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第一二〇話 面倒なスタジオ

誤字報告、感想励みになっています!

ほんわり書き続けております。

のんびりお付き合いお願いします。

リクエストも募集中です♪

 面倒なスタジオ


 九月二一日の火曜日。

 話は、数日前に戻る。

 東京のライブが終わり、俺たちのライブツアーは終了した。

 まだ東京に戻ってきていないミストレーベルの面々もいるので、全体の打ち上げは月末になる。


 そんな中、やっとゆっくり休めると思ったところで、美鈴がやらかした。

『ヘンリーポーターシリーズの作者であるジョゼフィ・K・ローリンとお友達になりました。あっくんを紹介したいので、ロンドンへすぐに来てください!』

 この連絡が来た時、歴史はこうして作られるのかと思った。

 美鈴が本当の意味で、お友達を紹介するためだけに俺をロンドンへ呼び出すとは思えない。

 間違いなく俺にヘンリーポーターシリーズの翻訳をさせるつもりだ。


 だが、俺がヘンリーポーターシリーズの権利を獲得するつもりがないことを美鈴は知っていた。

 それなのに権利獲得に動いたということは、それなりの理由があるのだろう。

 どんな理由かまではわからないが、美鈴が動いたのなら仕方がない。

 最近の美鈴は大人しかった気がするので、俺で何とかなるお願いなら叶えるべきだろう。

 そうして、ヘンリーポーターシリーズの権利獲得のための準備を日本でしてからロンドンへやってきたのだった。


「あっくん! 会いたかったのです!!」

「スー、元気だったか?」


 会った途端に美鈴は抱き着いてきた。


「元気すぎるほどに元気です。あっくんは、ライブツアーで少しやせましたか?」

「かもしれないな。何だかんだで過酷だった気がする」


 全身をチェックされながら、会話は続く。


「何かを食べてから、ジョゼと会います?」

「まだ時間があるのなら、どこかで何かを食べたいかな」

「なら、案内します。フィッシュフライの美味しいお店を見つけてあります」


 ロンドンに到着して、その日の内にローリンに会うことになっている。

 どうも今の俺は、多忙らしくイギリスでゆっくり休暇とはいかないらしい。

 それから美鈴に連れられて入った店は、香辛料のよく効いたフィッシュフライがおすすめらしく、確かに美味しかった。

 ロンドンの料理は、好きになれないと思っていたが、蜜柑もそれなりに美味しい物もあると言っていたのだから、食べ歩きをいつかしてみたいな。


 さて、今日のジョゼフィ・k・ローリンとの待ち合わせの場所は、なんとあのアビーロードスタジオなのだ!

 このアビーロードスタジオの持ち主は、ブラウンミュージックと業務提携をしているMEIなのだが、アジア通貨危機の影響を受けてあまり良い状況とは言えない。

 本当にアメリカは、ろくなことをしない。


 そこで、起死回生の一手として俺たちのミストレーベルの楽曲を積極的に売り出すことに決めたようだ。

 去年の夏にロンドンでレコーディングをした頃は、話に上がっていたが本格的に海外進出の話はしていなかったはずだから、秋か冬に動き出したのだろう。


 結果は上々で当面の懸念は払われたのだが、やはり将来的な不安は残っているそうで、東大路グループからの資本投入を受けるための交渉をしている。

 洋一郎さんは、恩義のあるMEIが危機とのことで最大限の譲歩をしたいところなのだが、俺の秘密ノートでMEIが最終的にファンドグループに買収されてしまうことを知っている。

 そこで、東大路グループによって保護をするような状況を作りたいらしい。

 まだこの交渉は、時間を掛けてするそうなので、おそらく再来年あたりに妥結するだろう。


 そんな妥結までの道のりは長いが、友好的な交渉相手から急きょアビーロードスタジオを使いたいと言われたなら、普通は拒否が難しい。

 だが、そこで拒否をするのがアビーロードスタジオなのだ。

 本当に面倒なスタジオである。


 それでも使う方法は残っているわけで、今回はそれを使わせてもらうことにした。

 アビーロードスタジオのスタッフ一同に今イギリスで大人気のヘンリーポーターシリーズの作家であるローリンを招いて楽曲を聴かせるために使いたいと言うのだ。

 さらに、彼女はイギリスの文学史、世界の文学史に名前を残す人物になるのは間違いはないと付け足す。

 それなら、仕方がないとなぜかスタッフたちは納得してしまう。

 大金よりも名誉に重きを置く、それがアビーロードスタジオなのだ。

 本当に面倒なスタジオである。


 アビーロードスタジオのロビーでしばらく待っていると、代理人を連れたローリンが現れた。


「美鈴、お久しぶり。彼を連れて来てくれたのね!」

「お久しぶりです。あっくんが来てくれました」

「初めまして桐山彰です。僕もジョゼとお呼びした方が良いでしょうか?」

「初めまして、ジョゼフィ・K・ローリンよ。ジョゼでかまわないわ。私も彰と呼ばせてもらうわね」


 握手を交わしてから、ロビーにあるテーブルセットへ案内する。


「美鈴の婚約者は、確かに魅力的な男性のようね。桐峯が芸名で本名は桐山なの?」

「そうです。あっくんの芸名は桐峯で本名は桐山です。皐月さんの息子さんでもあるのですよ」

「そうだったわね。彰、貴方のお母さまの音楽も素晴らしかったわ」

「ありがとうございます。ジョゼの作品こそ僕には素晴らしいと感じます」

「こちらこそありがとう。大陸を挟んだ向こう側の人達にまで受け入れられたのは本当に嬉しいわ」


 それから、しばらくの間、お互いの作品についての感想を言い合う時間が続いた。


「ところで、ヘンリーポーターシリーズのプロットは、もうできているとのことですが、大切に保管されているのですよね?」

「ええ、少し前までは、自宅の金庫の中に入れてあったのだけど、今ではもっと安全な場所へ移してあるのよ」

「プロットの大幅変更もない予定ですか?」

「もちろんよ。一九九〇年頃からプロットの組み立てを始めたのだもの。いまさら変える気にはなれないわ。それがどうかしたの?」


 ジョゼは、何か探るような瞳で俺を見つめて来る。

 このあたりで勝負かな……。


「突然で申し訳ないのですが、代理人の方、ジョゼと内緒話をさせてほしいのです。スーも席を外してほしい」

「はい、あっくんの大切なお話は、本当に大切なお話なので、ジョゼも聞いた方が良いです」

「そう……。なら、申し訳ないのだけど、二人は、席を外してほしいわ」


 そうして代理人と美鈴は、席を外し俺とジョゼの会話が聞こえない位置にまで移動した。


「賢者の石、秘密の部屋、アスカバの囚人、炎のゴブレット、フェニックス騎士団、謎の王子、残りの一冊のタイトルも知りたいですか?」

「え、どういうことなの!!」


 ジョゼは、一瞬で血の気を失ったような青い顔になった。


「今から、僕の秘密をお話ししますがそれを聞いてもジョゼに害が及ぶことはありません。ただ僕の婚約者のお願いを聞いてほしいだけです」

「……、どうぞ」

「僕は、二〇二〇年までの今の自分とは違う自分の人生を歩んだ記憶があります。今後に起こる大きな事件や災害はもちろんとして、世界的ベストセラーとなる児童書のラストシーンまで知っています」

「そう、私の物語は、世界的なベストセラーになるのね。だからと言って、美鈴のお願いを聞く理由にならない。今のままでは、彰から脅されただけになる。それに彰だって私に秘密を握られたことになる。私が彰の秘密を公表して、彰が私のプロットを公表したなら、お互いに損を出すだけになるわ」

「だから、婚約者のお友達に警戒をしてほしいことを教えます。それなら得になるでしょう」

「まずは、内容をきいてから考えるわ。有意義な情報なら美鈴のお願いを聞いても良いと思う」

「まずは一つ目、日本人の女性がジョゼに会いに来ます。始めは……」


 日本の小さな出版社の女性社長の話を始める。

 ジョゼは、その出版社が手掛けている難病に関する書籍を出版する活動に賛同し、また女性社長の夫がガンで亡くなり貧困生活の中で会社を回している話にも同情する。

 そうして二人は直接言葉を交わし、日本での出版権を女性社長へ渡すことになる。

 だが、ジョゼは女性社長が翻訳家の前に通訳として活躍していたことをあまり重視しなかった。

 おそらく自分は亡き夫の夢の為に翻訳本を作らなければならないと、強く言ったのだろう。

 そこに、女性社長のしたたかさが隠されているのだ。


 日本人ならすぐに理解できることだが、イギリス人からすると馴染みのない事実がある。

 それは日本人の通訳は、世界の裏側にまで行って仕事をするのが当然になっていることだ。

 だが、イギリス人であるジョゼが思う通訳は、ロシア語と英語、アラブ語と英語、スペイン語と英語などの通訳だ。

 どれもイギリスから見て地球の裏ほど遠くの言語ではない。

 何を言いたいのかと言えば、小さな出版社の貧困で苦しんでいる女性社長が仮に仕事を探すためだとしても簡単に日本から遠い地のイギリスへ行けるはずがないのだ。

 まず、日本国内でできる仕事を探すはずだし、そもそも彼女の出版社は翻訳本を専門に取り扱っている出版社ではない。

 渡航する資金がどこから出ているのかまではわからないが、貧困で苦しんでいる人物が、イギリスにいるのは不自然すぎる。


 この人物について、あまり情報を持っているとは言えないが一九九七年に夫が亡くなり、一九九八年のどこかで欧米にわたっているようだ。

 そうして、一九九九年末に『ヘンリーポーターと賢者の石』の日本語翻訳版を発売している。

 この時間の流れの中で、彼女がジョゼと接触することを決めた頃には、日本から三社が権利獲得に動いていたと言うのだから、極端に早くもなく遅くもない時期であり、それは、今年の秋からクリスマスシーズンのどこかではないかと予想ができる。


 そうして、ジョゼ自身が体験した貧困を語らえる人物として女性社長は現れたのだった。

 彼女は必死だったのだとは思う。

 確かに仕事はなかったのかもしれない。

 だが、小さな出版社で貧困に苦しんでいる女性社長が、イギリスで偶然に権利を獲得したと言うには、都合が良すぎる。

 そんなご都合主義は、物語の中だけで十分だ。

 通訳と言う、言葉を巧みに扱う仕事で活躍した人物ならではの話術があったのではないかと俺は思っている。


「なるほど……、日本の女性社長には注意をしなければならないのね。詐欺とまでは言わないまでも、嘘つきは嫌いよ」

「二つ目のお話をします。二〇〇一年の九月からしばらくの間は、アメリカへ行ってはいけません。理由はお話しできませんが、家族や親しい人がその時期に渡米しようとしていたなら可能な限り、引き留めてください」

「そちらは、詳しく教えてくれないのね」

「はい、日本人の僕たちにとっては、衝撃は大きくても海の向こうの話と思えてしまう出来事なんですが、イギリスは渦中に引き込まれます。知らない方が安全なんです」

「わかったわ。その二つ?」

「今のところは、二つです。ジョゼは美鈴のお友達なのですから必要なことは、またお知らせしましょう」

「彰は、本物の魔法使いなのかもしれないわね。ところでなぜアビーロードスタジオなの?」

「そうでした。付いてきてください」


 ジョゼと二人で、一番小さいスタジオに入る。

 美鈴と代理人には、もうしばらく待ってほしいと言っておいた。

 あえてアビーロードスタジオを選ぶ必要はなかったのだが、ジョゼ以外に聴かせてはいけない曲を弾きたかったのだ。


「ピアノでも聴かせてくれるの?」

「美鈴が『熱情』を弾いたと聞きました。ですので僕からは、不愉快な話を聞かせてしまったお詫びの気持ちを込めて『ヘンリーポーターのテーマ』を贈ります」

「それって、もしかして未来の?」

「その通りです。ジョゼの物語は、映画化されます。その時のテーマに使われる曲です。オーケストラの方が迫力がありますが、それは映画が完成する時までお楽しみに」


 気分を切り替えて、ピアノの準備を始める。

 この曲は、オーケストラで奏でなければ本当の迫力までは伝わらないと思う。

 とは言えピアノだけでも、それなりに聴こえる。

 名曲と言われる曲は、ほとんどそんな曲ばかりなので、この曲も間違いなく名曲なのだろう。


 出だしからストリングスの音を表現し、弾き始める。

 難易度は、高めだが、日本で練習もしてきたし、譜面も頭に入っている。

 揺れるような音の流れの中に、さらに音を少しずつ足していき、密度を上げて行く。

 そうして、一気に盛り上げて、弾けるように流されていく。

 それを何度か繰り返し、弾き終えた。


「……、これが私の物語の曲になるのね」

「ええ、まだ契約も済んでいないでしょうが、これのオーケストラヴァージョンを楽しみにしておきましょう」

「素晴らしい音楽を聴かせてくれてありがとう。その……、翻訳の権利の件だけど」

「正直言って、僕自身は、どちらでも良いんです。美鈴が望むなら書くだけです。返事は、美鈴にしておいてください」

「彰を信じていないわけじゃないけど、日本の女性社長のことが気になるの。せめて本当に現れるか確認させて」

「良いと思います。もし女性社長に権利を渡したとしても、僕からは何かを言うつもりもありません。美鈴次第です」

「本当に、どちらでも良いのね。彰が翻訳をしたくなるような物語を綴って見せるわ。もちろん、プロットの変更はしない。彰の知っている物語をさらに良くするだけよ」

「わかりました。期待しています」


 ジョゼと二人でロビーに戻る。


「ジョゼ。あっくんはどうでしたか?」

「彰のすごさはしっかり理解したわ。その上で、美鈴がもっとすごいと感じたわ」

「私は、まだまだの小娘です。ジョゼのような素敵な女性にあこがれます」

「本当に美鈴は可愛いわね……。彰、美鈴を大切にしなさいよ」

「もちろんです。美鈴は大切ですから」


 後日談になるが、女性社長は十月に入ってすぐに現れたそうだ。

 だが、俺が話した内容を確認するために代理人へメッセージを残させたという。

 ほぼ俺が話した内容とおなじだったそうで、残念だがお断りしたそうだ。

 そして、俺が翻訳をすることが決まったのだった。


現実世界の女性社長のモデルの方は、ちゃんとお仕事していますからね!

ちょっと胡散臭いとか思っていませんからね!


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― 新着の感想 ―
[一言] 伝統あるスタジオは、正規の使用料よりも名誉をより重んじますからね。それがイギリス人なら尚更 ハリポタシリーズの翻訳権を逃した女社長は…まあドンマイw 手段を選ばない程ハリポタシリーズの良さ…
[一言] 平原綾香とかaikoとかは出ないかなー。 aikoは年代的に遅いか
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