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第二一話 ブラウンミュージックインダストリー

 ブラウンミュージックインダストリー


 急いで帰宅をすると、幸いなことに、母親は、家にいたようだ。

 美月もいるが、急を要することなので、美月に聞かれないように、母親に話す。


「彰、おかえり」

「母さん、ちょっと良いかな」


 服を引っ張り、多少強引に、美月に聞こえない場所にまで移動する。


「何かあったの?」


 あ、急いでいて、頭から抜けていたが、裏口入学の件は、大きな出来事じゃないか……。

 だが、母親にこの件を話すのは、、高校から何か話が合ってからで、良いだろう。

 もしかしたら、何も説明がないまま、多数の生徒と教師が、居なくなるだけということも、ありえるんだよな。


 だが、今はそれどころじゃない。余分なことを頭から追い出して、今は美鈴の話だ。


「……、今から美鈴が俺を迎えに来るんだ。その時に、少しの間で良いから母さんと話をしたいって言っていたんだ」

「もしかして、曲作りの話を美鈴さんにしたのかしら?」

「路上ライブに代わる何かがないか尋ねた時に、曲作りの話もした」

「なら、こうなるのも仕方がないわね。彰は、美鈴さんとどこに行くの?」

「東大路の芸能事務所を少し見に行くことになっている」

「……、うーん、それなら、母さんも行くわ。あちらに、東大路の方は、いらっしゃるの?」


 え、母さんも来るのか……。その方が都合が良いのかもしれないな。


「美鈴の母親が、関わっているらしいけど、詳しくは、わからない」

「まあ、行ってみれば、わかるでしょう。美月には、母さんは急な仕事が入ったって言っておくわ」

「わかった。急なことで、ごめん」

「美鈴さんが、気にしていることは、わかるし、少し忙しくなっただけよ。彰も準備をしなさい」


 それから、急いで準備をしていく。

 俺が好んでいるヴィジュアル系の服は、アクセサリーを付けなければ、セミフォーマルもどきに見えなくはない物が多いので、こういう時に助かる。

 制服から、着替えて、身支度をし直して、準備は出来た。


 そういえば、美月の夕食は、どうなるのだろう?

 美月を探してみると、キッチンで、母親が途中までやっていた夕食作りの続きをしているようだ。


「あ、母さん、急な仕事だってね、お兄ちゃんも、どこか行くの?」


 俺のことは伝えずに、自分の事だけ、上手く伝えたか……。

「ほら、俺、軽音部とかに入っただろ。丁度良いから、母さんの職場を見学してみたいって言ったらあっさり許可してくれた」

「なるほど、ジャンルは、違うけど、お兄ちゃんも音楽を楽しんでいるのは、私もうれしいよ。行ってらっしゃい。母さんの職場の人に、迷惑をかけちゃだめなんだからね」

「ああ、迷惑を掛けないようにする。行ってくるよ」


 嘘をついてしまって、ごめんよ……。受験生の美月には、あまり刺激を与えたくないんだ。

 話せる時が来たら、ちゃんと話すからな。


 それからしばらくして、母親の準備が終わり、そのタイミングで、インターフォンが鳴った。

 うちの母親の準備の速さはともかくとして、タイミングが良いな。

 美鈴に外で待つように言ってから、俺も外に出る。


「あっくん、お迎えにきました。お母さまには、お会いできるのでしょうか?」

「それがな、母さんもついて来ることになった。問題ないか?」

「え、桐峯皐月さんが、うちの事務所に来るのですか!」

「ああ、そういうことだ。大丈夫だろうか?」

「えっと……、途中で事務所に連絡をしておけば、大丈夫だと思います」

「わかった。それじゃ、よろしく頼む」


 美鈴でも、予想できなかった展開のようだな。慌てさせてしまったようだ。


 家から、しっかりと着物を着こんだ仕事モードの母親が出てきた。


「美鈴さんね。お久しぶりと言った方が良いのでしょうね」

「はい、お久しぶりです。その……、お義母様もご一緒してくださるとか?」

「彰の芸能活動に関わることのようでしょうし、丁度良いこともあったからお邪魔するわ。それと、私の事は、皐月さんとかで良いわよ。彰との関係は、まだ発表するつもりはないのでしょう?」

「あ、はい、、大学に入学してからになると思います。あの……、あっくんのこと、よろしいのでしょうか?」

「そうね。うちの夫ともしっかり話し合ったのだけど、桐山の名は、夫の弟が残してくれるし、私たちが生きた証なら、彰と美月がしっかり残してくれるでしょう。だから、そちらに、お任せするわ。あえて、一つ、お願いを言うのなら、できるだけ、この子を自由にさせてあげて欲しいくらいかしら」

「……、わかりました。ありがとうございます!」

「美鈴さんもまだまだこれからの年齢なのだから、楽しめる時に、しっかり楽しむのよ」

「はい、あっくんと一緒に楽しんでいきます!」


 それから四谷さんが運転する自動車に乗り込み、出発した。


 後部座席に、美鈴と母親が乗り、俺は助手席に乗ることにした。

 後部座席は、三人くらいは、座れるのだが、二人で話させた方が良いという判断だ。


 道中、もともと面識があったのもあって、二人の会話は、はずんでいるようだ。

 小学生のころのピアノのコンクールで顔を合わしていただけではなく、俺が中学生になっても、美鈴は、母親の公演に行き、会っていたようだ。


 さて、俺は、本格的に美鈴の婚約者になったようだな。

 美鈴のお祖父さまである洋一郎さんと会った時に、覚悟は決めていたので、特に心境の変化はない。

 あえて、何かを言うとしたなら『俺の嫁、かわいいんだけど、どうしよう』とか『俺の嫁に勝てる気がしないけど、何か問題ある?』とか、そういう本当にどうでも良いことばかり、考えてしまうくらいだ。

 うん、俺の頭の中は、残念に仕上がっていたことがよくわかったが、それこそ、どうでも良いことだな。


 さて、少し気分を変えて、今から行く東大路のレコード会社と芸能事務所について考えを巡らす。

 企業名としては、ブラウンミュージックインダストリーがレコード会社で、通称BMIだな。

 ブラウンミュージック系だけで、企業グループと言えるだけの規模があるのだが、その上に東大路があるので、ブラウンミュージック系を総じて呼ぶ時は、ブラウンミュージックで、レコード会社、芸能事務所、企画制作会社、出版社などは、それぞれの企業名か、通称で呼んでいたはずだ。

 社名のブラウンは、テレビの普及に努めた東大路の初代が、ブラウン管の発明者であるブラウン氏への敬愛の気持ちを込めてこの名前にしたとされている。

 テレビに愛着のある初代は、テレビで流す音楽を作るためにこの会社を設立したので、様々なジャンルのミュージシャンが、この会社から音源を発表している。


 あれ……、うちの母親もここから『四季和奏』を発表していたはずだ。

 忘れていたというよりも、あまり覚えておきたくない記憶だから、思い出せなかったようだ。

 幼馴染でありながら、再会した直後に疎遠となった東大路美鈴とトラウマといえる桐峯皐月が関わっている会社のことなんて、以前の俺は、忘れたいに決まっている。


 ……、気を取り直して、芸能事務所の方を考えてみる。

 社名はブラウンミュージックエージェンシーで、通称はBMAだな。

 この芸能事務所は、グループサウンズ、フォークソング、ロックバンドなどのミュージシャンが多く所属していたはずだ。

 八〇年代アイドルも所属していたが、多くはなかったな。


 今の時代なら、ロックバンドからソロ活動を始めたミュージシャンやフォークソングの時代から活動しているミュージシャンが活躍しているな。

 それに、二〇〇〇年代を代表するようなミュージシャンが新人としているかもしれない。


 だが、悲しいことも思い出してしまった。このブラウンミュージックは、二〇〇〇年代後半に、東大路グループが手放してしまうのだ。

 今すぐに、どうにかすることは、できないが、未来を変えるために、できることをしていこう。

 俺が所属することで、東大路の身内が所属することになるのだから、少しは手放しにくくなるかもしれない。

 まあ、焦らずにやって行こう。

 美鈴や洋一郎さんが、俺を気に入っているからと言って、どうにもならないことだってあるんだからな。



 自動車は、一時間ほど走り、高速道路から降りて、しばらくしたところにあるビルの地下にある駐車場に入ったようだ。

 道中の電話ボックスで、美鈴が連絡をしていたので、不安を感じる必要はないと思ってはいても、芸能人の巣窟だと思うと、緊張はしてしまうな。


「到着いたしました。私が途中まで案内をいたします」


 四谷さんが案内をしてくれるそうなので、とりあえず自動車から降りて、駐車場に出る。

 高級車ばかりが駐車されていて、さすがに、庶民な俺としては、臆してしまう。


「あっくん、皐月さん、参りましょう」


 美鈴にせかされるように、四谷さんの跡を付いていく。

 駐車場から守衛所に出て、そこで、首から下げる来客用のパスカードを受け取り、エレベーターに乗る。

 どうやら、この建物全体が、ブラウンミュージックの建物のようで、いろいろな施設があることがエレベーター内にある案内板に書かれてある。


 最上階近くで止まり、そこからもう一度エレベーターを乗り換えて、最上階に到着した。



「こちらです」

 四谷さんの案内で、特にプレートの書かれていない部屋に案内された。


「桐峯皐月様、彰様、美鈴様をお連れしました」

 四谷さんがノックをして、そういうと、部屋の内側からドアが開けられ、中の人物が入るように促してきた。


「皆様、私は駐車場におりますので、ごゆっくりどうぞ」

「ここでの、案内を勤めさせていただく七瀬と申します。皆様、こちらへどうぞ」


 七瀬さんが、ゆったりとした応接セットに案内してくれて、そこに座る。


「お母さまが、いらっしゃるの?」

「はい、すぐに参りますので、もうしばらくお待ちください」


 七瀬さんがそう言い終わると同時に、ドアが開き、紀子さんが現れた。


「皐月さん、彰君、お久しぶりね」

「紀子さん、お久しぶり。時が満ちたって感じで、お邪魔したわよ」

「ええ、華井流の噂は、こちらも把握しているわ。さすがに、皐月さんのところでは、厳しいわよね。いろいろと考えがあるから、よく相談したいわ」

「そうね。彰がそちらに厄介になることが、本格的に決まるなら、私もこちらに動くわ」


 おう、大変な話を出合い頭にしてくれるなよ……。とりあえず、挨拶しておこう。


「紀子さん、と呼んだ方が良いですよね。お久しぶりです」

「彰君に義母さんって呼ばれるのも良いけど、たしかに、もう少しの間、紀子さんとかが良いでしょうね。とにかく、良く来てくれました」

「はい、いろいろと見させていただきます」


 さて、今からは、どうなるのだろうか……。


「美鈴、七瀬に案内はまかせるつもりだから、彰君を連れて、見学に行ってきなさい。私は、皐月さんとお話をするわ」「わかりました。あっくん、行きましょう」


 そうして、美鈴と七瀬さんに連れられて、ブラウンミュージックの探検が始まった。


「彰様、やはり、初めは、音楽スタジオがよろしいでしょうか?」

「はい、お任せと言いたいところですが、初めは、音楽スタジオを見てみたいです」

「では、参りましょう」


 エレベーターで移動をして、スタジオがいくつもあるフロアに到着した。

 使用中の部屋があるようで、僅かだが、音漏れがする。

 ここは、練習スタジオで、レコーディングスタジオは、別の場所にあるのだろうな。


 使用中のスタジオの前を通り、未使用のスタジオに入る。


 おお、さすがというか、良い機材がそろっている!


「ここは、練習スタジオで、据え置きの機材がある部屋なのですが、やはり、皆さん練習でも自前の機材を持ち込む方の方が多いですね」

「だいたいの機材は、ここにあるのでしょうか?」

「最近のデジタル楽器の中で使い方が難しい物はありませんが、良く使われる物はあります」


 シンセオルガンがあったので、少し触ってみる。

 この時代のシンセでも、記憶機能があったんだが、素人にはわかりづらかったんだよな。


 何とか記憶の中から使い方を思い出し、少し音を重ねて出してみる。

 うん、悪くはない。


「あの……、サンプラーってあります?」

「ありますよ。出しますね」


 七瀬さんは、ここの機材のことを良く知っているようで、苦も無くセッティングしてくれた。


 基本のプリセットがあるタイプのようで、すぐに使えそうだ。


 軽くリズムを作って、回してみると、中々良い音が出来上がった。

 シンセをそれに重ねて、出してみる。なかなか良い感じだ。

 こういう音がほしいんだよな。


 調子に乗って、未来で俺が作った曲をごちゃまぜにして、夢中で弾いていたら服が軽く引っ張られた。


「あの……、お客様です……」


 え、客?

 美鈴が引っ張ったようで、七瀬さんは困り顔のまま、やたらと背の高いおっさん……、あえて、兄貴と呼びたくなる人物と並んでいた。


 この兄貴……、めっちゃ有名な兄貴じゃないか!

 頬袋トラヤスだ!

 八〇年代後半を代表するといっても過言ではないロックバンドのギターリストで、この時代は、ソロミュージシャンとして活動していた人物だ。

 バンドは、解散したが、この頬袋さんとヴォーカリストの氷上さんの活躍はすごかったのをよく覚えている。

 世界的な何かのイベントで弾いた頬袋さんのギターに感動して、俺が珍しく好んでいたミュージシャンの一人だ。


「ちょっと面白い音が聞こえてな。お邪魔したが、大丈夫だったか?」

「あ、はい、頬袋さんですよね。桐山……、じゃなくて桐峯アキラと申します」

「桐峯アキラか。高校生くらいだな。初めて見る新人だな。七瀬、どういう音を出すやつだ?」

「まだ、音の確認はしていないんです。施設の案内をしていただけなんですよね」

「シンセとサンプラーを使えるのは分かるが、何ができる?」

「今は作曲家の名目で所属する予定ですね。先は、どうなるかわかりません。現時点で、使えると言える楽器は、ドラムとピアノです」

「ピアノは、作曲のために腕を上げたってところか。ドラムが聴きたい。今からできるか?」

「はい、スティックとか持ってきてないんで、借りることになりますが、それで良いのなら、やります!」

「七瀬、準備してやれ」

「わかりました。えっと……、桐峯君、この部屋のドラムで大丈夫でしょうか?」

「はい、軽く見ただけですが、使えそうです」

「わかりました。スティックを持ってきますね」


 兄貴、顔めっちゃ怖いし、でもこの人、優しいって聞いたことあるんだよな……。


 すぐに、七瀬さんが、何本かのスティックを持ってきてくれて、その中から、良さげなものを選び、ドラムの調整に入る。


 焦るとミスをするので、慎重に焦らず、しっかりと調整を終えて、軽く音を確かめて準備は完了した。


「準備できました。何か要望はありますか?」

「そうだな。ここにいるってことは、それなりなのだろうから、プロでやって行くためのドラムを見せてくれ」


 プロか……。俺は、派手さよりも、堅実なドラムを叩くドラマーに惹かれた。

 どんなに派手に音を出しても、キープ力が弱ければ、話にならない。


 おし、行くか。


 ハイハットを足で刻み、バスドラムを同調させ、ライドシンバルのカップで、ビートを作って行く。

 スネアドラムをあわせて、安定感を強く出していく。


 派手な動きは、あえてしない。軽いフィルインを入れながら、安定感が絶対的なドラムの強さだと見せつけていく。

 そんな中でも、ビートのアクセントを移動させ、テクニックも少しずつ見せて行き、全部が同調した時に、大きなフィルインをいれて、終わらせた。


「……、なるほどな。今のは、確かにプロで通用する音だ。だが、面白みはない。そこが良いな。面白みなんて、それだけできれば、どうにでもなるんだろう?」

「今のは、あえて、キープ力を重視しましたから、その感想の通りです。派手さは、必要な時に、使えるようにはしていますが、ドラマーに求められるのは、こっちだと思いました」

「わかった。俺のサポートでやってもらうには、まだ足りないが、悪くはない。経験が必要なのだろうな」

「ありがとうございます。経験を積むためにここにやってきたので、欲しい言葉をもらえた気分です」

「おう、じゃあ、今度は、ジャムろうな」


 そうして、頬袋の兄貴は、去っていった。


「……、彰様、大丈夫でしたか!?」

「さすがに、驚きました。あんな大物もここで練習するんですね」

「そういう場所ですので。それに彼は、若手が育つのを見るのが好きなんですよ。場違いな人物だと思ったら、興味すら示しませんから、彰様は、彼に認められたと思って良いです」

「わかりました。スタートには、立てたと思っておきます」


 それから、スタジオのあるフロアから、ダンススタジオのあるフロアや、事務所として使われているフロアなど、いろいろと見させてもらった。

 楽器のレッスンやヴォーカルレッスンをしているフロアもあったので、そこにいる人たちが、2000年代に活躍する人たちなのかもしれない。

 養成所とそれらの新人がいるフロアは別で、養成所も見させてもらった。


 中学生と高校生がダンスの練習をしている様子を見させてもらったが、うちの高校のダンス部のレベルとは、段違いだとはっきり分かった。

 芝居のレッスンもするそうだが、今日はやっていないとのことだ。


 日程を聞くと、週に一度なら、土曜日が良いそうで、ダンス、芝居、ヴォーカルのレッスンが出来るそうだ。

 週に二度にしたなら、作詞作曲と楽器のレッスンも受けられるそうで、迷ってしまう。

 七月末からの参加は問題ないそうなので、結論は、先送りにすることにした。

「あっくん、一通りを見終えたようです。どうします?」

「時間もそれなりに経っているから、母さんたちのところに戻るか?」

「そうしましょう」


 七瀬さんに連れられて、最初に通された部屋に戻る。


「おかえりなさい。彰君、どうだった?」

「音楽スタジオで、頬袋さんに会いました。すごく良い方ですね」

「彼か。若手を見ると、構いたくなるみたいなのよね。でも、彼に、親切にされたなら、大丈夫ね」

「はい、今度は、ジャムろうと言われたので、頬袋さんのギターを目の前で聞けるのを楽しみにしておきます」

「それは、彼が新人に言う最高の誉め言葉よ。流石というところね」

「さて、彰、ここに所属することで良いのかしら?」

「できれば、七月末まで、いろいろ考えたいけど、所属した方が良いんだよね?」

「そうね。契約は後日として、そうしておきなさい。彰の曲をしっかり管理してもらうなら、こっちの方が良いわ」

「わかった。そうする」

「じゃあ、彰君、うちの所属の作曲家ってことで、まずは、良いかしら?」

「はい、それでお願いします」

「基本的な約束なのだけど、彰君は、勝手に曲を発表しちゃダメになります。それ以外は、基本的に大した決まりごとはないわ」

「わかりました。しっかり覚えておきます」

「後、契約を結んで、しばらくしたら、作曲の依頼をすると思うから、気にしておいてね。サンプルは、皐月さんから、もらうから、皐月さんの仕事の続きをしていれば良いわ」

「母からの仕事も、こちらが担当するのですか?」

「それは、私から話すわ。彰に頼んだ仕事は、まだ正式な依頼じゃないの。でも、あれで覚悟が決まったから、私の事務所のほぼ全員で、ここへ移るわ。だから、何も気にしなくて良い」

「ほぼ全員って、マネージメントしている人たちも?」

「紀子さんと話し合って、私の事務所を和楽器部門っていう形で、独立した部署にすることになる。それで、全体の管理は、紀子さんたちに任せて、後は、今まで通りって感じね。私たちからしたら、使える施設や機材が増えるから、単純に助かるだけよ。マネージメントしてくれていた人たちも、大手に移るわけだから、給料も増えるし、仕事も取りやすくなるから、大丈夫でしょう」

「皐月さんの事務所の人達がこちらに移れば、和楽器の音を使いやすくなるの。それって、毎回、奏者の方々を探している今よりも、段違いに楽になるの。それだけでも、ありがたいのに、皐月さんはもちろん、他にも名のある方々が来てくれるようだから、本当にすごいことになるわよ」


 なるほど、もともとがフリーランスの集まりの様な事務所だから、母親たちは、それ相応の苦労があったのだろう。

 皆が納得できる内容なら、俺が考えることはないな。


「だいたいわかりました。母ともどもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。彰君の芸名は、桐峯アキラで登録することは、皐月さんから伺っているから、これから、この場では、桐峯アキラ君ね」

「はい、まずは、曲作りをがんばります!」


 紀子さんの雰囲気が少し変わる。


「それと、皐月さん、彰君、美鈴のことですが、許可を頂けて本当にありがとうございます。夫も、義父も喜ぶでしょう」

「こちらこそ、東大路の名を汚さないように、精進します」

「夫も私も納得していることなので何も問題はありません。美鈴さんにも言ったのだけど、できる限り、彰は自由にさせてあげてほしい、それだけをお願いします」

「わかりました。彰君の役目は、これからの東大路を変えるきっかけを作ることで、もうその一歩は、初めて我が家に来た時に、示してくれました。ですので、何も問題はありません。できる限りの自由は、尊重します」


 息を吐くように、また空気が変わる。


「彰、しっかりやりなさいよ。それとね、紀子さんとは、彰が生まれる前からのお付き合いをしているの。だから、美鈴さんのことも、本当に小さい頃から知っているのよ」

「彰君が生まれる前どころか、結婚前からのお付き合いになるわね。じっくり長く話したことは、あまりないのだけどね」


 それから、母親同士の昔話をしばらく聞いて、時間も随分と遅くなり、帰路に就くことになった。


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