第一三七話 相模オーノー
再会と明言できませんが、書ける時に少しだけでも書いてみたいと思っています。
いいね、をくれた方、メッセージをくれた方、ポイントをくれた方、誤字報告をくれた方皆さんのおかげで書く勇樹をもらえました。
本当にありがとうございます。
相模オーノー
五月五日水曜日
五月のゴールデンウィークは、あまり仕事が入らないように調整することとなった。
なぜこうなったかは去年にあったヒデトの件が大きいのだが、これはこれであまり休みを取らない俺にとって良いことだと思うので毎年のことにしようと思う。
そんなわけで愛車のGTRで湘南方面へドライブへ出かけることにした。
とは言っても、何も目的がなく行くのも寂しいので目的を作ることにした。
厚木の清恵の自宅だ。
東大路本家からしばらく走り、高速道路に乗って西へ向かう。
到着すると、話には聞いていたが、本当に農家で土地だけは広い家が目に入った。
御家族と挨拶をし、一度会ってみたかった清恵の兄にも会うことが出来た。
清恵の兄は、何というのか良くも悪くも普通の高校生で公務員だったか、実家を継ぐのだったかとにかく手堅い人生を歩んでいくとかそんな情報が以前の俺の記憶にある。
今はロックバンドを組んでギターを担当しているそうで、あくまで趣味としてこれからも続けたいそうだ。
そして、今回こちらへ来た目的とも言える人物たちの話も聞くことが出来た。
それは、水野義雄と山下穂高という人物の情報だ。
俺の以前の記憶では、将来に清恵といきものいいんというバンドを組むことになるこの二人は、ぜひミストレーベルで確保したい人材なのだ。
清恵の兄からの話によると、水野はその気になればほとんどのことをそれなりの水準でできてしまう器用な天才タイプらしい。
もう一人の山下も、俺の記憶によると頭脳明晰だったと記憶があるので二人とも優秀な人物なのだろう。
そうして清恵の兄が待ち合わせの場所と指定してくれた相模大野駅近くの喫茶店に入った。
清恵の兄を連れてきても良かったのだが、一応スカウトの話になるので遠慮をしてもらい、その代わりに清恵を連れて来ている。
注文したコーヒーを飲みながら清恵とぼんやり会話をする。
「清恵は、水野君とは会ったことがあるんだったか?」
「兄の友達ですので会ったことはありますが、どんな人かまではわからないです」
「まあ兄妹の交友関係なんてそんなものだよな。俺も妹の美月の交友関係は把握していない」
「美月さんって和琴の方でしたよね。四月になってからお会いしました」
美月は、四月から慶大に入学するのと同時に華井奏社に所属しようとしたのだが、そこに宗家から待ったが入った。
今の華井奏社は、若手を極端なほどに追い出した結果、高齢の大師匠たちとそのとりまきしか残っていない。
大師匠たちは、文字通りに大師匠なだけあって、その指導力には疑いはないがそれはあくまで並の人材までに限る話らしく、美月の様な桐峯皐月の指導を受け続けたような逸材の指導ができるのかと言えば、難しいとしか言えないそうなのだ。
そこで宗家は、桐峯皐月が作り出した流れを途切れ刺すわけにはいかないと、美月をブラウンミュージックへ所属させる方向で調整をすることにした。
美月本人は、むしろその頭の固い大師匠たちと本音で語らうために華井奏社へ行くつもりだったそうなのだが、宗家の判断を無視するのもどうかと考え直し、ブラウンミュージックに所属することとなった。
大師匠たち一人一人は、尊敬できる人物ばかりで長年にわたって和楽器の世界を支え続けた実績は軽く見てはならない。
だが、その実績を振りかざすばかりでは若手が困ってしまう。
お家騒動の一種であるので、基本的に部外者の俺が何かをいうつもりはないが、いい加減にしてほしいというのが本音だ。
美月は、これからの和楽器の世界を牽引する人材なのは間違いないので、宗家の判断は正しいと思っておこう。
「あれはあれで大変なんだよな。もう何年かしたら美月のために曲を用意すると思う」
「皐月さんに桐峯さん、てっちゃん先生も身内なんですものね。大変そうです」
「まあ確かに大変なところのある美月だが、俺よりも芯の強いところのある美月だから、何とかなると思っている」
「そうなんですね。私のお兄ちゃんももっとしっかりしてくれたらなぁ」
「堅実そうな良いお兄さんに感じたぞ。俺たちみたいな仕事をしている者たちからしたらお兄さんの雰囲気にこそあこがれる」
「ない物ねだりってところなんですかね」
「そうかもしれないな」
清恵は、四月から日輪学園の高等部音楽科へ通っている。
芸能コースでも良かったのだが、清恵の場合は高校在学中のデビューの予定がないので、音楽科で十分だと判断した。
とは言え、美香と同じで訓練は受けてもらうしコーラスの仕事もあり、厚木の実家から通うのは困難として高校の近くで下宿をしてもらっている。
ゴールデンウィーク中は実家へ帰郷していたが、今日は連れ出させてもらった。
かくいう俺も今日は、仕事よりも休暇という気持ちが強いので水野たちには悪いがただ遊びに来ている気分だ。
そうして喫茶店のドアが開き、ギターを担いだ二人の高校生くらいの年齢の人物が現れた。
「あ、水野さんです」
清恵の声が思ったよりも届いたようで水野らしき人物と目が合った。
そうして二人は、俺の前にやって来た。
「水野義雄です。本物の桐峯アキラさんなんですよね……」
「間違いなく本物です。水野さんお久しぶりです」
「あ、清恵さん、お久しぶり。本当の話だったんだね……」
「まあ座ろうか。ブラウンミュージックの桐峯アキラです。今日は来てもらえて本当にありがとう」
「お会いできてうれしいです。改めて水野義雄です。冗談かもって思いながら来たんですが、本物が居て驚きました」
「山下穂高です。よろしくお願いします」
それから店員に注文を取りに来てもらってから話を続ける。
「まず、俺はいろんなところから音楽に関わる情報を集めていて、それで偶然に水野君と山下君の情報が入ったんだ。それで二人に会いたくなって今日は場を整えてもらった」
「僕たちの情報って……、どんな感じだったんですか?」
水野がメインで話していくようだ。
山下の方が話し上手かと思ったが、この時点ではそうでもないようだな。
「簡単にいうと、そこそこギターを弾ける二人組だけど、歌がもう一押しって感じかな」
「その通りだと思います。二月にバンドを組んだんですがそれだけじゃ物足りなくて二人で路上も始めてみたんです。でもこれでも物足りなくて……」
清恵の兄から情報を聞いた時に、二人が路上で活動を始めているかどうかの確認はしておいた。
2月に組んだバンドは、それなりに良い感じのバンドらしく知り合いの中では評判が良いらしいが、水野としてはまだまだなのだろう。
注文したコーヒーやらが運ばれてきて話を続ける。
清恵は、自分に関係のない話だとばかりに追加で頼んだチョコレートパフェをおいしそうに食べ始めた。
確かに今はまだ他人事だが、清恵の将来の仲間になるかもしれない二人なんだぞ……。
「なるほど。とりあえず二人さえ良ければ、ブラウンミュージックの見学に来てみないか?」
「その……、僕たちは、普通の高校生ですよ。それでも良いんですか?」
「特に問題はない。ここにいる水野君の友人の妹の清恵は、二年ほど前からブラウンミュージックに通い続けていて極東迷路や水城加奈のコーラスの仕事をしているんだ」
「それは聴いたことがあります。わかりました。一度見学に行かせてもらいます。その、ブラウンミュージックに通うようになったら僕らは何をするんでしょうか?」
「まずは何ができるのかのテストからかな。ギターが弾けるのはわかるとして他にどんな楽器ができるかとか作曲作詞ができるならどれくらいのレベルかとか、実際に通うようになったらどんなクラスの指導が必要だとか、調べることはいろいろある。それを終えてから音楽の世界で生きるつもりがあるのなら全力で支えさせてもらう」
「本気の世界からのお話なんですね」
「俺個人としては、水野君と山下君には清恵と一緒にやってもらえるような力を身に付けてほしいかな」
「え、わたしと水野さんたちが一緒に!?」
「相性ってのがあると思う。同じような地域で育った人たちは、ある程度共通点があることになるから全く知らない相手よりは、やり易いのは俺が実証しているからな」
「確かに桐峯さんの仲間って高校時代の仲間が多いですよね。エーデルシュタインなんてカレンさん以外高校時代の軽音楽部でのバンドメンバーって聞いています。それに高校バンドのヴォーカリストって上杉さんだとか」
「そうなんだよな。木戸も含めた俺の地元組がミストレーベルの根幹になっているんだよな。一応言っておくと、俺の地元からのメンバーが通っていた高校は慶大の付属でそれなりの進学校だった。だから勉強もしっかりやったら良い。俺たちもそれなりに勉強はしていたからな」
「今は高校生ですが、大学も行ってみたいと思っていたんです。勉強のことも気にしてもらえるのならありがたいですね」
ここまで傍観者だった清恵も気が引き締まったようでそれからも質問を答えてみたり、芸能界のあれこれを話せる範囲で話してみたりと、そうしてこの日の出会いは終わって行った。
それから清恵を実家に送ってから帰ったのだが、ゴールデンウィークの風物詩である高速道路の大渋滞に巻き込まれて東大路本家に到着したのは深夜と呼べる時間となってしまい、美鈴に軽く怒られてしまった。