閑話あるいは第一〇九話 うたぐみ
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ほんわりぼんやり書き続けております。
のんびりとお付き合いくださいませ。
うたぐみ
side カレン
六月六日の土曜日。
私たちエーデルシュタインのデビューシングルが数日前に発売された。
発売前からプロモーションを続けていたおかげか、デイリーランキング二十位以内からのスタートができた。
アキラさんが言うには、ミストレーベルからの新人と言うことでデビュー前からかなり注目されていたそうだ。
今日は、いまから『うたぐみ』と言う歌番組の収録だ。
司会をねるとんずの岩橋さんとエスマップの中井さんがしている番組でトークの時間が長く取られている番組になる。
テレビでのトークが苦手なアキラさんにとっては、辛い仕事なんだろうな。
テレビ局に入り、楽屋で衣装を着替え、メイクをしてもらう。
「カレンちゃん、綺麗にしましょうね」
「はい、お願いします」
今日はブラウンミュージックからレモンさんのチームが来てくれているので、落ち着く気分になる。
レモンさんとは、仲良くさせてもらっている。
凄腕のメイクアップアーティストさんでミストレーベルの皆のミュージックビデオのほとんどに関わっているらしい。
準備が出来たら楽曲収録用のスタジオに入る。
「エーデルシュタインの皆さん、入りまーす」
「よろしくお願いします」
新人らしくスタッフの皆さん一人一人にに挨拶をする。
アキラさんたち極東迷路の三人が率先してスタッフの皆さんとコミュニケーションを取ってくれるので、お手本になる。
そうしてリハーサルを一度してから楽曲収録が始まった。
ライブハウスの頃は、マスクを付けていたけどデビューしてからはマスクを外して活動することになっている。
アキラさんの激しいドラム、梶原さんの体の芯に響くベース、楠本さんと白樺さんの歌うように叫ぶように響くギター。どれも心地よい。
緊張はしてもアキラさんたちが一緒なので、いつも通りに歌えた気がする。
スタッフの皆さんは、楽曲収録を手慣れているらしく、あっという間に終わってしまった。
撮影した映像を見せてもらったが、本当に良く撮れていてプロの仕事のすごさを実感した。
楽屋に戻り、今度は、司会の岩橋さんと中井さんへ挨拶に向かう。
楽曲収録は、事前準備もしっかりできたので、問題なく終わった。
でも、トークは、不安な気持ちで一杯だ。
その不安の理由の大半は、私のキャラ設定にある……。
妖精姫って何なの!
調子に乗ってしまったと本気で後悔している。
しかも、言葉使いを尊大にしなきゃいけない。
てっちゃん先生と声優の先生から声色を変えることは反対されたから中止になったけど、しゃべり方を尊大にすることは続行となっている。
あの日の自分に帰りたい……。
妖精界から人間界にやって来た我こそが妖精姫、カレン・イブゼル・アルバインである……。
妖精界への入り口は、なぜか名古屋にあることになっている。
これも名古屋出身の私が言い出したことだ。
本当に私は、どうかしていたと思う。
それでもやるんだよね……。
九重さんに連れられて、まずは岩橋さんの楽屋に向かう。
「本日お世話になるエーデルシュタインです」
「どうぞ」
ノックをしてから入室の許可が出たので楽屋に入る。
「おお、桐峯君だね。待っていたよ! バンドの皆も入って入って」
「失礼します」
皆で岩橋さんの楽屋に入る。
岩橋さんの印象は、掴みどころのないおじさんって感じかもしれない。
「初めましてだね。岩橋孝明だ」
「ご挨拶が遅れてすいません。桐峯アキラです。新人バンドのエーデルシュタインで来ました」
「君の活躍は、聞いているよ。大したもんだと思う。でも、トークのある番組は避けているんだってね。いろいろな人がいるからわからなくはないけどさ。使える物は使って行こうよ。今度さ、食わず嫌いにも呼んじゃうからね」
「食わず嫌いですか……。相手によっては受けるってことでおねがいします」
「そっかそっか、出演の了承は出たってことにしておくよ」
食わず嫌いとは、ねるとんずの岩橋さんと梨木さんが十年ほど前から続けているテレビ番組内のコーナーの一つで、番組自体がお休みを少しした期間があったけど、それを挟んでも続けている人気コーナーだ。
それから、岩橋さんとアキラさんは、ねるとんずのお二人と仲の良いスタッフの皆さんで組んだノザルの話をしばらくしていた。
ノザルは、ダンスとヴォーカルのかっこいいユニットで、アキラさんも興味があるようだ。
「それで、実はヴォーカルのカレンなんですが、少しキャラを作って芸能活動をすることになっているんです」
「ほう、どんな感じかな?」
それから、アキラさんが私のキャラ設定を岩橋さんに伝えてくれた。
「デモン小倉さんと同じ感じってことで良い?」
「それで大丈夫です。カレン、キャラを作って岩橋さんに挨拶をしてみて」
いきなり振られたので困ってしまうが、やるしかない!
「……う、うむ。我は、妖精姫のカレン・イブゼル・アルバインと言う。岩橋殿、よろしく頼む」
「おお、カレン殿で良いかな。こちらこそよろしく頼む」
「まだ妖精界から人間界に来て間もないのでな、わからぬことも多い。何か無礼があっても許してもらえると助かる」
「桐峯君、面白い設定だね。デモンさんは悪魔だけど彼女は妖精なのか」
「そうなります。本番もこの感じでやりますのでお願いします」
「わかった。デモンさんって言う先駆者がいるから、先に一言言っておけば誰も気にしないと思う」
「デモンさんにも今度挨拶しておきます」
「うん、その方が良いね」
それから、こんどは素の私で岩橋さんとお話をしてから中井さんの楽屋に行って同じやり取りをすることになった。
正直言って、これは精神的にダメージが来る。
今までのプロモーションは、雑誌向けのインタビューとカメラに向かってしゃべるだけのコメント撮りだけだったから、あまり気にしないようにしていた。
これからはテレビにラジオの仕事もあるんだから、早く慣れなきゃいけないな。
本番のスタジオに入り、中井さんの呼び出しの声を待つ。
そうしてセットの裏で待っていると中井さんの声が聞こえた。
五人でセットの中にある椅子に座って行く。
前列が私とアキラさんで、梶原さんたちは後列だ。
「はい、今日は、桐峯アキラ君率いる新人バンド、エーデルシュタインです」。まずは、自己紹介をお願いします」
「初めましてだ。我は妖精界からやって来たカレン・イブゼル・アルバインと言う。歌唱を担当しているな。よろしく頼む」
それから皆が順番に挨拶を終える。
「なるほど、そう来たかぁ。彼女のキャラも桐峯君が考えたの?」
「いえ、バンドの皆で考えたって言うか……、カレンは妖精なんです。妖精の姫なんです。そういうことでお願いします」
「ああ、了解。うんうん、そう言うの大事だよね。デモン小倉さんと同じ感じで良いのかな?」
「それです。デモン小倉さんと同じ感じです。大丈夫です」
「ああ、デモンさんと同じね。じゃあ一万歳とかの年齢だったり?」
「年齢は、一〇一七歳だな」
「だそうです……」
「うん、妖精姫かぁ。姫殿下って呼ぼう」
めっちゃ怖い。
中井さんは、自然体でお話をしてくれているけど圧力って言うか、そういうのがすごい。
これが本物の芸能人の仕事なんだ……。
それと、聖紀魔通のデモン小倉さんにめっちゃ会いたくなった……。
「それでさ。桐峯君、極東迷路はいつになったら、うたぐみに出てくれるの?」
「岩橋さん、すいません。今度、極東迷路の新曲もリリースするので、その時はこちらにもお邪魔します」
「言質は取ったからね。事務所にオファー出しておくよ」
それからバンドの音楽性の話や曲の話をしてトークの収録は終わった。
楽屋に戻ると、自然に涙が出てきた。
岩橋さんも中井さんも悪い人じゃなかったと思う。
アキラさんだってトークが苦手なのに、一生懸命におしゃべりをしていた。
私、このキャラでちゃんとやっていけるのかな。
ただただ不安な気持ちがせりあがって来る。
名古屋からこっちにきてまだ一年も経っていないんだ。
もっとしっかりしなきゃだよね。
がんばろう……。