第一一一話 煮ても焼いても
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煮ても焼いても
七月三日の金曜日。
先日、ねるとんずの番組内の食わず嫌い王者戦というコーナーに出演して来た。
梨木さんとは、紅白で面識があったので困ったら梨木さんに頼りながら何とか切り抜けられたと思う。
俺は嫌いな食べ物が少ない方なのだが、イワシだけは煮ても焼いても食べる気になれない。
小さい頃に生焼けのイワシを食べてトラウマになっているようなのだ。
だが、この番組収録で出されたイワシは、緊張のあまり普通に食べてしまった。
そのおかげで、勝負には勝ったが、イワシに負けた気分になった。
収録後に改めて調理済みのイワシを食べてみたが、食べ切れはしたが苦手のままだった。
どうやらトラウマが解消したわけではないらしい。
嫌いな物の一つや二つ、あっても特に困らないので気にする必要もないだろう。
対戦相手は女優の菅野志穂さんだった。
菅野さんは、俺と世代の近い女優さんたちの中では、頭一つ抜けている印象がある。
二〇二〇年でも彼女は芸能界で活躍していたので、今がアイドル女優から本格派女優へ進化する過渡期なのかもしれない。
「兄さん、ここはこれで良い?」
「ああ、大丈夫だ。それじゃこれもすぐに解けるな」
「姉上、ここを教えてください」
「ここは、こっちをこうやって……」
今は、美香と舞のテスト勉強を俺と美鈴で見ているところだ。
美香は美鈴のことを美鈴姉さん、舞は姉上と呼ぶようになっている。
二人は、都内にある東大路グループが経営する中高一貫の私立高校へ通っている。
普通科、音楽科、美術科、芸能科があり、二人とも音楽科に所属していて、それなりに楽しい高校生活を送っているようだ。
この学校は、俺たちの通う慶徳義塾大学の運営方法を取り入れており、人事も附属校並みに慶徳関係者が占めている。
それに運営陣には、前運営法人の者もおり、東大路グループからは、大きな方針だけを伝えるような体制になっている。
そんな体制の学校なので、洋一郎さんでもままならないこともある。
その良い例が、校名の話だ。
この学校の名前を運営陣が変わったことを印象付けるために変えようとしたのだが、それを新運営陣によって猛反対された。
その結果、俺と洋一郎さんで考えた『正修学園』ではなく、従来通りの『日輪学園』と言う校名が使われている。
新運営陣の話によると、この『日輪』と言う名は、前運営陣が決めた名ではあるが、元々のこの地の名でもあると言うのだ。
現在のこの地には『日輪』の名は残っておらず、校名だけがなぜか残っている状況らしい。
地名由来となれば、運営法人が変わったとしても、簡単に変えない方が良いと俺も洋一郎さんも納得してしまった。
もし変えるとしたら、さらに別の機会、例えば大学の創立の時などの機会で良いだろうと結論が出た。
俺の記憶にあるこの高校の名は、将来に変わってしまうが、それでも地名が残っていたので、やはり地名は大事にした方が良いのだろうな。
「そういえば、あっ君。美香ちゃんと舞ちゃんを夏休みに短期留学させるのですか?」
「ああ、清恵と五月にスカウトした川嶋愛菜も短期留学させるつもりだ」
「美香ちゃんと舞ちゃんは高校生だからまだ良いとして清恵ちゃんと川嶋さんは中学生ですよね。私も一緒に行ってみましょうか?」
「歩美が通っていた学校へ通わせるつもりだから、心配はしてないんだが、スーもあまり海外へは行っていないのだろう。機会がないと行く気にもならなさそうだし、丁度良いからスーも行っても良いと思う」
「今年の夏は、あっくんも忙しいのでしょうから、私も行くことにします」
「場所はロサンゼルスだから、日本人も多いし何とかなるとは思っているんだけどな」
「兄上、ロサンゼルスってどんなところなんですか?」
「うーん、俺は行ったことがないんだよな。でも日本人は多い方の都市だから、あまり心配はしなくても良いぞ」
「そうなのですか。本場のカリフォルニアロールを食べてきます!」
「カリフォルニアロールか。確かにあれはロサンゼルス発祥だと聞いた覚えがあるが、どこで食べられるのかまではわからないな」
「現地で調査してきます」
「舞ちゃんと美香ちゃんと一緒に私も調査してきます!」
「ああ、がんばってこい」
舞と美鈴は、何となく雰囲気がにているんだよな。
美香がストッパー役になるのが目に見えるようだ。
それから二人の勉強を小一時間見てから、洋一郎さんの私室に美鈴と二人で呼ばれた。
「まあ、座りなさい」
応接セットに美鈴と座る。
「先日、ベックスの会長の与田川君と話をした。あちらはあちらで大変だそうだ」
「え、与田川会長と?」
「ああ、それでな。与田川君が言うには、そろそろベックスから離れたいらしいのだが、退き時が難しいらしい」
与田川会長は、ベックスが小規模な会社だった頃から経営を担ってきた人物だ。
それ以前にも海外を中心に活動をしてきたビジネスマンでもある。
優秀な人物であるのは間違いはないので、彼が危機感を覚えているというのならその通りなのだろう。
「与田川会長はどんなことを?」
洋一郎さんの話によると、今のベックスは、創業以来の高収益が続いているそうで、音楽屋上がりの役員たちは浮かれており、このまま上場しようと考えているそうだ。
だが、経営畑の役員たちは、今後に続くミュージシャンの体力がないことを危惧しているそうで、いまのままではどこかに飲み込まれると考えているらしい。
どうせ飲み込まれるなら元々の交流があり、地盤もしっかりしているブラウンミュージックかソニーズに呑み込まれるのなら納得もしやすいとのことだった。
ブラウンミュージックでは、ベックスの一部レーベルの販売委託を受けていて、このラインからベックスに攻め込もうと考えていた。
「彰君のノートによると一九九九年に上場をするが二〇〇二年までは経営不振になるそうだな?」
「その時代に活躍するミュージシャンをベックスから離していますから、思い通りにはならないと思います」
「そうか……。なら、与田川君には、今年中に上場を目標にしてもらい、来年一九九九年末の合流が望ましいと伝えておこう」
「わかりました。お祖父さまの采配ですから、問題はないのだと思います。ちなみに与田川会長たちはどうなるのでしょう?」
「彼を必要としている場所は、いくらでもあるから自分でどうにでもするだろう。彼の下にいる役員たちも同様だな」
「経営陣不在の会社を飲み込むことになるのですね」
「いまさらブラウンミュージックに与田川君を招いても意味がないからな。それにあちらの浦松とか言う小僧たちもどこかへ行くのだろうし、あまり気にしなくても良いだろう」
浦松たちのことは煮ても焼いても食えなさそうなので与田川会長以上に受け入れる意味はないだろう。
だが、そうなると、二〇〇〇年代から活躍するダンスヴォーカルユニットの獲得も考えた方が良いのかもしれない。
とは言え、どこで何をしているのだろうか。
鮭川さんと鮫島さんに探してもらわないといけないな。
「あっくん、ベックスの件が決着したら次は何をするのです?」
「国内ではインターネット関連のとりまとめだな。いくつかの企業が動き出すと思うが今の東大路は、ヤホーを持っているし開発中の海外にいる技術集団への資本投入も問題ない。二〇〇五年辺りには結果がでるんじゃないかな。海外ではレコード会社や広告代理業を狙いたいかな。海外のレコード会社を狙うのは、インターネットがさらに普及すると情報のやり取りが今よりも断然に楽になる。そうなると世界中の音楽の距離も短くなるから海外の音楽が聴きやすくなるんだ。それに広告代理業を手に入れておくとノートに書いた二〇一〇年代の抗日運動に対抗できるし、日本有利な情報を流しやすくなる」
「どちらも、東大路の主力ではないのですね……」
「東大路の主力は精密機器から重工業だが、海外での活動を考えると現地の感情を操作できる広告代理業はまさに土台固めと言うことになる。それを繋ぐインターネットも同じことが言える。彰君、そうだな?」
「その通りですね。広告代理業と情報通信を上手に使えば、世界中の印象を操作できるようになります。それを狙うべきでしょう」
「何か怖いお話ですね……」
「ああ、恐ろしい話だが彰君の言うことはもっともだ」
それからインターネットの発展と広告代理業について三人で意識を擦り合わせて行った。
ベックスの元ネタの会社のこと、嫌いじゃないんですよ。
あそこのあれな人もそんなに嫌いじゃないんですよ。