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第二〇話 憂いの終幕

 憂いの終幕


 四月二八日の金曜日となった。明日は祝日なので、実質今日が、四月最後となる。

 この数日の記憶があいまいになるほど、曲作り、実質は、未来の曲の改変作業に没頭していたので、時間が飛んだ気分だ。

 今までの俺が主にやってきた作業は、経験値稼ぎや、今後のための準備であって、仕事ではない。

 だが、今回の母親からの曲作りの話は、仕事と考えるべきだろう。

 ならば、部活動への参加は、最低限に絞り、路上ライブは、最低でも曲作りが終わるまでは中止して、きっちりと仕事をこなすべきだな。


 今回、原曲として、使っている天才的なミュージシャンであり、プロデューサーである彼が未来で発表した曲は、一〇〇曲近くある。

 そのすべてが、俺が改変できるのかといえば、そういうわけではなく、五十曲から六十曲といったところだな。

 彼に直接的な恨みはないが、荒らし行為を平然と行うようなスタイルの彼の力はできるだけ削いでおきたい。


 彼を完全につぶすまではいかなくとも、今回の母親からの仕事で、彼の未来の曲をできるだけ、使っておくのも良いかもしれないな。

 そうなると、一二曲の四枚組で、四八曲にするべきか。

 正直辛いが、この先の未来で、もっとも俺の障害になりえる人物を、排除することに、躊躇してはならない。

 俺の経験値に、彼にはなってもらう。それくらいの意気込みで今回は臨んでも良いだろう。


 過去の天才的なミュージシャンたちが、どれだけのミュージシャンを潰してきたか。

 つぶされたミュージシャンたちに才がなかったわけではない。圧倒的な天才的な音楽に潰されたのだ。

 俺が進む道は、優しい世界じゃない。今の内に気が付けて良かったとしておこう。

 だが、厳しさだけでも、生きてはいけない。そういう世界なのだろうな。


 難しいことを考えているうちに、高校へ到着し、教室へ入る。

 何となくだが、違和感を感じる。


 違和感の正体を探っているうちに、岩本先生が現れ、ホームルームが始まってしまった。


「今日の体育は、日比先生が、休みのため、自習となります。今日の僕の英語の予習でもしておいてください」


 我がクラスの体育の時間は、火曜日と金曜日にある。

 あの赤ら顔を見ないで済むと思うと、ほっとするが、何か気になる。

 ホームルームが終わり、再び教室内の違和感を探ると、中川と一味の市議会議員の息子がいない。


 美鈴に、話した三人がいないだと?

 何かが起きていると考えた方が、自然かもしれない。


 休み時間に、他の教室の様子も伺ってみたが、やはり、何かがおかしい。



 昼休みになり、何か知っているだろうと思われる美鈴に会いに、急いで第四ピアノ室に向かう。


「あっくん、今日はいつもより少し早かったですね」

「ああ、いつもより急いだかもしれない」

「はい、あっくんが、考えている疑問にお答えします」

「日比先生に、俺のクラスの中川と一味の一人の話だな?」

「そうでもあり、そうでもないともいえます。非常に残念なお話なので、まずは、私の話を最後まで聞いてください」

「わかった」


 美鈴が、東大路の者を使い、様々な情報を集め始めた。

 まずは、俺のリクエスト通りに中川とその一味の家庭状況や、親類の状況など、比較的手に入りやすい情報を集めて行った。

 その中で、すぐに県議会議員と市議会議員のことは把握できたという。

 政治家なら、何か埃でも出てこないかと、調べてみたところ、あっさりとこの高校への裏口入学に関する情報がでてきてしまったそうだ。

 裏口入学というのなら、当然、金銭の授受などが発生するわけで、貰い手をしらべてみたところ、日比先生と教頭先生だったそうだ。

 もしかしてと、さらに詳しく調べ上げて行ったところ、最終的に一学年に十人以上、全学年で四十人ほどの裏口入学者と、教頭に三学年全ての学年主任と一部の教師に、金銭が渡っていたことが判明した。


「本来は、内偵で、あっくんのクラスメイトたちを退学させる情報を集める予定だったのですが、その前準備の情報収集からこんなことになってしまいました」

「内偵をどうやるつもりだったかはわからないが、金銭の動きの方が、見つけやすいだろうからな」

「結果的に、あっくんの憂いを取り除くことは出来ましたが、規模が大きくなってしまいました」

「確かに規模が大きくなったな。それにしても、裏口入学か」

「はい、それで、さすがに規模が大きいので、大学側に知らせて、大学OBの政治家や法律家の方々と協議することになりました」

「問題になっているのは、裏口入学そのものか、それとも、美鈴の様な本来は、部外者である者が知ってしまったことか?」

「裏口入学の方ですね。数年後には、私もあっくんも、慶大を出て、関係者側になってしまうのです。大学側としては、本当の意味での部外者の調査でわかったわけではないので、多少は、打つ手があるようです」

「細々とやっていれば、良い物を……。東大路が優秀なのか、裏口入学の関係者が間抜けなのか……」

「今回の件で、大学でも裏口入学に関する調査をしなければならなくなりましたし、本当に面倒な状況になりました」

「この先は、どうなると思う?」

「当該生徒は、転校となるでしょう。教師たちは、全員解雇でしょうね。後は、上手くコントロールをして、逮捕者を出さず、メディアに気づかれないように、処理を進めると言ったところでしょうか」

「うまく出来るのか。見守るしかないな。下手を撃てば、慶大の名が、一気に下落するからな」

「はい、さすがに、OBの方々は、それを気にしているようです。上手くやってくれるでしょう」


 中川と日比先生との因縁が、一瞬にして、消えてしまったな。

 喪失感というのか、空虚な感覚がする……。


「スー、ちょっと抱きしめて良いか?」

「へ?」


 美鈴の後ろに回り、腰のあたりに手を回して、頭を肩に乗せる。


「あう、あっくん、どうしたのですか?」

「うーん、スーが頑張ってくれたのに、何もできなかったし、たまには、良いかと思ってこんなことをしてみた。いろいろありがとうな」

「急なことで、驚いてしまいましたが、悪くないです。スーとあっくんは、こういうことをする関係なのですものね」

「そうだな、こういうことをする関係なんだ。でも、やりすぎは、注意だから。スーだって、再会した日、抱き付いてきたんだからな」

「そうでした。これで良いのですね」

「ああ、これで良いんだ」


 抱きしめるのを辞めて、元に戻る。

 裏口入学か……。

 通常の、寄付金の結果、便宜を図るということは、希にある。美鈴もその対象になるのだが、こちらは、理事側が、配慮した結果であって、隠してはいないが、知らせてもいないという案件になる。


 だが、裏口入学は違う。

 ブローカーがどこかにおり、その者を通して、入学できる学力がなくても、入学が出来る方法となる。


 俺個人としては、私立学校の裏口入学的な行為を、絶対的な悪だとは、思っていない。

 時と場合という物があるだけで、それを逸脱しなければ、ある程度は私立学校に限って、許容しても良いと思う。

 推薦入試も拡大解釈したなら、裏口入学を正式な手順とした入試方法と言えなくもないので、私立学校の運営に必要なら、やれば良い。

 そのかわりに、しっかりと学ぶための入学をする姿勢は、持つべきだと思うし、ましてや一般入試で入学した生徒に迷惑をかけ、秩序を乱したなら、即刻退学処分が妥当だとも思う。


 だが、何を考えようとも、もう終わってしまった話なんだよな。


 少し時間が押してしまったが、昼食を頂き、教室に戻る。

 授業後に、美鈴と今日は、もう一度会う約束をした。

 ここ数日は、美鈴モードが半分出ている状態だったので、今日は久しぶりに安定していたようだ。

 俺の無茶な用件をしていたからなんだろうな。本当に申し訳ない。


 午後の授業も無事に終え、今日のフォークソング部は、行けるかわからないと、大江、矢沢、上杉の親友三人組に告げて、第四ピアノ室に向かう。


隣のピアノ室には、他の生徒がいるようで、珍しく、ここが、美鈴だけのスペースじゃないと実感しながら、第四ピアノ室に入った。


「あっくん、お昼の用件は、もうどうにもなりませんから、別件でしょうか?」

「ああ、別件だ。じつはな。ターミナル駅で、四月の初めから路上ライブをやっていたんだ。理由は、本気で音楽の道に入るための経験値稼ぎってところだな。だが、この先梅雨が来るし、夏になれば、危険な思いをする可能性も高くなると思う。それに冬が近くなれば、ギターなんて弾けないくらいに寒くなるし、そこで相談なんだが。何か別の方法で、音楽や芸能に関する経験値を稼ぐ方法はないだろうか?」

「そんな危ないことをしていたのですか……。世の中には、悪い人たちが一杯なのですよ。あっくんが怪我をしたなら、スーは、相手を八つ裂きにしに行きます!」


 この御令嬢様は、本当に、物騒な言葉をたまに繰り出すよな……。


「まあ、そう思うから、こうやって相談をしたんだ。許してほしい」

「……、わかりました。それで、音楽や芸能の経験値ですね。主にお母さまが関わっているのですが、東大路の芸能事務所があります。そこには、養成所もあるので、そこに通うのが話は早いでしょう。それに、あっくんが、芸能活動をするなら、事務所は、東大路のところに入るか、あっくんのお母さまのところでしょうし、この機会に考えても良いのではないでしょうか?」

「うーん、養成所か。そうなるよな……。今な、うちの母親から作曲の仕事を受けているんだ。もし養成所に通うなら七月末からになるかもしれない。、後は週に一度とかでも、大丈夫なのか?」

「七月末からなのは、問題ありません。週に一度でも大丈夫だったと思います。ですが、お仕事を受けたのですか。そっちの方が大変なお話じゃないですか!」

「そ、そうなのか?」

「はい、あっくんは、桐峯皐月の息子さんなんですよ。音楽関係で仕事を受けたなら、大問題です。事務所は、桐峯皐月の事務所に所属したのですか?」

「いや、まだ、そういう話はしていない」

「それなら、東大路の事務所にしましょう。この先の事を考えると、そうするべきです!」


 うちの母親の事務所は、和楽器奏者や伝統芸能の物で、流派にこだわらず、活動したい者たちが集まっている事務所と聞いている。どちらかと言えば、しっかりとした芸能事務所というよりも、相互補助組合がマネージメントを専門とする者たちを雇っているような形式らしい。

 そういう事務所だから、俺が一時的に世話になることは合っても、所属し続ける事務所ではないんだろうな。

「東大路の事務所に入ることを前向きに考えるべきだな。今のところは、作曲家ってことで所属になるのか?」

「うーん、あっくんなら、ピアニストでも良いとは思うのですが、どうなのでしょうね。事務所の者に相談した方が良いかもしれません」

「俺としては、音楽に関わるなら何でもできるような、そんな立ち位置の存在になりたいんだよな。だから、役者とかダンスとかもやれる機会があるなら、やっておきたい。そういう経験が、音楽の役に立つと思うんだ」

「実際に人の前で役者やダンスをするかは別として、そういう勉強は確かに良いと思います。あっくんは、ミュージシャンというよりも、アーティストのほうなのでしょうね」

「ああ、そうかもしれない。音楽は表現をする手段であって、目的はその時々で変わる。そんな感じだな。確かにミュージシャンというよりも、アーティストだな」

「その……、無理なら諦めますが、新曲があるのでしたら、聴いてみたいです!」

「じゃあ、弾くけど、これは、本当の新作で、仕事の曲だから、内緒だぞ」

「はい!」


 第四ピアノ室のピアノは、美鈴が授業後に使っているようだから、しっかり音は出るし、特に気にすることはないな。


 早速、『華の舞』を弾いてみた。

 この曲は、原曲の名残はあるが、どう考えても別物にしか聞こえない。かわいらしさと大人への切望、女性としてのたしなみ、そういうのが良く表せられたと思う。


「どうだった?」

「なんというのか、不思議な曲に感じました。あっくんの曲なのに、何かが違う。それでも、あっくんの曲だと思いました」


 美鈴は、感受性の強い娘だと思う。原曲のなごりを感じているのだろう。

 うーん、今回の仕事の曲は、全て同じ作曲者が作った曲たちを使うから問題ないか。

 だが、感受性が高い者が聴けば、違和感を感じるということは、覚えておかないといけないな。

「これを発表しても良いと思うか?」

「あっくんが、まだ納得できていないなら、まだなのでしょうけど、良いと思います」


 なんというか、チクチクするこの感じは、嫌だな。


「もう一曲弾く」

 今度は、『色彩』を引いていく。


 こっちの方が古典的な音が出ていて、聴きやすくはあるんだよな。


「こっちは、どうかな?」

「こっちの方が好きなようです。あっくんには、和風の音が良く似合います」


 判断に困るが、もっと和風にしていった方が、良いのかもしれないな。


「参考意見が聞けて、助かった。この二曲は、もう事務所に運ばれたから、変えられないけど、まだまだ同じようなのを作らなきゃならないし、しっかりやってみせるさ」

「……、それでですね。、明日はお休みですし、今から東大路の事務所に行ってみませんか?」

「え?」

「一度玄関先でも良いので、あっくんのお母さまに、お会いできたら嬉しいですし……」

「わかった。自転車で俺は帰るから、適当なところで、家に来てくれ」

 そうして、急いで自宅へ帰ることになった。




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