閑話あるいは一一九話 熱情
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熱情
side 美鈴
九月某日の某曜日。
日本にいるお母さまからお祖父さまに連絡が合って数日、妙に上機嫌なお祖父さまは、エージェントの皆さんたちと今日もお出掛けをしている。
そんな中で、イギリスにいる佐久間書店のスタッフから、とある児童書の権利獲得のためにミストレーベルのアルバムのいくつかと皐月さんのアルバムを使いたいと連絡があった。
この時期に権利獲得と言うと『ヘンリーポーターシリーズ』かな。
あっくんは、権利獲得に消極的だったけど、私はあの本が好きだ。
確か、あっくんの秘密ノートにこの書籍の翻訳に関わる話が書かれてあった。
小さな出版社の元通訳で翻訳家の社長が、この書籍の翻訳を担当するはずだ。
夫が出版社を立ち上げたのだが、ガンで亡くなってしまい、後を継いだのが妻でこの翻訳をする社長となる。
さらに、この出版社は難病に関わる書籍を出していたそうで、あっくんはそういうところを気にする人だから権利獲得に動かなかったのだろう。
私のあっくんは、とても優しい心の持ち主だ。
うん、素敵なあっくんだ。
でも、日本語翻訳版の評判はあまりよくなかったらしく翻訳の難しさが話題にもなったそうだ。
未来のこの物語を知っているあっくんなら、難しい翻訳もやれる気がする。
あっくん、私たちの間に生まれる愛し子にこんなことを言いたいと思いませんか?
『これはお父様が翻訳をした物語なんだよ』
世界的なベストセラーを手に取り、私たちの愛し子に、そんなことを言うあっくん……。
最高に素敵すぎます!
これはイギリスへ行くしかない!
ロンドンに到着すると、佐久間書店のスタッフの久川さんと合流した。
久川さんは、ヘンリーポーターシリーズの作者のジョゼフィ・k・ローリンと同じ三十代の女性だ。
ローリンは貧困状態から『ヘンリーポーターシリーズ』の成功で、一気に大金持ちになった。
そんな人物なので、直接交渉に備えて担当の人選は、慎重に選び、久川さんになったらしい。
「美鈴様のお話通りにしてみたところ、普段は代理人しかやってこないのにローリン本人が来てくれることになりました。なぜなのでしょう?」
「簡単です。私のあっくんが素敵だからなのです」
「はぁ。そういうものなんですねぇ……」
久川さんにお願いしたのは、水城加奈さんと花崎歩美さん、それに皐月さんのアルバムをローリンの代理人に渡すこと、ただこれだけだ。
水城さんの曲は、和風でありながら現代的なあっくんの色が一番強く出ている。
花崎さんは、水城さんとは対照的で、現代的な色が強く、ほのかに和の香りがする曲が多い。
皐月さんは、クラシカルの中に、現代的な組み合わせがところどころにある不思議な楽曲が多く、ワゴンの音は、それだけでローリンを魅了するはずだ。
そして、水城さんと花崎さんの曲の作詞作曲全てがあっくんなので、蜜柑さんの曲もある極東迷路は除くことにした。
これらの歌詞は、全て日本語と英語のブックレットが附属している。
もちろん訳したのは、あっくんだ。
全て見事な訳詞なので、ローリンが読んでも大丈夫のはず。
待ち合わせに指定したオリエンタルな雰囲気が漂うホテルのラウンジで、しばらく待っていると代理人を連れたローリンが現れた。
「初めましてジョゼフィ・k・ローリンよ」
「初めまして、東大路美鈴です。今日はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしく。このホテルで流れている音楽は、皐月の?」
「そうです。私が好きな曲なので、流してもらっています」
「私も気に入ったわ。日本の音楽はあまり知らなかったけど、素晴らしいのね」
それからしばらくの間、ローリンに渡したアルバムの感想を聞き続けた。
会話の中で、ローリンは私のことを美鈴、私はローリンのことをジョゼと呼ぶようになった。
「そう、美鈴の婚約者があの楽曲たちを作って、歌詞も書いたのね……」
「そうなのです。私の婚約者は素敵な人なのです。ジョゼも会えば気に入るはずです」
「私は、彼の歌詞をとても色鮮やかに感じたわ。美鈴は、彼に私の本の日本語訳をしてもらいたいのでしょう?」
「その通りなのです。彼は、ジョゼの物語を素敵な作品として日本の人達に届けることができます」
ジョゼは、少し考えてから再び口を開いた。
「日本語版の出版権利を求めている会社は、美鈴たち以外にもいくつかあるの。まだもう少し時間を掛けて決めたいわ。だから、まずは美鈴とお友達になりましょう。それから美鈴の婚約者に会って、続きを考えるのではどうかしら?」
「とても良いと思います。ジョゼは彼を気に入るはずなので、何も問題はありません!」
「すごい自信なのね。まあ、美鈴は素敵な女の子なのだから、そんな美鈴が言うことなら信じても良いと思うわ」
「では、お友達になった記念に一曲贈らせてもらいます」
近くにいたホテルスタッフに音楽を止めるように頼み、ピアノも使うことも告げた。
ラウンジの隅にあるピアノに座り準備を始める。
今から弾く曲は、ベートーベンのピアノソナタ『熱情』だ。
アメリカからロンドンへ向かう前に、日本にいるお母さまと連絡を取り、あっくんの秘密ノートにあるローリンの情報を改めて確認した。
ほとんどのことは、覚えていた通りだったのだけど、ローリンはベートーベンの『熱情』が好きだとなぜか書かれてあったそうだ。
そうして、まさに今、ジョゼフィ・k・ローリンのために弾く。
この曲は、ベートーベンのピアノソナタの中では、人気のある曲になる。
タイトル通りの熱情が溢れるような激しい曲でありながら、計算されたしたたかさが見え隠れするのも人気の要因なんだと思う。
でも、奏者から見たら、難易度の高い曲でもある。
もしかしたら、今のあっくんでも三回弾いたら一回は、どこかで間違えるかもしれない。
だからこそ、私の出番だ。
クラシックピアノなら、今のあっくんにだって負ける気はしない。
さあ、ジョゼは、私とあっくんの熱情を受け止められるかな?
そうして一つの音も逃すことなく熱情で絡め取る。
激しく激しく、さらに激しく熱情を!
それでも、心の奥では計算されたしたたかさが蠢いている。
どうかな、ジョゼ?
貴女は、恋多き女と聞いたわ。
私はあっくん一筋なのよ。
羨ましいでしょう。
私たちの熱情は、どうかしら?
貴女を焼き尽くすほどの熱情を感じてもらえたかしら……。
……、全ての音を弾き終わり、気持ちが落ち着いて来た。
少しテンションが高くなっていたかもしれないけど、大丈夫のはず。
「ジョゼ、どうだったでしょうか?」
「あ、う、うん。驚いた。本当に素晴らしかったわ。美鈴も音楽家だったのね……」
「私のピアノは、彼や家族、親しい友人のためのピアノなのです。なので音楽家ではないと思います」
「そうなの……。彼にますます会いたくなったわ」
「そうでしょうそうでしょう。私の彼は素敵なのですから!」
そうして、ジョゼと再び会う約束をして別れた。
「美鈴様って、プロのピアニストになれるんじゃないのですか?」
「そんなことはありません。上には上がいるのです。今の私はお祖父さまの秘書見習いで精一杯なのです」
「はぁ、そういうものなんですねぇ……」
それから、久川さんとインド料理のお店でカレーを頂いてから、アメリカへ戻った。
以前のお話で一度断念したヘンリーポーターネタなのですが、再考した結果、使ってみることにします。
この時、十年以上続く魔法世界との戦いが始まったのだった!!