第一一〇話 サテライトスタジオ
誤字報告、感想ありがとうございます。励みになっています!
ほんわりぼんやりと書いておりますが、のんびりお付き合いくださいませ。
サテライトスタジオ
六月二十日の土曜日。
今日はカレンを連れて、秋葉原に建てられた東大路グループ所有の新築ビルに来ている。
このビルは、一階にブラウンミュージック直営ショップとサテライトスタジオがあり、少規模ながら観客を収容するスペースまで用意されている。
ブラウンミュージック直営ショップは、CDやアーティストグッズが販売され、いわゆるアンテナショップの機能を持つことになる。
サテライトスタジオは、厚いガラスを挟むがキャストと観客が交流できるような設計がされており、各種放送にも対応している。
二階部分までは一階のショップとスタジオの運営のために使われるが、その上の階層は、ゲーム・アニメ・特撮などの音源を扱う新会社のランテスが入る。
練習スタジオと録音用のスタジオも完備されていて、良い機材が入っているらしい。
このビルは、俺が去年の五月にアキバの女王こと桃井春海と出会った時に、計画されたビルだ。
一階は、桃井のような野外で活動を好むミュージシャンの活動拠点、上層は、今後のアニメ・ゲーム業界にとって大きな力となるランテスの拠点として用意した。
社長は、バンタイ系の音楽プロデューサーで一九七〇年代後半に活躍したロックバンドのレジーのメンバーでもある井之上俊司さんにお願いすることになった。
俺の以前の記憶でも井之上さんがランテスの社長をしていたはずなので、間違いのない人選だと思う。
実は、俺の記憶にあるランテスの創業は、一九九九年の末なのだが、佐久間書店が東大路グループになったことで、スタジオギブリ作品の権利を安全なところへ移譲できるようになり、その移譲先としてランテスの創業を急いだのだ。
あいまいな記憶になるが一九九九年にアメリカのウォルト・ディスティニー社がギブリ作品の権利のいくつかを獲得しに来る。
映像作品の世界展開は、ありがたいのだが権利の譲渡には慎重にならなければならないので、警戒すべき相手だと思っていた。
「こんな良い場所で私がやっても良いんでしょうか……」
「ある程度なら自由にやって良いみたいだから、気合を入れすぎずにやっていこう」
今は、スタッフの方にスタジオの使い方をレクチャーしてもらっている。
カレンは、キャラの在り方を悩んでいたようなので、スタジオでMCをしてもらうことにした。
俺の以前の記憶にあるカレンは、十年以上も妖精姫のキャラでやり続けていたようだから、メンタルは強いはずなんだよな。
荒療治になるが、ここで何とかなれば、この先は楽になるのだから、がんばってほしい。
それにミックスパイもここでやってもらう予定だ。
彼女たちは、とにかく人前にでて知ってもらわなければならない。
テレビやラジオの活動も重要だが、やはり直接会うことのインパクトは、強烈なのだと思う。
この方法が使えるのは秋川康プロデュースのアイドル集団が出てくる二〇〇〇年代中盤までなので、今の内なら時勢を気にせずにやれるはずだ。
「桐峯君、お久しぶりだ」
「井之上さん、お久しぶりです。レジーのアルバム、もうすぐ出るみたいですね」
「ああ、レジーの活動は、なんだかんだで春からしているから何とかなる。それに会社もスタッフが回してくれるからこっちも大丈夫だ」
ランテス社長の井之上さんが、スタジオに顔を出してくれた。
レジーは去年から再結成の話が持ち上がり、今年の三月に再始動シングルをリリースしている。そして来月の七月にアルバムがリリースされ、その後にライブツアーも予定されているそうだ。
「ランテスの所属ミュージシャンはどうですか?」
「今のところは、レジーとカゲ、それに桃井君たちかな。桃井君が秋葉原で活動しているミュージシャンに声をかけてくれているそうだから、軌道にのるのも案外早いかもしれない」
カゲこと影岡ヒロノブさんは、アニメや特撮の主題歌を多く歌っているミュージシャンだ。
彼はレジーのヴォーカルでもあり、二〇〇〇年代では、自らと同じようにアニメや特撮の主題歌を歌うミュージシャンたちとユニットを組んで知名度をさらに上げる。
「秋葉原のミュージシャンたちは、これからの音楽を作るミュージシャンばかりですから気になる人材がいたなら、どんどんスカウトしちゃってください」
「今は桃井君からいろいろと教えてもらっている真っ最中だ」
井之上さんも忙しいはずなのに、精力的な活動をしているようだ。
それにしても、桃井春海を味方につけたのは本当に大きかった。
しばらくの間は、彼女の知識が大いに役に立つから、安心して見ていられそうだ。
それに、もしかしたら、名古屋に置いて来たカレンの元相棒も秋葉原で活動を始めるかもしれない。
カレンとの初対面の時に来なかった彼だが、その気があるなら会ってみたいな。
「あの……、アキラさん、折角なのでちょっとやってみても良いでしょうか?」
「えっと、井之上さん良いんでしょうか?」
「うーん、周囲の店舗やビルには、ここで放送をすることは事前に伝えてあるし、諸々の許可もとってある。時間を決めてやり切ってくれるなら良いだろう」
それからスタッフと簡単な打ち合わせをしてカレンの放送が始まった。
「突然だが、今から三十分の間、このカレン・イブゼル・アルバインが放送をさせてもらう」
外部へ向けたスピーカーからカレンの声が放たれる。
エーデルシュタインのシングルをBGMに一人で台本もないのに話し続けるカレンは、見事としか言いようがない。
声優の先生の元である程度の一人しゃべりの勉強はしていたそうなのだが、よくやると思う。
カレンは、やはりこういう才能があったんだな。
無理にテレビへ出演させるのではなく、ラジオの枠を貰ってきた方が良さそうだ。
「今日は、唐突な放送で驚かせたかもしれない。実は、もう一つ驚きを提供したい。我がエーデルシュタインのメンバーであり、盟友でもある桐峯アキラ殿がこの場にいるのだ。さあ、アキラ殿、こちらでしゃべるがよい」
え、そういうの俺は無理だと思う……。
井之上さんに無理やり座らされてマイクがONにされてしまった。
「……、桐峯アキラです。今日は、唐突な放送でご迷惑をおかけしています」
「アキラ殿は、こういうところでしゃべるのが苦手らしいが、克服しても良いのではないだろうか?」
「いや、人には向き不向きがあるから、遠慮したいです」
「我ばかりが話しているのは不公平だと思う。アキラ殿もどんどん話していこう」
適当に話したところで、極東迷路の曲が流されて休憩となった。
「カレン、こういうのはある程度の訓練をしていないと難しいと思う」
「アキラさんなら、何とかすると思ったんです。実際に何とかしてますから大丈夫です」
それからも時間になるまで、しゃべり続けることになった。
「まあ良かったと思う。テストは何度か行ったが、三十分も放送をしたことはなかったから、これもテストの内にしておこう」
「井之上さんも今度はしゃべりましょうよ」
「おっさんが急に放送でしゃべり始めても需要がないから却下だ」
「アキラさん、井之上さん、ありがとうございました。少し気が楽になったかもしれません」
「カレン君は、真面目なのだろう。芸能人は、心の成長とは別に仕事が入ってきてしまうから何かと悩むこともあるだろう。それでも、少しずつ成長をして行けば良いんだ」
「はい、まだまだこれからなんですから、やり続けてみます」
そうして、秋葉原での時間は終わって行った。
今の秋葉原は、電気街とオタク文化が丁度良くまじりあっているように感じる。
これがもうしばらく経つと、偽メイドばかりになるんだよな。
何とか回避させたいが、良い方法が思いつかないのは悲しい。
ジャラチャラ♪ へっちゃらぁ~♪