第一三六話 桜満開
桜満開
四月十八日の日曜日。
桜が満開となる季節となった。
都内のあちこちで花見と言う名の飲み会が繰り広げられている。
俺は東大路の屋敷の庭にある桜を眺めるだけだ。
「あっくんは、公園でやるようなお花見に参加したかったりします?」
「うーん、前の人生では、それなりに参加をしたからな。ぜひって気分はないな」
「そうですか。なら、お家の桜で十分ですね」
「美鈴や東大路の皆さんと一緒に桜を見るだけで本当に充分だと思う」
ぼんやりと桜を見ながら最近の出来事を振り返る。
四月に入ってから高校時代に行方が分からなくなっていた一学年下の親友、武田正人が現れたのには驚愕した。
正人は、慶大の法学部に入学したそうで、法律の勉強をしながら株やらをやって在学中に稼ぐつもりだと言う。
法律の知識は、ネットでの活動でも役に立つので、まじめに勉強をしたなら十分な力になるだろう。
それに一九九九年十月から株式委託手数料の完全自由化が始まる。
それに合わせてネット取引も活性化し、手軽な売買が可能となる。
俺もそろそろ株を始めようと思っていたところなので、正人と一緒に始めるのも良いかもしれない。
そんな正人には、未来に起きる中国でのウィルス戦争の詳細をレポートにしてもらった。
正人が語った未来は、俺がどうこうできるレベルを大きく超えてしまっているので、地道に行動していくことくらいしか対策が思いつかないのが本音だ。
ホムラにも震災のレポートを出してもらっている。
震災関係は、具体的な人命救助の案こそないが、まだなんとかなる道筋が見えそうなので、こちらは現実味があるんだよな。
ともあれ、二人のレポートは、洋一郎さんに提出してあり、必ず役に立つだろう。
さて、そんなことがあっても日々は続く。
以前の俺の記憶では、三月の中旬から下旬のどこかで起きた安室奈美の母親殺害事件は、一か月ほど様子を見たが発生しなかった。
この時間軸でも安室の人気は高いが、以前の俺の記憶の時間軸程高くはない。
やはり、それが影響をしているようで安室個人にとっては良い世界になっているようだ。
今はボランティアパトロールの方々が沖縄へ行ってくれているので、安心だがそろそろ引き上げてもらわなければならない。
この先は、安室の家族が安全に暮らせるように願うばかりだ。
ちなみにだが、ボランティアパトロールは、東大路の警備会社の社会貢献活動として全国を回っていることになっているので、警備員の方々本人ですら沖縄にいることを不審に思ってはいない。
とは言え、一か月以上も同じ都道府県にいることは珍しいので、移動をしてもらわなければならないのだ。
次に身内を見ると、実家が横浜に移った。
母親と父親が何年振りかわからないが一緒に住むことになり、美月は東大路の屋敷へ引っ越しをした。
新たな実家は、横浜のスタジアムの近くになるそうなのだが、実際に行っても騒がしい様子はなく、ただただ高級住宅街と言った雰囲気しかなかった。
横浜は、繁華街がいくつもあるのでその谷間になるような場所なのかもしれない。
美香は、高校を卒業したら母親から一緒に住もうと言われているそうで、本人も乗り気のようだ。
母親から見た美香は、もう桐山の娘なのかもしれない。
そんな美香は、四月から放送が始まった『ターン・エー・ガンガム』を食い入るように視聴している。
この作品は『黒歴史』と言う言葉が、初めて使われた作品なのだが放送当時は、あまり人気は出なかったと言われていた。
だが、俺の中ではガンガムシリーズの中で上位になる作品なので、美香と一緒に視聴している。
美香としては、赤い機体が目立たないのが不満なようだ。
声優の訓練をしている水城たちを出演させたかったが、この作品はガンガムの生みの親と言われている富田監督が直接采配をしているらしく、歴代ガンガムの中でも厳しい現場になりそうなので今回は遠慮することにした。
そんな中、バンタイから俺の元へ、マスクライダーの新作の企画書が届けられた。
このマスクライダーは『ミレニアムライダープロジェクト』とされ、最低でも二〇〇〇年から三年間三作品を制作するとしている。
幹事を制作会社が担当し東大路グループが全面的にスポンサーとして協力をすることになった。
例えば、劇中での家電品を東大路製品にしたり、自動車をハマサンにしたりするらしく、アメリカのベルミーグループのケーブルテレビでも放送することが決定している。
海外放送を視野に入れた作り込みをしなければならないので、難しいシナリオになりそうだ。
このライダーのテーマは『親子二世代で楽しめるライダー』としているそうで、親世代が楽しめる世代のミュージシャンがOPを担当することが企画段階で決められている。
また、森石先生の遺作となったライダー映画が大ヒットしているので、このミレニアムライダーたちは、十分な予算が投入されることにもなっている。
俺が口を出せそうなところは、役者に誰かを推すくらいか……。
どうなるかわからないが、城沢美幸を推しておこう。
城沢は、ラジオ番組とテレビへのゲスト出演が今の主な仕事なので、役者の仕事があっても良いだろう。
今年の夏は、事務所の要望でベルガモット、ハニービー、リーフビートの三バンド合同の東京、名古屋、大阪の三都市ライブツアーをすることになっている。
いつもよりも大きいホールでライブをするそうで、事務所側は気合が入っている。
さらに、ロサンゼルスとニューヨークでもライブをすることにもなっており、とんでもない夏になりそうだ。
極東迷路、エーデルシュタイン、ブリリアントカラー、水城加奈、島村仁美も海外でライブをすることになっていて、その他の面々も国内だけだがライブをする予定になっている。
基本的にソロライブはないが、海外でライブをできる機会は、多くはないのでこの機会を大切にしたいところだ。
それと、気になるのは、ソニーズから北海道出身のガールズバンド、スノーベリーが八月にデビューすることになっている。
彼女たちがヒットを出すまで、しばらくの時間が必要になるかもしれないがベルガモットたちの後に続いてくれるのを願っている。
それはそれとして、リーフビートのデビューのためのレコーディングが開始された。
ヴォーカルのウイは、いわゆるウィスパーボイスで、ささやくような歌声が特徴になる。
スミレが作るデジタルロックやテクノポップの雰囲気とよく合っていて、ファーストアルバムはかなり期待できそうだ。
このレコーディングには、水城妹がよく顔をだすそうで、ユイとウイが姉妹なのを知り、興味を持ったらしく見学をしている。
だが、ユイは、迫力があるが甘い声をしており、ウイは、ウィスパーボイスなので、二人はタイプが全然違う。
それでも、水城妹は、養成所から真面目で態度も良く、懸命にやっていると聞いているので、コネを使えるだけ使って勉強をしてほしいと願っている。
兄弟や姉妹の大御所さんたちもいることはいるのだが、デビューの予定もない水城妹を会わすわけにはいかないので、今は自力で何かを掴んでもらうしかないのが実情だ。
その他では、ワンページのオープニングソングとエンディングソングの件は、営業の胡桃沢さんの根回しが上手く行ったようで、俺の楽曲が採用されることが決定した。
これに伴いランテスの井之上さんがエヴァリオンの安野監督と接触をしてくれたそうで、ジャムズのドキュメント映像の企画に参加してくれることにもなった。
俺からは、楽曲の提供しかしないので、基本的に井之上さんの案件となる。
ただ、舞の映像も撮ってくれることになったので、そこで安野監督とは初めての対面をすることになりそうだ。
舞の映像は、ミュージックビデオにするか、ジャムズのドキュメンタリー映像と一緒にするか、まだ検討中となっている。
俺としては、安野監督程の人物に、ミュージックビデオを取ってもらえば舞のデビューの助けになるのでぜひお願いしたいところだ。
今年も春から忙しくしているが、これが俺の日常なんだよな。
夏にアメリカへいけば、謎の時間逆行者であるRと接触できるかもしれない。
やるべきことは山のようにあるので、今は目先のことだけを考えて行こう。