第一三八話 特撮好きのおっさん
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特撮好きのおっさん
五月二九日土曜日
いつものブラウンミュージック内にあるレコーディングスタジオには、安野監督率いる撮影チームがレコーディングスタッフとともに入っている。
カメラで撮影されながら作業をすることは、どうしてもやりにくさを感じてしまうが安野監督曰く、これはこれとして音源は後で改めて録り直しても良いとのことだ。
それじゃヤラセにならないかと心配にも思うが、臨場感のある映像があればドキュメントは成立するので、深く考えない方が良いらしい。
確かにいくらドキュメント映像だからと言って、この撮影の中で録音した音源しか使ってはならないなんてルールはない。
撮影中に録音した音源のほんの一部でも使えば、これは間違いなく正真正銘のドキュメント映像となるのだ。
今日はアニメ、ワンページの宣伝用ドキュメント映像撮影のため、舞のレコーディング風景の様子を安野監督が撮りに来てくれている。
今は、レコーディングスタジオの様子と収録準備をするスタッフの様子を撮ってもらっている最中になる。
そう、満を持してというべきか、舞のデビュー曲のレコーディングがようやく開始されるのだ。
「安野監督、どんな感じですか?」
「うーん、あるがままをとるのがドキュメントだから淡々と撮っても良いんだけど、桐峯君たちは何かと面白い雰囲気があるから期待をしているよ」
レコーディングスタッフたちは、カメラが入ろうと気にせずに作業を進める。
これも安野監督からの指示で、特別なことは考えずに普段通りでやってほしいと言われていた。
俺から見た安野監督の印象は、年齢相応の大人の雰囲気を持ちながらも、どこまでも子供の様な雰囲気で興味のあることに集中する人物といった感じだ。
音楽の世界の住民と向いている方向は違うが、明らかに広い意味での俺たちと同じ芸術の世界の住民なのだとわかる。
「倉木さん、入りまーす」
スタッフの方の呼び込みの声で、舞がスタジオ内に入る。
普段通りと言ってもしっかりと残る映像でもあるので、舞にはそれなりの衣装とメイクをさせている。
いつものレモンさんたちのチームの仕事は、今日も絶好調のようで、普段はぼんやりとしている雰囲気が目立つ舞だが今日は幼さの中に美しさを感じる姿になっている。
「兄上、人がいっぱいです!」
「まあなんとかなるさ。いつも通りにさっさと録ってしまおう」
「はい。さっさと終わらせます!」
それにしてもドキュメント映像に残るのに、本当に普段通りに俺のことを兄上と呼ぶ舞には不安しかない……。
だが、舞はこれでもやるときはやる娘だ。
大丈夫だと信じて見守ろう。
今回の話は、ランテスの井之上さんに八月から九月にかけて俺が全国ツアーと海外でのライブの予定がある話をしたことから動き出した。
ワンページの案件では、俺はオープニング曲の作詞作曲とエンディング曲の作詞作曲プロデュースで参加をすることになっている。
これだけならワンページ関係の案件に張り付いている必要はない。
そうしてスケジュール合わせ程度の気持ちで今回の案件の責任者となっている井之上さんに今後のスケジュールを話した。
ところが井之上さん自身もレジーでライブツアーに出るらしく、さらに水木十郎さんに至っては、八月末に二四時間千曲ライブなんてことをするそうで可能な限り、スケジュールの前倒しをすることとなった。
そして安野監督にスケジュールの確認をしたところ、急きょこの時期に舞のドキュメント映像を撮ることとなったのだ。
ちなみに水木十郎さんが発起人となっているジャムズの追加女性ヴォーカリストの件は、未だ進展はないそうなので俺の知っているアニソン歌唱経験のある女性ミュージシャンを何人か推しておいた。
俺の以前の記憶では参加をしてはいないが、ジャムズに入れるだけの実力のあるミュージシャンは何人もいるのだから、人選は期待をしたい。
スタジオ内では、舞の準備が終わり曲が流れ始め歌が響き始めた。
舞のデビュー作となる今回の曲のタイトルは『デイ・アフター・トゥモロー』という。
俺の記憶にある舞のデビュー曲を参考にはしたが、あくまで完全な別物だ。
エイコのアルバムを作った時に知り合った編曲家やサウンドエンジニアが参加しており、ヒップホップの要素を意識しながらのポップな仕上がりになっている。
曲自体は、舞のモチベーション維持のために随分と前に作っていた曲で舞にとっては歌い慣れている曲になる。
「なんていうか、やっぱり舞ちゃんだよね……。デビュー曲なのに全然緊張もしていないし自然体で歌えている。歌うために生まれてきた娘って感じだよね」
「柿崎さんでもそう感じるんですね。舞は本当の本物っていうんでしょうか、この声を聴ける俺たちは幸運なんだと思います」
「うん……。本当にそう思う。とは言ってもお仕事だからパターンを変えて何回か歌ってもらうけどね」
「それは仕方がないですよね。一応、念には念を入れてカメラのない時にもう一度レコーディングをするつもりですので、その時もよろしくお願いします」
「了解。このままでも良いと思うけど、それもやっぱりお仕事だからねぇ」
それから何度か舞が歌い、今日の収録分を録り終えることができた。
撮影も順調だったようで、過不足なく撮れたようだ。
「安野監督、今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう。予想以上と言ったら失礼になるのかもしれないが、舞さんの歌と桐峯君の曲、本当に素晴らしいと感じた」
「舞は、しっかり下積みをしてきましたが僕から見ても今日は良かったと思います」
「それで今後のことで少し話をしたいんだがどうかな?」
「わかりました。応接室に案内しますね。事務所の者も呼んだ方が良いでしょうか?」
「そうだね。事務所の方もお願いしよう」
そうして安野監督を応接室に案内してから七瀬さんと俺も入った。
「今回の映像は、ワンページの宣伝用ドキュメント映像と依頼を受けているけど、場合によっては舞さんのプロモーションでも使うとか?」
「そうなんです。まだプロモーションビデオで使うか決まっていなくて迷っているんですよね」
「それならぜひ舞さんのデビュー曲のプロモーションビデオを私に作らせてほしい。どうだろう?」
舞のプロモーションビデオについては、今年のツアーで海外に行くこともあってカリフォルニアのどこかで撮ることも考えられていた。
安野監督にお願いする案も当然上がっていたが、スケジュールの確認が不十分で未定のままだったのだ。
だが、安野監督からぜひということになれば話が変わる。
俺としては安野監督程の人物に舞のデビューを手伝ってもらえるのなら断る理由がない。
「それは本当にありがたいです。ですが舞は今からアルバムの収録が始まりますし夏の極東迷路の海外ツアーに連れて行きたいので、あまりスケジュールに余裕もないんですよね」
「必要分は六月、七月の舞さんのスケジュールの空いている時に摂ってしまおう。編集は映像が出来次第取り掛かるから、十月のワンページの放送には間に合うだろう。どうかな?」
「わかりました。安野監督程の方に撮ってもらえるのは本当にうれしいです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む」
それから事務的な話を七瀬さんとしてもらい、特撮好きだと聞いていたのでマスクライダーのグッズを大量にプレゼントしておいた。
たしか安野監督は、自身の結婚式の時にマスクライダーのスーツを着て登場したとかそんなエピソードがあったはずだが、まだこの時点の安野監督は独身なんだよな。
それにしてもどんな映像作品が完成するのか、本当に楽しみでならない。
もし特撮っぽい映像ができたとしても、それはそれで面白いのかもしれないな。