第一一二話 夏カレー
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夏カレー
七月二八日の火曜日。
俺の以前の記憶に、和歌山毒物カレー事件と言うのがある。
この事件は、一九九八年七月二五日土曜日に和歌山県和歌山市で行われた小規模な地域の夏祭りで起きた事件だ。
簡単に事件の概要を説明すると、夏祭りで提供されたカレーライスに毒物である亜ヒ酸が混入されており、六十人超が異常を訴え四人が死亡した事件となる。
この事件の問題点はいくつもあり、地域社会と言う小さなコミュニティー内で起きた事件のため住民たちが疑心暗鬼に陥ったことや、地域住民の人数よりも多いマスコミ関係者が押しかけて報道が過熱したこと、さらに容疑者とされ死刑囚となる人物の取り調べから最終判決までのプロセスに解釈が難しい点が多かったことなどがある。
この事件のことは印象深かったのでよく覚えていた。
だが、正直なところ絶対に阻止するべき事件かどうかを迷っていた。
この事件では、容疑者が逮捕後に黙秘を続けたり、判決後に冤罪として無罪を訴えたりと詳細な動機までわかっていないとされている。
当時の報道から単純に考えると地域社会内での住民トラブルが主な動機なのだと安易な想像ができる。
事件が死者をだすまでの結果になったのは、容疑者とされる人物が、保険金詐欺の常習犯だったとされているために残虐性が増したのだろう。
そう、あくまで、俺の想像になるがこの事件は、住民トラブルと言うのが俺の私見だ。
容疑者とされた人物が、常人よりも残虐性が高かったために大きな事件となったが、本質はそこにあると思う。
だからと言って住民トラブルを甘く見るつもりもない。
ゴミ出し、騒音、悪臭、挨拶、職業、金銭、他にも住民トラブルの要因はいくらでもある。
これが原因で殺人事件に至る例もいくらでもある。
ただ、この事件は、テロと言っても過言ではない規模になってしまったので、大きく取り上げられたのだろう。
俺がこの事件を阻止するかどうかを迷った理由は、残虐性が高いとはいえ住民トラブルであり、住民トラブルを一つ一つ阻止することは現実的ではないとしたのが主な理由ではあるが、他にも理由がある。
この事件後、以前からマスコミの加熱する報道が危惧されていたにも関わらず、ここでも過剰な報道をおこなったため、報道の在り方に大きな疑問が投げ込まれる。
また、裁判で報道番組のVTRが証拠品として利用されたり、黙秘や冤罪の意味も多少変化したようでもある。
さらに、毒物を含む異物混入に対しても過敏と言えるほどに対応するようにもなった。
このように、時代の転換期に必要な事件と言っても過言ではないのだ。
とは言え、後日談的な話になるが、この地域ではカレーを忌むべき食べ物として扱っているそうで同地域のある小学校の給食では、長い間献立にカレーライスが登場していないと言う話があるのを思い出した。
カレーライスを憎む地域があるのは、何故かとても切なくなる。
そこで、東大路の方々に相談したところ、最低限の干渉にすると言う方針になった。
東大路の警備会社からボランティアパトロールを事件当日前後に出動してもらい、夏祭りの主催側となる方々と接触し、野外イベントでの食品提供の基本を含めたイベント運営のレクチャーをしてもらった。
事件当日は、空き家となる地域をパトロールすると言う名目で、イベント会場には近づかないことを徹底させた。
これは万が一にでも、事件が起きた時に警備会社のスタッフが容疑者とされないようにするためだ。
東大路のボランティアパトロールは、東大路グループの社会貢献活動としてそこそこ認知されており、イベント主宰側は、素直にレクチャーを受けてくれた。
そして、当日となり夏祭りは何の問題もなく終了した。
余談となるが、事件の容疑者となる人物には保険金詐欺の容疑があるので東大路の方から保険会社へ再調査をするようにほのめかしておくそうだ。
あくまでパトロールボランティア中に聞いた噂として流したそうなので、結果はどうなるのかまではわからない。
このように和歌山毒物カレー事件は阻止されたが、残念ながらこれと同類の事件が別の場所で近いうちに起きるのではないかと危惧している。
時代の転換期には誰が望んだわけでもないのに特異な事件がどこかで起きてしまうのではないだろうか。
それが、どれくらいの規模になるのかわからないが、最小の被害で終わってくれるのを願うばかりだ。
「なあ桐山、何難しそうな顔をしてカレーを食べているんだ?」
「ん、カレーって美味いってちょっと考え込んでたんだ……」
現在、俺たちの大学では前期試験の真っ最中だ。
七月中旬から月末の約二週間が試験期間となる。
猛暑の中での試験は辛い物があるが、今週末には終わるのであと少しの辛抱だ。
そんな中、俺は学友の櫛田と二人で学食でカレーを頂いている。
「元々はインドの食べ物とは言うけど、今じゃ日本人のソウルフードだからな。美味しく感じるのも当たり前なんだろう」
「そうだよな。このカレーは、日本人の舌に合うように改良され続けて、この味になっているんだよな。カレーライスは、守るべき食べ物だ」
「守るべきって、大げさだな。桐山のカレーの好きなトッピングって何かあるか?」
「そうだなぁ。トンカツも捨てがたいが、メンチカツも好きだな。チーズも載せたい。櫛田はどうだ?」
「俺は、野菜炒めトッピングが好きかもしれない」
「野菜か。生の千切りキャベツをカレーに混ぜ込んで食べる人もいるらしいな」
「その食べ方は知らないな。歯応えがよさそうだ」
「俺も食べたことがないが、多分そうなんだと思う」
残念ながら学食では、カレーライスとカツカレーライスしかメニューにない。
今度カレー専門店でトッピングをいくつか試してみよう。
「そういえばさ、極東迷路のライブのチケット、取ろうとしたんだが無理だった。お前ら人気すごいな」
「人気なのはありがたいが、チケットが取れないのは困るよな」
現在のブラウンミュージックは、ミストレーベル一同の全国ライブツアーの準備に追われている。
俺たち極東迷路とエーデルシュタインが組になってツアーをすることになり、ベルガモットとハニービーが組になって後を追いかける。
他のミュージシャンも完全なソロツアーは一組もなく、二組で動くことになっている。
「ああ、それでダメ元の頼みなんだが、関係者席とか取れないか?」
「取れなくはないんだが俺たちの大学の親しいグループ全員分は無理なんだよな。それに関係者席ってかなり辛いぞ」
「うーん、関係者席って辛いのか?」
「あそこは単純に観に来ているのは、演者の家族くらいで後は仕事のつもりで来ている人達ばかりなんだよな。それに有名な芸能人もいるから緊張もする」
「なるほど……。友人枠だと思って行ったら酷い目にあいそうだな」
「以前にクロスジャパンのライブに関係者席で行ったんだが、隣が小村哲哉だった。少し話したけど、緊張した」
「ああ、俺には無理だ。諦めるしかないか」
「もっと早めに言ってくれたら、一般席でも取れるから次の機会は、十人分くらい用意できるか試してみるな」
「おお、ありがたい。ぜひ頼む」
「学友の皆には、俺の仕事のことも知っておいてほしいんだよな。毎度チケットを配ることは無理だとおもうが、必要な分と俺が判断したなら用意したい」
「いろいろ考えてるんだな。俺たちにやれることがあったら言ってくれ」
「何かあったら頼む」
俺の学友たちは、史学科だけあって、趣味人ばかりだ。
こういう人材は、ある日突然化けたりするから油断が出来ない。
卒業までに、良い感じに化けたなら、東大路グループに誘いたいがどうなることか。
それにしても試験が終わった途端にライブツアースタートとは、言い出した俺が言うのもなんだが、どうかしていると思う……。
調べて書きましたが事件内容に明らかなミスがあればお知らせください。