第一二一話 付き人見習い
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付き人見習い
十月十日の土曜日。
九月の末に、全国に散らばっていたミストレーベルの全員が東京へ戻り、全体の大打ち上げ会が催された。
この打ち上げは、演者である俺たちよりも、スタッフの皆さんへの慰労の意味が強いので、俺たちは盛り上げ役に徹した。
男性陣による早口な歌だけのカラオケ大会では、水城のファントムブレードを完璧に歌う俺にため息が多く寄せられた。
作詞作曲家が歌えるのは当然なので、俺のことを見直しただろう!
スタッフの皆さんと話していると、一つ思い出したことがあり、質問を投げかけてみた。
それは、ステージが元々あるホールとアリーナやドームのようなステージを自前で組み立てなければならない会場だと、負担はどれくらい違うのかだ。
設営の手間から違うのは当然として安全性の面だけでも、ステージのあるホールの奈落でさえ十分に死亡のリスクがあるのに、組み立て式のステージだとその危険度は跳ね上がるそうだ。
やはり、そうなのか……。
俺たちと同じ時期に、人気バンドであるザ・イエローデーモンがハイペースなライブツアーをしていた。
このパンドラツアーは、来年の一月にスタッフが奈落へ転落し、死亡事故を起こしてしまう。
ザ・イエローデーモンの音楽は本当に好きなので、何とか回避させたいが、具体的な接点がないのでどうにもならないのが実情だ。
少しでも運命が変わることを祈って、設営スタッフの偉い人たちに安全を十分に確認するようにお願いをしておいた。
偉い人たちは、俺がスタッフのことを気遣っていると思ってくれたようで、しっかりと約束をしてくれた。
ついでに同業他社にも促すようにお願いもしておいたので、俺が今できることはやったと思うことにする。
ザ・イエローデーモンは、このツアーで心身ともに疲れ切ってしまうが、せめて一つくらいは、運命を変えられることを願うばかりだ。
十月に入ると、ヘンリーポーターシリーズの作者であるジョゼフィ・K・ローリンから連絡が入った。
ジョゼが言うには、十月に入ってすぐに日本人の女性社長が代理人に接触してきたが、ほぼ俺の話した内容と同じことをメッセージに残したと言う。
この件を受けてジョゼは、全面的に俺を信頼することに決め、日本語翻訳版を任せることに決めた。
それなら俺は、全力で原作よりも原作らしい翻訳を目指すつもりでやってみようじゃないか!
ジョゼの決断を受けて、こちらでも手を打っておきたいことがあったので、紀子さんへいくつかお願いをした。
それは、佐久間書店で国内外の難病に関する書籍や闘病記、それらを題材にしたフィクション作品などを取り扱うことだ。
この手のジャンルは、正直言ってあまり売り上げに貢献できない。
だが、それらを原作に実写映画化、アニメ映画化すると妙な熱気に包まれる時がある。
これはいわゆる『お涙頂戴物』として、人の感情へ強く訴えることができるからなのだろう。
そんな映像化に耐えうる作品を佐久間書店に探してもらうのだ。
仮に大きな黒字を出さなくても社会貢献活動としては評価をされるはずなので、積極的に携わっても良い案件だと言える。
また、俺の記憶の中にある本来のヘンリーポーターシリーズの翻訳家となる女性社長の出版社は、これらの作品群が本来の専門のはずなので彼女を外部スタッフとして招くこともお願いした。
彼女は、通訳のできる翻訳家なので、海外の書籍にも明るいと信じたい。
返事は彼女次第だが、これで彼女が路頭に迷うことはなくなるだろうから、俺の憂いも消えるはずだ。
もし彼女が断ったなら、それは彼女の決断なので、俺の知るところではない。
そうして、イギリスでの後始末を終わらせて本格的に秋がやって来た。
この十月から、ミーサの曲が主題歌となるドラマが放映開始されている。
あらすじは、都会の大企業でキャリアウーマンとして勤務していた主人公が取り返しのつかないミスを仕事でしてしまい、それが原因で会社に居づらくなり、退社をして地元の実家に戻る。
実家に戻るともうすぐ三十歳も近いとのことで、両親から強引に見合いをさせられてしまう。
相手は、自営業らしいのだが、何となく浮世離れをしている人物に感じてしまい、一度会ってそれで見合いはおわってしまった。
それから、地元で就職活動を続けたが上手くいかず、ぼんやりと実家近くの田舎道を歩いていると、軽トラックに乗った見合い相手に発見される。
そこから、二人の関係が動き出すと言う物語になる。
ネタバレをするとこの見合い相手、実は姿こそテレビや雑誌には現わさないが、有名なピアニストであり作曲家だったのだ。
仕事では芸名を使っていたので、主人公はその事実に気が付かないままに話が進むと言う展開になる。
ミーサの役どころは、都会の大学へ通う見合い相手の妹役で、年が離れている兄妹だからなのか多少ブラコン気味の設定になっている。
基本的に物語の本筋には登場しないが、長期休暇の時や後半で都会に主人公たちが出てくる話になると、登場回数が増えるそうだ。
そして、ピアニストの妹役を演じる人物は、可能ならピアノを弾けた方が良いとのことで俺の希望よりもミーサの登場シーンは多くなっているらしい。
当然、ミーサがピアノを弾くシーンもあるので、そこは注目をしたいところだ。
この物語、基本的には良作だとは思うのだが、この見合い相手のピアニストは兼業農家の設定なのだ。
兼業農家がピアノを弾かないとまでは言わないが、手袋越しとは言え、無造作に農作業をしているシーンが多い。
プロのピアニストなら、もっと指を大事にしてほしいと思ってしまう。
本当に見ていてハラハラする。
それはそれとして、ミーサと曲の評判は悪くなさそうなので、やっと一息が付ける。
宇多ヒカリのラジオ番組も始まり、いよいよ本格的なR&Bが攻めて来る。
この渦に翻弄されないようにしなければならないな。
最近のことを振り返っていると、ミストレーベルの企画室のドアがノックされた。
入室の合図を出すと、七瀬さんとエイコが現れた。
「七瀬さんとエイコさん、どうしたんですか?」
「エイコさんから桐峯君にお話があるそうで、お連れしました」
「いやぁ、桐峯君、お久しぶりやねぇ」
「お久しぶりですね。俺に用事ですか?」
「実は、うちの来年の春に出すアルバムのプロデュースをお願いしたくて来たんやけど、どう思う?」
エイコは、蜜柑が参加した東京でのミュージックコンテストで優勝をし、その時に頬袋の兄貴からスカウトを受けてブラウンミュージックに所属している。
それから松任由美とその夫の音楽プロデューサーの指示を受けて大阪で訓練をしてから去年の春にデビューした。
その後は、シンガーソングライターとして順調な活動を続けている。
「うーん、松任さんはどうしたんです?」
「松任さんたちは、お師匠様過ぎて頼むのが怖くてあかん。桐峯君やったら優しそうやし、何とかしてくれるかなって……」
松任夫婦がお師匠様過ぎるというのは、すごく良くわかる。
俺が頬袋の兄貴にプロデュースを頼むことと同じことだろうから、それは遠慮したい。
あの人の音楽は大好きだが、萎縮して何もできなくなりそうだ。
どうしても急がなければいけない案件はなかったはずだから、エイコのアルバム一枚分のプロデュースなら引き受けても大丈夫かもしれない。
あ、一つ思い出したことがあった……。
「七瀬さん、今日って川嶋愛菜って来ていますよね。訓練中でも良いので連れて来てくれませんか?」
「川嶋愛菜さんですね。かしこまりました」
七瀬さんは、すぐに川嶋を呼びに出て行った。
「え、川嶋愛菜さん?」
「はい、エイコさんのアルバムを引き受ける条件に川嶋愛菜をアルバムの製作が終わる春までエイコさんの付き人見習いにしてほしいんです。川嶋愛菜は、エイコさんと系統が似ていてキーボードを使うシンガーソングライターの卵なんですよ」
「え、でもうち、めっちゃ新人やけど、ええの?」
「大丈夫です。俺なんて高校一年の時から水城のプロデュースをしていたんですよ」
「いやいやいやいや、桐峯君は別格やから、一緒にされたら困るわ。ほんまにええのかなぁ……」
それからエイコから春に出すアルバムのイメージを聞いていった。
どうやら、俺の以前の記憶でエイコの代表曲がいくつか入ることになる名盤の担当をすることになるらしい。
これは、俺がやらなくても勝手に売れるパターンだよな。
こんな良案件を頂いてしまって良いのか、逆に恐縮してしまう。
「桐峯君、エイコさん、川嶋愛菜さんをお連れしました」
「七瀬さん、ありがとうございます。愛菜、こっちに座って。エイコさんを紹介する」
トコトコと俺の隣に川嶋は座った。
彼女は、どうやら人見知りが激しいようで、口数が多い方ではないらしい。
とは言え、同じ学年の中川原と城沢とは仲良くやっているようなので、年齢が増せば、ある程度は解消されると思って特に何かをするつもりもない。
「彼女は、エイコさんと言って、シンガーソングライターとして活躍している人だ。まあ、俺たちミストレーベルのメンバーからしたら親戚のお姉さんってところだな」
「親戚のお姉さんなんですね。川嶋愛菜です。よろしくお願いします」
「初めまして、エイコって言うの。めっちゃ可愛らしい娘さんやね。ほんまにうちが預かってもええの?」
「愛菜は、まだ中学一年生なので週末だけですが春のアルバム完成まで愛菜の勉強のためにもどうでしょうか?」
「大人しそうな娘さんやし、大丈夫だと思う。無理そうならお返しするけど、それでもええ?」
「大丈夫です。愛菜は、しっかりした娘ですからわきまえています」
「わかった。うちから頼んだことやから、愛菜ちゃんよろしくな」
急な話で展開についていけていない愛菜へ説明をして行く。
「えっと、私は、春までエイコさんの付き人見習いをするんですか?」
「まあ、付き人見習いと言っても週末だけだし、エイコさんの作詞作曲方法を勉強しながら芸能の仕事も学ぶって感じだな」
「歌の勉強もエイコさんのところで?」
「うーん、エイコさんのトレーニングに邪魔にならない程度なら大丈夫だと思う。難しそうなら断っても良いがどうする?」
「やります! 舞さんや美香さんだけじゃなくて清恵さんだって、桐峯さんたちのコーラスをやっているんです。私だってもっとやりたいです!」
「うん、エイコさんから学べることは多いからよく勉強をしてくると良い」
そうして、川嶋愛菜は、エイコの付き人見習いとして春まで行動することとなった。
その代わりに俺のところへは大量のエイコ関連資料がやってきたのだった……。
ドラマは完全に架空の作品です。
十分くらいで考えたので、詳細はどんな感じかよくわからないです♪
こんな物語もいつか書いてみたいなぁ。
エイコさんは、カブトムシとか花火が好きな感じの人です。
スヌーピーナッツもすきだったかなぁ。