第一一五話 黄色いシャツ
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黄色いシャツ
八月二三日の日曜日。
今年の二十四時間チャリティー番組は、八月二二日二三日の土日に放送されている。
今頃は、東京でジャーニーズのタレントが日本武道館へ向けて必死に走っている頃だと思う。
俺たちのチャリティーライブは、午後からで全体の集合まで、まだ時間がある。
そんな中、俺と茜、鮫島さんは朝からブラウンミュージックの名古屋支社の会議室でビデオ鑑賞をしている。
「彰お兄ちゃん、どうかな。高校生の演劇部なんだから、お手柔らかにね」
「ああ、大丈夫だ。高校演劇の中では良い方なんだろうと思う」
「声も良く出ていますし、演技も妙な引っ掛かりがない。随分と練習をしたのでしょう」
「指導をしてくれた先生が厳しくて大変でしたけど、がんばりました」
「茜さんは、容姿も良いですし背も高い。芸能界で生きられる素養はあると思います」
今俺たちが見ている映像は、茜が所属している高校の演劇部の舞台だ。
昨日の内に叔父家族と茜には、写真週刊誌掲載の説明をし、許可も貰っている。
そのうえで、今日は茜が出演している公演のビデオを持って来てもらったのだ。
茜が、高校に入った頃、俺が関わったミュージシャンやバンドが世の中を騒がせ始めた。
美月も高校で母親と共演をし、自分の生きる道をしっかり見定めたころでもある。
そんな歳も近く仲の良い従兄姉たちをみた茜は、自分も何かを真剣にやってみたいと感じたそうだ。
だからと言って、従兄姉たちと同じ音楽をやるのもどうかと考えた末が、演劇だったらしい。
そうして手始めに高校の演劇部に入り、演劇とは何かを学び始めたという。
やってみると、様々な役を演じ分けることは面白いし、体も十分に動かせて楽しく思えたそうだ。
これは、俺の以前の記憶にはない展開で、思わぬところで以前の流れと変わっていた。
確かに単純に身内が目立てば注目をするし、感化されることもある。
俺と美月のように母親の影響で音楽以外の選択がほぼ皆無だった兄妹と違い、従妹と言う立場だからこそ距離を取って演劇を選択することができたのだろう。
「茜には、将来の選択肢をここで狭めてほしくないんです」
「そうですね。桐峯君の言う通りだと思います。演劇の勉強は、東京でできますし、今は進学へ向けて準備をして頂きたい」
「まずは東京の大学へ進学ですね。がんばってみます!」
「鮫島さん、茜に向いていそうな名古屋でできる仕事ってありませんか?」
「うーん、今、佐久間書店で新雑誌の創刊準備をしているんです。あくまでアルバイトの範囲にしかなりませんが、そちらのモデルに推してみましょうか?」
「茜、どう思う?」
「すごい! ぜひ、おねがいします!!」
「茜さんのことは紀子様からの一押しがありますので、お任せください」
「茜のことを推してくれたのは、俺の義母になる東大路紀子さんなんだ。その内に会う時があるだろうから、お礼をしっかり言おうな」
「うん。紀子様、ありがとう!」
バックがしっかりしている状態で芸能の仕事ができるのなら、大丈夫だとは思うが、正統な桐峯皐月の後継者と見られる美月は別として、桐峯皐月の姪、桐峯アキラの従妹と言う茜の立場は、過酷な未来が待っているかもしれない。
それでも、助けられる場面では助けながら、見守って行こう。
集合時間が近くなり、鮫島さんと茜と別れて特設ステージのある会場へ入る。
会場内は、かなりの人出でスタッフに守られながら、控室となっているポールテントに到着した。
「ねえ、桐山君あの特設ステージちゃんとみた?」
「ん、十メートルくらいの高さがありそうだな。木戸さん、昇ってみるか?」
「無理無理、それよりこんな街中にあんな特設ステージ建てているの、初めて見たかも」
「代々木とかにありそうな気もするけど、実際に見たのは山中湖のイベント以来かもしれないな」
高さは十メートルほどで照明がぶら下がり、ステージの広さは十分にある。
確かに名古屋の栄エリアの真ん中に建てるのは、どうかと思う代物だ。
「これって、イベントがある度に建てているんですよ」
「カレンちゃんは見慣れているんだ……」
「玉井さんも見慣れていますよね?」
「ああ、どこでもこれくらいの特設ステージを建てると思っていたが違うんだな」
そんな話をしていると、ベルガモットとハニービーも現れた。
「お久しぶりです!」
「りっちゃん、桐山君が妹成分不足で寂しがっているから甘えていいよ」
「え、妹成分? 甘えても良い??」
リツが戸惑っているので、とりあえず両腕を広げてみる。
「じゃ、じゃあ、失礼します!」
勢いよく胸に飛び込んできたリツは、思っていたよりも小柄で抱きしめ甲斐がある。
「桐峯君、美鈴さんに言いつけるよ。りっちゃんも幸せそうな顔をしないの。静香ちゃんも悪乗りしすぎ!」
蜜柑の声でリツが離れて、木戸も大人しくなった。
「静香ちゃん、何かいつもと様子が違うけど、何かあった?」
「えっと、海外の状況をちょっと聞いたんです……。それでテンションがおかしいのかも」
「ああ、あまり気にしなくて良いと思う。海外のランキングっていくつもあるんだよね。だから、ランキングによっては、こういうことも起こるらしいよ。極東迷路、ベルガモット、水城さん、島村さんが特に強いらしいよね」
アメリカとイギリスで七月から発売を始めたミストレーベルのアルバムの結果が八月末になり、ほぼ出そろった。
アメリカもイギリスも音楽ランキングはいくつもあり、ランキングによっては一位になったアルバムもある。
比較的権威のあるビルボードチャートでも健闘をしているので、人気は本物だと考えても良いようだ。
どちらの国からも取材の要請が来ているので、日本国内で受けられる仕事は受けるつもりだが、ライブの要請も来ているのでそちらは迷うところでもある。
だからと言って、浮足立っては困るので、木戸には後で厳重注意だな。
極東迷路は、ネイティブ並みの英語力を持つ蜜柑が独特な歌い方をすることと木戸のエフェクトを使いまくるヴァイオリンが世界的に注目されているようだ。
水城と島村は、いわゆるゲイシャガール風と言うべき着物で民謡や演歌の歌唱法を取り入れた歌を歌うので、印象に残りやすいようだ。
この三組は、これらの特徴に俺の和の雰囲気を纏う曲が付くので、それなりに受け入れられる予想はしていた。
ベルガモットは、海外のお人形が演奏を熱心にしているように見えるようで、不思議な存在に感じるらしい。
ハニービーもこの点は同じで、それなりに売れている。
一番苦戦しているのが、俺たちの中で最も正統派なポーングラフィティなのは辛いところでもある。
現状の彼らの特徴を言うと、飛び跳ねるような曲調に合わせて日本語を巧みに使う点だと俺は思っている。
曲はともかくとして、日本語の組み合わせを巧みに使う彼らの歌詞の魅力は、海外ではうまく伝わらなかったようだ。
以前の記憶の中の彼らは、海外でもそれなりに活動をしていたはずなので、売り方が良くないのかもしれない。
彼らのことは、今後の課題になるのだろうな。
それから、皆に海外の状況を九重さんから説明してもらった。
浮足立っていたのは、木戸だけだったようで、一番年下のハニービーが一番落ち着いていたのは、木戸に見習わせたいところだ。
そうしてチャリティーライブが始まり、ハニービー、ベルガモット、エーデルシュタイン、極東迷路の順で演奏をして行く。
エーデルシュタインでステージに上がると観客の中にゴスロリ服の集団が見える。
カレンの友人たちなのだろう。
その後ろに強い視線で俺を見つめる男性が目に入った。
もしかしたら、カレンの元相棒なのかもしれない。
秋葉原に来てくれたなら手を組むこともできるはずの人物なのに、こちら側へきてくれない……。
極東迷路の出番になると彼は姿を消していた。
極東迷路では、玉井の友人たちなのか、横断幕を用意していた男性だけの集団がいて、スタッフから降ろすように注意を受けていた。
玉井の友人たちともいつか会ってみたいな。
そうして、日暮れが近くなり名古屋でのチャリティーライブは終わって行った。
今回の記念に皆で番組公式の黄色いシャツを購入したが、これはどこで着たらよいのだろうか……。
武道館まであと少し!負けないで!!