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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第二四話 無難なオリエンテーション合宿

 無難なオリエンテーション合宿


 五月一三日の土曜日、今日は、時季外れのオリエンテーション合宿の日だ。

 朝から、バスに乗り、富士の裾野の合宿施設に向かっている。

 班が決められており、俺は、大江、矢沢、上杉の親友三人組と同じ班になれた。

 女子は、くじ引きの結果、木戸たち四人の女子と一緒になっている。

 以前の記憶とは違うが、すでに、いろいろと変わっているので、気にすることではないだろう。


 だが、唯一引っかかったのは、木戸たちは、基本的に男子を呼び捨てで呼んでいたはずなのだが、なぜか、『君付け』で呼んでいるのが気になった。

 心理状態が変わるほどの変化は、俺の知る限り、起きていないはずなのだが、どうなっているのだろうか。

 木戸たちとは、あまり関わりたくないという俺の方針は、変わらないので『さん付け』で呼ぶことにした。


 今週にやったことを思い出すと、軽音部のバンドメンバーに悪夢の『ディアー』を含めた数曲のドラムパートだけを録音したテープを渡した。

 もし、俺が練習に来れない時の保険のつもりで、渡したのだが、本当は、こんなものは渡したくなかった。

 高校生活を、俺なりに楽しむつもりだったので、本当に不本意だ。

 その辺りの本音を、バンドメンバーたちにしっかり伝え、家でもこれを聞きながら練習ができると言って、皆は受け取ってくれた。

 フォークソング部の大江と矢沢、他にも誘ったり、仲良くなった部員たちには、弾き語りに向いている数曲を俺が演奏し、録音したテープと、コードと歌詞の載っているコピーを渡しておいた。

 こちらにも、バンドメンバーに伝えた俺の本音をしっかり伝え、受け取ってもらった。

 事態が急変しない限りは、一学期中は、これで皆も安心して、部活が出来ると思う。

 だが、不本意な思いをさせているのは、事実なので、できるだけ、参加したいものだ。

 あれもこれもというのは、無理なのは、わかっているんだ。

 仕事をやるために、悔いがないようにこんなことをしたのだから、しっかりやるしかない!



 水城は、無事に食事の出してくれる下宿に入れたようで、そこから高校とBMAの養成所に通うことになった。

 声優については、迷っているようで、秋入所の声優養成所があるので、それの入所者募集が終わる前には、結論を出してもらうことになった。


 以前の時間軸の水城は、俺が思うに、歌手に関わる仕事があまりにも来ないため、苦肉の策で声優養成所に入ったのではないかと予想している。

 俺が、歌手になる道を示してしまったからには、声優への道にこだわる必要がなくなってしまう。

 未来の彼女の立場が、どうなるのか、わからなくなる。


「桐山君、飴食べる?」

「ああ、頂く。ありがとう。木戸さん」


 以前の時間軸での水城の評価は、『声優としても歌手としても成功した希な人物』というのが、一般的なのだろうな。

 アニソン歌手としての彼女は、確かにすごかった。声優としても一流と言って良いのだと思う。

 彼女が歌うアニソンは、自らが声優として参加している作品が多かったので、タイアップといってよいだろう。

 なら、やはり、声優としての彼女がいてこその歌手の彼女なのか?


「桐山君ってさ。香水とか使っているの?」

「いや、特にそういうのは使っていない。木戸さんは、どうなの?」

「香水は、校則で無理みたいだから、香り袋を持っているよ」

「そういうのも、良いな。機会が会ったら、俺も使ってみよう」


 うーん、それに、水城の特長を直接会うことで、幾つか思い出した。

 極端な低音は出ないが、音域は広く、かなりの高音まで出ていたはずだ。

 息継ぎの時間が僅かで、真似をして歌おうとすると、息が続かない曲もいくつかあった。

 ライブ映像で、どうなっているのか、確認をしたが、ただ息を吸う力が異常に強く、吐き出す力も同じように強いという印象を持ったな。

 真相はわからないが、常人の息使いじゃないと思ったのはよく覚えている。


 懸念材料としては、彼女の持ち味の一つに、早口で歌う特徴があった。

 全ての曲ではないが、あの歌い方は、カラオケで歌える局が、好まれる今の時代には、向いていない。

 それに、俺が、おそらく水城に作る和風の曲は、どうしても、大人っぽい歌詞が似合ってしまう。

 高校一年生の彼女が歌うには、少し辛いかもしれない。

 これが、他の人の持ち歌を歌うなら、問題がないのだが、オリジナルで彼女のための曲となると、作詞作曲の難易度が、やたらと高くなってしまう。


 悩んでも全く答えに近づけない。思考の迷路の出口はどこにあるんだろうな。


「ああ、富士山がみえたよ!」

「木戸さんは、富士山を見たことがないのか?」

「遠くからのぼんやりな富士山なら見たことはあるけど、こんなにはっきりしたのは、初めて!」

 この季節だと、まだ上の方に雪が残っているから、見ごたえがあるな」


 水城とは、別件になるが、養成所や所属ミュージシャン向けのトレーナーの調査も頼んでおいた。

 少し聞いた話だが、BMAの養成所は、あまり良い人材が、出にくいらしい。

 集め方が悪いのか、育て方が悪いのか、確かに一度、調査が必要だと認めてくれた。

 紀子さんに直接頼んだので、確実に実行されるだろう。


「裾野の方へ、行くみたいだよ」

「あっちのほうに、合宿施設があるんだろうな」

「ハイキングって、どこまで行くんだろう?」

「うーん、さすがに、わからないな。まあ、富士山を登ることはないだろうから、そこは安心して良いと思う」

「そうだよね、雪のある富士山なんて登れない!」


 どういうわけか、俺の横には、木戸静香が座っている。

 しかも随分と親しげだ。

 正直困るんだが……。


 だからと言って、悪印象を持たれても厄介なので、何とかやり過ごすしかない。

 来年は、修学旅行がある。

 美鈴と一緒になれるように、願うしかないな。


「あの……、桐山君ってさ、あの人……、美鈴様と関係があるの?」

「美鈴がどうかしたのか?」

「どういう関係なのかなって、気になっただけ」

「まあ、隠すことでもないから言うが、幼馴染だな。俺と美鈴は、小学生低学年からピアノのコンクールでよく顔を合わしていたんだ。それで、会うたびに、話す程度の関係になった。だからと言って、あまり校内では、親しくしないようにもしている。お互いの勉強やらに、差し障ると良くないからな」

「幼馴染かー。例えばだけど、桐山君が、何か事故でもあったら、美鈴様は、どういう行動をする?」

「う、あいつの家のこと、知っていて言っている?」

「えっと、東大路グループの御令嬢だよね」

「そう、その幼馴染が、事故で、大変なことになったなら、とりあえず、何かしらの行動にはでるタイプだな」

「……、ありがとう。いろいろ今ので、納得できた。これからも同じクラスのクラスメイト、同じ高校の生徒同士、よろしくおねがいします」

「ああ、よろしくおねがいします……」


 一部の生徒の中で美鈴を『様付き』で呼ぶのは知っていたし、『あの人』と呼ぶのも知っていた。

『様付き』で呼ぶ連中は、美鈴の支持者と言う感じで、『あの人』っていうのは、美鈴に恐怖を感じている連中のようだ。

 木戸は、両方を口にしたから、よほどのことがあったのかもしれない。気の毒にな……。


 どこで何をやっているのか、わからないが、美鈴の校内での行動は、あまり気にしないようにしている。

 実際、廊下であっても、無視をしているし、あいつ、何人か、取り巻きを連れているときもあるんだよな。


 昼休みに第四ピアノ室に来る速さは、異常としか思えないので、たまにニンジャとか、そういうのの訓練をしているんじゃないかと、思う時すらある。

 美鈴の謎は、それこそ触れたらいけないな。



 バスは、合宿施設に到着し、クラスごとに、施設内に入って行く。

 ちょっとしたホテル程度の造りの建物で、悪くはない。


 確か四人部屋で、男女で階が分かれて入るんだったな。

 俺たちに振り分けられた部屋に入り、荷物を軽く整理してから、ジャージに着替えて、再び外に出る。

 本当にすぐに、ハイキングもどきの散歩が始まるんだよな……。


 木戸にはハイキングの内容を知らないと言ったが、オリエンテーリングとかいうやつをやるはずだ。

 施設内のハイキングコースにあるチェックポイントを周り、簡単な問題を解いて、ゴールを目指すというものだ。


 問題は、主要五教科から一つずつ出題され、チェックポイントも五か所となる。

 さすがに、問題までは覚えていないが、何とかなるだろう。


 教師からの説明が終わり、順番に出発していく。


 明日に見る湿地は、植物園の中にあるので、今日は近づくことはない。

 転ばない程度に、適当な速さで歩いていく。

 女子の歩くスピードにしっかり合わすくらいの配慮はしているので、本当に散歩状態だ。


 さすがに富士の裾野と言うだけあって、平坦な道を歩き続けるわけではないので、それなりに疲れはする。


 チェックポイントを一つずつ通過していき、最後のチェックポイントで、おかしな者がいた。


 貴方は、音楽の教師だろうが!

 ターバンをしっかりと巻いたドバイ先生が、シタールを引いている。そして問題は、数学だ。

 インド式数学でも出題されるのかと、身構えたが、普通の数学問題で、無難に終わらせた。

 ドバイ先生と一緒にいた数学教師の苦笑いは、なかなか印象深かった。


 合宿施設に戻り、風呂や食事を済ませ、大学創始者のありがたいお言葉を、聴く時間となった。


 幕末から明治の時代を駆け抜けた大学創始者や同じ時代を生きた名だたる人物たちの考えは、非常に興味深く、今の時代でも使える物もあれば、全く使えない物もある。

 使える物はともかくとして、使えない物でも、どういう経緯で使えなくなったのか、なぜ、今の世の中では使えないのか、そんなことを考えるのも、また面白い。

 使えないと思い込んでいるだけで、考えの足しになることだってあるのだから、ちょっとした思考実験だとおもえば良いのだ。


 ほどよく眠気が来る頃に、解散となり、合宿でよくあるようなイベントを消化することもなく、翌朝を迎えた。



 朝食を済ませて、植物園に移動する。

 同じ敷地内にあるので、あっさりと到着した。


 いろいろと興味深い草花があるが、あえて気になる草花を挙げるなら、毒草だろう。

 とは言っても、詳しいわけでもないので、職員の方の説明を聞きながら、毒草を興味深く見ていく。

 ほとんどの毒草が、全ての部位に毒があるわけではなく、それぞれに違った部位にあるようだ。

 毒を知ってなにをするわけでもないが、こういうことに心躍るのは、おれの中に、この時代の俺の心がしっかりあるのだと、実感する。

 あえて言うなら、浪漫というやつだな。

 その後は、キャンプエリアに分かれて入り、カレーライス作りを始めた。

 いつもは、家で料理をする機会がないので、存分に腕を振るってやると、食材を切ろうとしたが、木戸たちが手早くやってしまった。

 木戸、お前は料理をするようなキャラだったのか!

 なんかこう……、料理とか無理な感じのギャル風なイメージなんだぞ!


 まさに普通のカレーライスが出来上がり、普通という感想を心にしまい、無難に頂いた。

 木戸への偏見を、そろそろ捨てるべきかもしれないと思ったカレーライス作りだった。


 そうして、片付けを終えてから、早々に帰り支度を始め、バスへ乗り込み、高校への帰路に着いた。


 うーん、まさに高校生活ってかんじだよな。

 こういうイベントをもっと楽しむべきだな。


 さて、来週からは、テスト週間となる。

 一週目は、準備週間でテストはその次の週だ。

 学年首位近くを狙えないにしても、それなりの成績を取っておかないと、東大路の皆さんに、面目が立たない。

 気合を入れて取り掛かろう!


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