第一七話 親友が追加されました。
親友が追加されました。
今日は、四月一九日の水曜日だ。
我がクラスの不安の種たちが、そろそろ動き出すのではないかと、教室内を、観察していると、僅かだが、上杉の様子がおかしいことに気が付いた。
この日だったのか。
俺は、上杉と初めのグループの間に、何があったのか、詳しく聞いていない。
断片的に、聞いた様子では、中川一味の下についているグループに入学当初は入っていたのだが、中川一味と、何かを揉めたようだ。
中川の性格は、ある程度、把握している。
あいつのことだから、付きまとって、ミスを誘うんだよな。それで、ミスをしたことを攻めてくる。
初めは大したことではないと、気にしていなくとも、中川の付きまといは、まともじゃない。
集中力が切れた時に、何かをして、ミスをあおってくる。
そのうちに、面倒となり、俺は無視をするようになったが、それでも、しばらくは、付きまとってきていたな。
上杉もこの被害にあったのかもしれない。
合流した時は、中川を嫌っていたからな。
この後も中川は、面倒ごとを起していくが、初被害者が出たなら、手を打つ必要を考えても良いかもしれない。
それに、俺の周囲が騒がしくなり、美鈴が困るようなことになったなら、中川には、命で償ってもらわなければならなくなる可能性も、なくはない。
いくら以前の記憶で、中川に面倒な思いをしたからと言って、命までは取ろうと思うほど、憎んでいるわけでもない。
国政に口をだせなくもない東大路グループの孫娘が、少し県内でレベルが高い程度の私立高校にいると、面倒ごとに巻き込まれたとき、被害甚大になるのは、加害者の方なんだろうな……。
中川のことは、上杉から直接、話を聞いたわけではないが、被害が出たとして美鈴に話しておこう。
日比先生の話は、生徒会選挙の後にしておきたいが、被害者が先に出るかが心配だな。
だが、今の時点では、日比先生は、まだまともに見える。
まともな教師に、いらぬ疑いをかけるのは良くないな。
日比先生のことは、やはり、まだ先だ。
昼休みになり、美鈴の待つ第四ピアノ室に向かう。
「もう、スーが先に来ているのを、当然だと思うことにした」
「はい、それで良いのです。スーの勝ちです!」
早速、今週から、グレードアップしている昼食を頂き、料理人さんに感謝をした。
「スー、もしさ、この高校に、いじめとか、生徒間の派閥抗争みたいなのが起きていたなら、スーはどう思う?」
美鈴の眼が僅かに細まり、美鈴モードに入ったようだ。
「ことと場合ですね。あっくんの近くで起きていたなら、あっくんが被害を受けていなくても、当事者やリーダー格を調べて、悪質なら、抹消もありえます」
抹消とかいう、物騒な言葉が聞こえたが、聞き流しておこう。
「そうか。調べることは、可能なんだな?」
「はい、この高校の生徒だけではなく、教師や職員、保護者まで当然、調べられます」
「これは、救援を求められたわけではない。だが、気になっている。俺のクラスの中川とその取り巻きの一味について、調べてほしい。同じく俺のクラスの上杉が、被害を受けたかもしれない」
「もし、よくない結果が出た時は、どこまでの対応なら、問題ないとしますか?」
「家庭を含めて経済的に困窮させ、最低でも、この高校へ通えなくなってもらう。その程度でどうだ?」
「もう少し、厳しくしても良いと思います。最低ラインを、日本国籍の抹消辺りにするのが妥当でしょう」
おいおい、恐ろしすぎるだろう。
だが、スーが言うのだから、これを基準に考え直すか。
「……、わかった。最低ラインを家庭を含めた経済困難と高校中退、その先は、死亡以外ならなんでもありにする。これなら良いか?」
「よくできました。あっくんは、それくらいの決断が必要な立場にならなければなりません」
「でも、グループのことは、美鈴に任せた方が、俺は良いと思うぞ」
「あっくんは、そういう人だと思っていましたから、ちゃんと聞けて安心です。グループのことは、基本的に私がやります。ですが、あっくんには、別の大きな仕事があるのでしょう。そのために、私を使えば良いのです。学生の間に、今回の様な決断を何回かしていって、慣れて行きましょう」
確かにそうだ。こんな些事に、頭を使っている場合じゃない。
時間は有限なんだよ。
四月がやたらと長く感じているが、高校生の体がそう感じているだけで、実際は、二四時間は、一九九五年でも二〇二〇年でもおなじなんだよな。
「少し、今を楽しみすぎていたかもしれない。美鈴とともにあるってことは、もっとやれることを増やさないといけないんだよな」
「今を楽しんで、未来を棒に振るのは、愚かですが、今を楽しまないのも、愚かでしょう。程よくたのしみましょうね」
「ああ、そうする。ありがとうな」
「あっくんとずっと一緒にいるのです。スーはしあわせなのです」
美鈴モードが解除され、スーモードになったようだ。
「母親に、スーとのことを、改めてちゃんと話した。特にリアクションはなかったが、美鈴に会いたいって言っていた。父親には、母親から、まずは知らせることになった。美月には、まだ、話さない方が良い、って言われたな」
「わかりました。美月ちゃんには、刺激が強すぎるので、もしかしたら、高校受験が終わった後に、話す方が良いかもしれませんね」
「うーん、母親とだけ先に会うってことか?」
「できれば、その時に、お父様ともお会いしたいです」
「父親は、早くて夏だろうから、母親にだけ、会えるように話を薦めよう」
「残念ですが、そうします」
美鈴は、我が家の事を、いろいろと聞いてきたが、記憶の中にある父親の事を思い出そうとしても、あまり思い出せないようだ。
父親の存在は、しっかり確認しているので、いることはわかっているし、他の場所に家族を作っていたということも、未来の記憶でないことはわかっている。
俺の父親は、いったい何をしているんだ?
考えてもしょうがないが、もう少し、興味を持って家族と接した方がよいな。
昼休みを終えて、教室に戻ると、上杉の顔色は、ますます悪くなっていた。
授業の合間に、大江と矢沢へ、少し遅れてフォークソング部にいくと、伝えて、授業が終わるのを待つ。
ホームルームが終わり、皆が教室から出ていく中、上杉の動向を観察し続ける。
上杉が教室を出て、廊下を歩きだし、人が居ないところで、声をかける。
「上杉、ちょっと良いか?」
「え、あ、桐山?」
「そう、少し場所を変えよう」
「へ?」
考えさせたらこういう時はダメだ。
少し強引に、上杉の腕をつかみ、そのまま引っ張っていく。
二年一組の教室に駆け込み、上杉確保完了!
「なんなんだよ。ここどこだよ。何で俺、つれてこられたんだよ!なななんな、なんで皆、ギター持っているんだよ! いったい俺に……」
「落ち着け!」
「はひ……」
「ここは、フォークソング部の練習に使われている二年一組の教室だ」
「ってことは、ここにいるのは、皆、フォークソング部の部員ってことか?」
「ああ、正解だ。俺の勘が、上杉は、ギターが弾けて歌うのも好きだと言っているんだが、どう思う?」
「何だよ、その妙に言い当てている勘は。確かに、上手くはないがアコギを少しは弾ける。歌は、気が付いたら口ずさんでいることがあるから、好きなんだと思う」
「俺の勘のことは、気にするな。当たっていたなら問題ない。じゃあ、そこに座って……。俺のアコギ、これな。ベイキングの『スタンドミー』やってみようか!」
「え、いきなり、弾き語り?」
「歌本はこれな。できる限りで良いぞ。ギターだけ、弾いてみるのでも良い」
「うーん、何を考えているのかわからないが、やってやろうじゃないか!」
そうして弾き語りを始めた上杉だが、歌いながらでは、コードの変更が難しいようで、止まり止まりになる。歌の方も、英語の歌なので、正直、辛い……。
それでも、一曲やり切った上杉は、思いつめていたような顔から、少しはましな顔になっていた。
「よくやった。今度は、歌を俺が歌うから、アコギで、コード弾きをやってくれ」
「了解だ。それにしても、桐山ってそういう感じのやつだったんだな」
「ん、どういうやつかは、置いて、今日は少し強引に進めてる。上杉が沈んでいるように見えたからな」
「そうか、ありがとな」
それから、コード弾きをした上杉は、コード変更に引っかかることなく弾き終え、俺も、なんとか歌い終えた。
「二村先輩、上杉をうちのバンドのヴォーカルに押したいんですが、今日って、滝口先輩って、あっちにいますか?」
「基本的に、部活見学の四月の間は、あっちに詰めているはずだ。上杉だったな。どこかで見たことのある一年生だと思っていたが、同じ駅を使っている一年生だな」
上杉の家は、ターミナル駅周辺に合ったはずだから、二村先輩の家もあの辺りだったのか。
この高校の近くには、ターミナル駅から出ている路線の駅があり、利用している生徒も多い。
俺は、半端な位置に家があるので、自転車の方が、便利に感じている。
「あ、見かけた覚えがあります。上杉です。よろしくお願いします」
「おう、二年の二村だ。今からお前は、軽音楽部に連れて行かれるようだが、先に次期軽音楽部部長の俺が試してやる。桐山、猪口陽水の『少年の時』って弾けるか?」
「え、軽音楽部の次期部長さんなんですか、それに俺、今度は、軽音楽部に連れて行かれるんですか?」
「桐山が、何か思うところがあって、お前を押しているんだ。良い機会だと思って、やれるだけやってみろ」
「わかりました。桐山は、悪いやつじゃなさそうですし、とりあえず、やってみます!」
久しぶりに弾く曲なので、歌本を見て、コードを確認してから、軽く流し、準備は出来た。
「歌の入りは、大丈夫か?」
「もし間違えたら、もう一回頼む」
「了解」
そうして、イントロ部分を弾き終えると、タイミングを外すことなく、上杉は歌い始めた。
この曲は、コード進行自体は、そう難しくはないのだが、陽水の独特な歌い方を、どう解釈するかがヴォーカリストの腕の見せ所だろう。
間奏も難なく乗り越え、上杉は、しっかり歌うことが出来た。
「声が広がる印象があるな。それに、天然なのかビブラートも使っている。桐山が、押している理由がわかった気がした。あっちでは、オーディションを軽くやるんだが。大丈夫だろう。だが、一つだけ言うなら、桐山のバンドは、一年生で、一番上手いバンドだ。そこの桐山が推しているんだから、自分がどれだけの物か、時間はないだろうが、少し考えておくと良い」
「桐山って、そんなにすごいんですか?」
「残念ながら、うちの軽音楽部の三年生まで合わせても、桐山の総合力に勝てる部員を俺は知らない。もちろん、俺も含めてな」
「そこまでですか……、俺、すごいことに巻き込まれてます?」
「ああ、すごく面白いことに巻き込まれているな。しかも、その中心に、お前がいる」
「……、素直に、オーディション受けてきます……、俺、本音をいうなら、歌を歌うのめっちゃ好きです!」
二年一組の皆に応援されながら、教室を出て、第二音楽室に向かう。
「今更だけど、強引に話を進めているつもりはある。不愉快に感じていたら、ごめんな」
「いや、実は、中川ともめて困り果てていたんだ。なんで、あんな気持ち悪いやつのところに、人が集まるんだろうな」
「俺にも、わからん。そもそも、中川と話をしたことがない」
徹底的に、中川を避けているんだよな。
あからさまに避けているから、寄ってこないのかもしれない。
「桐山はさ、クラスのもう一人のボスっていうか、まとめ役なんだよ。中川の相手なんてしなくて良い。あいつの気持ち悪さを、桐山に味わわせたくない」
「そこまでか……。かなりの粘着質なんだろうな」
「ああ、すごい粘着質だ。もう、中川のグループに戻るつもりはないから、クラスの立場的に、桐山のグループに誘われたのは、本当に助かった。ありがとうな。だが、ここまで付き合うことになるのは、予想外だったけどな」
「なあ、上杉、音楽好きなんだよな?」
「ああ、親父がさ、小さい時から、クラシックばかり流しているような家だったんだ。ギターも親父から、教わった。でも、親父は、上手い方じゃなかったから、基本だけ教わっていた」
「クラシックなら、ヴァイオリンやピアノには、興味を持たなかったのか?」
「ヴァイオリンにはあまり興味を持たなかったな。ピアノは家にはあるから、そのうち、妹が始めると思う。俺も、触れなくはないが、弾けるってレベルじゃないな。ピアノの弾けるって言えるようになるレベルってかなり高いから、そこまでは、やる気に慣れなかった」
家庭状況は、以前と同じのようだな。
上杉の妹は、十歳ほど離れている。この妹に、本当に世話になった。
『私が三十歳を超えて、アキラ兄が、まだ独身なら、結婚してあげても良いよ』とか、真顔で言う娘で、一人暮らしの俺が、病気になると、世話を焼いてくれたのも上杉の妹だ。
彼女だけには、上杉以上に、本当に幸せな未来を見せてやりたい。
結局、彼女の結婚にまつわる話は、聞かないままに、やり直し人生が始まってしまったんだよな。
まだ、幼女としか言えない彼女だが、近いうちに会いに行けると良いな。
そうして、第二音楽室に到着すると、オーディションの真っ最中だった。
初日にも見たが、やること事態は、そんなに難しくないことばかりだ。
とにかく一曲分乗り越える。これをどう感じるかが、分かれ目なんだろうな。
オーディションの合間に、滝口先輩に声をかける。
「滝口先輩、お疲れ様です」
「キリくん、おつかれ、どしたの?」
「ヴォーカル候補連れてきました」
「ほうほう、んじゃ、最後にやってもらうから、オーディションの様子をみててね」
「桐山と同じクラスの上杉です。よろしくお願いします」
「あいよ。大したことはしないから、気楽に眺めててね」
席をみると、梶原と楠本がいたので、その近くに座る。
「キリくん、おつかれ。少し聴こえていたけど、ヴォーカル候補を連れてきたって?」
「ああ、どうなるか分からないけど、こっちでやれそうなら、薦めたいと思ってつれてきた」
「上杉です。よろしくお願いします」
「キリくんと同じバンドのメンバーの梶原です。担当はベース、堅くなっているようだから、柔らかくなろう。お互い一年生なんだしさ」
「同じく、キリ君のバンドメンバーで、楠本という。担当は、ギターだな。キリくん推薦ってのなら、俺は期待するぞ!」
それからは、オーディションの様子を眺めて行き、うちのメンバー以上の生徒は、居なかったようだ。
「んじゃ、上杉君、ヴォーカルってことだけど、一曲やり切るのが、基本的な条件、弾き語りができるなら、それでも良いし、誰かに伴奏をたのむのもありだね。どうする?」
「じゃあ、桐山に、アコギの伴奏を頼みます。曲は猪口陽水の『少年の時』にします」
「キリくん、指名入りましたー。アコギで『少年の時』だってさ」
「はい、前に行きます」
すぐに準備を始め、上杉も、のどの様子を確かめるようなことをして、準備が出来た。
「それでは、歌います『少年の時』です!」
二村先輩の前で歌った時よりも、のどが温まったのか、のびやかな声で上杉は歌い上げていく。自然と出てくる天然のビブラートは、やはり、滝口先輩でも注目する点のようだ。
そうして、精一杯を込めて、上杉は、歌い終えた。
「やっと、まともなヴォーカリストが見つかったって感じだね。合格!」
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
「多分、ギターとかも弾けるのかな。できれば、アコギ、エレキ、問わないから、そっちの練習もしてくれると、良いな」
「アコギがあるんで、フォークソング部で、練習しようと思います」
「うんうん、脇田君も喜ぶと思う。で、キリくん、彼は、キリくんが引き取るつもり?」
「そうしたいところですが、先輩たちの判断と、バンドメンバーの判断を大事にしたいです」
「梶原ちゃん、楠本ちゃん、どうだった?」
「先輩たちの判断を第一に、俺は、それに従います。部活以外として、考えたなら、一度一緒にやってみたいヴォーカリストだと思いました」
「基本的に、俺も梶原と同じですが、部活以外でみるなら、一緒に育ってみたいヴォーカリストだと思いました」
「好印象のようだねー。その判断は、俺も同じような物かな。でも、ヴォーカリストは、バンドの顔だからね。急いで決めなくても良い。一人でも、今の時点で、確保できたのは、喜ばしいと思っておきたい」
「えっと、俺は合格だけど、桐山のバンドのヴォーカリストに決まったわけじゃないってことですか?」
「その通り。キリくんたちだけが、特別に先行してバンドを組んでいるんだ。他の一年生と同じ立場になっただけと思ってくれたら良い」
「ああ、そういうことですか。納得です。改めてヴォーカルを決めるんですね。それなら、その時までに、もっと練習してきます!」
「良いなー。その意気込み好きだなー。応援するから、思い切りやって来てね。でも、のどは大切に」
「はい、のどは大切に、よく覚えておきます!」
上杉を軽音部にも入部させることに成功したので、フォークソング部に戻ることにした。
ついでに、梶原と楠本も一緒に来ることになった。
「二村先輩、軽音楽部、入部できました。ありがとうございます!」
「おう、よかったな。桐山のバンドには、入れたのか?」
「改めて、ヴォーカルオーディションをするそうで、その時までに、修行をしておきます!」
「のどは大切にしろよ。歌いすぎて声が変わるなんて良くある話だからな」
「滝口先輩にも同じようなこと言われました。しっかり注意しておきます」
それから、フォークソング部の面々と、のどケアグッズの話になり、メモを作って、上杉に購入するように勧めておいた。
俺も同じものを買っておこう。
フォークソング部の様子を眺めていた梶原と楠本に聞いてみる。
「こんな感じのフォークソング部なんだけど、どうかな?」
「いろいろと勉強になる部活だと思った。アコギは、家にあるから、明日にでも、入部する」
「俺も、入部することにしよう。軽音部の先輩たちも教えているんだよな?」
「そこに、二村先輩がいるし、他の教室にも、いるようだ」
「次期軽音部の部長の二村先輩がいるなら、安心だな」
そうして、明日、二人も入部することになり、フォークソング部で、いつもより少し賑やかな時間を過ごして、下校の時刻となった。