第一一三話 二回目のライブツアー
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二回目のライブツアー
八月一日の土曜日。
今日はライブツアー初日だ。
昨日の午後に、東京から名古屋に入り、朝からリハーサルをやっていた。
今回は名古屋からスタートし、大阪、松山、広島、福岡で西日本が終わり、間にチャリティーライブで名古屋に戻り、その後は札幌、仙台、新潟、埼玉、そして東京でラストとなる。
ツアー中は、基本的に東京へ戻らず現地のラジオ局やテレビ局でプロモーションをすることにもなっている。
そして現在は、リハーサルも終わって本番前のストレッチの時間だ。
「桐山お兄ちゃんは、妹たちがいなくて寂しい感じだったり?」
「それな、実は本気でちょっと寂しいと思っている自分がいて驚いている……」
「え、図星だったの!」
「美香、舞、清香、川嶋がロサンゼルスで、中川原翔子が家族旅行でホンコンにいっているんだよな。お兄ちゃんって俺のアイデンティティーだったのかもしれない」
「そっかぁ。美鈴様もロサンゼルスだもんね。寂しくもなるのか……」
「木戸さん、ちょっとどこからか妹を拾ってきてくれないか?」
「上杉君の妹の園子ちゃんでも呼んでみたらどうかな?」
「園子は無理だな。上杉に何をされるかわからん。美月でも呼ぼうか」
「美月ちゃんは、一応受験生だから却下です。妹不足な桐山君は、このライブツアー中にまた妹候補を探せば良いと思うよ」
「妹候補か……、誰かいたかな……」
「本気で考え込まないの。ストレッチの続きをするよ」
「おう」
続きと言っても、今ストレッチをしているのは、エーデルシュタインのメンバーだけで、蜜柑、木戸、玉井はのんびりと寛いでいる。
今回のライブでは公演時間を少し長めに取ってある。
全体の始め三分の一をエーデルシュタインで時間を使い、残りの時間が極東迷路の時間となる。
アンコールの時間では、極東迷路もエーデルシュタインも出ることになっており、来場者には満足してもらえるように考えたつもりだ。
「スタンバイお願いします!」
スタッフに声を掛けられ、ステージに上がる。
ドラムブースに入り、コンピュータの操作を始める。
エーデルシュタインでは、シンセサイザーが使えないので、全体の制御をこのコンピュータで行うことになっている。
讃美歌のように聴こえる不思議なオープニングが流れ始めた。
この曲は、カレンの素直で聞き心地の良い声を合成して組み上げた曲だ。
オープニングが終わると、俺がドラムを叩き始める。
そこに梶原のベースがのり、音に厚みが生まれる。
さらにギターの二人が加わり、エーデルシュタインのための世界が完成する。
観客の声が一気に盛り上がり、カレンの歌声が響き渡った。
一曲目が終わり、カレンのMCが入る。
「名古屋よ! 我は帰ってきた!!」
「おおお!」
「我が妖精界の民よ。我が盟友たる極東迷路の迷子たちよ。今日は最後まで楽しむが良い!」
カレンは、インタビューで妖精界の入り口は名古屋にあると何度も言っているので、帰ってきたで良いようだ。
それにしても、妖精界の民は良いとして、極東迷路のファンは迷子なのか。
公式に決めていなかったから、これから迷子をファンの通称にしよう。
それから、あっと言う間に時間は過ぎ、極東迷路の時間となった。
正直言って、ドラムを本気で叩いた後に、ピアノを弾くのは辛い……。
会場は、十分間の休憩、俺たちには休憩なしでステージの変更を行う。
スタッフの本気の設営を横で見ながら、衣装を着替え、準備が終わるのを待つ。
「蜜柑、さっきカレンが言っていた極東迷路のファンを迷子って呼ぶの、どう思った?」
「ん、良いと思う。私たちも自分の音楽を探す迷子みたいなものだしさ。それで行こう!」
「じゃあ、公式にこれからは使って行こう」
「あいあい」
極東迷路の準備が終わり、皆がステージに上がる。
キーボードブースにはいり、ピアノの前に座った。
スタッフから再開の合図が出たので、極東迷路のオープニングを弾き始める。
それに木戸のヴァイオリンが重なり、響き渡る。
オープニングが終わると、玉井のドラムが響きはじめ、極東迷路の音楽が始まった。
「名古屋! 久しぶり!! 迷子の皆、妖精界の皆、極東迷路も帰ってきたよ!!」
イントロの間に蜜柑がそう叫ぶと、会場から渦のような叫び声が響いた。
名古屋は、玉井の出身地だからか、俺たちにとってのホームのような気がするんだよな。
木戸もセイカモードの曲を歌い、会場は熱くなる。
そうして嵐のように会場をかき回して極東迷路の時間も終わって行った。
アンコールでは、蜜柑、木戸、カレンのスリーボーカルが披露され、熱気を残したままライブツアー初日は、こうして終わった。
明日もここでこれをやるんだよな。
本当に体が辛い……。
楽屋に戻ると、招待した来客が来ているとのことで関係者出入口で待たせているそうだ。
とは言っても、仕事関係は、ほとんど明日の名古屋打ち上げの時に呼ぶことになっているので、この日に呼んだのは、一組しか思い当たらない。
着替えてメイクを落としてから、関係者出入口に行き、通してもらうことにした。
「彰お兄ちゃん、お久しぶり!」
「茜、久しぶりだな。一人で来たのか?」
「父さんも母さんも仕事だし、誠は受験生だから一人で来た」
「友達とかは?」
「ん、関係者席ってお仕事の人か家族とかしか入っちゃダメじゃないの?」
「いや、そんなことはないんだが……。まあ、ここにでも座ろうか」
彼女の名前は桐山茜と言い、名古屋在住の従妹で高校二年生だ。
父親の弟である叔父さんは、名古屋の会社に勤めていて茜の下に誠と言う中学三年生の従弟がいる。
通路にある長椅子に座り、会話を続ける。
桐山の血筋は、どうやら身長が高くなりやすいようで、俺が一八〇センチメートル、美月が一六五センチメートル、茜は美月よりも高そうに感じるので一七〇センチメートル近いかもしれない。
これだけ背が高いと、大人びて見えるしそれなりに整った顔立ちもしているので、美少女と言うよりも美女と言われてもおかしくない容姿なのだろう。
「ライブ、どうだった?」
「かっこ良かった!」
「本当にな。俺が言うのもなんだが、スタッフの皆さんがかっこよく演出してくれているんだよな」
「うーん、彰お兄ちゃんもかっこよかったよ」
「こういう仕事をやっていると自分を客観的に見なきゃいけないとは思うんだが、まだ自分がどう見えているのかよくわからないんだよな……」
「なんか難しそうだね」
「本当にいろいろ難しい世界だと思う」
それからしばらくの間、茜と話していると演者の撤収準備が終わったと知らされた。
「茜は、一人で帰るんだよな?」
「うん、まだ地下鉄は動いているし大丈夫」
時計を見ると女子高生が一人で出歩くには不安な時間になっていた。
「ちょっと叔父さんに連絡してくる」
「うん」
それから叔父さんに連絡すると、泊りに来いと言われた。
長い間、顔を出していないので、確かに泊まりに行っても良いかもしれない。
スタッフと相談したところ、明日の集合時間に間に合えば問題ないとのことだった。
叔父さんにスタッフから許可が出たと言い、茜と一緒に叔父さんの家に向かうことにした。
「じゃあ、ちょっと準備してくるからここで待っててな」
「わかった」
それから急いで準備を終わらせる。
叔父さんの家とライブ会場は、徒歩や自転車では遠いがタクシーで高速道路を使えばすぐに到着する距離とのことで、このまま向かうことになった。
会場を出てタクシーに乗る時、カメラのフラッシュのような光が走った気がしたが、気のせいだろう。
そうして久しぶりの叔父家族に迎えられ、心地よい一晩を過ごしたのだった。
妹は落ちてはいませんが従妹が釣れました……。