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平成楽音立志譚 ~音楽の呪縛を祝福に~  作者: 星野サダメ
第二章 新たな出会いたち
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第二三話 人材探しの結果

 人材探しの結果


 五月七日の日曜日、俺は昼下がりといえる時間に、都内某所にいる。

 都内某所というと、どこなのか、つい気になってしまうのは、俺だけだろうか。

 冗談はさておき、昨日は午後から、BMAとの契約をし、今日は、早朝から俺の使える楽器や音楽に関するチェック作業をしていた。


 プロの目線で見た俺は、ドラム、ピアノ、ヴォーカルがプロ級、ギターはセミプロ級、その他の楽器は、アマチュア級と判断された。

 作曲能力は、よくわからないが、良いセンスを持っているとのことだ。

 作詞は、年齢の割に、言葉を知っているという感想で、組み上げ方もなかなか良いセンスがあるとされた。

 ヴォーカルだけは、予想外だったそうで、新たな可能性に大人たちの瞳の中に¥マークが見えた気がした。

 カメラチェックとどこかで使う宣材写真も撮り、仕上がりは、可もなく不可もなくというところのようだ。


 総じて、プロの作詞作曲家としては合格だが、プレイヤーとしては、あえて使いたいというほどではないが、必要に応じて、演奏に参加することもあり得るという結論となった。

 プロ級と判断されても、ここにいるミュージシャンたちは、全員プロ級なのだ。プロにもいろいろあるということだな。


 ソロミュージシャンとして見た場合は、売り方に工夫がいるが、合格とされた。

 ギターで、戦う道が、潰えたと言って良い結果になってしまったので、少し残念だが、ユズキやオオブクロと同じジャンルで、戦わなくても良くなったのは、朗報だと思っておこう。

 それに、一か月とは言え、路上ライブの経験はそれなりの成果が出ていると思うし、以前の俺の記憶と合わせたなら、なんとかなると楽観的に思いたいところだな。


 芸能界で歩むための準備が整ってきているが、てっちゃんが言っていたことも忘れてはいけない。

 縁故だろうが何だろうが、使える物は何でも使う覚悟は、できている。

 ついでに、未来で敵になる可能性のある者たちの力を事前に削ぐことも躊躇するつもりはない。

 まだまだ、これからなんだ、行けるところまで行ってやる!



 そうして、チェックが終わり、その後、俺が探してほしいと頼んだ二人の情報をもらって、移動した先が都内某所というわけだ。


 この数日は、ブラウンミュージックが関係する出来事以外に大きな出来事はなかった。

 そう、私立高校軽音部合同ライブも大きな出来事にならなかったのだ。

 近隣の私立高校五校の軽音部が、集まってのライブで、総勢一〇組が、流れるように演奏していき、俺の担当する二つのバンドも、あっという間に終わってしまった。

 個別の評価はともかくとして、総評すると、まさに高校生のライブという感じで、楽しくはあったのだが、身内で楽しんでいるだけのライブであって、それ以上の感想を持つことはなかった。

 収穫と言えることは、他の高校の軽音部のレベルと比べて我が校のレベルは若干高いということがわかった。

 だが、デジタル系の音を使える人材が、我が校にはいないようなので、そこが問題だな。

 おれは一応使えるが、この時代の機材となると、細かい調整まで出来ないので、せめて俺が大学に入る時代まで、時が進んでくれないと、辛いのかもしれない。

 他の収穫といえば、他校の生徒と話をすることは、存外に刺激的で、以前の俺と親友たちが、思っていた以上に内向的な動き方をしていたことがわかってしまった。

 辛い現実だが、しっかり受け止めて、今後の課題にしていこう。


 昨日、BMAで契約した内容は、俺の身柄はBMAの所属になり、作曲に関わるあらゆることは、BMAを通さなければならないというのが、一番大きい事だろう。

 金銭に関する内容は、基本的に、権利料が俺の収入源で、仕事をしなければ、全く収入が入ってこない契約になった。

 新人作曲家は、一曲ずつの契約をする者も多いので、そんな中では所属が明確になっている俺は、恵まれている方だろう。


 そのおかげで、施設の使用は無料だし、養成所や所属トレーナーに何かを教えてもらっても無料になる。

 さらに、仕事に関わる交通費や交際費も領収書や、それに代わる何かがあれば、出してもらえることになった。

 家からBMAにまで来る時の交通費が無料になるのは、かなり大きい。


 その他の要望も必要と判断されたなら、問題なく動いてくれるそうで、今回のような人材探しは、その良い例だと考えて良さそうだ。


 結局のところ、事務所はちゃんとやるんだから、お前も働け、というわけだ。


 あいよ、働くぜ!



 本日の同伴者は、七瀬さんだ。

 どうやら、七瀬さんは、俺のお目付け役に任命されてしまったらしい。

 マネージャーじゃないのが、重要なところだ。

 名刺をもらったが、七瀬さんは、BMIの執務室室長という、いまいちよくわからない役職の人物らしい。

 長がついているので、偉い人なのはわかるが、重役秘書と思っておけば良いのかもしれない。


 さて、探し人の話に戻る。

 まず、大阪の島村仁美についてだが、残念なことに、該当者が見つからなかった。

 どうやら、俺は、何かを勘違いして覚えているようだ。

 調べてくれた人の話によると、ここ三年間の目ぼしいオーディションや何かしらの歌唱系の大会を一通り調べてくれたそうなのだが、どこにも近い名前すら見当たらなかったという。

 結論として、何かの情報と混線したのではないかということになった。


 だが、この調べてくれた人から、気になる情報も貰うことが出来た。

 民謡や演歌など、そういう歌唱系の大会は、瀬戸内周辺で行われていることが多く、そちらの情報を調べる価値もあるかもしれない、とのことだった。

 調べるかどうかの伺いを立ててくれたが、手を掛けさせるのも悪いので今回はここまでとしてもらい、俺の記憶のサルベージをもう一度してから、再捜索をするか、どうかを決めることにした。


 未来に名を残していなくても、そういう大会で、好成績を残した者に声をかけるというのも手なんだろう。

 おそらく、そうなると、全国各地に、そういう大会を好んでやっている地域があるはずだから、人材発掘をするなら、そちらの方が人材は、揃えやすいだろうな。


 もう一人の水城加奈についての俺の記憶は、間違っていなかったようで、堀学園高校に在籍していることが、すぐに確認された。

 早速、スカウト担当が動いてくれて、所属事務所の情報が集まった。

 俺の記憶通り、事務所の状況は、良いとは言えず、さらに水城加奈本人の環境にも不安があるそうだ。

 BMAとして、十分に移籍は可能だと判断してくれたので、本格的に動いてくれた。

 そうして、スカウト担当が、水城と接触もしてくれて、あう約束を取り付けてくれた。


 ファーストコンタクトは、BMAが済ましてくれているが、オーダーを出した俺が動くのが筋だと、待ち合わせの場所までやってきた。


 待ち合わせの場所としている喫茶店に入って行く。

 俺が彼女を初めて見た時の姿は、二〇代後半の姿なので、今の彼女を見つけられるか心配だ……。

 まずは、小柄な高校生くらいの少女を探してみると、それっぽい少女を見つけることが出来た。


 七瀬さんが、声を掛けてくれるようだ。


「突然のお声かけ失礼します。秋山さんでしょうか?」

「あ、はい、秋山加奈です。ブラウンミュージックの?」

「はい、ブラウンミュージックの七瀬と申します」


 名刺をさっそうと出す七瀬さん、かっこいい!


 っと、俺もなぜか自分の名刺を渡されていたんだった。


「ブラウンミュージックエージェンシー所属の桐峯と申します」

「え、はい、あの、同じ年くらいですよね?」

「はい、高校一年です」


 とりあえず、向かい合って座り、コーヒーを頼んで、話をする態勢までこぎつけた。


「今回秋山さんに目を付けたのは、桐峯になります。桐峯は、新人作曲家で、現在、依頼されたアルバムの製作をしているのですが、他の仕事もしたいということで、秋山さんの噂をどこからか聞き、お話をさせていただくことになりました」

「新人作曲家さんで、現在アルバム制作中ですか……。歌のお仕事がしたいです!」


 おう、ストレートだな。


「その、仕事とはいえ、お互い高校一年ですし、少し肩の力を抜いてお話をしませんか?」

「……、はい、そうですよね。桐峯君とお呼びしましょうか?」

「良い感じですね。秋山さんが良いですか、それとも水城さんが良いですか。僕の桐峯は芸名なんです」

「あ、なら、水城でお願いします」

「はい、水城さんとお呼びします。まずは、どこで、水城さんの話を知ったかというのを話した方が良いですよね」

「そうですね。さすがに、いきなりブラウンミュージックの方から連絡と言うのは、驚いたので、ぜひお願いします」

「歌謡大会に出まくっていた人物がいたという話を聞いたんです。どういう人物か、気になって調べてみたら、堀学園にいるとわかって、会ってみたくなりました。案外、単純な話でしょう」

「……、その、単純すぎて、気が抜けました。確かに、気になって調べたなら、わかりますよね」

「はい、案外、あっさりでした」


 用意していた作り話をしておく。

 未来から来たので、貴方のことが気になって、会いたくなりました!

 とか、言ったら、お巡りさんが来そうな事案になるよな。


 コーヒーが来たので、一口飲んでから話を続ける。


「少し深い話をしましょう。今の事務所は、どうですか?」

「……、師匠について勉強をしているのですが、何か違うんです。えっと……、うーん、……」


 悪い噂があったが、本当なのか?


「場所を変えて話をした方が良いですか、それとも、人を変えましょうか、僕は、落ち着いてから改めて話をするというのでも良いんです」

「あ、いえ、桐峯君がどうとか、そういうことじゃないんです。住み込みで師匠のところにいるんですが、家事も私の仕事でそれは、問題ないのですが、四月からこちらに来て、一度も何かを教えてもらったことがないんです」

「一度もないのですか?」

「はい、家事をしているだけじゃ、芸能の仕事に結びつくとは思えなくて、飼い殺しというのですか。そういう状態に感じるんです」


 内弟子という制度は、芸能の分野では、珍しいというほどでもないはずだ。

 一か月、なにも教わったことがないと言うのも、ありえなくはない話に感じる。

 だが、問題は、制度がどうかではなくて、双方の合意なのだろう。


 俺なりの見解を、七瀬さんと話し合うと、俺と同じ結論に至ったようだ。


 水城は、その内教えるからと言いながら、家政婦まがいなことをさせている悪質な師匠に捕まっているという状況なのだと、言えなくもない。

 事務所との契約も確認する必要があるが、この辺りを突けば、金銭を払うことなく、水城の移籍が可能になるかもしれない。


「単刀直入に聞きます。仕事がすぐにあるとは応えられませんが、事務所を移りませんか?」

「はい、そうしたいです。ですが、契約が……」

「桐峯は、これからを期待されている作曲家なんです。彼が、水城さんを必要だと感じたなら、ブラウンミュージックは、全力で取り掛かります」

「ありがとうございます。お手間をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 それからの動きは、速かった。

 七瀬さんが、どこかに電話をしてから、水城の事務所に行くと、すでに数人のブラウンミュージックの関係者が突入の準備をしていた。


 事務所へ突撃し、水城の契約状況を確認すると、契約内容に、不履行箇所があることがわかり、そこを突いて、あっさりと契約の解除が完了した。


 やはり、一か月、何も教えていなかったというのは、水城サイドからしたら、契約不履行の状況だったようだ。


 そのまま、水城加奈の師匠の家に行き、荷物をまとめ、さよならをしてしまい、住居が決まるまでの間、住んでもらうホテルが手配された。


 そうして、ブラウンミュージックのビルに入り、チェック作業が開始された。


 そこに俺も立ち会ったが、正直なところ、緊張していたこともあると思うが、俺が知っている彼女の声とは、全く別人のようだった。


 上京してから一か月とはいえ、師匠が何も教えてくれなかったためか、独自で何かを掴もうとしていたのかもしれない。

 彼女の持ち味を俺なりに考えたなら、民謡や演歌を歌えるテクニックだと思う。

 自分の持ち味を殺しては、ダメだろうが!



 この際だから、BMAのトレーナーの様子も把握しておいた方が良いかもしれない。

 本人の持ち味を殺すような練習方法を押しているようなトレーナーは、どうにかしなければならない。

 この事務所だって、今から十年と少しで俺の知る時間軸では、潰れてしまうんだ。

 それを僅かでも回避できる方法があるなら、取り掛かるべきだ。


「水城さん、民謡でも演歌でも良いので、歌い慣れているのお願いします」


 レコーディングブースから、指示を出して、様子を伺う。


 こっちの方が、俺の知っている歌い方に近いな。


 スタッフの方にチェックの様子を聞くと、一応終了とのことだ。


「みずきさん、まだ歌えますか?」

「はい、大丈夫です」

「ちょっと練習スタジオで遊びましょう」

「え、はい」


 頬袋さんと出会った練習スタジオに入り、ピアノを開く。

「曲は、ゴスペルの『アメイジング・グレイス』をベースにいろいろ遊びます。歌詞は、知っていれば、それを適当に歌っても良いですし、知らなければ、スキャットでも、なんでも構いません。とにかく遊びです。ですが、一つだけお願いがあります。地元にいた頃の、歌い方をできるだけ思い出して歌ってください」

「わかりました。とにかく、やってみます!」


 この『アメイジング・グレイス』は、ゴスペルとして、有名な曲で、歌い方によって難易度が変わる興味深い曲だと、俺は感じる。


 演歌歌手が、この曲を見事に歌い上げていた映像を何かで見たことがあり、この曲なら水城でも思い切り歌えるのではないかと選んでみた。



 スタンダードな『アメイジング・グレイス』から入り、音を足して、リズムや主旋律は崩さずに弾いていく。


 これは、さすがにしっかりついてきている。歌詞も頭に入っているようだ。

 歌い方も演歌や民謡をベースにした歌い方に戻してくれている。

 良い感じだな。


 スイングを入れても、問題なくついてこれているようだ。


 更に崩していき、主旋律がかろうじて拾える程度にすると、さすがに、よくわからなくなってきたようだ。


 一気にスタンダードに戻して、落ち着いてもらってから、終わらせた。


「どうでした?」

「……、面白かったです」


 満足そうに、笑顔を見せている。

 これで良かったんだな。


「必ず、良い曲を作ってみせます。少し時間をください」

「宜しくお願いします!」


 二人で、事務所フロアに入り、七瀬さんを探すと、あっさり見つかった。


「契約書は出来上がっていますが、先にご家族へ送りましょうか?」

「良いんですか?」

「はい、それくらいはしないと、未成年の契約なんですから」

「お願いします」


 写しを、水城さんは貰い、郵送で保護者のサインをもらうように段取りをしてくれるそうだ。


 少し離れたテーブルに水城さんを案内して、契約書を読んでいてもらうことにした。


「彰様、水城さんの様子はどうでしたか?」

「彼女で間違いないです。ですが、本来の彼女の歌い方に戻してもらい、他にもトレーニングが必要なようでした」

「本来の彼女の歌い方に戻す必要があるのですね。トレーニングは、何が必要だと感じましたか?」

「滑舌は、標準的で、悪くはないのですが、訓練をしたなら、さらに良くなると思いました。歌の訓練は当然として、声優や役者にダンスの訓練もしてもらった方が、表現力も広がりますし、そちらを薦めたいです。それと、何か楽器が出来るなら、そちらも伸ばしておきたいです。もしかしたら、ピアノやキーボードが出来るかもしれないです」

「なるほど、声優ですか。専門家はおりませんので、外部になるかもしれませんね」

「高校の後に、通えるところで十分かもしれないです。足りない分はこちらの養成所で補ってもらいましょう。それと、睡眠時間と食事がしっかり取れるような生活をしてもらいたいのです。食事付きの下宿などに、彼女を預けられませんか?」

「堀学園高校近くの食事付きの下宿に、BMAの所属ミュージシャンが入っていたこともありますので、そちらは、お任せください」


 体調は、悪そうには見えないのだが、高校一年生にしては、小柄すぎる気がしてならない。

 俺の記憶にある彼女も小柄だったが、それよりも小柄に見えてしまう。

 睡眠時間と食事で、調整をしてもらうしかないよな。


 俺も明日は、高校があるので、水城の契約の確認が終わるのを見届けて、帰路に就いた。


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