーナーを約束通り、調査してくれたそうで、残念ながら一部のトレーナーに問題があることがわかり、その者たちを解雇か他部署に移したそうだ。

 このことが悪いイメージに繋がらないように、数人の養成所の者を一気に売り出すところまでもっていきたいようだった。


 ついでと言っては、大きい話になるが、ビジュアル映像部門の拡大と、他のレコード会社、芸能事務所の買収、吸収合併を積極的に進めるように話しておいた。


 俺の以前の記憶を使い予想した結果、ブラウンミュージックは、この先数年が最も資金がある時代になる。

 だが、これが最後の資金が自由に使える時期となる。

 この先は、どんどん目減りしていき、二〇〇〇年代に入れば、所属アーティストが、次々に抜けていく時代が来る。


 未来知識を使って予想した結果だとばれないように、他の理由を作り上げ説明しておいた。

 この辺りは、以前に美鈴のお祖父さま、洋一郎さんとの会談を聞いていた紀子さんなので、何かを感じたらしく大きく反対意見を言うことはなかった。


 さて、どうするべきか……。

 そんなことを考えながら、ギタレレを鳴らし、雨に濡れる校庭を眺めているというわけだ。


 水城は、未来の知識を使って、見つけ出し、未来の作曲家の力に助けてもらって作詞作曲をした。

 完全に未来知識だけで、やったとはいわないが、未来知識に頼ったのは確かだ。


 だが、養成所の物をプロデュースするとなると、話が変わる。

 俺の知る未来では、無名のまま消えたか、デビューすらしていない者たちを売り出すことになる。

 時間制限は、決められていないが、そういつまでも手を付けないわけには行けない。

 来月の三日から期末テストのテスト週間に入る。

 今週末に養成所を見に行くか……。



 近くにいる上杉に、何となく聞いてみることにした。


「なあ、上杉、アイドルってどう思う?」

「唐突だな。アイドルか……。俺たちの小さい頃って、アイドルっていうと、華やかなお姉さんって感じだったよな」

「ああ、わからなくもない」

「でも、最近のアイドルって、アイドル女優とか、アイドルミュージシャンとか、バラエティーアイドルとか、何か付いていないとダメっぽい感じあるよな」

「確かにそうだ。華やかさだけじゃダメってことか?」

「うーん、俺はよくわからないが、特徴みたいなのが必要なんだろうな」

「なるほどな。特徴か……」

「実はな、俺、小学生低学年まで子役をやっていたんだ。その時に、レコーディングもしたことがある。他のやつよりは、芸能人の感覚がわかるかもしれないぞ?」


 おう、ここでカミングアウトか。

 以前の記憶で知ってはいたが、芸能人の感覚がわかるかもしれないと言われたなら、少し挑発でもしたくなるな。


「なら、夏休みからで良いから、芸能人の養成所とか、通ってみないか?」

「桐山も通うってことか?」

「そうだな。自分の可能性ってのを見るのも何かの役に立つだろうし、俺も通ってみようと思う」


 本来の予定では、路上ライブを続けて、経験値を稼ぎながら、夏になったら、どこかの養成所に通うつもりだったのだが、いろいろと状況が変わりすぎているんだよな。

 そのきっかけに、上杉のカミングアウトを聞いたので奮起したと言うシナリオまで用意していたのに、今じゃ、それどころじゃない状況になってしまった。

 本当にままならない物だな。


 ちなみに、以前の俺は、このカミングアウトを聞いて、養成所どころか、即デビューできるかもしれないというオーディションを受けに行った。

 結果は、デビューは、できないが、格安のお値段で、養成所に入れるという書類を貰い、帰宅した。

 実際、お値段は、確かに格安で、俺が自由にできる小遣いでも、十分賄える金額だった。

 だが、受けに行った目的が、俺が客観的にどんな存在に見えるのかを知りたかっただけなので、養成所に行くのはやめた。

 また、子どもの小遣い程度を払えば、いろいろと教わることができるくらいの価値があるという結果は、この後の自分の価値を考える時の参考となり、良い体験となった。


 と、まあそういう話でこの夏の冒険は、終わるのだが、今はそうはいかない!

 上杉を養成所に連れて行けば、上杉をデビューさせることが出来てしまう可能性もあるのか……。

 だが、今の上杉では、足りないのも、また、事実だな。

 養成所に通わせるのは、良いが、デビューは無理だな。


「その気があるなら、問い合わせてみようか?」

「うーん、それじゃ、よろしくお願いする」


 はい、上杉君、ご案内決定です!

 ついでだから、木戸も声を掛けよう。

 選挙の時のお礼がまだだったんだよな。

 BMAに行けば、ダンスレッスンの様子も見れるだろうし、もしかしたら芸能人の誰かにも会えるかもしれない。

 そういうのが、好きそうだから、乗って来るだろう。



 七月一日の土曜日授業後に、俺、上杉、木戸の三人は、ブラウンミュージックのビルに来ている。


「ブラウンミュージックの養成所かー。よく見学できることになったね」

「木戸さんは、ここがどこのグループか知っているんじゃないのか?」

「あ、わかった。美鈴さまのところかー」

「そういうことだから、あまり気にしないでくれ」

「え、どういうこと?」

「あ、上杉君は、知らなかったんだね。桐山君って、東大路美鈴様の幼馴染なの。それで、ブラウンミュージックは、美鈴様のお家が経営するグループの一社なんだよ」

「そ、そうだったのか!?」

「木戸さんが、言った通りだ。あまり気にしないでくれ。美鈴が、幼馴染の頼みを聴いてくれただけだと思うのが、精神的に楽だぞ」

「あ、ああ、わかった……」


 事前に七瀬さんには、養成所に友人と見学に行くと知らせてある。

 特に何も言われなかったので、大丈夫だろう。


「キリミ……、桐山君、ようこそ」

「お世話になります。七瀬さん、養成所の見学、大丈夫だったでしょうか?」

「はい、普段も見学の方は、いらっしゃるので、特に問題はありません。キリミ。桐山君のお友達の方々、このパスカードを首から下げておいてくださいね」


 七瀬さん、キリミって、最近ずっと桐峯君と呼んでいたから、そうもなるのは、わからなくはないが、魚の切り身みたいだぞ……、寿司が食べたくなりそうだ。


 上杉と木戸がゲスト用のパスカードを貰い、首から下げる。

 俺は自分のを使う。


「桐山君は、自分のがあるんだね」

「ああ、美鈴にもらった」

「校内では、話しているところを、見たことがないけど、本当は仲良しなんだね」

「まあ、今は、生徒会でも一緒だからな」


 それから、養成所フロアに行き、ダンスレッスンを木戸にしっかり見てもらう。


「すごい……。私たちのなんて、遊びにしか思えない!」

「動きが派手なのが多いから、そう見えるのか?」

「うーん、キレッキレな感じがもう違いすぎる。多分、振り付けは、ブレイクダンスを基本にして、ロックダンスを入れてる雰囲気がする。ブレイクダンスの大技を使わない代わりに、ロックダンスで見せ場を作っている感じだね」

「あの動きがブレイクダンスなんだろうな。ヒップホップって感じのやつ」

「ああ、そうそう。それで、決めるとこでは、カチッってなる感じがロックダンスだね」

「木戸さんも、ここで踊ってみたくならないのか?」

「よくわからない……。機会があればって思っていたけど、今ってその機会なわけだよね。それなのに、興味よりも怖さの方が勝っている感覚があるの」


 芸能界は、怖い世界だ。

 木戸の反応は、間違っていないのだろうな。


 ヴォーカルレッスンがやっている部屋に行き、そちらを眺める。


 ここのヴォーカルレッスンは、悪くはないのだが、俺から見ると、あまり質が良いとは、思えないんだよな……。

 ここのトレーナーより、従兄のてっちゃんのほうが、明らかに指導者としても歌手としても格上なんだよ。

 いっそ、てっちゃんを呼ぼうかな。


 イタリアにいる恋人と結婚するころのてっちゃんは、オペラの仕事よりも声楽家としての仕事の方が多かった。

 あの頃のてっちゃんは、オペラよりも、高校野球に出場する高校の校歌を歌う仕事をしていた。

 毎年のように、どこかの大会で校歌が流れるような高校なら、再録音の必要はないのだが、十年ぶりに校歌が全国放送で流れるくらいになると、殆どの高校が再録音をするそうだ。

 実際に、てっちゃんが歌っている校歌を高校野球を見ている時に、何度か聞いたことがある。

 ああいう仕事も、かっこよいと思うのだが、てっちゃんならここのトレーナーもできるとおもうんだよな。

 声楽家として、歌わずに、普通に歌っても、てっちゃんの歌は、そこらのプロよりも段違いにう上手いのだ。

 この件は、母親に先に相談してから、話を薦めよう。


「上杉、どうだ?」

「大きな違いというのは、あまり感じないんだが、細かいところの積み上げで結果が、全く違う物になっているっていう印象だな」

「こういうレッスンって、高校とかの演劇部やらなら、同じようなことをしているんだよな。だが、細かいところの積み上げで結果が変わるというのは、ここの在り方を言い当てているのかもしれないな」

「ダンスは、正直なところ、よくわからなかったが、こっちは興味を持てる。通うかどうか迷うところだな」


 続けて、役者の練習をしている部屋に行く。


 この部屋でやっている練習は、主に現代劇で、しかもテレビ向けの演技のようだ。


 上手くやろうとすると、不自然に目立つ時があり、何も考えていない時の方が上手くいく時がある。

 それだけで、芝居の難しさを感じてしまうほどに、役者と言う仕事は奥が深いのだろう。

 俺の個人的な好みだが、俺は舞台役者の方が好きだ。

 ここでも、舞台向けの演技指導は、してくれているようなので、俺がやるならそちらに専念しよう。


「二人はどう思う?」

「うーん、俺が小さい頃は、ただ指示されたことをしていただけだから、こんな本格的な練習は初めて見たかもしれない。皆の真剣さがすごいな」

「先生の演技は、妙にしっくりくるのに、訓練生の演技は、何か作り物っぽく見えてしまうのは、なんでなんだろうね」

「単純に、腕の違いってのもあるのだろうけど、明確なイメージがあるかないかってのが大きいんじゃないか」

「ああ、そういうのは、ダンスでも感じたことはある。イメージってだいじだよね」


 役者の練習を見ている二人から少し離れて、七瀬さんと話をする。


 うーん、アイドルか……。


「七瀬さん、楽器を使える訓練生ってわかります?」

「はい、男子が多いですが、女子でも、使える訓練生はおりますね」

「じゃあ、アマチュアレベルからで良いので、楽器の出来る女子の訓練生たちの写真のあるプロフィールを、後でお願いします」

「わかりました。他に何かご入用は?」

「うーん、女性スタッフの方の意見がほしいですね……。こういう場合は、どうしたらよいのでしょう?」

「そうですね。今日なら、お連れの方は、どうでしょう。事務所のスタッフでも良いですが、やはり、芸能界特有の考えで見てしまいますから、何を見てほしいかによりますね」

「なるほど、確かにそうです。では、どこか一室、お願いします」

「わかりました。もう一人のお友達は、どうします?」

「良い機会なので、彼からの意見も聞いてみます」


 男性アイドルでも良いのだが、俺の以前の記憶の中では、男性アイドルバンドで成功をしたと明確に言えるバンドが、両手の数もいないことになっている。

 本当は、もっといるのかもしれないが、成功しにくいという印象がぬぐえないので、女性アイドルバンドを選ぶことにした。

 そもそも、女性アイドルバンドが売れるのか、なぜ女性アイドルバンドを選んだかのだが、来年1996年の上半期に、俺が知る限り、日本最強のガールズバンド、プリティープリンセスが解散する。

 彼女たちの功績は、偉大過ぎるほどに偉大だ。それは二〇二〇年近くになっても、彼女たちの曲をカバーするアーティストがいたのだから、過言ではないだろう。


 プリティープリンセスの解散後、彼女たちは、ソロ活動を開始するが、プリティープリンセスがいなくなったその喪失感は、よほどの物だったのだと思う。

 そうして、次に名を挙げるガールズバンドの登場まで、それは続く。


 そこで、プリティープリンセスが解散した直後にガールズバンドをデビューさせても、むしろ反感すら買いかねない。

 プリティープリンセスがいなくなった喪失感が残りながらも、落ち着き始める一九九七年下半期以降にガールズバンドをデビューさせたなら、どうなるのか。

 そんな時に、次世代のプリティープリンセスを見た者たちは、二番煎じや焼き直しと思うかもしれない。

 だが、そこには、反感の気持ちはすくないのではないだろうか。

 結果的に、無関心ではなく、どんな感情にしろ関心を引くことだけはできる。


 俺の記憶の中には、一九九九年からメジャーで活動を始める北海道出身のガールズバンドの情報がある。

 さらに、二〇〇一年から活動を始める同じく北海道出身のガールズバンドの情報もある。


 この二つのバンドの活動は、その後のガールズバンドに強い影響をのこすことになるので、俺は邪魔をするつもりはなく、むしろ、彼女たちの地ならしをしたいと思っているくらいだ。


 新たなガールズバンドの時代の幕開けを少しだけ早める、これが今回の目標にしよう。

 時間は、掛かってしまうが、次世代のプリティープリンセスを作るのだと思えば、やる気なんて、どこからでも沸いてくる。


 それから、本来は、養成所の訓練生では、入れない練習スタジオを見学して、七瀬さんが用意してくれた小さめの会議室に案内してもらった。


「桐山君、ここで何をするの?」

「えっとだな、二人は、口が堅い方か?」

「俺は、口が堅いというよりも話しちゃいけないことを聞いたら、いつの間にか忘れているタイプだな」

「上杉……、お前ってやつは、便利だな……」

「だろう。これも特技の内だ」


 木戸と二人で、軽くため息をついてから、話を続ける。


「まあ、私も、人付き合いは、得意な方だから、秘密は守れるタイプだと思うよ」

「確かに、人付き合いが得意なやつが、秘密を話しまくっていたら、誰も近づかなくなるよな」

「そういうこと。だから、何か話すなら、どうぞ」

 先日、紀子さんから新たに渡された名刺を二人に渡す。


「うーん、作詞作曲家、音楽プロデューサー、桐峯アキラ……、桐山君、何これ!」


 上杉は、混乱状態のまま、固まってしまったようなので、話を続ける。


「実は、俺、ここの所属ってことになっているんだ。だが、ミュージシャンとしては、活動は、まだしていない。その内始めるだろうけど、今じゃないんだろうな」

「……、桐山君はブラウンミュージック所属の音楽プロデューサーってことなんだね?」

「その通り、お茶でも取ってこようか?」

「あ、うん、おねがいする」


 事務所の給油室にある冷蔵庫から、冷えた麦茶を取り出し、会議室に戻る。


「うん、だいぶ落ち着いた。それで、これをカミングアウトしたってことは、私たちに何かをさせたいってことかな?」

「そう、大したことじゃないから、気を張らなくてよい。バイト代もでないけど、何か欲しい、ブラウンミュージック所属のミュージシャンのグッズなら、渡せるかもしれない」

「桐山君、さあ、仕事をしよう!」


 七瀬さんがタイミングよく入って来て、書類の山を机の上に置いた。

「キリミ……、桐山君、必要な物は用意しました。どうします?」

「あ、七瀬さん、二人には、桐峯アキラの説明をしたので、もうキリミって言わなくても大丈夫です」

「キリミ……、は、はい。わかりました」

「七瀬さん、ここの訓練生は、中学生と高校生だけなのでしょうか?」

「いいえ、小学生高学年もいますね」

「なら小学生、中学生、高校生で、別の山にしてください。女子の小学生高学年なら、男子よりも成長が早い分、顔もある程度はっきりしているのでしたっけ?」

「そうですね、個人差はありますが、男子よりは、わかりやすいかもしれません」


 呆然としていた上杉を正気に戻して、作業を始める。


 それから、四人で、山を作って行き、まずは、今回の規格に、もっとも適していると思われる中学生の山から見ていく。


「俺がチェックをするから、上杉と木戸さんは、写真をみて、芸能人ぽいかどうかを確認してほしい。二人の意見が一致した山、上杉だけの山、木戸さんだけの山でわけてくれるかな」

「なんか、審査員っぽいね。こんなすごいこと、私がやって良いの?」

「大丈夫、俺が一番初めにチェックしている時点で、無理な訓練生は、除くことになるから、その後の山にいる訓練生たちは、二人の参考意見を聞いただけの扱いになるだけにする」

「そっか、なら責任は、全部桐山君ってことにする。それじゃあやろう!」

「七瀬さんは、高校生の山から、ギター、ピアノ、キーボードのどれかで、弾き語りが出来そうな訓練生を探してください。基本は、アマチュアレベルからで良いですからね」

「わかりました。始めます」


 そうして、俺がチェックをした訓練生のプロフィールを二人に渡し、それぞれに新たな山が出来ていく。

 七瀬さんのほうでも、新たな山が出来て行き、順調のようだ。


 俺が主にチェックしているのは、身長だ。

 ひとまず一五五センチメートルをボーダーにして切り捨てている。

 理由は、単純で、背の高い女性は、モデルとしても活躍しやすく、テレビ映えも良い。

 とはいえ、中学生なので、まだ伸びる可能性を残してこの身長にした。


 後は、通うのに辛い距離に住んでいないかだ。

 都内なら基本的に問題にしないが、三時間かけてこられても、よいパフォーマンスが出来るとは思えない。

 それに、水城の時にも感じたが、食事と睡眠の管理をしっかりできる環境が必要だ。

 下宿に入れるという選択肢もあるが、できれば親元から離したくはない。


 最終的に堀学園高校に通ってもらうとしても、長い芸能活動をしてもらうための基礎をこのあたりに求めてみた。


 秋川プロデュースの時代では、高速バスに乗って毎週地方から都内の練習場に通うアイドル候補もいたようだが、俺個人としては、あまり推奨したくはない。


 それに、他の都市圏には、東京へ送るための人材を育てている養成所もある。

 そういうところで、自分が何者かを知ってからでも、遅くはないと俺は思う。


 そういうわけで、身長、住所、ついでに家庭環境も眺めながら、さらに楽器のパートも確認していく。

 ドラムとベースは、別格扱いにしてある。

 どうしても、この二つの楽器を選ぶ者が少ないようなので、俺が先に決めた選考基準から外れていても、二人に回しておく。

 あとは、ヴォーカルオンリーの訓練生は、却下にした。


 昭和の時代ならまだしも、この時代で、楽譜もまともに読めずに、歌手になろうというのは、ずうずうしいと思ってしまう。

 チャンスがほしけりゃ、自分で掴みにこい!


 中学生の山を終わらせ、小学生の山に手を付ける。


 身長は、無制限にして、その他の条件は、基本的に同じにした。

 そうして、それなりの時間が経った頃に、俺の作業が終わった。


 「上杉、木戸さん、ありがとう。七瀬さん。二人に、何かミュージシャンのグッズを渡してもらえますか?」

「はい、それがお駄賃だったのですね」

「そういうことになりました。僕は、七瀬さんが分けた山をさらに分けるので、ここにもう少しいます」

「え、桐山君、一緒に帰らないの?」

「うーん、終電近くで帰って、明日の早朝から、又作業をしようと思ってる」

「そういうのは良くないよ。それなら、私ももう少し手伝う」

「俺も付き合う」


 ありがたいんだが、どうした物か、外はもう夜の風景になっている。


「あの、桐峯君、美鈴様の許可がいりますが、四谷を呼びましょうか?」

「今日の美鈴は、本家ですよね。なら、良いんでしょうか……」

「はい、四谷も私も、桐峯君の行動を支援することが仕事の内に入っていますから、お気になさらず」

「大丈夫そうならお願いします。俺や上杉なら終電でも良いんですが、さすがに木戸さんは、無事に帰ってもらわないと困りますから」


 それから、すぐに四谷さんに送ってもらうことが決まり、作業を全て終わらせて、三人とも無事に帰路についた。


 明日、また朝から振り分けた分を改めて眺めて、考えるつもりだ。

 そして、早朝から四谷さんが迎えに来ることになり、なぜか、木戸さんが一緒に来ることになった。

 上杉は、妹の面倒があるので、無理らしい。

 木戸さん、なぜ、そこまで頑張るのだ?


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