第一一七話 霹靂
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霹靂
九月七日の月曜日。
土日にあった埼玉のライブが終り、久しぶりに東京へ帰って来た。
金曜日から三日間、ライブツアーの集大成となるライブがあるので、まだ本格的に気を抜くことはできないが、少しは安心できる。
埼玉のライブでは、俺たち慶徳高校組の地元だけあって、本当に盛り上がった。
差し入れでアイスのガジガジ君を大量に届けてもらっていたので、ライブ後のクールダウンに丁度良かった。
それに会場の外で、ライブ会場内から聴こえる微かな音を聴いていたファンもいたそうだ。
今回は、二〇〇〇人規模から三〇〇〇人規模の会場を用意してもらったが次は、万人規模の会場が必要になるかもしれない。
今の規模が、ファンの顔を見ようと思えば何とか見えるギリギリの規模らしく、これ以上大きくなると誰のためにライブをしているのかわからなくなりそうで、あまり大きくしたくないのが本音だ。
仙台と新潟は広島と松山と同様に日程の都合でプロモーションに一日、ライブに一日と滞在時間を長く取れなかった。
そんな中、仙台では三陸の海を僅かな時間だが見に行くことができた。
まだ東日本大震災まで十年以上の時間があるが、この海が恐ろしい魔物に変貌し街を食らい尽くす。
正直言ってまともに戦う気になれなかった。
人間のできることなんてたかが知れているので、自然とは共存共生でいなければならないのだろう。
それでも、悲劇を可能な限り少なくさせることが俺の使命だと思っている。
新潟では、今年の八月に豪雨災害があったそうで、僅かだが募金をしてきた。
被害地域は、広いようで市街地から山岳部、福島県の一部まで至ると聞いた。
災害の募金は、可能な限りやっていきたいが日本は災害大国であり、全てに募金をするのは難しい。
今のところは、明確な方針がないので、これについても考えておかないといけないな。
「兄上!」
「兄さん!」
舞と美香が自室に突撃して来た。
残念なことに美鈴はまだアメリカから帰国していない。
同じ時期に洋一郎さんも渡米していて、あちらに残ってしばらく同行するそうだ。
実は、八月七日にケニアにあるアメリカ大使館がテロ攻撃の被害を受けている。
この事件の前にアメリカへ渡り、テロ前からの市場動向を調べてモデルケースにするそうだ。
あちらには現地法人として設立した東大路グループのベンチャーキャピタルがあり、ヤホーやゴーグルなどへ資本投入をしている。
当然として、今回のテロの影響が出そうな企業の株式を取引して利益を出すことも目的にある。
テロと投資時期が重なり続ければ、あちらの政府の目に留まってしまうかもしれない。
洋一郎さんは、アメリカ嫌いではあるがアメリカ人の技術者には心から敬意を払っているところがあるので、FBIやCIAを敵にすることはないと信じておこう。
「兄上、お土産なのです」
「私からもお土産」
舞からは極東迷路のアメリカへの輸出用ジャケットのアルバム、美香からはマカデミアナッツチョコレートを渡された。
俺からもライブツアー先の各地から土産を随時送っていたので、二人はすでに受け取っているはずだ。
「日本じゃ手に入らなさそうなので、買ってきました。珍しいですよね」
「そうだな。普通のショップでは見ないアルバムだもんな」
「甘いけど、コリコリして美味しかったから兄さんにも食べてほしかったの」
輸出用アルバムは、ブラウンミュージックにまだ残っている。
舞は、皆の輸出用アルバムがどこにあるのか知らなかったのだろう。
美香からのマカデミアナッツチョコレートは、ハワイの土産によく渡される品だ。
確か成田か羽田でも買えたはずだ。
しかも、これって、本気で甘すぎるチョコだったはずなんだよ。
ありがたく頂くが、食べ終わるのに時間がかかりそうだ。
舞は、元々おかしな娘さんだったから気にならないが、美香は普通の娘さんとして育っていたはずなのに舞といるとおかしな娘さんになってしまうのかもしれない。
それに美鈴もこれを買う時、一緒にいたはずだ。
あいつは、輸出用アルバムがブラウンミュージックに残っていることを知っていたはずだし、マカデミアナッツチョコレートが日本でも買えることを知っていたはずだ。
美鈴が一番悪乗りをしたとしか思えない。
それから、舞と美香からロサンゼルスの様子を聞き続けた。
ケニアのアメリカ大使館テロのニュースは、それなりに話題になったが、一般人にはあまり長続きする話題でもなかったらしい。
それよりも、アメリカからの報復攻撃の方が話題になっていたそうだ。
後日に判明することだが報復攻撃の目標となった施設がテロとは全く関係のない施設だったとか、そんな話になるはずだ。
アメリカ同時多発テロは、こういうことの積み重ねで起きてしまう出来事なんだよな。
一方から見れば、悪魔のテロリスト集団に見えても、もう一方から見れば機械化された大量殺戮集団なのかもしれない。
正義を語るつもりもないが、世の中を多角的に見なければ、自分の立ち位置もわからなくなりそうで恐ろしいな。
舞が気にしていたカリフォルニアロールは、発祥の地とされる店を見つけることはできたが閉店した直後だったとのことだ。
代わりに、その店で修業をした人物がやっている店で食べてきたそうだ。
舞の感想としては、日本で食べる方が美味しかったらしい。
その土地の食べ物は、その土地の人のために味が調整されていることがほとんどなので、これも当然なのだろう。
美香は現地でヨキシさんに会い、なぜか意気投合したそうだ。
今の美香の歌声は、以前の俺の記憶の中にある美香の全盛期の声に近い。
これでもまだ未完成だとてっちゃん先生が言うのだから、まだまだ伸びるのだろう。
確かにそう思うとヨキシさんの好みのヴォーカリストに育っているのかもしれないな。
美香は渡すことはできないが、ヨキシさんに合うヴォーカリストを探すことはできるはずなので、頭の隅に入れておこう。
清恵は、海外初体験でいろいろと戸惑うことが多かったそうだが、川嶋愛菜は、養父がまだ存命だったころにニューヨークへ行ったことがあるそうだ。
素人でも参加できる飛び入り可能のオーディションを受けて有名なホールで歌った経験もあるらしい。
本当に熱心な養父母だったのだろう。
彼女を預かったからには、大切に育てなければならないな。
話を一通り聞いたところで、四谷さんが呼びに来た。
「彰様、紀子様がブラウンミュージックでお待ちしております。何やら急用とのことですのでお急ぎください」
「え、何かあったんでしょうか……」
「残念ながら詳しい要件はお聞きしていないのです」
「わかりました。すぐに用意をします」
茜のことがあったので、何が起きたのか気になるが四谷さんの運転する自動車に急いで乗り込む。
しばらくすると急に天候が悪くなり、雷雨が降り注ぎ始めた。
悪い予感がするが、この時期に美鈴や洋一郎さんが事件に巻き込まれたなんて話は、記憶にない。
もっと別の何かなのだろう。
「彰君、急がせてしまったようで申し訳ないわ」
「いえ、お気になさらず。明菜さんもご一緒なのですね」
いつもの紀子さん専用応接室に入ると紀子さんはもちろんとして明菜さんも座っていた。
二人とも真剣な様子だが、何か不幸があったようにも見えない。
「それで要件なのだけど……」
話の始めは、今年の五月からになる。
センヤンのオーディション企画で、てんく率いる乱キューがプロデュースするロックヴォーカリストオーディションが開催された。
八月中旬までオーディションは続き、残念なことに合格者なしで終了した。
だが、俺がやったようにアイドル企画が発動され、三人が選ばれた。
だが、そこでスポンサーの伝通から出向している番組プロデューサーから提案がされた。
前年の桐峯アキラの企画で産まれたミックスパイをメンバーに加えたらどうかと言うのだ。
この提案には、てんくも乱キューのメンバー、製作会社のスタッフまで唖然としたそうなのだが、スポンサーの意向なので無碍にはできず、こちらへ話が来たそうだ。
こちらは、現在、八月にセンヤンで行われたミックスパイ追加オーディションの真っ最中で多忙の中にとんでもない申し出が来て戸惑っているとのことだ。
この話を受けるなら、現在開催中のオーディションもてんくが持っていくことになるらしい。
これは予想外過ぎる話だ。
芸能界は、基本的に契約社会で、それを横から口を出すのは非常識となる。
だからと言って、契約期間を短くする交渉もする時もあれば、何かの理由で伸びることもある。
また、契約外の仕事を無理矢理にやらされそうになれば、重大な契約違反となり慰謝料の対象にもなる。
そんな世界なので、伝通の今回の申し出は、青天の霹靂と言うべきことになる。
まあ、大きな不幸があったわけじゃないので、まだ良かったとしておこう。
それに正直、ミックスパイは、明菜さんに預けたと言っても俺にとって悩みの種だ。
ここで引き取ってくれるのなら、悪くはない結果と言える。
だが、これは伝通からブラウンミュージックへの攻撃でもある。
それに明菜さんの問題もある。
明菜さんには、トラブルを呼ぶ女としての悪名がある。
短い間の付き合いだが、明菜さんは魅力的な女性であり、頼もしい姐御でもあると感じている。
性格も悪くはないし、今後も付き合いをしていきたい人物だ。
そんな彼女に悪名をさらに背負わすのは不本意でしかない。
明菜さんの悪名を利用した伝通の嫌がらせと断定しても良いだろう。
「まず、俺の率直な意見を言います。ミックスパイの移籍は受け入れるが、一人か二人をこちらへ残すと言うのが良いと思います。今のミックスパイは、残念ながらこれ以上の飛躍が望めないのが俺の見立てなんです。でも、てんくさんなら彼女たちの魅力を引き出してくれるかもしれません。明菜さんはどう思います?」
「私は、彼女たちを自分の愛弟子として見て来たわ。誰一人として他人に渡したくないのが本音。でも、桐峯君が言っていることもわかる。たった一年なのに閉塞感があるのよね。これを打破するのも私の役目なら、てんく君を信じてみるのが私の最後のあの子たちにできることなのかもしれないわ」
明菜さんは、寂しそうな顔を見せながらも、声に力がある。
まだ本当の意味であきらめてはいないのだろう。
それなら、まだいけるはずだ。
「こちらへ残すのは、平氏と城沢が良いと思います。今後の明菜さんは平氏一人を見てみるのはどうでしょうか。城沢は、俺の方に戻してもらっても良いと思います。それに明菜さん、自分の活動をこの一年、おろそかにしていますよね。それも気になっていました」
「確かにこの一年間、ミックスパイのことばかり考えていたわ。平氏一人なら、自分のことも考えることができそうね。城沢は、桐峯君に考えがあるの?」
「彼女は、マルチな才能があるように感じるんです。もう少し時間を掛けてどの道が最適か見定めても良いかと考えています」
「確か中川原翔子さんが、そんな感じだったわね。多少、モヤモヤするけど全体としては悪くない選択だと思えてきたわ」
それからも何度も言葉を交わし、俺も明菜さんも心から納得できたと思う。
「紀子さん、この件は洋一郎さんへお話ししましたか?」
「いいえ、まだよ。伝えた方が良いのかしら?」
「俺が思うにこれは伝通からのあからさまな攻撃です。アメリカから伝通の頭を押さえてもらえるような方法をお願いしたいのです」
去年、伝通に突然決められた大林ユウの日本武道館お披露目ライブの抗議として、東大路グループから出す広告の一部を伝通から引き揚げてあった。
ハマサン系の広告も引き上げたので、かなりのダメージが入っていたのかもしれない。
「具体的には何かあるのかしら?」
「今、例のテロの影響で多少ドルの価値が下がっています。東大路グループの余剰資金をドルに換えてあちらの広告代理業とケーブルテレビ、余裕があればレコード会社も手に入れてください。資金が足りなければ米ヤホーの株式も取引に使って良いと思います。まだまだ値上がりはしますが、どうせ近いところで手放すのですから今でも良いでしょう」
「それって、もう少し先の計画じゃ?」
「今なら前哨戦のような状況ですので、先に動いてもいけるはずです。どうでしょうか?」
今の日本の企業は、東大路と関係の強い物造り系企業だけが飛躍をしておりそれらは好景気真っ只中だ。
だが、それは少数であり、全体で言えば不景気真っただ中でもある。
このあたりの温度差を伝通は、読み違えているのかもしれない。
「なるほどね。話してみるだけはしてみるわ。他に何かあるかしら?」
「フランスとイギリスにも手を伸ばしたいところですが、そちらは後回しになりそうですね」
「まだアジア通貨危機の時に回収した資金があるから、そちらで何とかなるか調整をしてみるわ」
「なら、これはあくまで俺の個人的な希望なんですが、ベックスを取る時の資金をユニバース系を取る資金に回してもらえませんか。ベクターの株式の一部をユニバースが持っているんですよね」
「ベックスはすでに確定だから、まあ良いのでしょう。それも相談しておきましょう」
アジア通貨危機からの流入資金は、まだ増える見込みがある。
ここで多少無茶をしても良いのかもしれない。
それから洋一郎さんへ伝える内容の詳細を詰めて行った。
「桐峯君、紀子さん、今の話って聞かなかった方が良い話なのよね?」
「そうしてもらえると助かるわ。でも桐峯君が明菜さんのいるこの場で今の話をしたと言うことがあなたを信用しているかの証明だと思ってくれるとありがたいわ。彼は、私たちにとって、重要なプレイヤーでありブレインなの」
「なるほどね……。信頼と信用は本当にありがたいわ。今回の話は辛い話だったけど、私を信じてくれる人たちがいるのだから、まだまだよね」
「はい、明菜さんは俺の理想のミュージシャンの一人なんです。まだまだなんですからね」
それからも伝通への報復の話を続け、先日の写真週刊誌の出版社やチャリティー番組の放送局などにもこちらから手を回すことが決められた。
伝通には、政治家の縁者が多く勤めていると言うが、やつらにも手の出せない世界があることを思い出させてやる……。
伝通のモデルの会社に恨みなんてありませんから!
関係者の方々、フィクションですからね!