第一二七話 前哨戦
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前哨戦
十二月三一日の木曜日。
年末恒例のレコード大賞のため、俺たちミストレーベルの面々は、ブラウンミュージック所属のミュージシャンたちとともに赤坂のスタジオに集まっている。
今年は、ブラウンミュージック系、ソニーズ系、ベックス系の三つ巴のような状況で各賞の選考もかなり難航したことが予想できる。
そんな中で、ベックスが株式上場をしたと言うニュースが年末になってから入り、ベックス系の勢いが増したように見られたが、それも一瞬の出来事で終わるほどの衝撃が芸能界に駆け巡った。
ベックスが上場した日の深夜、アメリカ時間では正午頃、東大路グループがアメリカで出資しているベンチャーキャピタルがポログラム、ユニバースミュージック、ユニバースサウンズの三社のアメリカの大手レコード会社を買収したと発表した。
これにともない、ベクターが東大路グループに入ることも発表された。
内情を少し語ると、こんな状況だったらしい。
ポログラムはアメリカ屈指の巨大レコード会社だった過去があるのだが、近年では楽曲権利保有会社のような状況になっていたらしく、それらの権利を適切に運用してくれる後継会社をさがしていたそうだ。
そこに日本でテレビ普及に尽力した東大路グループの洋一郎さんが現れ、その実績から後継会社となることを認められたそうだ。
ユニバースニュージックは、なぜかカナダの酒造会社が保有しており、本業の酒造部門と音楽などの娯楽部門を切り離す計画があったそうだ。
そこにどうせ切り離すなら買収したいと洋一郎さんが名乗り出て、そのまま買収完了したとのことだった。
ユニバースミュージックは日本のベクターの株式の大半を保有しており、残りは東大路と同業グループとなる松中グループが保有していたので、すんなりと譲渡が完了した。
ユニバースサウンズは、元々ユニバースミュージックと同じ会社だったのだが、ユニバースグループが分裂するときに、ユニバースサウンズはケーブルテレビ局グループに引き取られた。
ならば、このケーブルテレビ局グループ自体を飲み込んでしまえと、交渉を持ち掛け買収に成功してしまったのだ。
さらに、アメリカ中堅上位の広告代理業会社三社とイギリス大手の広告代理業会社の買収も発表された。
結果、レコード会社を統合して、グローバルミュージック、広告代理業会社を統合してベルミーコミュニケーションズ、ケーブルテレビ局グループはそのままの名前でスターズチャンネルシステムズ、東大路のベンチャーキャピタルはベルミーキャピタルズ、さらに情報技術開発会社としてゴーグルが加わり、欧米を活動域とする複合企業グループとなるベルミーグループが設立されたのだった。
今回の買収で東大路グループの余剰資金は、ほぼ使い切り、米ヤホーの株式も日本法人の権利だけを残して全て売却してしまった。
だが、買収した企業が持つ資産がかなりあるそうなので、それらの中から余剰と思われる資産を売却し資金を調達するそうだ。
ちなみにベルミーの名前は、美鈴の名前から取っているが、これは洋一郎さんのただの悪乗りなので深い意味はない。
年末の仕事納めと言う時期になんて発表をしてくれたのだと、思ってしまったがタイミングとしては最良なのかもしれない。
今回のことで、日本の音楽業界を確かなものにし、広告代理業のアジア向け窓口を一つに集約したと言っても過言ではない。
レコード会社はともかくとして、広告代理業でのアメリカ国内でのシェアは約十五パーセントほどになる。
この十五パーセントと言うのは、アメリカ国内の人種別で言うなら黒人系人種と同じくらいとなるらしい。
それを例にして言うなら、マイノリティーで最も発言力がある勢力が日系企業グループとなったのだ。
アメリカ人にとって良くも悪くも日本人は、話し合いができる相手であり、これはアメリカ政府や経済にとっても良い結果だと言える。
そして、さらに広告代理業へ手を伸ばす予定なので、二〇一〇年代の抗日運動への対応が容易になったことも大きいだろう。
レコード会社のことでは、将来的に楽曲などのダウンロードストアの国内提供をアメリカと同時期に開始できることになる。
日本の楽曲権利団体が何かしらの抵抗運動を始めたとしても、その頃には国内に入る海外の楽曲のかなりの割合が東大路グループを経由してくることになり、東大路グループ主導の権利団体を設立しても問題のない状況になっていることも予想できてしまう。
そして、これが洋一郎さんから伝通へ向けた前哨戦のお誘いにもなるのだ。
今回のレコード大賞では、上場したばかりのベックスが誇る小村哲哉と東大路の若き才能である桐峯アキラの直接対決となっている。
ベックスと伝通が組んで裏金を回せば、レコード大賞を受賞できる可能性が跳ね上がる。
だが、それをしてしまうと東大路グループとの全面対決が確定してしまう。
さらに、アメリカのレコード会社を東大路グループが抑えてしまってもいる。
これは、選考者たちからしたら、喉元に刃物を突き付けられているような状況と言えるかもしれない。
そんな選考者たちの考えを変えさせるためには、どれだけの金額を使うべきかも悩みどころとなる。
伝通からしたら些細なセンヤンと言うテレビ番組でのことだったかもしれない。
だが、それが虎の尾を踏むことになったと、今回のことで気が付いたかもしれない。
年が明けたら日本の物作り系企業グループたちを中心に伝通包囲網がいよいよ動き出す。
伝通が慌てる様子を眺めさせてもらおう。
そうして、時は流れて各賞の発表が続く。
予想通りにベルガモットが最優秀新人賞を受賞し、水城や歩美たちも各賞を受け取って行く。
ラルアンシェルが最優秀アルバム賞を受賞し、作品賞が発表されていく。
「ねぇ、桐峯君。私たちだけになっちゃった?」
「かもしれない……」
「レコード大賞なんて、あまり気にしていなかったけどいざってなると緊張するんだね……」
「蜜柑よりも、梶原たちの方が、緊張で青い顔をしているぞ」
「確かに……」
梶原、楠本の二人の顔色は、本当に悪そうだが体調が悪いわけではなさそうなので放置で良いだろう。
ブラウンミュージック勢のために用意されたスタジオは、スタッフの皆さんと俺たち極東迷路だけとなっている。
突然にスタジオ内が騒がしくなり、俺たちはメイン会場へ案内された。
そうして、いろいろと指示を受けている間に、蜜柑がレコード大賞のトロフィーを受け取り、俺が盾を受け取っていた。
「新名蜜柑さん、受賞の喜びをどなたに伝えたいですか?」
「え、あ、えっと、あの……、お父さん、お母さん、ありがとう! それと今まで一緒に頑張って来た極東迷路の皆、それと私を福岡からここまで連れて来てくれた桐峯君とブラウンミュージックの皆さん、本当にありがとうございます!」
「桐峯さん、去年はレコード大賞曲作詞作曲者としてこちらに来られましたが、今年は極東迷路のメンバーとしてです。どんなお気持ちでしょうか?」
「大変な栄誉、本当にありがとうございます。これも先達の方々やスタッフの方々が導いてくれたおかげだと思っています。まだ僕たちはこれからです。この先も極東迷路と僕たちを見守って頂けたら幸いです」
「それでは、受賞曲の演奏のための準備をお願いします」
すぐにスタジオへ戻り、演奏の準備を始める。
今回の曲は、蜜柑の作詞作曲の曲なので、俺はメンバーとしての受賞になる。
プロデュースもセルフプロデュースなので、こちらもメンバーとしての受賞だけだ。
それでも世の中は、小村哲哉と桐峯アキラの直接対決とあおっていたのだから、世の中は不思議だ。
そうして、手早く準備を終えて、演奏をしてレコード大賞は終了した。
急いで、紅白に向かい、そちらも終わらせた。
紅白の後、なぜか、朝まで特別に開いていたしゃぶしゃぶ専門店の味が、今年一年を濃縮したような味に感じたのは、忘れられない思い出になりそうだ。
結局、伝通とベックスの裏金が回ったのかは不明のままだったので、洋一郎さんがもうすぐ日本に帰って来るだろうから、それから詳細を聞くしかないのだろうな。
そうして一九九八年は、終わって行った。
今回のお話は、とある企業グループが実際に行った企業買収実績を参考にしております。
現実よりも規模は大きくなっておりますが、全く不可能といえないようなので、こんな情況になってしまいました。
時期と資本力が合わさると、こんなとんでもないことが起こるんですね……。