第一八話 従兄に会いに
従兄に会いに
四月二三日の日曜日、朝食を済ませた俺は、都内へ向かっている。
水曜日に、美鈴へ中川一味の調査という面倒な調べ事を投げかけたが、俺の出来ることはないようで、投げっぱなしになっているのは心苦しいが、何かしらの報告を、今は待つしかない。
木曜日には、俺たちのグループに上杉が合流し、このクラスで知り合った以前の俺の親友たち、安田を除いた全員がそろった。
安田の行動を注視することはあっても、以前の記憶にあるような付き合いに発展することはないようにしていくつもりだ。
人を嫌うことには、それなりの労力が必要だと、俺は考えるが、関係ないとしてしまえば、その労力も必要最低限になる。
安田とは、今後、そういう関係になって行くだろう。
だが、安田は、この当時ですでに、豊富な音楽知識があり、以前の俺たちの教導者的な立場になっていた。
その時に、安田に教えられた知識は、間違いなく今の俺の一部になっており、無駄に邪険な扱いをすることだけはしないようにしよう。
安田とは、深く付き合わなければ良いだけなのだから、それくらいの恩は感じていても良いだろう。
上杉が合流したことで、今週の中川一味からの視線がきつくなった気がするが、相手をしたら面倒ごとを呼び込むから、できるだけ無視するように、それとなく俺のグループの皆には通告しておいた。
全員で、無事に、中川だけではなく、日比先生の圧力に負けず、高校を卒業したいものだな。
その後は、何事もなく、土曜日の夜に路上ライブを行い、今日となった。
中川たちのことを考えると、いまさらだが、それなりにレベルの高いはずの私立高校で、こんなことになっているのは、何かがおかしい気がしてくる。
一度、大人と言える年齢まで体験したからこそ、この高校で近い未来に起きるトラブルたちに、違和感を感じる。
中川の一味に、市議会議員の息子がいる。
たしか、中川にも県議会議員の親戚がいたはずだ。
もしかしたら、中川一味に近い先輩たちにも、何かしらの権力に近い身内がいるのかもしれない。
全員だとは思わないが、そういう点も注意が必要だな。
以前の記憶に、一度だけ、中川一味を含めた先輩たちに囲まれたことがある。
小さい頃から舞台に上がることに慣れていた俺は、同世代の凄みをきかせた囲いに動じることなく、適当にあしらっていたら、気の短い先輩が、一発殴ってきた。
大したダメージも入らなかったが、暴力と言える暴力は、それ一発だけだった。
だが、その殴りかかってきた先輩と俺とには、上の世代でつながりがあり、しばらくして高校に、その先輩は来なくなった。
もちろん、俺が罠を張っていたからなのだが、それ以降は、家に脅しの電話が何度か掛かってきたが、逆にあおり返しあしらっていた。
この先輩は、権力とは、関係なかったのだろうな。
本当にいろいろなタイプのやつに絡まれたものだな。
中川は、どういうわけか、自ら暴力をふるうことをしない。
そのとばっちりをうけた先輩も、気の毒ともいえるが、手を抜く場面ではないので、徹底的に裏で動いた。
それから、先輩が姿を消した日以降、中川から何かを仕掛けられることはなかったが、日比先生からの嫌がらせがきつくなり、二年の二学期になった時には、中川は、退学していた。
中川への嫌がらせは、地元を通して、包囲網を作っていたので、それの効果もあって、中川が俺に何かを仕掛けられなくなっていたことも知っている。
俺を殴った先輩が、その数日後から、高校からいなくなり、最終的に退学するのだから効果はそれなりに合ったようだ。
とはいえ、万が一があるので、美月には、和楽器の部品で暗器として使える物を常に使えるようにさせていたが、美月には何も被害が行くことがなく、無事だったのは助かったな。
ちなみにだが、この囲まれたことを、教師に報告をしたところ、安全のためという理由で、一日中、生徒指導室に軟禁された。
後で知るのだが、この日の俺は、どういうわけか一日だけの停学処分になっていた。
抗議はしたが、処理が終わっているので、覆せないと、突き放されたのは、よく覚えている。
やはり、どう考えても異常だな……。
美鈴の調査で何かがわかるのを期待しておこう。
この話も、それとなく話しておいた方が良いだろうな。
俺と中川は、一年次から対立姿勢を外に分かりやすく示していた。
それなのに、二年次で、日比先生の担任で同じクラスになる。
後に日比先生が裏から手を回して、混乱を助長させたことが判明するのだが、それでも腹立たしいな。
気分を入れ替えて、電車に揺られ、車窓から外を眺める。
俺の記憶にある都内の風景と違うところもあれば、同じところもある。
二五年というのは、長いようで短いのか、短いようで長いのか、どちらなのだろうな。
電車を乗り換え、住宅街の駅で降りる。
そこからは、徒歩で目的地へ向かう。
やがて見えてきたのは、周囲とそう変わらない普通の民家だ。
俺の叔父叔母夫婦の家で、ここに従兄でオペラ歌手をしている小豆谷哲郎も住んでいる。
インターホンを鳴らすと弥生叔母さんの声が聞こえた。
「あっくんでしょう。窓から見えましたよ。入っておいで!」
玄関のドアを開けると、弥生叔母さんに抱き着かれる。
「あっくん、大きくなったね。久しぶりなのだから、ゆっくりしていってね」
「はい、これ母からです」
「十文字屋の落雁ね。一緒にいただきましょう」
俺が十文字屋の落雁を好きだということを、先日の東大路家訪問のときに思い出した母親は、どういう訳か、事務所に定期的に送ってもらうようにしたらしい。
落雁は、確かに日持ちがするので、菓子折りには、丁度良いのだが、定期的に運んでもらわなくても良いと思う。
まだこの時代には、ネット通販なんてないのだから、お取り寄せなんて、贅沢だぞ!
だが、母が言うには、『彰は、この先、あいさつ回りする機会が多くなるのだから、自分の好物を渡して歩くことくらい、当たり前だと思いなさい!』とのことだった。
おっしゃることは、ごもっともなので、素直に受け取ることにした。
小豆谷家のリビングに行くと、小豆谷哲郎こと、てっちゃんが待っていた。
「あっくん、本当に久しぶりだね。慶徳義塾の付属に入学したって聞いたよ。おめでとう。さすが、兄さんの息子だ」
「てっちゃん、ありがとう。でも、勉強についていくだけで精一杯になるかも」
「うちの家系は芸事の家系だけど、兄さんは、頭の良い家系だから、あっくんは、大丈夫」
「そうかな。慶大を目指すつもりで、三年間乗り越えてみる!」
「うんうん、あっくんなら、できるはず。応援しているよ」
小豆谷哲郎こと、てっちゃんは、音大の大学院修士課程を修了してから、イタリアへ留学している。
イタリアへの出発の数日前に送迎会を行い、この時に会って以来になるはずだ。
現在は、約二年間のイタリア留学を終えて、去年に帰国し、大学院博士課程に、在籍しながら、プロの歌劇団でオペラ歌手をしている。
俺との年齢差は、十歳とすこしになるのだったか。
未来でのてっちゃんは、出身大学で講師になり、准教授となる。最終的には、教授になって、他の大学へ招かれていたはずだ。
専門は、声楽で、イタリアに将来の奥さんを残して帰ってきている。
奥さんとなる人も日本人のピアニストで、来年に帰国する予定だったと思う。
この二人の娘が、身内贔屓としても、美少女過ぎて辛いと思ってしまうほどの、美少女になるんだよな。
奥さんは、本当にきれいな人なのだが、てっちゃんは、少しふっくらした笑顔の似合う普通のお兄さんだ。
だが、体型は、声楽に特化されており、一見は、小太りにしか見えないのだが、実は、プロレスラーのような体型をしていて、全身が楽器となっていることが良くわかる体つきに調整されている。
奇麗な奥さんの娘が、美少女なのは、わからなくもないのだが、何か納得いかなかったのをよく覚えている。
息子も生まれるのだが、姉と同じで、こちらも女性的な雰囲気のかわいらしさのある少年だった。
姉は、ピアノをやっていたが、弟の彼は、将来を迷っているようだったな。
再び彼女、彼らの姉弟との再開が楽しみでならない。
ちなみに、てっちゃんは、俺の両親を兄姉と呼び、俺と美月を弟妹としている。
これは、弥生叔母さんとうちの母親の年齢差が、十歳ほどあるので、てっちゃんの感覚では、こちらの方が馴染みやすいらしい。
それに、てっちゃんは、ジャンルが違うとはいえ、うちの母親の影響を強く受けて、音楽の道へ進んだので、親愛の気持ちをこめてそう呼んでいるのだと思う。
母親たちの姉弟は、他に二人いるのだが、関東にいるのは、うちの母と弥生叔母さんのふたりになる。
他の二人は、中部と関西に一人ずついる。
関西にいる方は、幸いと言うべきか、阪神淡路大震災の影響を強く受けた地域に住んでいなかったので、無事に暮らしている。
「あっくん、哲郎、お茶とあっくんが持ってきた落雁ですよ」
「京都のお菓子か。良いね」
「俺の好物なんだ。母さんが、差し入れのあまりを家に持ち帰ってきた時に、好きになった」
「こういう日本らしい味に慣れていると、海外に行ったとき、話のネタになるから、いろいろと食べ比べると良いよ」
「イタリアの話を聞かせてよ」
「そうだなー。あっくんでも知っていそうな観光地の話をしよう……」
てっちゃんは、ベネチアのゴンドラ漕ぎたちが歌うカンツォーネの話をしてくれた。
イメージすると、ゆったりとしたゴンドラに揺られながら、たくましい男が、勇ましくも華やかに歌うイメージがあるのだが、実際は、あくまでサービスの一環で合って、上手い人は上手いが、そうでもない人もそれなりにいるらしい。
それに、やはり、歌と言うのは響く物なので、時間も限られており、飛び込みで乗って、聞けるかと言えば、そうはいかない。
気持ちよく聞きたければ、日本を出る前に、旅行代理店で、ベネチアの遊覧ツアーなりを予約し、ゴンドラのサービスがしっかりあるプランを選び、乗るのが良いとの話だ。
どうしても、現地で歌を聞きたければ、ゴンドラ漕ぎたちが、歌を歌うポイントがあるので、そこで待つのがよいとのことだった。
なんというか、世知辛いな……。
以前の俺は、ヨーロッパには、あまり行ったことがない。
アメリカやオーストラリアが多かったので、音楽の都といわれるようなウィーンや様々な楽曲の舞台になっているような場所へ行ってみたいとは思う。
プライベートでリバプールやロンドンは行ったことがあるので、本当に英語圏しか行ったことのない人生だったんだよな。
「さて、あっくん、わざわざ高校入学の報告に来ただけじゃないのだろう?」
「うん、てっちゃんに相談したいことがあって来た。防音室で聞いてくれる?」
「もちろん、大切な弟の相談なのだから、喜んで聞かせてもらうよ。それじゃあ、行こう」
この家にも、防音室がある。
てっちゃんの両親も、音楽好きで、楽器を集めるのが趣味で、以前見た時は、おもちゃ箱状態だったのだが、てっちゃんがイタリアから帰ってきた後は、グランドピアノと少しの楽器がおいてあるだけだったという記憶がある。
弥生叔母さんと叔父は、ともに教師をしており、叔父は、最終的に校長になって引退するはずだ。
弥生叔母さんは、元々は担任を持って教師をしていたが、てっちゃんが生まれてからは、非常勤講師として勤めている。
防音室に行くと、グランドピアノが、堂々と置かれていた。
イタリアから帰って来てすぐに片付けたようだな。
「まあ、そのあたりに座って、ゆっくり話してよ」
「うん、その、なんていうか、本気で上を目指してみようかと考え始めているんだ」
「上っていうのは、音楽界、あっくんの場合だと、今の時点だと、いろいろな楽器ができるから、広く考えて芸能界と言った方が良いのかな。その芸能界で上ってことだよね?」
「そう。それで、てっちゃんなら、うちの母よりも現実的に考えていそうだから、聞きに来た。それと、俺がどれくらいの者なのか、わかれば聞いてみたいと思ってきた」
少してっちゃんは、考え込むようなしぐさを見せたが、すぐに話し出した。
「そうだね。あっくんの母親、桐峯皐月が、どういう人物かをまずは、理解するところからが必要だと思う」
「桐峯皐月を理解すること?」
「あっくんが思っているよりも、霧峯皐月は、大きいんだ。例えていうなら、J-POP界で小村哲哉がすごいと言われるよね。和楽器界だと、それよりも桐峰皐月はすごいんだよ」
二〇二〇年までの記憶のある俺にとって、桐峯皐月のすごさは、てっちゃんよりもわかっているかもしれない。
桐峯皐月は、今から約五年前、『四季和奏』という楽曲集を出している。
この楽曲集が、恐ろしいほどに売れた。
なぜ売れたのかは、よくわかっていないのだが、後の評論家的な者たちが言うには、バブル崩壊の兆しが見えたこの国の者たちに、気持ちを和ませる清涼剤のような効果をもたらせたのではないか、と言われている。
『四季和奏』は、季節ごとに一二曲、春夏秋冬を合わせて四八曲、これを四季の四八段として、現代和奏曲の定番になっているほどだ。
桐峯皐月は、これらの曲全てを作曲し、奏者としても全ての楽曲に参加している。
古典曲を奏でることを、伝統としているような流派からしてみたら、異端以外のなにものでもないのだが、結果が付いてきてしまったので、下手に批判をしたなら、自らに帰ってくるため、桐峯皐月は、別格の存在として和楽器奏者の中で扱われるようになった。
それ以前の桐峯皐月はどうだったのかと言えば、結婚前の華峯皐月時代から、若手の中で、一目置かれる存在だったらしく、『四季和奏』を出さなくても、ある程度の立場には、なれていたそうだ。
結婚前の華峯皐月を見て、ジャンルは違うが、同じ音楽の道を志した、てっちゃんもいるくらいなのだから、どれほどの物かは、想像できなくもない。
今は、新曲を発表することはなく、和楽器奏者としてのみ、活動しているが、公演では、各界の著名人が集まり、美鈴のお祖父さまである東大路洋一郎ですら、一目置く存在になっているのだろう。
これが、我が母、桐峯皐月の本性であり、J-POPで、我が世の春を味わっている小村哲哉だろうが、下に置く存在と、てっちゃんが言ってしまう理由となる。
思わず、胃がんで亡くなった母親の葬式が盛大になりすぎないように、気を張っていた時のことを思い出していたら、俺が難しく考えているのだと勘違いしたてっちゃんが、続きを話し始めた。
「華井流が、再びあのレベルの奏者を創り出すのには、半世紀から一世紀近くの時間がかかるんじゃないかな。そういう感じだとわかる?」
「ああ、クラシックにも、一人の天才を生み出すのに、半世紀から一世紀近くの時間がかかるってのは、わからなくもない。うん」
「そう、そういうこと、その息子が、芸能界を目指すってことになれば、どうなると思う?」
「売り出すノウハウのある事務所なら、手を出してみたくなるかもしれない」
「少しわかってきたね。だから、芸能界に入って、売り出すところまでは、ノウハウのある事務所なら、あっくんの音楽の才能や技術なんて関係ないんだよ」
「てっちゃんも桐峯皐月の甥っていう立場を利用しているの?」
「これは恥じる事じゃないと俺は思うから、正直に答えるのだけど、しっかり利用している。それくらいは、当たり前の業界なんだよ。だから、あっくんも利用すること自体は、躊躇する必要はないからね。この業界は、そういう業界だと思えば良い」
歌舞伎の業界なんて、縁故ばかりか、血縁を大事にしているくらいだ。
芸能界全体に縁故は、ありふれているのだから、それを忌み嫌うのは、むしろ非常識と思った方がよいのだろう。
「さて、そこそこの事務所からデビューまではできました。その後はどうする?」
「そこからが、技術や才能ってこと?」
「この時点でも、技術や才能はまだ関係ないかもしれない。しばらくは、偉い人の言いなりになる覚悟が必要だろうね。それか、飛び道具的な、圧倒的な何かがあれば、話が変わるかな」
「圧倒的な何かか……」
「その様子だと、何か心当たりがありそうだね?」
俺の持ち味を芸能界的に考えるなら、和楽器奏者、霧峯皐月の息子ってことになる。
このことを前面に出して、デビューしたなら、今活躍しているプロのロックバンドやミュージシャンと同じクオリティーの曲を出しても、評価が上がるどころか、下がると考えた方が良いだろう。
それくらいに、桐峯皐月は大きい。
てっちゃんの言う通り、技術や才能に関係なく偉い人の言うことを聞いていれば、すでに認められている作詞家、作曲家たちが付いてくれる。
そういう人たちが、それなりの曲を用意してくれるのをお行儀よく待っているというのも確かに一つの手ではあるな……。
もしくは、桐峯皐月の息子として、恥じない曲を作りそれで皆を黙らせる!
この二つの方法のどちらしかないのだろう。
初めは、冒険をして、それでだめなら、お行儀よくするという手も使える。
確実に言えるのは、初めからお行儀よくするのは、いやだ!
俺の曲がダメで、どうにもならないならお行儀よくもできなくはない。
まずは、てっちゃんに、聞いてもらおう……。
「てっちゃん、ピアノ、弾かせてもらっていい?」
「もちろんだとも。いろいろ考えてから、ここまで来たのだろうから、その一つを披露してくれるんだね」
「うん、いまから弾く曲は、ここだけの内緒の曲にしてほしい。てっちゃんだからこそ、手元を見るのも禁止。それでも良い?」
「大丈夫、姉さんと兄さんの大事な息子で、俺の弟のあっくんが悲しむようなことは、絶対にしない」
この人は、身内の感覚が、少し広いけど、それだけ愛が深い人なんだろうな。
「少し音を確かめてから、始めるね」
「どうぞ」
軽く指を滑らしていくが、素直すぎるくらいに素直な鍵盤だ。
さすが、てっちゃんの相棒なだけあるな。
調律は完璧だし、鍵盤のバランスも、見事としか言いようがない。
「それじゃ、一曲、行きます!」
芸能界的に見れば、確かに俺の持ち味は、桐峯皐月の息子だが、もう一つ、俺の持ち味がある。
それは、俺が未来から時間を逆行して来たということだ。
未来の曲をどう使うか。
そして、それが受け入れられるのか。
てっちゃんなら、そのことをしっかり公平に評価してくれるはずだ!
和楽器奏者である桐峯皐月の息子が演奏するなら、やはり、『和』の要素は取り入れたい。
演奏する曲は、『仟本桜』だ。
ボカロ局の中で、和風といえば、一番にこれが思い浮かぶくらいにボカロ曲の有名曲だ。
発表年数は、二〇一一年だったな。
この曲が、和風曲と言われるのには、しっかりとした理由がある。
それは、和風の雰囲気を創り出しやすくなるヨナ抜き音階が使われていることにある。
ヨナ抜き音階とは、基準音をCとしたならドから数えて、四つ目のFとなるファと七つ目のBであるシの音を使わない音階で、日本の伝統音楽によくみられる手法となる。
俺は、この音階を母親から『和音階』と教わったのだが、いろいろと知って行くと、世界中の地域や国々の伝統音楽に使われているそうで『和音階』というには、無理があるようだ。
良い例として、挙げられるのがスコットランド民謡を限局としている『蛍の光』があげられるだろう。
この曲は、日本に伝わった時、当時の日本人に広く受け入れられた。
その理由が、ヨナ抜き音階にあるようだ。
ヨナ抜き音階と同じように和風あるいは、沖縄風になる音階としてニロ音階というのがある。
同じ理屈で基準音をCとした場合二つ目のDであるレと六つ目のAとなるラを抜いた音階だ。
こちらも民謡に使われるようだが、沖縄音楽にもよく使われるようだ。
その他にも、日本の伝統音楽に使われる音階はあるのだが、現代音楽にあわせるなら、この二つは押さえておきたい。
未来の楽曲を使う時に初めに決めた約束の通り、アレンジをしっかり効かせて、原曲を少し変えて弾くつもりだ。
それでは……、一気に行く!
勢いと激しさのあるたたきつけるような出だしから、流れるようなハイスピードな指運びで、イントロを引いていく。
そこを抜けたら、Aメロディに入る。
飛び跳ねるような軽やかな音でありつつ、重なり合う音が埋まって行く。
Bメロディーでは、そこに速さが加わり、軽やかに攻め立てていく。
Cメロディは、盛大に盛り上げるように、加速感をさらに出して、たたきつけるように激しく、音を重ねていく。
間奏では、Cメロディの余韻を残しながら、流れるように弾いていく。
咲き誇る桜のように、盛大なメロディーが続けば、次にくるのは、夜桜の様な哀愁が流れる。
そうして、再び、泡沫の夢のような鮮やかさを印象付けて桜は散りゆく。
「ふう、てっちゃん、どうかな?」
「そう! それだよ。あっくんは、しっかり飛び道具を持っているじゃないか!」
これが答か……。
未来の作曲家の方、本当に済まない……。
でも、方向性はわかった。
他にもこの系統はあったから、いろいろと研究して、自作していけるだけの力を付けて行こう。
とりあえず、よほどのことがない限り、この曲と同じ系統の曲は、参考にしても、他人に聞かせない方が良いだろうな。
ということで優先的に思い出して、秘密ノートと録音を終わらせよう。
その後は、封印だな。
「この系統なら、戦えそうなんだね」
「桐峯皐月の息子として、デビューするなら、その曲は、間違いなく売れる。桐峯皐月のファンも買う可能性もかなり高そうだ」
そうか、桐峯皐月のファンもいるんだ。俺の音がしっかり決まるまでは、この系統で曲を考えるしか道がなさそうだ。
「姉さんに、直接聞いても、多分、話してくれないだろうから、あっくんが、俺に聞きに来たのは、正解だと思う」
「てっちゃん、ありがとう。あ、高校生になってから、弾き語りを始めたんだけど、声が大丈夫か、聞いてほしいんだけど良いかな?」
「さっきの曲に歌詞はあるの?」
「あるけど、あの曲は、秘密の曲だから、歌わない。声をチェックしてほしいだけなんだ」
「そうか。もし、売り出すなら、その時の前に知らせてね」
「多分、売り出すこともしないと思う。その代わり、あの系統をいくつも作るから、そのうち歌うよ」
「わかった。それで我慢する。ギターで歌う?」
「うん、てっちゃんのアコギ借りて良い?」
「チューニングは、合わせてあるはずだから、自由にやって」
ブルーヒーツの曲を数曲歌って、のどの耐久性も含めて、いろいろと聞いてもらったが、どこで覚えたのか、と問い詰められた。
「……、ほら、てっちゃんの昔の歌い方を参考に、いろいろと工夫をしたんだよ」
「まあ、大学時代から、あっくんには、いろいろ教えていたのは事実だから、そういうことにもなるのかな……。少し、納得いかないけど、今すぐにどこかの事務所へ入っても、問題ないレベルだと俺は判断するよ」
「ありがとう。夏までは、気になることがあるし、まだまだ精進するよ」
「そうだね。高校生活も楽しまないと損ってものだよ。じゃあ、リビングに戻る?」
「うん、そうする」
そうして、小豆谷家で、いろいろと近況を話しながら、昼食を頂き、夕方近くに帰路についた。
中川というキャラの捕捉をしておきます。
性格は、陰険で粘着質、攻撃的だが直接攻撃は、好まない。上の者にでも時には高圧的になる。
弱点は、想像力不足、注意散漫、同格の友を作るのが苦手。
物語の都合上、桐山は、被害者で正義マンぽくなってますが実は、地元の先輩に手を回してもらったり、軽く脅す程度なら、無意識レベルでやってます。
手の届く長さなら、中川より桐山の方が、断然長いので、裏でひどいことをするタイプです。
主人公は、暗躍キャラ、ヒロインは、悪役ホラー系御嬢様って気持ちでかいてますが、上手く書けなくて、ここにかいちゃいましたさーせん!
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